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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
50/155

4-4 口八丁

      ◆


 市場へ行くといろんな人が声をかけてくる。

 ベッテンコードは市場へ降りることがなかったので、そもそも市場の人々はベッテンコードを知らず、老人の病も死去も、何も知らない。

 人々の明るい様子が、僕の胸を強く締め付けた。

 ベッテンコードは孤独だったかもしれない。

 でも仮に僕がベッテンコードの立場、近くこの世を去っていく立場なら、どんな最後を望むだろうか。一人静かに息を引き取りたいという思いはある。周りにいる人にも、必要以上に悲しんで欲しくもない。すぐに忘れてもらいたい。

 だからベッテンコードの最期は立派だ、ということになる。

 なのにどうしてだろう、僕はベッテンコードのことをもっと多くの人が見送っても良かったのではないか、と思ってしまう。

 市場では三人一組で、情報を集めたけど、必要な情報はあっさりと判明した。

 この街にある唯一の宿にそれらしい四人組がいるという。教えてくれたのは食肉を扱う商店の店主だった。

「都会の奴らは無愛想だと、宿のものがぼやいていたよ」

 そんな情報もあったけど、どうも黒の隊のものにはカル・カラ島まで来ても羽根を伸ばすことは許されていないらしい。

 僕たちはまっすぐに宿屋へ向かい、その道すがら、簡単に打ち合わせをした。

「まずは話を聞くだけにしよう。面倒ごとは避けたいし」

「了解いたしました」

 リコが頷く横で、アールが肩をすくめる。

「腕試しした方がいいんじゃないか? いつかはアルカディオの部下になるんだから」

「しかし、まさか斬り合いで試すわけにもいくまい? アール」

 冷え冷えとしたリコの言葉に、アールは口笛などを吹き始めた。

 ただ、こんなやりとりは全くの無駄になった。

 宿屋の一階は食堂になっているので、アールなどは「相手がいなければ軽食を食って帰ろう」などと言って、真っ先に中に入っていった。その背中に僕、そしてリコが続く。

 しかし僕の前で店に踏み込んだばかりのアールがいきなり足を止め、僕はその背中にぶつかりそうになった。次には僕の背中にリコが触れそうになる気配が背後であった。

 どうしたのかと僕はアールに訊こうとしたけど、しかしそれよりも先に、彼からさっきまでの無駄口が鳴りを潜めている。気を取り直してどうしたのか聞く前に、彼はゆっくりと動き出し、そっと空いているテーブルの一つについた。

 その時になって僕は気づいた。

 食堂のテーブルの一つで三人の男が食事をしている。揃って目つきが鋭く、その視線の配り方に隙がない。食事中なのにだ。そして全員が黒い装束で統一していて、腰には剣があった。

 一目見て、剣聖騎士団だと分かるほど、異質だった。カル・カラ島らしくない。

 僕たちは計画などどこへやら、素知らぬふりで、店のものにサンドイッチやタルトをまとめて注文した。

 唐突に黒い装束の一人が急に立ち上がった。アールがあからさまにそっぽを向き、リコも目を伏せる。おいおい、そんな態度は怪しすぎる……。

 案の定、その人物が僕たちのテーブルへ歩み寄って来て、直立してこちらを見下ろしてくる。

 冷え冷えとした眼差しだ。

「剣を使われるようだが、どなたに師事しているか、是非、聞きたい」

 僕は無言でアールの顔を見た。こういう時は彼が一番の適役だろう。口が達者だから。

 僕の期待に応える気になったらしく、おほん、などと変な咳払いしてから、アールが相手を見上げる。

「俺がこいつの師匠だ。ただの流れの剣士だよ。色んな奴から教わっているが、全員の名前を挙げるかい? 終わる頃には日が暮れちまうが」

 男はさすがに苛立ったようだが、声を荒げたりせず、また姿勢も変えなかった。

「我々は一人の人物を探して大陸からこの島へ来たのだ」

「大陸から? そいつはまた、大変なことだな。さぞかし長い旅だろう。で、全部であそこにいる二人も含めて、三人かい?」

「そうだ」

 フゥン、とアールはいよいよ興が乗ってきたようだ。すぐ調子に乗るのが今はうまく作用している。

「あんたたち、賞金稼ぎっていう感じじゃないな。国の役人でもない。どこの所属?」

 気安い調子のアールの言葉は、相手の剣士の油断を誘ったらしい。アールのどことなく自分を卑下する演技に、男は気が大きくなったようだ。

「剣聖騎士団、黒の隊だ」

 アールが目を見開く。僕もそれっぽく反応した。リコは真剣に驚いているとしか見えない迫真の演技だった。

 慌てたように、アールが身を乗り出す。

「剣聖騎士団! もしかして、例の逃亡している剣聖とやらを探しているのか? こんな島まで来るほど?」

「情報通のようだな。どうだ、知らないか?」

「聖剣を持った爺さんのことなんか、俺は知らんね」

 アールが答えて、男が笑い、全てが停止した。

 時間が止まるとはこのことだ。

「おい、お前」

 男が態度を改め、剣吞に目を細めてアールを見下ろす。

「俺は誰を追っているか、詳細に話していない。剣聖様が高齢であることも、聖剣をお持ちだということも、話していない。それを何故、知っている?」

 バカめ、とリコが僕にだけ聞こえる声で吐き捨てた。

 いや、と大失態を演じたアールがさりげなく額の汗を拭う。

「この島へ来る前に、そういう噂を聞いたんだ。老境の剣聖が行方知れずだと。その話をあんたの様子と総合して、さっきの言葉になったわけで、俺は何も知らんよ」

 男は無言。

 アールだけが慌てていた。

「俺たちを締め上げても、何も情報は出ないぜ、お兄さん。どこにいるかなんて、わかるもんか」

「関係するものを処罰してもいいと陛下から勅許を得ているのだ」

「そんなことをしても、誰も得はしないぜ」

「それはつまり情報があるのだな?」

 どんどん墓穴を掘っている形になってきた。しかもその墓穴はアールだけではなく、僕もリコも、あるいはクロエスを飲み込んでも余裕がありそうだった。

 際どいところで、アールが言い逃れを試みる。

「いやいや、情報って、何もないよ。俺が言いたいのは、だから、例えば宿を提供したものとか、食料を与えたものとか、そういうものを関係者として無闇に処罰するに酷いことだ、という個人的意見」

「それは剣聖様がこの島にいることが前提ではないか?」

「あんたたちがここにいる以上、剣聖がいるのかもしれないな、という推測、憶測だよ」

 だいぶヒヤヒヤしたが、アールはなんとか相手を引き下がらせることに成功し、男は胡乱げにこちらを見ながら、自分の席へ戻っていった。しかし疑いは間違いなく残り、僕たちがここへやってきたことは、状況を悪化させたようだ。

 僕たちのテーブルにも料理が並んだ。しかしもう、落ち着いて食べる空気でもない。アールがどうでもいい会話をしながらそれを食べて、リコが稀に相槌を打っている間、僕はそれとなく黒装束の三人を観察した。

 向こうもこちらを気にしている。あまり凝視もできない。技量のほどを知りたいけど、椅子に腰掛けているだけでは如何ともしがたい。

 やがて黒い装束の三人は食事を終え、店を出て行った。その時になってやっとわかったことといえば、なるほど、足の運びからして、それなりに使いそうだ、というあやふやな観測だけだった。

「参ったね、どうも」

 緊張から解放されたアールがおどけるのに「迂闊な男は困る」とリコが冷たい視線を向ける。まるでアールは悪びれず、ぐっとテーブルに身を乗り出した。

「でもとにかく、三人という数で、本当にベッテンコードさんを探している、ということはわかった。どうやり過ごす? アルカディオ」

「もうベッテンコードさんはいないんだから、黙っていればいいよ」

 僕の意見は真っ当だった筈だけど、アールは不服げで、またリコに睨まれていた。

 しかし思わぬことが起こるのがこの世の常た。

 料理を食べ終わって店を出る時、一人の男とすれ違った。

 正確には、出会い頭にぶつかりそうになり、双方がそれを避けようとした。

 避け方が、まるで同じだった。

 両者が静止する。

 宿の一階の、屋内と屋外に立って僕たちは相対して、停止していた。

 沈黙。

 後ろにいるアールとリコが身構えていた。

 空気は張り詰め、気迫に満ちていた。

「聞きたいことがある」

 よく響く低音が、目の前にいる男の口から発せられた。

「剣聖ベッテンコードの居場所を教えて欲しい」

 僕は言い訳を考え、しかし僕がそれを口にする前に男は剣の柄に手を置いていた。

 酷薄な声が、向けられる。

「言わねば、腕の一本でも落として、話してもらうとしよう」

 ……乱暴だなぁ。

 っていうか、剣聖騎士団の探索隊は三人じゃないのか。四人とは聞いていない。

 男はじりっと表の通りへ後退していく。場を整えてくれるつもりはあるらしい。通りで決闘というのは、いかにも不安だが、選択肢はない。アールとリコもこの状況に気づき、最大の警戒としてだろう、僕の背後につく。

 僕たちはそのまま通りへ出て、こうして四人は往来の真ん中で対峙することになったのだった。



(続く)

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