1-1 勧誘
第一章 二人の弟子
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俺が魔法学校高等科において残した成績は、しばらくは記憶に残るだろうものだった。
十五歳にならずに入学し、二年でおおよそ全てを修了した。
魔法学校には、五賢人、と呼ばれる講師が五名いる。年齢もバラバラ、出身地も、本来の階級もバラバラの五人は、純粋な実力によってその立場についたと知らないものはない。
俺に「六本目の賢人」と冗談を向けるものもいたけど、本心を言えば、そうなりたかった。
俺を指導したのは「教授」とも呼ばれる若手の講師で、賢人のうちの一人でもあった。彼が入学式の直後に僕を真っ先に手元へ引き寄せてくれた。直後というか、会場から出るよりも早く、閉式の言葉が終わるのも待たずに俺の元へ歩み寄ってきたのだ。これには他の講師たちも唖然としていた。
「生意気そうな顔をしているが、悪くない」
それが教授の第一声。俺はまだ相手が五賢人の一人とは知らなかったから、いぶかしむ前に、この空気を読まない、常識を知らないような人物に困惑していた。
「私がお前を育てる。いいな?」
それが二言目。俺は彼の着ている礼服を確認し、その胸元にある略章を見る余裕ができた。そこにある略章は二つだけ。国が認めた最高位の魔法使いに与えられる「国家魔法使い勲章」と、優れた魔法の使い手に与えられる「革命者勲章」だ。どちらも並の魔法使いが身につけることはない。
「あの」
俺はそれでも常識に基づいて、確認した。
「これって正式な手順ですか? その、弟子を取る時の」
教授は目を眇めるようにして、「正式な手順にこだわる必要があるか?」と答えた。この時には周囲にいる入学生たちは俺と彼のやり取りに注目し、講師陣もまだ様子を伺っていた。
そんな全てをさりげなくチェックしてから、俺は「必要がないんですか?」と質問を返してみた。教授は横柄に頷く。
「ない。私はそう思う。お前もそう思え」
結局、俺はそのまま折れた。目の前にいる魔法使いがどこに、どこまで俺を導くにせよ、これだけの破天荒な人物が並な力量とも思えなかった。
そうして俺は、入学一年目から、基礎的な課程をこなしながら教授の個人指導を受け始めた。
教授が指導する生徒は少なく、俺を含めて四名だった。三年目が一人、二年目が二人、そして一年目の俺である。このうちの三年目の一人は、わざと修了を先延ばしにして、教授の個人的な世話係とかをしていた。もちろん、一流の魔法使いではあるのだけど、やっていることは家政夫同然だった。
俺は弟子として過ごす時間の中で教授の実力と、その極端な発想に触れることになり、流れに任せた自分の決断が正しかったことを神に感謝したものだ。
あっという間に時間は流れていく。
「お前の体に宿る魔力には不自然なところがある」
ある時に教授はそう言って、椅子にふんぞり返るようにしながら、片手で万年筆を回していた。
「本来の魔力とは属性が限定される。しかしお前にはいくつもの属性の気配がある」
その時も例の家政夫ポジションの生徒がそばにいて、口を挟んだ。
「属性が競合すると、打ち消し合って良くないっすね。矯正しますか」
いや、と紅茶の入ったカップを彼から受け取った教授が首を振る。
「属性が打ち消し合うようではない。うまく分断されているようだ」
「では、全ての属性が使えると?」
教授と三年生の間でそんなやりとりがあったが、教授は「やってみよう」と即座に答えた。
彼の手にあったカップがデスクに戻り、万年筆が素早く宙を走った。
ペン先に光が宿り、空中に複雑な魔法文字が描かれ、弾けた。
僕を襲ったのは、実に奇妙なものだった。
空気が焦げるほどの熱、凍りつくような寒さ、強く鋭い風、痺れる雷撃。
全部が俺を飲み込み、不意打ちに対して俺はただ顔をかばうように両手を挙げていた。
それだけ。
そう、それだけだった。
全てが弾けて俺を飲み込んだ次に、全部が消えていた。
残ったものは何もない。
そこは教授の研究室で、何事もなかったようだった。ただ三年生がわずかに目を見開き、対照的に教授は鼻を鳴らして不服そうに目を細めた。
「四属性に本能的に対処できる器用さはある」
それが教授の指摘だった。
後々になって、三年生が俺に耳打ちしたことがある。
「あの四属性混交攻撃は、防御が極端に難しいんだ。それなりの使い手でも受け損ねることがある。だからあの時は正直、気が気じゃなかったよ。お前が死ぬんじゃないかと。いや、冗談じゃなく」
ともかく、教授は俺の本質を見極め、実際的な指導に踏み込んだ。
そのまま二年が過ぎ、俺は自分の進路を決める必要に迫られていた。このまま教授の元に研究者として残ることもできたし、学校で教師となり、いずれは魔法学校へ戻る道筋もあった。例えば国家魔法使いとして公務につく道もあったし、民間でも俺を研究者として雇いたいと声をかけてくるものもいた。
教授は俺の進路に関心を持たない様子だった。
だがある日、不意に俺の前に一枚の書類が差し出された。
「お前の好きにしろ」
言葉に不審なものを感じながら書類を手に取る。
簡潔な文章で、僕に剣聖騎士団への出頭を求めていた。最後の署名は、剣聖カスミーユ、となっていた。
「教授は、俺に剣士の真似事をしろというのですか?」
鼻を鳴らした教授は、しかしすぐに言葉を続けなかった。
「ファルス」
俺の名前を呼んで、教授は鋭い視線を向けてきた。
「剣聖カスミーユは、魔法使いの中でも最も優れた使い手の一人だ」
最も優れた使い手。
俺は改めて、手元にある書類の署名を見た。
剣聖か。
「剣聖が俺を使いこなせると思いますか?」
これは挑戦的だったが、教授には何の動揺も与えなかった。
「私が使いこなせるのだ、剣聖だって使いこなせるだろう。お前は狂犬じみているが、人間だからな」
からかわれているのか、皮肉られているかはさておき、逆に俺が熱くなっていた。
俺は剣聖騎士団に出頭することに決めた。
十七歳で、まだ魔法学校高等科を本当には修了しない身分のまま、俺は新しい場所へ飛び込んだのだ。
(続く)