1-2 人造人間
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食堂に案内される前に、衣装部屋に連れて行ってもらえた。
雑然としているけど、色とりどりの服がひしめき合うように並んでいる。
これがいいかな、こっちかな、とクロエスが着せ替え人形の服を整えるように、次々と服を出してくる。着せ替え人形は何か、は思い出せたと言える。
かれこれ二十分ほどして、やっと僕の服装が決まり、ついでに着替えも一揃え、用意された。
そう、二十分という時間の概念も復活したのだ。この調子ならもっと色々と思い出せそうだ。
僕が着ている服は南方のそれで、一着の中にも様々な糸や布が使われ、鮮やかな色合いをしている。裾飾りなどもついていて、どことなく道化師っぽくもある。
ああ、南方独特の意匠だということもわかれば、道化師もわかる。その調子で思い出していこう、と期待する僕だった。
衣装部屋を出たところで、一人の女性が待ち構えていた。いや、少女か。
抜けるように白い肌をして、髪の毛は真っ黒。背丈は低くて、十二歳くらいだろう。
瞳が僕をまっすぐに見て、一礼する。でも無言だ。
「これを彼の部屋に運んでおくれ」
クロエスが服の山を手渡すと、少女は表情をピクリとも動かさず、気配さえも揺らがさずに大量の衣類を抱えて、廊下を去っていった。歩き方さえも静かで、逆に強い違和感があった。
「彼女は、人間じゃないですよね」
思わず僕はクロエスに問いかけていた。廊下を歩み出そうとしていたクロエスがピタリと足を止め、こちらを振り返る。
「どうしてそう思う?」
「えっ?」
逆に問いを向けられて、僕は心底から驚いてしまった。
どうしてって……。
クロエスは目元が見えないので、表情から何を考えているか、何を思っているか、推し量るのが難しい。
でも怒っているようではない。
好奇心、興味を惹かれている、という雰囲気だった。もちろん僕に、だ。
「あの……」
「別に他に誰もいない。気にしないでいいよ、好きなように答えて」
確かに廊下は無人だった。
中庭が見えて、のびのびと緑が茂っている。無数の花が咲き、赤、黄色、白、紫の花弁が色とりどりに鮮やかだ。
庭を見ていると少しだけ、落ち着いた。
責められているわけじゃない。
それに、僕でも気づかずにはいられない事実も、もう頭の中にしっかり入っていた。
「あの女の子は、人造人間ですよね。瞳が人のそれじゃないし、感情が希薄で、それと体つきが普通じゃないです」
僕の言葉に、クロエスが小刻みに頷く。僕の言っていることは見当外れではない、ということらしい。
「他に気づいたことは?」
その短い問いかけが、クロエスにははっきりと、僕の心中にあるものが見えていると教えてくれる。
恐ろしい考えが、僕のうちに沸き起こっていた。
自信を持って答えていい、と励まされているような、彼のまとう空気が僕の背中を押した。
「もしかしたら、僕も、そうなんじゃないかと……」
背中を押されても、それでも僕は、明言できなかった。
あの女の子の白い肌は、僕の白い肌と同じだ。
あの女の子の体つきは、僕の体つきとよく似ている。あと何年か成長すれば、某とそっくりになるはずだ。
それらが全てを示している。
僕もなんだ。
僕も……。
「考えるのはおやめ。まだ早いよ」
いつの間にか僕のすぐ目の前にクロエスがいて、僕の両肩に置いた手に力を込めていた。
力づけるような、僕を支えようとするような、そんな力のこもり方だった。
「事実は事実だけど、事実と認める時は選べる。それに、きみはきみだ。わかるね?」
どう答えるべきか、どんな言葉を選べばいいのか。
僕は何をするためにここにいるのか。
何をするために生み出されたのか。
誰が僕を作ったのか。
「いいね? 落ち着いて。深呼吸するんだ。そして目をつむって、少し息を止める。それからゆっくりと吐く。やってごらん。ほら」
僕は言われた通りにした。吸って、吐いて、吸って、目をつむって、息を止めた。
胸のうちに溜まった息を吐き出す時、するすると体の強張り、心の強張りが解けるような気がした。
「大丈夫だね?」
僕は無言で頷いた。
言葉を口にするには、まだ目まぐるしく心が揺れて、乱れすぎていた。
行こう、とクロエスが僕の手を引いて歩き出す。僕を引っ張り上げるように。深い闇から。心のうちの闇から。
気を逸らすように屋敷のことに意識を向けた。それほど大きくないのは、廊下の長さでわかる。四角形で、真ん中に庭があるのはさっき見て理解できていた。
扉の一つを抜けると、そこが食堂だけど、特別に広くはない。テーブルは大きいけれど、八人掛け程度だ。そこにも先ほどの少女とどこか雰囲気の似ている女の子が二人いて、配膳をしていた。
部屋に入ってすぐに気づいてもおかしくなさそうなものだけど、テーブルの上を見てやっと料理の匂いが意識された。
クロエスが椅子の一つに僕を座らせ、自分も椅子の一つに腰掛けた。彼のそぶりはどことなく優雅で、洗練された所作だった。
しかし食事における礼儀は無視するようで、まだ料理が揃っていないのに食事を始めてしまうのには、僕が面食らった。
もっとも館の主人がそんな調子で、席には僕と彼しかいないし、えーっと、僕はどうしたらいい?
「温かいうちに食べなよ」
口に食べ物を入れたまま、意外な行儀の悪さで助言されたので、僕も食事に取り掛かった。少しずつ空腹感が大きくなっていて、いよいよ耐えられなかったこともある。
魚の入った炊き込み飯と、蒸し野菜、鶏肉の照り焼き、飲み物は苺のジュース。
匙を手に取り、まず炊き込み飯を口へ運ぶ。
口の中に味が広がると、頭が痺れるほどの感動があった。
お、美味しい!
手が止まらなくなり、あっという間に炊き込み飯を食べ終わると、鶏肉の照り焼きを切り分けるのももどかしく、口に詰め込み、咀嚼する。
ジュースで口の中のものを飲み込み、蒸し野菜に添えられていたタレをかけて食べてみると、これも美味い。
あっという間に目の前の料理がなくなっていたが、クロエスもほぼ同時に完食していた。
給仕をしている少女たちが戻ってきて、食器を片付けると、二人の前に湯飲みを置き、ポットから緑茶が注がれた。湯気がまとう香気に思わず息が漏れる。
ゆっくりとお茶を飲み、少しするとクロエスがこちらに身を乗り出す。話をしよう、という姿勢だった。僕も反射的に居住まいを正していた。
しかし彼が言葉を発することはなかった。
それより前に扉が勢いよく開き、反射的にそちらを見ると、一人の老人が立っていた。
伸ばした白い髪を頭の上で結ったその老人は、火花が散るような鋭い視線で僕を睨んでいた。
だ、誰……?
(続く)