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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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断章 友人

       ◆


 僕にとって魔法学校高等科は、望まぬ環境だったとはいえ、少なくとも悪くない身分を用意してくれた。

 高等科卒業というのはそれほど特別でもないけど、ありふれてもいない。地方へ行けば非常勤講師として私学で雇ってもらえるような立場だ。公的な学校で教鞭をとるには、高等科を卒業するまでに幾つかの課程をクリアする必要があり、僕はそれは諦めていた。

 そもそもからして、高等科に入学するものの年齢は十六歳が基準になる。それから三年ないし四年をかけて学び、卒業試験に受かることでやっと修了となる。

 僕が高等科に編入したのは十八歳の時で、かなり異色だった。魔法学校高等科に入学するために浪人を重ねたとかではなく、単純に、別のところで学んでいたせいだった。

 ソダリア王国で最も優れた頭脳の一つを持つ、錬金術士の重鎮、老師カーヴァイン。

 僕は老師に目をかけてもらっていたと思う。期待され、老師も多くのことを僕に教え、また僕の研究にも助力してくれた。幾人もの優れた錬金術士と引き合わせてもくれた。その中には組合のトップもいれば、若手のホープもおり、まさしく錬金術士の世界の中核に、僕を導いてくれたわけだ。

 それが同期の弟子である一人の青年、この友人の研究に手を貸した時から、僕が進むべき道は失われ、人生の算段は完全に狂ってしまった。

 老師カーヴァインはこう言った。

「人が決して犯してはならない領域がこの世界にはある」

 そして僕の友人はこう言った。

「人間は常に限界を打破してきた。限界とは打破するためにあるはずだ」

 さて、どちらの言葉が正解だっただろう。

 僕はどっちつかずのまま、老師の指導を受け、友人と協力し、そして破滅した。

 錬金術士の研究テーマの一つである、人造生命の発明。その前段階とされる、人造人間の製造と改良。それが僕の友人が最も力を入れる分野であり、その点ではまさに友人は才気の全てを注ぎ込み、ある種の到達点に達するに至ったと言える。

 人造人間には本来存在しないはずのもの、それは感情だ。

 彼の人造人間には、見間違えようがない感情が宿った。彼の人造人間は、それまでの人造人間より、一歩、人間に近づいたわけだ。

 僕と友人は舞い上がり、秘密の研究室で祝杯をあげながら、今年の錬金術士組合の全ての表彰を総なめにできるぞ、と笑い合った。出来上がったばかりの人造人間さえ、僕たちの空気に流されてうっすらと笑ったほどだ。

 友人は論文をまとめ、根回しを始めた。組合の表彰どころか、公の場で新開発の人造人間を披露するにも、まずは土台がいる。しかるべき場所で、しかるべき人物のお墨付きをもらった上で、発表するのだ。

 友人はそちらにかかりきりになり、僕もこの時は友人に花を持たせるつもりで、自分の研究に戻っていた。

 どういうわけか、友人は師匠である老師カーヴァインに、新しい人造人間のことを話さなかった。驚かそうなどという意図ではなく、老師は好まないだろう、と彼はいつだったか漏らしていたのを僕は覚えている。

 まさに友人は、老師が言うところの「犯してはならない領域」に踏み込んでいたのだ。

 この時に、師匠と弟子の間にあるつながりに、ある種のほつれが生じたのかもしれない。

 後になってみれば、老師カーヴァインに最初に相談するべきだった。彼が師匠であり、嫌な顔をするとしても、老師の立場は強力で、発言力もあった。

 少しの時が流れたが、友人の発表は行われなかった。僕は何度か彼の元を訪ねたが、追試の最中らしい、という返事があり、しかし彼の雰囲気は全く冴えなかった。

 何かがおかしい、と僕も思い始めたのは、あの秘密の研究室で祝杯をあげて三ヶ月後だった。

 王都はいつの間にか冬になろうとしていた。

 その日がついに来た時、僕は何も知らず、想像もせず、普段通りに老師カーヴァインが統括する研究所へ向かった。この研究所は老師の私的な学究の場で、錬金術学院よりも先進的だとさえ言われていた。

「イダサ」

 通りで背後から声をかけられ、僕は驚いて振り向こうとした。

 しかし声の主はすぐ横に並び、足を止めずに「歩きながら聞いてくれ」と言った。

 その声は友人の声だった。酷く憔悴し、強張っているが、彼は彼だ。

 王都の通りを並んで歩きながら、僕は真実を知った。

 友人の作った人造人間の製造理論が盗まれ、一部の錬金術士が闇市場へそれを売り払っている。その人造人間は感情を持ち、人間に近い愛玩用人造人間として売られている。

 容易には信じられなかった。

 そんな非道が許されるわけがなかった。

「事実なんだ、イダサ」

 軋るような声で、友人は言った。

「僕はおそらく、組合から追及される。場合によっては警察に捕縛されるだろう。だから、王都を出ることにした」

 横目で彼の様子を確認したのは、恐怖が半分、自制心が半分だった。

 普段通りの白いローブではなく、地味な灰色のローブを羽織り、足元は長旅にも耐えられそうなブーツだった。荷物らしい荷物は持っていない。本当に逃げ出すのか、判断はつきかねたが、彼の言葉を疑う理由はない。

 僕も逃げよう、と言おうとしたのを、彼は遮った。

「イダサは僕を手伝っただけだ。責めは全部、僕が負う。何かあれば、僕に全てを押し付けて構わない」

「クロエス……、そんなことは!」

 いいんだ、と彼は呟き、じゃあ、と言葉を続けた。

 僕は足を止め、友人であるクロエスはそのまま歩き去った。場所は研究所のすぐ前だった。

 状況が飲み込めず、自分がどう行動するべきか、迷いながらも研究所へ入った。

 これがおそらく、最大の失敗だった。老師が雇っている用心棒が進み出てくると、即座に僕を拘束し、「老師がお待ちです」と唸るような声で言った。

 逃げはしなくても、老師の立場を僕は考えるべきだった。

 その日のうちに老師は僕を破門した。もちろん、その場にいないクロエスも破門された。

 僕は一瞬にして立場を失い、下宿で一日の思案の末、魔法学校高等科に滑り込むべく、動き出した。錬金術士としての生き方は失われ、錬金術の応用としての魔法の技能に頼る以外、道はなかった。

 僕のような立場の人間に、それが許されるかは、分からなかったけれど。

 僕自身が、僕を許せるかも。

 願書をなんとか締め切り間際に提出し、錬金術士としてのノウハウで試験勉強を詰め込み、死体のような有り様で受験した。

 そうして魔法学校高等科に入学し、三年で終了した時、僕は二十一歳になっていた。

 クロエスについては、ほとんど情報が入らなかった。警察に捕縛されたとか、脱走したとか、話は常に曖昧で、現実味がなかった。

 それでも、僕も錬金術士ではなく魔法使いとなり、新しい人生を送れるはずだった。

 はずだったのだ。



(続く)

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