断章 祝福
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白いローブをまとった青年と、布で包まれた棒状のものを背負った老人が、森の中の道を進む。地面は石畳で舗装されているが、長い時間を経ているために半ば土に隠されている。
「やがて剣聖となる人造人間、ですか」
青年の言葉に、老人が軽く頷く。青年の目元は眼帯で覆われ、表情は測りづらいが、思案していることはわかる。
「実は、僕はこの島に眠る龍と交流があるのです」
不意な言葉に老人が眉をひそめる。
「古の龍は今の時代、眠りについているはずだ」
「まぁ、例外なんでしょう」
「……いいだろう、クロエス。お前が嘘をつく必要はないし、この件に関係のない話を持ち出す理由もない。その龍がどうした?」
いえね、と青年が応じる。
「龍の体の一部を借り受ける試みをしています。それで人造人間を、その、不老不死にできるかもしれない」
「不老不死とは、夢物語よな」
「夢はいつか、現実になるものです」
「錬金術師が、生命を自在に操るようにか」
青年の口元に苦笑いが浮かび、しかし話は先へ進む。
「とにかく、その実験的な素体と、あなたの試みとを相乗りさせたらどうなるでしょう」
「私は自分の剣術剣技が継承されればそれで良い」
そうはいきません、と錬金術師は老人の顔を見る。
「その人造人間は、あなたの弟子になるのです」
「今まで、わしが弟子を切ったことがないと思っているのか、クロエス」
冷ややかな老人の声に、青年は真面目に応じた。
「弟子は切ったでしょう。でも今回の新しい弟子は、僕の息子も同然です」
「錬金術師が、人造人間にそこまで肩入れするのか。あの異端の錬金術師であるクロエスともあろうものが?」
「異端でも、僕も人間ですよ。心があるんです」
これには堪えきれず、老人が声を上げて笑った。
「面白い! 心がある、か。わしはどうやら、いつの間にか心を失っていたようだ」
しばらく二人が進むと、館が見えてくる。
「あそこです。部屋は用意してあります」
「すまんな、世話になる」
玄関の前まで進み、青年が扉を開けるまさにその時、老人が彼の背中に声をかけた。
「先ほどの話だが」
青年がゆっくりと振り返る。
老人は苦い顔をしたまま、しかしはっきりと言葉を発した。
「わしも、自分の全てを引き継ぐものを、息子と思うこととしよう」
「ありがとうございます、ベッテンコードさん」
「しかし稽古は、厳しくするぞ」
「それでも、ありがとうございます」
鼻を鳴らす老人に一礼して、青年が玄関の扉を開く。
二人はまだ、彼とは出会っていない。生まれていないからだ。
しかし二人の中には、一人の少年に注がれる真心はすでに存在していた。
祝福はこうして、最初からここにあったのだ。
(第一部 了)
(第二部に続く)