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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
20/155

2-3 遠くからの言葉

      ◆


 目を覚ますという感覚の中で、最も最悪なのは活を入れられることだ。

 というか、そもそも寝ているわけではなく、肉体の不調で気を失っているのだし、それを無理矢理に回復させるのは自然に反する。

 誰がそんな方法に気づき、編み出し、発展させたのか。

 この苦痛を味わって欲しい。

 ともかく、僕は例の如く、ベッテンコードに気絶させられ、次には胸の中心を棒で突かれて意識を取り戻した。

 息ができないのに、咳は出る。咳と言っていいのか、喘ぎというべきなのかは議論の対象にできそうだ。

 どちらにせよ、ベッテンコードという人物はそこまで優しくない。

 正確には、優しさは微塵もない。

 意識が回復したばかりの僕に棒が繰り出される。こめかみを打つような動作で、言ってみればこれは挨拶だ。今まで、回復した次にこめかみを打たれてまた意識を失うのを、十回ほどやっている。

 跳ね起きて、首を反らして棒の先を避ける。

 しかし毎回、少しずつ深く踏み込んでくるので僕が逃れるのとベッテンコードが当てに来る棒の先の間に、そこまでの余裕はない。

 地面を転がり、取り落とさずに持っていた棒を構える。

 気を失っても棒を手放さないのは異常だし、気を取り戻した時から棒を持ち続けるのも異常だ。

 でもそうしないと僕はベッテンコードに酷い目にあわされる。

 それはそれは、筆舌に尽くしがたい、悲惨なことになる。

 最初の最初、それがあった。

 だから僕は、決して棒だけは手放すまい、と決めたのだった。

 ベッテンコードはそんな僕の悲惨さなどどこ吹く風で、悠然と棒を構えている。

 構えなんてどうでもいい。

 実際に目の当たりにしてきたベッテンコードの剣術は、まさしく変幻自在だった。

 どんな風に構えていても、どこへでも棒を繰り出せる。

 棒は必ず物体としてそこにある。

 例えば魔法は離れたところに炎を起こすが、剣術、剣にはそれができないのが大原則だ。少なくともベッテンコードの剣術は、その原則の上にある。

 それが意味するところは、棒が動き始めるのも視認できるはずだし、それが動く軌道を見極め、先読みさえできれば防ぐことができる。あるいは、反撃もできるかもしれない、という理屈も展開できる。

 でも今、僕にそれはできていない。

 動き始めは見える。棒が消えるからだ。

 軌道は見えなくても、棒はベッテンコードの手の先、腕の先にあるから、その体を見れば少しは先が見える。

 しかしそこからが難しい。

 ベッテンコードはまるで棒の動きを僕に悟らせない。変幻というより、これは緩急の問題だった。まるでベッテンコードは時間を操作しているように、棒の振りを加減できる。

 ある時には極端に遅くなり、ある時には想定外に速くなる。

 防御を抜かれること、意表をつかれること、そればっかりだ。

 もちろん、遅さが極まればそれは停止だし、速さは必ず上限がある。

 なのにその幅が未だに僕には見極められない。

 棒を構え、備え、しかし打たれる。

 この時もそうだった。

 ゆらりとベッテンコードの姿が揺らいだ次には、その体が滑るように間合いを詰めてくる。

 棒が来る。

 しかしいつ、どこに?

 反射的に棒を掲げたのは、見えたというより、感じたからだった。

 殺気と言うには弱いけど、少なくとも攻撃の意思はあった。

 棒と棒が噛み合う。歯を噛み締め、瞬間的に棒に力を込めた直後、即座に受け流す。

 目と鼻の先にベッテンコードが立っていて。

 その体が旋回し。

 横薙ぎ。

 だがしかし予想と逆だ。

 わずかな身の捻り、それだけの牽制につられた!

 棒による防御は間に合わない。いや、振り下ろせば間に合うか。

 必死の思いでベッテンコードの振りを上から撃ち落そうと棒を振る。

 成功したかに見えた。

 僕を打ち据える寸前の棒が消える。ベッテンコードはそこにいるのに。

 何もない空間に棒を繰り出す僕のすぐそばで、ベッテンコードは無表情に、一度繰り出すと見せて腕をたたむことで引き戻した棒を、今度こそ繰り出してきた。

 僕の姿勢は乱れている。

 何せ全力で棒を振り下ろしたのだから。

 地面を蹴りつけ、体を反らしながらそのまま地面に投げ出そうとしたのは、最後のあがきだった。

 だけどそれさえもベッテンコードの予想のうちだったようだ。

 的確に棒は僕の肩の辺りを打ち据え、強烈な衝撃に僕の足が地面を離れる。

 転がり、跳ね起き、打たれた右肩に力が入らないのに気づく。

 無意識に棒を握ろうとして、しかし雷が走ったような痛みが指先まで駆け抜けて、逆にとり落としかけた。

 左手だけで棒を構える。

「あまり見え透いた罠に飛び込むな」

 ゆっくりとベッテンコードがこちらに歩み寄ってくるが、そのゆったりとした歩調とは裏腹に、圧倒的な覇気が放射されている。

「剣術は速さ比べてもないし、力比べでもない。まず第一に隙を見よ。どんな剣士にも、必ず隙が生じる。隙を作れなどということを言うものもいるが、相手に隙を作る動きは大概、反対にこちらが隙を与えている。一流の剣士は、その隙を逃すことはない。わかるか?」

 僕の頭の中では、その言葉が何故か、遠い過去からの言葉のように響く。

 聞いたことがある。

 その言葉が意味するものを、試行錯誤し、身につけてさえいるような気がする。

 なのに、僕自身とは隔たりがある。

 分かっていても、実際には形にならない。

 歯がゆい。もどかしい。

 だけどこれが現実なんだ。

 ベッテンコードはもう僕を間合いに捉えている。

 次が来る。

 さっきまで息ができないほどだった、ベッテンコードがまとっていた強い気迫が、不意に無くなる。

 これも前に教わったことだ。

 一流の使い手は、気配を自在に操る。

 攻める前に、今から攻めますよと告げるような気配は決して見せないものだ。

 気配が消えることで攻撃を予期しても、それは予期でもなんでもない。

 本当の予期とは、気配のない攻撃を読むことだ。

 そうベッテンコードは僕に言い聞かせたこともある。

 この発想もまた、僕の中にあったものを刺激する。

 いつかの言葉、誰かの言葉。

 知らない誰かの技と、僕の体ではない僕の体が習得した技。

 右肩の痛みが少しずつ引いていく。

 力は完全には戻らない。まだ使えない。

 でももう攻撃が来る。

 片腕で対処できる技を検索。何かがあったはずなのに、遥かに遠い。

 老人の姿が消え、僕は本能のまま地を蹴っていた。

 ただ打ち据えられるのを防ぐために。

 本能のままに。

 いずれにせよ打ち据えられるとしても。



(続く)

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