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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
33/155

3-2 救助者

       ◆


 市場に並ぶものは季節の中で少しずつ変化している。

 夏には色とりどりに鮮やかな光り方をしていた果物は、棚から少しずつ減っていく。

 カル・カラ島はおおよそ常夏でも四季があるという。僕は春と夏しか知らないし、秋も今、実感しているところだ。でも冬になっても雪が降ることはないようで、それもあってこの島では氷は貴重品だったりする。

 いつかの館で食べたシャーベットも、高級品だったわけだ。

 僕は顔見知りの店のものたちと話をしながら、ここのところ、頻繁に訪ねている薬屋へ足を伸ばした。

「あんたか、アルカディオ」

 初老の薬屋は苦り切った顔で僕を出迎えた。

「その様子だと、頼んだ薬はまだ入荷していないんですね」

「悪いが、当分は無理だ。あんたが欲しがっている薬の元になる草は、この島じゃ手に入らないんだよ。大陸の方に注文を出しておいたが、うちは大陸と繋がりが薄い。知り合いが動いているだろうが、いつになるか」

「迷惑をかけて申し訳ありません」

 ベッテンコードの病を治す、もしくは楽にするために必要な薬を、クロエスはいくつか導き出していた。

 しかしそれは非常に希少で、クロエスの手元にはなかった。そうなれば市場の薬屋を当てにするしかないけど、クロエスは僕を使いに出すと決めた。クロエスも市場の人々と友好的にやっているけど、一部ではどうしても利害がぶつかるし、そりの合わないものもいる。

 中でも薬屋、医者は錬金術師のクロエスとは競合することになり、いい顔をしない。

 もっとも、こうして僕が出向いても、薬屋はいい顔はしない。医者はもっとしない。でもそういう態度を取られることも勉強だと思っている僕だった。

 礼を言って店を出ようとすると「これは噂だが」と薬屋が不意に言った。躊躇いの含まれた口調だった。

「流れの薬屋が島にいるらしい。医術の心得もあるそうだが、実際は不明だな。今さっき、ウージェの果樹園で怪我人が出て、うちでも薬をいくつか融通したが、その流れものは手術をするらしい」

「流れ者が、って、医者はダーカさんがいるじゃない」

 ダーカはカル・カラ島で最も名の通る医者である。

「ん? アルカディオ、お前、知らないのか。今さっき、港の方で大量の船の残骸が漂着してだな、どうも嵐で難破した船の一部が流れ着いたらしいのさ。ダーカの奴は一緒に流れ着いた水死体の確認で忙しいってことだ」

 難破船か。

 今度こそ礼を言って、僕は店を出た。

 足は自然と港の方へ向く。

 近づくと喧騒が大きくなり、人の数も増えたけど、港から戻ってくるものが大半だ。すでに騒ぎはおしまい、ということらしかった。

 港の桟橋のすぐそばに幕が張られた一角があり、離れていても不快な臭い、腐臭が漂うのが感じられた。

 医者のダーカとは知り合いだけど、見たところ、姿がないから幕の中にいるのだろう。気軽に入り込める雰囲気ではないので、僕は自然、幕の前を抜け桟橋の方へ行っていた。何人もの男たちが漂着してくる材木や、何かの荷箱を引っ張り上げている。

 そうか、大陸との間で船が沈めば、荷は全部ダメになる。僕が薬屋に注文した薬も、もしかしたら海の底かもしれない。

 うんざりした気分なりながら、引き返そうとした。

 それが見えたのはだから、ほんの些細な光りの加減だった。

 海の上、港からやや離れた場所をやっぱり材木が漂っている。そうとしか見えないものに注意を引かれたのは、まさに偶然だ。

 身を翻すのを急停止して、僕はじっとそれを見つめた。

 材木に何かがくっついている。

 なんだ? 布、織物か?

 いや……あれは、人だ。

「誰か!」

 僕は思わず叫んでいた。漂流物を拾っていた男たちがぎょっとしてこちらを見る。

 本能的に指差していた。

「人がいる! 木に掴まって浮いているんだ!」

 それだけで男たちが血相を変えた。

 あっという間に小舟が用意され、沖へ漕ぎ出していく。

 僕は桟橋の上でハラハラしながらそれを見ていた。

 小舟が船だったのだろう大きな木を取り囲み、布が引っかかっているようだった人物が引っ張り上げられる。

 生きているのか、それとも、もう……。

 船が桟橋に戻ってきて、助けられた人物が運び出される。最初に「担架を持ってこい」と男の一人が言ったので、生きているのだろうと見当がついた。ほっとして、膝をつきそうだった。

 どんな人物が助けられたか、僕も見ることができた。

 鮮やかな衣装を着た若い女性だった。

 担架がやってきて、女性は運ばれていった。目で追うと、医者のダーカが幕の中から飛び出してくるのが見えた。

 今度こそ安堵を実感した僕に、男の一人が何かを突き出して言った。

 彼の手にあるのは半円を描くような曲刀だった。見たこともない、珍しい形状である。

「こいつは木に突き刺して、それに服の一部を巻きつけてあった。木を離さないためにしたんだろうが、度胸のある女だ」

 持っていくか? と剣を差し出されて、彼女のものだろうと思ったけど、「預ける」と一歩的に押し付けられてしまった。断ろうとしても、お前が見つけた生存者だ、と言われては、返しようがない。

 参ったな。

 結局、僕はダーカが女性の診察をして、意識がないだけでおそらく助かるだろう、と結論を出すまで待って、それから剣のことをダーカに相談してみた。

「どういう素性の女か知れたものではない。剣などそばに置いておけるか」

 それが医者の返答で、別に女性が剣を持って暴れまわるとも思えないけど、と常識的な反論をしようとしたものの「忙しいのでな」と医者はそそくさと例の幕の中に消えてしまった。追いかける気にはとてもなれない。

 参ったなぁ、本当に……。

 仕方なく僕は海から引き上げられた適当な布を譲り受け、鞘のない曲刀をぐるぐる巻きにしておいた。さすがに抜き身では持ち歩けない。海水に十分にまみれていて錆びるかもしれないけど、その時は研げばいいか。

 さて、これでやっと、ウージェの果樹園に行ける。

 すでに三時間ほどを無駄に過ごして、昼前になっている。昼食を食べる習慣がないので、帰る必要がないのは楽だ。大陸では一日三食が当たり前だけど、一日二食はクロエスの考えである。食事の時間がもったいない、という趣旨の話をしているのを聞いたことがある。

 僕は海を横に見ながら石畳の道を進み、それはやがてただの地肌の覗く道に変わっていった。

 ウージェの果樹園は市場のすぐそばだ。

 秋の果物の収穫時期だろうな、と想像しながら、やっと流れの薬屋のことを真剣に考えることができた。

 カル・カラ島に来るものといえば、逃亡者だ。クロエスがそうだし、ベッテンコードも近い立場だ。

 厄介な人物じゃないといいんだけど。



(続く)

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