3-6 従騎士たち
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ルーカスとウラッスス、そして黒の隊のものは玉砕覚悟の戦法を選んだ。
一人が倒れようと、二人が倒れようと、魔人を倒すのだ。
しかしそれは結果からすれば失敗だった。
残っているのはウラッススと三名だけ。ルーカス自身も深手を負い、左腕が動かない。緑の隊のものがそばにいれば治療もできるだろうが、ここにはいないし、そもそも魔人の目の前で治療などできない。
出血がひどい。肩がパックリと割れて、具足ごと深く断ち切られている。流れる血は指先まで筋になって、指先から落ちている。すでに毒の影響で腕全体が痺れ始めていた。
激しい痛みに視界が明滅する。
これで従騎士なのだから笑わせる。
ウラッススが魔人と一対一で切り結んでいたが、横薙ぎの一閃に弾き飛ばされる。しかし地面に転がってすぐに起き上がり、再び前へ詰めていく。奴の胸も赤く染まっている。
くそっ。
くそっ!
ルーカスは右手に剣を下げて、立ち上がった。
死ぬまで戦ってやる。
ここで無様に倒れていられるか。
「お下がりください」
唐突な声にルーカスはそちらを振り向いていた。
立っているのは、誰でもない、神出鬼没の女、カテリーナだった。
いつになく具足が汚れており、髪の毛も乱れているが、表情は落ち着いている。
白の隊は洞窟を抜ける時に壊滅したかと思ったが、カテリーナは生きていたのか。ならば仲間もそばにいるのだろうか。しかし姿は見えない。
カテリーナは両手に短剣を下げていた。
まさか、魔人の相手をする気だろうか。
「やめろ、お前こそ下がれ」
ルーカスが止めようとしたが、カテリーナは止まらなかった。
ゆっくりと、確実に歩を進めて、ただ声だけが残される。
「私にも役目があります。それに剣聖様がお力を貸してくれます」
役目? 剣聖? 力を貸す?
そのうちにウラッススが再び弾き飛ばされ、今度は動けないようだった。
魔人が周囲を睥睨した時には、カテリーナが駆け出していた。
魔人が愉悦に満ちた表情で剣を構え。
カテリーナの姿が眼前から消え。
次には魔人の背後を取っている。
なんだ? 何が起こった?
ルーカスには理解できない現象で、戦いは始まった。
魔人が超反射で振り向きざまに剣を振り回す。
カテリーナを身を屈めてそれを避け、また姿を消す。
一瞬後には魔人の側面におり、二本の短剣が突き込まれる。
やはり魔人の人間とは段違いの反応が上回り、短剣は空を切るが、魔人の返しの刃も空を切った。
カテリーナの移動速度は常軌を逸している。瞬間的に大きな距離を移動している様は、とても歩法では説明できない。
ルーカスには何が起こっているか、全く理解できないままだった。
魔法ではない。剣術のような動きでもない。
しかし、カテリーナは剣聖のことに触れたのだ。
つまり。
剣聖シン。位相剣の使い手。彼が力を貸しているということは、あの魔物の時間を止めた時と同じ力だろうか。
今は、カテリーナの時間を加速している? やはり理解できない。どういう理屈だろう。
答えは出ずとも、戦いは続いている。
ついにカテリーナの短剣が魔人の動きに追いつきつつある。魔人の身につけている具足に次々と傷跡が走り、魔人の動きもぎこちなくなってきた。あまりのカテリーナの早さに、ついていけないのだ。
魔人はいいように振り回され、翻弄されていた。
これが従騎士の力か。
ルーカスは我知らず唇を噛んでいた。
自分は役立たずだ。
あたら部下を無闇に死なせ、今は動けずにいる。
無能だ。
カテリーナに今は、全てを託すしかない。
その一念で視線を送っていたルーカスの目に、それは不意に飛び込んできた。
カテリーナが顔をしかめている。
それでもついに完全に魔物の背後を取った。
短剣が背中へ向かい。
ぐらりとカテリーナがよろめいた。
その時には彼女の左足首が、曲がらない方向へ曲がっていた。
(続く)




