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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
44/155

3-13 聖剣の在り処

     ◆


 僕が水が溢れんばかりのグラスを持って食堂へ駆け戻ると、ベッテンコードはテーブルに頬杖をついて待っていた。

 以前の彼の様子を彷彿とさせるけど、やはり痩せていて、頬に影が落ちている。

 水を用意する間、もしかして僕は変な夢を見たのか、アールに盛られた薬で幻覚を見ているのではないか、そう思ったりもしたけど、よかった、これは間違い無く、現実だ。

 グラスを受け取ったベッテンコードは即座に中身を半分ほど飲み干し、「何があった?」と確認した。次に声を潜めて「あの女と小男はどこの誰だ?」とも確認してきた。そう、ベッテンコードが病に倒れて意識が曖昧な時に、アールもリコもここへ来たのだ。

 どう説明しようか、考える間もなく、リコが歩み寄ってくると片膝をついた。どうも、彼女はいつもそうしている。もしかして、自分が長身なのを恥ずかしいと思っているのだろうか。うーん、ただの礼儀かもしれないけど、そんな風に勘ぐってしまう僕がいる。

 その膝を折ったリコがベッテンコードの前で恭しく頭をさげる。

「「黒の隊」を率いる剣聖、ベッテンコード様でしょうか?」

「かつてはな」

 あっさりとベッテンコードが答える。答えながらリコではなく僕を睨んでいるのは、「え!」と不用意に叫んだからだろう。

 でもこの時、咄嗟に出た声を飲み込むなんて、とてもできなかった。

 ベッテンコードは僕からリコに視線を戻し、鋭い眼光を向ける。そこに病の気配は少しも含まれておらず、苛烈そのものだった。

「しかし今、ここにいるのはただの老いぼれだ。剣聖などではない」

「破砕剣の使い手にして、剣聖を制する剣聖とまで呼ばれた方に、無礼な態度、失礼いたしました」

「だから、わしはただの一人の老人としてここにいる。お前もそのように接すれば良い。そもそもここは大陸ではなく、小さな島だ。周りを海に囲まれた、この世の果てだ。ここにはここの常識があるのを弁えて欲しいものだな、お嬢さん」

 珍しくベッテンコードが皮肉げな口調で言ったけど、リコは大して不快でもないようだ。

「お会いできて、光栄です」

「老人に会えて嬉しいなどと、奇妙な娘だ。わしのようなものなど、貧しい農村では口べらしで山に捨てられるものだが。わしは自らで自らをこの島へ捨てたのだな」

「立派な弟子をお持ちです」

 その一言で、またベッテンコードは僕の方を見た。というか睨みつけた。結構、本気で。空気が冷えたように錯覚するほど、強烈な殺気を宿した眼光だった。

 技を不用意に見せたことを責める眼差しだけど、僕は首を左右に振ってみせた。

 だって、技なんて何も見せていない。剣の柄に手を置いただけなのだ。

 きっと僕はものすごく悲壮な表情をしていたのだろう、ため息を吐いてベッテンコードはまだ膝をついているリコの方に視線を戻した。それだけでもほっとする僕だ。

「お前も技を使うようだが、誰に習った?」

「流浪の旅の中で身につけた、剣術の真似に過ぎませぬ」

「とてもそうは思えぬが、そう言いたいのなら言っておれば良い。それより、そこに縛り付けられているものは?」

 やっと話題の対象になったからだろう、テーブルにくくりつけられているアールが精一杯、体と首を捻ってベッテンコードの方を見ようとする。うまくいっただろうか。

 彼はリコと違い、全くへりくだらなかった。

「俺はアールというものだが、あんたがあのベッテンコードか? 剣聖のベッテンコード?」

「いや、ただのベッテンコードだ」

「俺は賞金稼ぎだからよく知っている。剣聖ベッテンコードは聖剣を持ち逃げして、行方をくらませた。ソダリア王国の精兵中の精兵、剣聖騎士団が老人がどこへ消えたのか、草の根分けて探しているそうだぞ」

 露骨に舌打ちして、「知らん」とベッテンコードは吐き捨てたけど、アールは黙らなかった。意外に根性があるのか、そうでなければ興奮しているんだろう。

「聖剣を回収すれば一生、生活に困らないっていう噂があってな、まさか、ここに聖剣があるのか? あんたが持ち逃げした破砕剣が?」

「知らんと言っているだろう、若造が!」

「おいおい、その態度は認めているも同じじゃないか! ここにあるのかよ、聖剣が! 悲鳴をあげたいくらい最高だな!」

 バタバタとアールが暴れ始めたので、テーブルが壊れるか、縛り付けている細い縄がちぎれるのではないか、と不安になった。

 一方のベッテンコードは冷静そのもので、「あの若造は切ってはいけないのか?」と僕に囁いたものだ。

「良いかもしれませんが、無駄な殺生です」

 他に答えようがなかったけど、だいぶ非情だったかもしれない。ベッテンコードはもっと非情だったとため息混じりの言葉でわかった。

「あの口を閉じさせるのは十分に有意義だろう」

 そうかもしれない……。

 いきなりリコが立ち上がったかと思うと、アールに歩み寄り、誰が止める間もない早業で首筋を押さえて失神させた。そして丁寧にこちらに一礼した。あまりのことに僕も、ベッテンコードさえも頭を下げた。

 もう非情さが満ち溢れていて、誰がどれだけ残酷か、測れない。

「意外に怖い女だ」

 老人の感嘆したつぶやきに、そうなんです、と言いたかったけど、ぐっと我慢した。僕も締め落とされてはたまらない。

 この段階になって、ベッテンコードは本題の中の本題に話題を移した。

「それでアルカディオ、どうしてクロエスが寝かされている。何があった?」

 僕はこの数時間であったことを手短に話したが、ベッテンコードはわずかも慌てなかった。

「クロエスは錬金術師として、自分の体をだいぶ弄っている。ちょっとやそっとの毒で死ぬことはない。そもそもあの若造の毒は中和する薬物で対処できたのだろう。ならクロエスが死ぬものか。すぐに意識を取り戻す」

 そうですか、と答えたけど、僕はまだ不安だった。

 クロエスの様子を見ても、呼吸はしているけど、それだけだ。眠っているようにも見える一方、毒を飲んだのだから、全くの無事という確信は持てなかった。

「アルカディオ、こんな時で悪いが、重大な話がある」

 急に、そして珍しいことにベッテンコードが真剣な口調を向けてきたので、僕は視線を彼に戻した。

 ベッテンコードはグラスの中に残っていた水を飲み干すと、剣を手にとってそれを杖代わりに立ち上がった。

「お前を試さなければならん。剣を持ってこい。いつもの場所だ」

「え? 今からですか?」

 この問いかけほど間の抜けたものはなかっただろうけど、ベッテンコードは笑いもせず、ただ「今からだ」と答えただけだった。

 その一言で、彼が真剣なのは理解できる。

 でも。

 彼は、なんて言っていた?

 試す?

 先に行く、とベッテンコードはゆっくりと歩き出した。最初こそ剣を杖ついていたが、すぐにそれは必要なくなり、しゃんとした姿で廊下へ消えてしまった。

 僕は混乱していたのでなんとなくリコを見た。

 そのリコは僕を見て、強く頷いた。

「この男は私が見張っておきます」

 ……そういう返答が欲しいわけでもないんだけど。

 結局、僕は自分の部屋へ駆け戻り、訓練のために渡されていた真剣を手にして館の裏手へ回った。

 試すという言葉が示すところが何なのか、僕には想像できなかった。

 出来なかったけど、不吉な予感はした。

 悪い予感だ。

 ものすごく。



(続く)

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