表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
46/155

3-15 聖剣に選ばれしもの

     ◆


 ベッテンコードは僕を自分の部屋に連れて行った。

 階段のところで人が座り込んでいるのにぎょっとしたが、人造人間のうちの一体だった。ベッテンコードはなんでもないようにその横をすり抜けるので、僕も同じようにした。眠っているようにも見える人造人間はクロエスがいずれ、なんとかしてくれるはずだ。

 ベッテンコードの部屋は灯りがなく、月明かりだけが頼りだったが、大きく窓が切られているので部屋の中は意外に明るかった。

 その明かりの中で、ベッテンコードは壁際に立てかけてあった布に包まれた何かを持ってきた。

 僕が見ている前で布が解かれると、出てきたのは一振りの剣だった。

 見ただけで背筋が震えるのは、どうしてだろう。まだ鞘に包まれているのに。

 真っ黒い鞘で、複雑な意匠の飾りが鍔元から柄にも精密に施されている。

 鍔元に真っ黒い石がはめ込まれており、これが不思議な光り方をする。吸い込まれるような、どこまでも焦点が沈んでいってしまうような石だった。

「これが四本しか存在しない聖剣の一振り、破砕剣だ」

 まるで自分のペットを紹介するようなベッテンコードの口調だった。なので、言葉の意味を理解するのに一秒ほどが必要だった。

「ベッテンコード先生、それって、つまり……」

 言っていいのか、悪いのか。

「先生が、聖剣を持ち逃げしたのは、本当だったんですか?」

 言ってから、失敗したな、と気付いた。ベッテンコードは不愉快そのもので堂々と応じた。

「持ち逃げも何も、今は私の所有物だ。私がどこへ持っていくのも、自由だろう」

 いや、この剣は私有できる代物ではないのでは……。

「わしの所有物だからな、譲る相手も自分で決めることができる」

 なんだって。

「……今、なんて言いました? 先生。譲る相手?」

 そうだ、とベッテンコードが傲然と頷く。

「この老人は老い先短い。元来、聖剣はその持ち主を引き寄せるか、あるいは待ち続けるものだが、わしはそんなことは認めないと決めたのだ。老い先短いのなら、自分の後継者を自分で育てよう、とな」

 急な話だった。

 後継者。

 それがつまり……。

「僕がその後継者、ですか?」

「人間の素質を見抜き、その能力を一から育てる余裕はなかった。人造人間を聖剣が認めるかは謎だったが、それはこれから試すとしよう。少なくとも、お前はわしが知っている中で最高の使い手となったのだ」

 言葉に多くの要素が含まれていて、僕はまるで暴風に揺さぶられる細い木だった。

 僕はベッテンコードが後継者として生み出し。

 僕はベッテンコードの後継者としてふさわしい、とされたのか。

「手にとってみよ。そして抜いてみよ。聖剣が認めなければ、その剣は抜けぬ」

 差し出された剣を、反射的に受け取っていた。僕の手の中にあるそれは、見た目からするともっと重いかと思っていたけど、ちょうどいい重量に思える。そこは飾り物ではなく、実戦を意識した武器なのだから、当然か。

 左手で鞘を握り、右手が柄を握る。

 手のひらに痺れるような感覚。しかし不快ではない。

 励まされるような錯覚。

 自然と力を込め、柄を握りしめた。

 剣を抜く動作は、まったく自然にできた。

 鞘から美しい白刃が露わになっていく。

 月明かりが何倍にも増幅され、部屋の中が真昼のように明るくなった気がした。

 その光の中で、ベッテンコードは笑っている。

「わしの見立てに間違いはないな。聖剣はお前を認めた!」

 僕は刃を立てて、その光に見入った。

 僕はこの剣をかつて、取ったことがある。それは高揚と、悲しみを励起させた。

 僕自身の感情ではなく、昔の記憶、僕に焼き付けられたベッテンコードの記憶だ。

 剣士として人を切ることに、興奮と同時に悲哀を感じるのは、矛盾だろうか。

 それでも剣士とは人であり、人である限りその矛盾に苦しむしかないのか。

 僕はいったい、どちらなのか。

 人間に近い存在か、それとも剣に近い存在か。

 いつの間にか部屋を照らす光は弱くなり、僕は自然と鞘に刃を戻した。

 ベッテンコードは安堵したようだ。そして急に、何年もを一瞬で過ごしたように一層、年老いて見えた。

「聖剣とは」

 ベッテンコードは話しながら寝台の方へ歩いたけど、不意によろめき、僕はとっさに彼の腕を掴んでその体を支えた。その軽さに、驚いた。腕は細く、枯れ木のようだった。

 腕を掴む僕の手を振りほどくでもなく、結局、僕に支えられたままベッテンコードは寝台に腰掛けた。

「聖剣とは、ただの剣ではない。この世界を守護する剣であるとされる。しかし人間たち、特に剣士はその聖剣に惹かれ、命さえも捨てる。アルカディオ、お前は二つのものを守らねばならぬ。一つは世界、一つは聖剣だ。聖剣は持ち主を得てこそ、初めて意味を持つ。決して、使えぬものに委ねてはならん」

「はい」

 頷く僕に、絶対にだ、とベッテンコードは念を押した。

「人に仕えてもいい、国に仕えてもいい。しかしお前とその剣は常に分かたれずにいるのだ。そしてもし、世界に闇が訪れたのなら、お前が先頭に立つのだぞ。聖剣を持つもの、剣聖とは、守護者であり、常に最前線にあるものなのだ」

「わかりました」

 僕の返事に、ふうっと細く息を吐くと「もう下がれ。用は済んだ」とベッテンコードはちょっとだけ笑みを浮かべた。その顔はやっぱりどこか、いっぺんに年老いたように見える。この部屋に差し込む、弱い、あまりに弱い月明かりがそう見せるのだろうか。

 僕は片手に破砕剣を下げて、尖塔の上にある部屋を出て、階段を降りた。人造人間が座っている横を抜け、廊下に出て、そこに至ってやっと不安がやってきた。

 僕が剣聖?

 僕なんかが?

 もっとふさわしい人がいるんじゃないだろうか。だって世界は広いんだし。大陸の、ソダリア王国にはもっと大勢の剣士がいる。ダーモット商業国や汗国まで含めれば、膨大な数の人たちが剣の道を歩いている。

 それなのに、ほんの半年の修練しか積んでいない僕が、剣聖なのか?

 今からベッテンコードに聖剣を返すべきではないのか。

 足を止めていた僕は背後にある階段を振り返った。

 かすかな明かりがある螺旋階段は、しかし、どこよりも深い闇に閉ざされているようだった。

 まるで僕を拒絶するような闇だ。

 僕は強く、聖剣を握りしめた。

 ベッテンコードが翌朝、起きてこないことを、まだ誰も知らない。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ