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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
151/155

3-11 戦いの後で


     ◆


 アルカディオはリコに手を貸されて王者の道へと戻っていく。

 すぐ後ろをサリースリーを背負ったアールがついてきた。

 少し行くと、斜面を上ってくるカスミーユたちが見えた。そこにルーカスの姿がないことで、アルカディオは事実に気づいた。悲しみの喪失感はあったが、泣くのは堪えた。

 どうやら魔物は唐突に塵に変わってしまい、溶けた岩から生まれることも止まったようだ。

 カスミーユが真っ先に訊ねてきた。

「魔剣は破壊したのだな?」

「ええ、間違いなく」

 それで、と彼女の目がアルカディオを素早く確認した。

「破砕剣はどうした」

「壊れて、消えてしまいました」

 剣聖は少しの沈黙の後、ただ頷いた。

 さらに斜面を下りていくと、王者の道から出てきたファルスとイダサたちとも合流できた。イダサの元にはカテリーナがいたが、まだ意識は戻らないということだった。

 やはり魔物は現れない。魔剣がなくなり、魔物もいなくなったのは確実らしい。

 王者の道を抜け、麓へ出た。そこでは汗国の兵士たちが周囲を緊張した雰囲気で確認していた。もちろん魔物などいない。

 意外だったのは、この場に少数の騎馬隊を連れたローガンがいたことだ。ファルスが真っ先にそれを咎めようとしたが「魔物が消えてしまったのです」とローガンが言い返すと、ファルスは首を左右に振っていた。それでも守りを解くな、ということだろう。

 アルカディオの元へ、ジューラがやってきた。汗国の将軍はやや疲労した様子だが、背筋を伸ばし、態度にも堂々としたものが十分にある。

「どうやら危機を脱したようだが、そう国に報告してもよろしいか」

 問いかけに、おそらく、とファルスが代表して答えた。

 この時にはアルカディオの傷も癒え、カスミーユも万全だった。そしてイダサもいる。

 王者の道を抜ける途中で、三人の剣聖で話し合っていたことを、カスミーユが代表して伝えた。

「ソダリア王国を代表して、汗国の方々の助力に厚く感謝申し上げます。近いうちに、正式に使者を派遣し、その時は汗国国王陛下に直接、御礼を申し上げたいのですが」

 その言葉に、ジューラは豪快な笑い声をあげた。

「そう下手に出る必要はない、剣聖殿。それにまだ、何が起こるかわからないのだからな」

 そう言ってから、ジューラはしばらくこのあたりで軍事活動をする許可を求めてきた。それを認める権利はソダリア王国側の誰にもなかったはずが、ファルスが「後で書類を整えますよ」とあっさり認めてしまった。

「ファルス殿は面白い男だな」ジューラは笑っている。「野戦陣地があるというから、そこまで隊の一部に方々を護衛させるとしよう」

 こうしてアルカディオたちは思わぬ軍勢に守られる形で、野戦陣地へ向かうことになった。

 途中で日が暮れてしまい、野営した。ファルスはジューラの麾下の一人だという参謀と何事かを熱心に話していたが、アルカディオは話から離れたところで星空を見ていた。

 星がいくつも流れる不思議な夜だったが、誰もそのことを話題にしなかった。

 数日後、野戦陣地へ着くと、第六軍の軍団長と第五軍の軍団長が揃っていた。どうやらローガンが先触を出していたらしい。

 ショウギは憮然とした様子で三人の剣聖を出迎え、今にも苦言が口をついて出るのでは、と思わせたが、最後まで丁寧にアルカディオたちに接した。

 魔物は完全に消えてしまったようで、第六軍も第五軍も周囲を確認し、情報を集めているとのことだった。

 汗国の部隊は東へ去って行き、少しだけ静かになったが、アルカディオたちには休む暇はない。

 王都へのぼり国王陛下へ報告せよ、という指示がハイネベルグ侯爵から来ていた。誰が、という指定はないが、カスミーユもイダサもアルカディオを指名した。

「ハイネベルグ侯爵様を知らないのですが」

 なんとかアルカディオがそう言葉にすると、カスミーユは「悪くない老人だ」と言い、イダサは「優しい方だ」と言う。すぐそばにいたファルスはにやにやと笑っていた。

 結局、アルカディオが王都へ向かうことになり、供としてアールとリコとサリースリーが付いて行くと決まった。

 サリースリーは切り飛ばされた片腕を失っているが、「少し不便なだけだ」と言うだけで、実際、それほど苦労もしていないようだった。人間だったら楽ではないだろうが、そこは人造人間であり、龍の力の持ち主らしい異質さである。

 アルカディオは野戦陣地を出る前に二人の人物と話をした。

 一人はサバーナである。彼はアルカディオの帰還を狂喜して迎えたが、ターシャが死んだと告げると、少しだけ顔を歪め、それでも笑った。

「ターシャ殿も、アルカディオ様の役に立てたのなら、満足でしょう」

 彼の目元で何かが光り、しかしそれはすぐに拭われてしまった。

 もう一人は、カテリーナである。彼女は両手足を激しく負傷しており、イダサ自身が治療を施したようだが、あまりにも傷が重く完全には回復しないと言われているようだ。

 そのカテリーナは無表情に、ルーカスを死なせたことをアルカディオに謝罪した。

「ルーカスさんの決断ですから、僕に謝る必要はありません。ですが、カテリーナさん」

 寝台に横たわる女性は、まっすぐにアルカディオを見ていた。アルカディオも彼女の目を見て言葉にした。

「ルーカスさんの分まで生きてください。それが僕の願いです」

 承知いたしました。彼女はそれだけ答えた。

 そうしてアルカディオたちは馬で王都へと向かった。途中までファルスが付いてきたが、彼には彼で仕事があるというので引き上げて行った。野戦陣地を引き払う前に、戦場で遺体を回収する役目があるということだ。

 ターシャの体も、ルーカスの体も、闇の峰に置いてきてしまった。いつか、葬れる時が来ることをアルカディオは願っていた。状況が落ち着けば、自分で行っても良いだろう。

 ひたすら馬は駆ける。

 気づくとそここに春の気配が訪れていた。

 やがて遠くに城郭が見えてくる。王都だった。

 街道を進むアルカディオたちの前に、軍勢も見えてきた。一目見て、立派な具足を身につけているとわかる。きらびやかで、実戦向きではない。儀仗兵だろう。

 街道を挟んで並ぶ儀仗兵と、見物している民の間をアルカディオたちは進む。街道の中央で待ち構えている人物がいた。その前でアルカディオたちは馬を降り、ゆっくりと相手に近づいていった。

 年齢は六十を超えているだろう。禿頭で、ややふくよかで健康そうな男性である。

 アルカディオは彼の前で膝をついた。他に作法をよく知らないこともある。

「アルカディオと申します。破砕剣の継承者でした」

 そう言葉にすると、男性は親しげにアルカディオの肩に手を置いた。

「私がハイネベルグ侯爵だ。まぁ、剣聖騎士団の顧問のようなものだよ。アルカディオ、魔剣は破壊したのだな?」

「はい」

「先に知らせがあった通り、破砕剣は喪失したとか」

 はい、とアルカディオは視線を下に落としたまま答えた。

 ここへの道すがら、破砕剣の喪失のことをだいぶ考えた。

 破砕剣がないのでは、アルカディオは剣聖ではない。つまりアルカディオはただの剣士であり、ベッテンコードの後継者ながら、正式な立場は何もないのだ。

 立場がないから自由だ、とは思えなかった。むしろ、破砕剣を失ったことを咎められた方がいいと思っていた。そして、今回の戦いの全ての責任を背負ってもいいとさえ、考えていた。

「立ちなさい、アルカディオ」

 ハイネベルグ侯爵が腕を掴む。思ったよりも力強い手だった。

 立ち上がったアルカディオに、ハイネベルグ侯爵が笑いかけた。

「陛下がお待ちだ。胸を張っていくとしよう。堂々とな」

 ただ頷くしかできないアルカディオの腕を叩き、ハイネベルグ侯爵が先に立って歩き出した。

 儀仗兵たちは微動だにしない。

 自分がひどく場違いなところにいるような気がしたが、まだ目的地ではないのだ。

 アルカディオは気を引き締めて先へ進んだ。城郭にある門は開かれている。アルカディオを迎えるように。

 彼の背後では「仰々しいことだなぁ、暇でも持て余しているのかね」とアールがぼやき、リコが「黙っておれ」と口を閉じさせようとしていた。サリースリーが呆れたように息を吐いている。

 仲間の普段通りの様子に、アルカディオは頼もしいものを感じながら、先に見え隠れする巨大な建築物を見た。

 国王が住まう王宮、巌玉城の威容である。




(続く)

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