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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
51/155

4-5 技の使い手

       ◆


 誰もまだ剣を抜いていないが、一触即発は疑うべくもない。

「正直に話すか、否か、今、決めよ」

 じりっと男が間合いをわずかに詰める。

 抜き打ちでお互いを切れる間合いだが、僕はまだ相手の力量を計り兼ねていた。

 そこにいるのは、僕の知らない剣士で、その使う技も不明だ。

 今まで、ベッテンコードとは流血を伴う激烈な訓練を繰り返したけど、別の方向から見れば、僕はベッテンコードが使う剣術しか知らない。

 この世界には無限に技があり、術がある。

 今、僕はその未知と対面しているのだった。

 また男がわずかに間合いを変え、重心もまた変える。

 いつでも飛び込んできそうだ。

 僕は囁くように言った。男にではなく、アールとリコにだ。

「離れていてください。どうなるかわからない」

 いい終わる直前だった。

 呼吸を読まれるのは覚悟していた。だからこの不意打ちも予想のうち。

 男が剣を鞘走らせ、切っ先が半身になった僕の目と鼻の先を駆け上がる。

 リコとアールは跳んで間合いを作り、僕は今度は頭上から落ちてくる剣を、もう一度半身になることで回避した。

 僕の右手が自分の剣の柄を握り、それに反応した男がスルスルっと間合いを広くした。

 男は剣を構えている。八双。攻撃的な剣術を使うようだ。実際、彼の剣は幅が広く、重そうでもある。しかし、先ほどの二度の振りを見る限り、完全にその重さはコントロールされている。付け入る要素ではない、か。

 剣術の意義を、少し前にベッテンコードはこう表現した。

「隙を突くのが技だが、隙を精密に突く技術こそが本当の技だ。それには力も速さも兼ね備えている必要がある。精密とは、完全なる剣の支配からしか生まれない」

 つまり、どれだけ腕力があっても、剣を支配できなければ技ではない。どれだけ重い剣を振り回しても、剣に引きずられるようでは技ではない。

 今、目の前にいる男は間違い無く、一流の技の使い手だろう。

 切っ先がかすかに揺れる。

 誘い。

 剣を抜きたい気持ちを、ぐっと堪える。

 代わりに腰を落とし、両足をたわめることを選択。

 飛び込んでくれば、こちらに逆に切りつけられることを彼は想像したはずだ。

 想像した上で飛び込んでくるか、それとも、膠着を維持するか。

 時間はそれほどかからない。ほんの一秒、あるいは反秒でお互いに認識が共有され、戦いは次の場面に移る。

 男は飛び込んできた。

 袈裟斬りの速い一撃は、その鋭い踏み込みも相まって、回避は至難だった。

 僕が避けられない、と思ったからこそ男が踏み込んだとも言える。

 その打ち込みが乱れたのは、僕が彼の予想以上の速度で前に踏み込み、剣を素早く抜いたからにすぎない。

 僕の剣が一閃するのを、男は強引ともいえる動きで身を捻って回避した。抜き打ちは鞘がある側、つまり僕の左側に逃げられると追撃が難しい。彼は定石通り、そちらへ逃げた。

 しかし今は、とにかく僕としては膠着を目指すよりない。

 大前提として、彼を切る理由が僕にはないのだ。

 お互いに立つ位置を入れ替えて、改めて向かい合う。

「ルーカス殿!」

「ご無事ですか!」

 そんな声が交錯する。どうやら先ほどの黒い装束の三人が戻ってきたようだ。すでにいきなり始まった斬り合いを見物しようと周囲に人が集まりつつある。

 ルーカスという名前らしい僕と相対している男が、静かな声で言う。

「お前たちはそこにいる男女の二人組を拘束しろ。殺してはならん」

 男女の二人組とは、アールとリコだ

 僕も二人に声をかけた。

「間違っても切り殺さないように」

 これにはルーカスが失笑した。剣を抜いているのにこの余裕があるのが、彼の力量の高さの証明であると同時に、慢心、傲慢の表出に僕には見えた。

「剣聖騎士団相手に手加減なんてできるかねぇ。まぁ、努力は致しますがね」

 アールがおどけて言いながら、腰の短剣を抜く音が聞こえる。すでにリコは曲刀を抜いて構えていた。

 唐突に一対一の対峙とは別に、二対三の対峙が発生していた。

 僕は僕の相手に集中するしかない。

 ルーカスが前触れもなく間合いを詰めるが、わずかに遅い。いや、次に加速する。ベッテンコードが多用した技に似たものがある。彼は簡単に、緩急の歩法、と呼んでいた。

 この歩法は、間合いを測る、剣士の本能を揺さぶる技だ。

 しかし手品のようなものに過ぎない。

 と思っていたが、急に間合いを潰され、しかし剣の間合いよりも短い。

 蹴りが来た。

 足を切り落としたくても剣を合わせるのは間に合わない。

 肘を当てて勢いを殺し、あとは衝撃を利用して横に逃れる。

 ルーカスが追尾、今度こそ刃を突き込んでくる。

 僕の剣がそれを受け。

 流し。

 絡め取ろうとするが、重い!

 逆にルーカスの圧倒的な膂力に僕の剣が跳ね飛ばされかけるので、絡めにいった剣を解いて、今度はこちらから間合いを取ろうとする。

 しかしルーカスは間合いを作らせない。

 刃が翻るのを紙一重でかわして、横へ横へ逃げていくはずが、ルーカスの剣は巧妙に僕が逃れる方向を限定している。決して僕に仕切り直させない。

 体力勝負、もしくは集中が乱れるところを待っているのか。

 なら!

 こちらが思い切って踏み込み剣に剣を当てていく。

 鍔ぜり合いはほんの一瞬。触れている一点を中心に切っ先が捻られ、お互いを切ろうとする。

 二本の剣が横に流れ、肩同士がぶつかり、押し合い、弾き合うように間合いを取ることで、やっと距離ができた。

「まるで」

 ルーカスが先ほどまでとは違う、感情のない声で言う。

「我が師と立ち合っているようだ。剣聖ベッテンコードの剣そのままだ」

 答える言葉を僕は持たない。

 誰の剣だっていい。

 誰の技だっていい。

 僕は僕だし、これまでの全てが同じだとしても、これから先は全く新しい剣になるのだから。

 これから見つけ出す技は、誰の技でもない、僕だけの技になる。

 ゆっくりと息を吐く。

 体が強張っていたのが急に実感できた。

 こんなぎこちない体で、よく凌げたものだ。

 手加減されているか。

 馬鹿にして。

 ゆっくりとまた、息を吐いた。

 体が冷える。

 血管を水が流れていくようなイメージ。

 手足の指の先までが、全て鮮明に把握できる。

 周りの音が消えていく中で、ルーカスが短く言った。

「どうやら容易に勝てる相手ではないな」

 おしゃべりな男じゃないか。

 僕は堂々と、一度、目を瞑った。

 瞼を閉じても、全てが見える。

 空気が揺れ、地面がかすかに震えた。

 僕の体が、自然と動いた。



(続く)

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