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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
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4-12 旅立ち

      ◆


 館での最後の朝食も、いつも通りだった。

 焼きたてのパンといかにも新鮮な鶏肉、卵、野菜が丁寧に調理され、そして食後には紅茶が出た。

 支度を整えて玄関へ行くと、すでに旅装を整えたアール、リコ、ルーカスが待っていた。

「クロエス先生は?」

「用事があると仰っていました」

 リコの言葉に、アールがすぐに付け加える。

「別れが寂しくて、見送れないってことさ」

 さすがにそんなことは、と思ったけど、どうだろう。

 食堂ではいつも通りだったけど……。

 館の奥から人の気配がしたので、全員がそちらを見た。視線が集中する中を小さな影が進み出てくるが、当の旅装の少女は不服げだった。

「なんだ、雁首そろえてがっかりした顔をしおって」

 サリースリーの言葉に「そういう空気なのさ」とアールが答える。

 サリースリーは既に三人に紹介してあった。僕の一番古い友人だと言うと、アールは「これからの旅はもしかして観光旅行かね」とつぶやいたが、サリースリーの鋭い眼光にたじたじになっていた。

「では、参るとしよう」

 僕たち四人の前でサリースリーが胸を張ったのとは関係なく、すでに船の時間が近づいてきているので、そのままなし崩し的にクロエスの見送りを待つことはできなくなった。

 とっくに大きな荷物は待機所にあるので、手に持つものはほとんどない。

 市場へ降りていくと、いろんな人が声をかけてくる。

「やあ、アルカディオ。その格好はどうした?」

「あらあら、アルカディオ、立派になったこと」

「アルカディオ、これを持っていけよ」

 そんな風な言葉が向けられ、気づくと僕の手元には新鮮な果物があったりした。

 船着場で手続きをして、しばらく僕たちは港のそばで時を待った。

「あれだ」

 アールが海を指差す。

 船が近づいてくる。大きな白い帆が青い空を背景に浮き上がって見える。荷運びをする者が集まり始め、いっそう賑やかになった。

 船が桟橋に着くと、特別に大きくないはずがなかなかな威容だった。見上げるほど高い様は、建物が海に浮いているようなものだ。

 荷物が下ろされ始め、人夫たちの掛け声が行き交う中で船からは乗客が降りてくる。

 ルーカスが最後の手続きをして「乗り込みましょう」と声をかけてくる。

「アルカディオ!」

 背後から声がしたのは、僕が船に向かって一歩を踏み出した時だった。

 振り返ると、人夫の間をすり抜けてやってくるクロエスが見えた。

「クロエス先生!」

 反射的に僕も駆け出していた。

 ほとんど胸に飛び込んだ僕を、クロエスは細身に似合わない力でグッと抱き止めた。

「アルカディオ、気をつけて行っておいで」

 クロエスの言葉に、はい、と僕はただそれだけ答えた。

「僕はいつでもきみを見守っている。何かあれば、すぐに助けに行くよ」

「はい、先生」

 声が湿ってしまうのが情けなかった。

 でもクロエスが僕を放し、ぐっと力を込めて肩を掴んだことで、僕は自分の心に力が蘇るのを感じた。

 眼帯に隠された目元から、強い力が放射されている気がする。

 言葉にも、強い意志があった。

「さ、胸を張って行くんだ。きみは僕が生み出して一年も経っていないけど、もう剣聖の一人だ。国のため、この世界のために、生きていくんだ。でも」

 クロエスの口調がより暖かくなった。

「でももし、何もかもが嫌になったら、ここへ戻って来ればいい。この島は世間から逃げるには丁度いいからね」

 彼は笑っていたけど、僕はぐっと目を閉じて、涙をこらえていた。

「じゃあね、アルカディオ。元気で」

 そっともう一度、僕を抱きしめ、その僕を包んでいた腕が静かにほどける。そうして優しく、クロエスは僕を送り出した。

 僕は一歩下がって、クロエスに深く頭を下げた。

 彼に背中に向けると僕は桟橋の方へ踏み出した。足は自然と動く。心だけがまだここに残りたがっているのが、よく分かったけど、足は止めなかった。振り向くこともなかった。

 僕は先へ進まないといけない。

 この島を出て、新しい世界、未知の世界に僕は行くんだ。

 アール、リコ、ルーカス、そしてサリースリーが待っていた。

 僕は一度、目元を拭い、彼らに声をかけた。

「行こう」

 はい、と四人ともがそれぞれの調子で答えた。

 船に乗り込み、狭い船室には僕とアール、ルーカスだけになる。女性陣は別の部屋だ。

 僕は荷物を置くと、すぐに甲板へ戻った。しかし水夫たちが働いており、嫌な顔をされる。

 謝罪しながら甲板の縁まで進んだとき、大声の掛け声が交わされ、ぐんと船が動き出した。

 桟橋を見ると、まだクロエスが立っていた。

 僕は手を振った。

 彼も振り返す。

 これが最後じゃない。

「ありがとう、先生!」

 今までに出したことのない大声が出たけれど、届いただろうか。

 やがて桟橋は遠くなり、クロエスは見えなくなり、そのうちにカル・カラ島も小さくなった。日が暮れかかり、全ては闇の中へ没する時が来た。

 僕は甲板の隅で、それら全てを見ていた。

 時は流れ始めた。

 僕という存在の意味が、これから試されるのだ。

 世界の中で。

 時間の中で。


     ○


 後の世において、剣聖アルカディオはその麾下に十二人の使い手を擁することになる、とされている。

 彼らは様々な異名を与えられ、それぞれ「竜騎士」、「毒蛇」、「戦乙女」、「一刀鬼」などと、その時々、土地土地で異名で記録されることも多い。

 この十二人を「龍の十二騎士」などと呼ぶ者もいる。



(続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひとまずは一章までの感想をば。 手探りで泥のような闇を歩むような不安の中、苛烈ながらも優しい人々の手によって光の下へと導かれ、やがて大きなうねりの中へと羽ばたく爽やかさが素晴らしいです。読…
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