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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
146/155

3-6 従騎士たち

     ◆


 ルーカスとウラッスス、そして黒の隊のものは玉砕覚悟の戦法を選んだ。

 一人が倒れようと、二人が倒れようと、魔人を倒すのだ。

 しかしそれは結果からすれば失敗だった。

 残っているのはウラッススと三名だけ。ルーカス自身も深手を負い、左腕が動かない。緑の隊のものがそばにいれば治療もできるだろうが、ここにはいないし、そもそも魔人の目の前で治療などできない。

 出血がひどい。肩がパックリと割れて、具足ごと深く断ち切られている。流れる血は指先まで筋になって、指先から落ちている。すでに毒の影響で腕全体が痺れ始めていた。

 激しい痛みに視界が明滅する。

 これで従騎士なのだから笑わせる。

 ウラッススが魔人と一対一で切り結んでいたが、横薙ぎの一閃に弾き飛ばされる。しかし地面に転がってすぐに起き上がり、再び前へ詰めていく。奴の胸も赤く染まっている。

 くそっ。

 くそっ!

 ルーカスは右手に剣を下げて、立ち上がった。

 死ぬまで戦ってやる。

 ここで無様に倒れていられるか。

「お下がりください」

 唐突な声にルーカスはそちらを振り向いていた。

 立っているのは、誰でもない、神出鬼没の女、カテリーナだった。

 いつになく具足が汚れており、髪の毛も乱れているが、表情は落ち着いている。

 白の隊は洞窟を抜ける時に壊滅したかと思ったが、カテリーナは生きていたのか。ならば仲間もそばにいるのだろうか。しかし姿は見えない。

 カテリーナは両手に短剣を下げていた。

 まさか、魔人の相手をする気だろうか。

「やめろ、お前こそ下がれ」

 ルーカスが止めようとしたが、カテリーナは止まらなかった。

 ゆっくりと、確実に歩を進めて、ただ声だけが残される。

「私にも役目があります。それに剣聖様がお力を貸してくれます」

 役目? 剣聖? 力を貸す?

 そのうちにウラッススが再び弾き飛ばされ、今度は動けないようだった。

 魔人が周囲を睥睨した時には、カテリーナが駆け出していた。

 魔人が愉悦に満ちた表情で剣を構え。

 カテリーナの姿が眼前から消え。

 次には魔人の背後を取っている。

 なんだ? 何が起こった?

 ルーカスには理解できない現象で、戦いは始まった。

 魔人が超反射で振り向きざまに剣を振り回す。

 カテリーナを身を屈めてそれを避け、また姿を消す。

 一瞬後には魔人の側面におり、二本の短剣が突き込まれる。

 やはり魔人の人間とは段違いの反応が上回り、短剣は空を切るが、魔人の返しの刃も空を切った。

 カテリーナの移動速度は常軌を逸している。瞬間的に大きな距離を移動している様は、とても歩法では説明できない。

 ルーカスには何が起こっているか、全く理解できないままだった。

 魔法ではない。剣術のような動きでもない。

 しかし、カテリーナは剣聖のことに触れたのだ。

 つまり。

 剣聖シン。位相剣の使い手。彼が力を貸しているということは、あの魔物の時間を止めた時と同じ力だろうか。

 今は、カテリーナの時間を加速している? やはり理解できない。どういう理屈だろう。

 答えは出ずとも、戦いは続いている。

 ついにカテリーナの短剣が魔人の動きに追いつきつつある。魔人の身につけている具足に次々と傷跡が走り、魔人の動きもぎこちなくなってきた。あまりのカテリーナの早さに、ついていけないのだ。

 魔人はいいように振り回され、翻弄されていた。

 これが従騎士の力か。

 ルーカスは我知らず唇を噛んでいた。

 自分は役立たずだ。

 あたら部下を無闇に死なせ、今は動けずにいる。

 無能だ。

 カテリーナに今は、全てを託すしかない。

 その一念で視線を送っていたルーカスの目に、それは不意に飛び込んできた。

 カテリーナが顔をしかめている。

 それでもついに完全に魔物の背後を取った。

 短剣が背中へ向かい。

 ぐらりとカテリーナがよろめいた。

 その時には彼女の左足首が、曲がらない方向へ曲がっていた。



(続く)

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