4-6 二人の戦い
◇
アールとしてはこんな斬り合いは御免だった。
剣術は身につけているし、実戦も十分に踏んでいる。剣術家の賞金首と一騎打ちしたこともあった。
しかし今の相手は、剣聖騎士団の一人である。どうも、あの大ぶりな剣を使う、アルカディオと相対している男が一番の強敵で、他の三人はそこまでではないが、アールとリコが二人なのに対して相手は三人だった。
さて、とアールは即座に気持ちを切り替え、思案した。うだうだを迷っているのは危険だし、アールは経験上、この不条理を即座に割り切ることの意義を知っていた。
ここでリコに「自分が二人を引き受ける」と宣言して、いい格好をして見せるべきか。
それとも二人でうまく三人を倒そう、と申し出るべきか。
「男であるアールが二人を引き受けるべきであろうな」
アールが口を開く前に、リコが堂々と宣言したので、彼の思案は無駄に終わってしまった。
「いや、ここは協力して二人でなんとか不利を覆すべきではないかな、リコ殿」
「お主がここでアルカディオ様への貸しをその身をもって返済するのを、ぜひ見てみたいものだ」
どこまでいっても流浪の女剣士は非情だった。
腹を括るしかない。アールはそう決めて、短期決戦を選択した。
短剣を腰だめに構えて、黒装束の一人にいきなり突っ込んだのだ。
これは全く意外だったのだろう。アールの不意打ちに、黒装束はさっと身を引いた。
アールの動きはあまりにも素人じみていたのだ。短剣を腰だめに構え、まっすぐ突き進んだだけだ。
しかし、黒装束の体がぐらりと揺れ、表情に驚きが浮かぶ。
男の足に縄が絡みついている。いつ投じられたものか、分銅が付いているのと反対側の縄の端は、アールの手元にある。
ぐっと腕の力だけで縄を引くとピンと張り、それに男が慌てるが、そこは百戦錬磨の騎士である。
剣の鋭い振りで縄を両断しようとした。
刃が縄に食い込み、しかし切れない。
瞬間的にアールが縄を緩めたのだ。それにどうやらただの縄でもないらしい。
アールの手が翻った時には、男の一人の首筋に縄が巻きつき、間合いを詰めていたアールが振りほどこうとする相手をいなし、器用にその背中に張り付いた。
「動くな!」
黒装束の一人が、拘束された仲間と、それを盾にするアールと正対する。
アールの縄は人質の首筋に食い込み、すでに拘束されてる方は青黒い顔をして、昏倒寸前の様相だった。
その首筋に念を入れて短剣を押し付けながら、見事な手際を見せた賞金稼ぎは心中で嘆くのだった。
やっていることは悪人と大差ないな。アルカディオに臣従するなどと言わず、根無し草の生活を続行するべきだったかもしれない。
しかしもう決めたことは決めたこと、宣言したことは宣言したことであった。
この点、アールという男は軽薄なようで、義理堅い心の持ち主だった。
「剣を捨ててもらおうか」
仲間の命がかかっていることを、黒装束の男は即座に判断したようだ。
判断して、仲間の命を無視した。
剣が振りかぶられることで、そうと知れた。
舌打ちをその場に残してアールが後退するところを斬撃が追いかけてくる。危うく人質もろとも両断されかかったことに冷や汗をかきながら、もはや意味を失った人質は即座に絞め落とし、放り捨てる。
今度こそ、純粋な一対一になった。
さすがに先ほどは縄の不意打ちがあったので、アールと対する男は間合いを気にしている。
さて、どうやって料理しようかな。
アールが思わず舌なめずりをする。
その姿は蛇、さながら毒蛇であった。
◇
リコは曲刀を構えながら、久しぶりの実戦に静かな高揚を感じていた。
旅する中で様々な剣士に出会い、教えを請うことも多かった。
女の一人旅は危険の連続で、できる限り何かしらの集団に入るようには心がけたが、それでも危険はゼロにはできない。
必ず彼女の曲刀の出番があった。
長く愛用している武器だった。カル・カラ島で意識を取り戻した時、曲刀がそばにないことに愕然としたほど、体の一部のようにも思える得物だ。
それがアルカディオとの繋がりを作ったのだから、不思議なものである。
今、リコはそのアルカディオのために剣を振るうことになってもいる。
目の前にいる黒装束は、どこか困惑している。リコの技量が読めず、簡単に無力化できるのか、それとも油断ならないのか、まだ見当が付いていない。
それでも警戒はしている。リコの姿勢、重心、構えをしっかりと見ているのは、その瞳の様子で見て取れる。
強いのは間違いない。
アールに二人が向かっていったが、背後にいるので何が起こっているかは見えない。
助勢するのが筋だろう、とリコは考えながらも、アールならなんとかするだろう、と思うことにした。普段から不真面目で軽薄そうな男だが、それだけではない何かがある。
リコは思い切って曲刀の構えを変えた。下段に構え、しかし手首を捻るようにする。
かなり不自然だ。誰がどう見ても、不規則な攻めしか想像できず、つまり、防御を捨てている。
しかし防御を捨てることなどあるか。
黒装束の男もやはりそう考え、半瞬と間を置かず、間合いを消しに行った。
誘いであろうと、制圧すれば問題はない。
真っ当な判断だった。
リコが技を繰り出すまでは。
間合いが潰されるその瞬間、リコの方からも間合いを潰した。
二人がすれ違い、火花が弾け、甲高い音が鳴る。
素早くすれ違って向き直った時、男は後悔していた。
リコの先ほどの奇妙な構えはそのまま、次の攻撃の予備動作を最小限にするものだったと悟った時、すでリコは彼の背後に張り付くように立っている。
一撃を凌いだ後の、次の一撃が本命なのだ。
王道、定石から離れすぎた、異様な技だった。
ピタリと曲刀が男の首に食い込む寸前で止まっており、「武器を捨てなさい」と冷ややかな声が彼の耳朶を打った。
手から剣が溢れ、すかさずリコはそれを遠くへ蹴り飛ばした。
さて、どうやって拘束しようか、とリコが思っていると、背後に気配があり、反射的に切りつけかけた。
「おいおい、仲間を切らないでくれよ」
そこにいるのはアールで縄を手に持っている。
刃が離れた男が離れようとするのをリコは素早く足を払って転がすと、差し出された縄を受け取り、素早く拘束した。仲間が倒れているのに愕然としている黒装束を縛り上げながら、リコもアールが相手にした二人を確認する。二人ともが意識を失って倒れているようだが、血が流れているようでもない。
「どうやって倒したわけ?」
「一人は縄、もう一人は吹き矢」
縄? 吹き矢? なんでもありじゃないか、と内心、リコは呆れていた。
そういう強かさのある男なのだと、少し見直す気持ちにもなった。
アールはにやにやと笑いながら、うそぶいている。
「この程度で一騎当千の剣聖騎士団とは、恐れ入る」
「いや、そうでもないのだろうよ」
リコの言葉に、どうだかね、とアールは答えて、通りの真ん中へ目を向けた。
そこではまだ、この場の主役の二人が向かい合っていた。
太陽が光を落とし、風がかすかに吹く。
周囲には人が数え切れないほどいる。
しかし二人を見ると、まるで全てが停止し、沈黙しているようだった。
リコは二人の剣術、剣技に集中した。
(続く)




