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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
144/155

3-4 戦闘の始まり

       ◆


 戦いは自然と三ヶ所で起こった。

 アルカディオとその麾下と一体の魔人、カスミーユと赤の隊と一体の魔人、ルーカスと黒の隊と一体の魔人。

 アルカディオがまず仕掛けた。

 低い姿勢で疾走し、アールとリコがそれに続く。

 その三人を際どく迂回して、サリースリーが生み出した衝撃波が魔人に襲いかかる。

 魔人が剣を一閃、衝撃波が崩壊し、地面をえぐり、溶岩が飛び散る。

 アルカディオの渾身の刺突が、空気を焦がして魔物へ走る。

 だが魔人は跳ねるようにして回避。アルカディオの剣、破砕剣を受けないということは、やはり破砕剣は特別なのだ、とアルカディオの思考が巡る。

 アルカディオの一撃から身をかわした魔人は、しかし今度はアールとリコが間合いに取り込む。魔人は余裕を追ってアールの一撃を外し、そしてリコの一撃をはねのける。リコが姿勢を乱しかけるが、舞踏のような足運びで間合いを取りつつ、姿勢を回復。

 そこを狙わないわけがない、と魔人が肉薄したが、そこへ狙い通りにアルカディオが飛び込んでいる。

 魔人が身をひねる。

 リコより先にアルカディオを相手にするべきという、やはり定石通りの判断。

 最大の脅威はアルカディオだと悟られている。

 サリースリーの放つ雷撃がアルカディオよりわずかに先行。魔人の剣が一閃、轟音とともに雷撃を消滅させる。すでに人間の間では失われて久しい、伝説的な技能である魔法破壊。

 アルカディオは構わず前進。

 魔人の剣が飛燕の如く疾走。

 アルカディオの最短距離の斬撃が首を刎ねようとするところへ割り込むが、魔人の剣に亀裂が生じる。きわどいところで斬撃を受け止めるが、魔人が逃げる。力を掛け合えば魔人の剣が折れるのは自明。

 仕留められなかったことに舌打ちしながら、アルカディオが追撃。見ている前で魔人の剣のヒビが薄くなり、消えていく。自己修復機能を持つ、聞いたことのない武器。

 倒すには一撃で倒す必要がある。

 アルカディオと魔人がお互いを間合いに捉え、先手を取るべく素早い振りを繰り出す。

 両者がすれ違う、切っ先はかすめてもいない。

 さらに踏み込もうとして、魔物が不自然に体を震わせる。

 片足に縄が絡まっている。ピンと張った縄の一方は、アールの手に握られている。

 そのすぐそばでは弓を構えたリコ。

 光が瞬き、放たれた矢が魔人の頭部に直撃し、貫通する。

 ついに動きを止めた魔人にアルカディオが肉薄し、首へ一撃を叩きつける。

 矢で半ば頭部を破壊され、魔人がそれでどう思考できたのか、誰にもわからなかった。あるいは本能によってかも知れなかった。

 魔人の剣が首を守ろうとする。

 アルカディオは心気を剣に込めた。

 聖剣の力があればできるはずだ。

 かすかな光芒を伴い、破砕剣が疾り抜ける。

 魔人の剣に衝突し、それを叩き折り、その上で首を一撃で切り飛ばした。

 首を失った体が倒れ、しばらくは痙攣していたがやがてはそれも止まり、魔人の体も塵に戻って行った。

 アールとリコがホッとした様子で近づいてくる。サリースリーは無表情、ターシャはまだ圧倒されているようだった。

 別のところでは、二体の魔物と他のものが対峙していた。他に人間の兵士はいない。おそらく王者の道でも戦いが続いているのだろう。つまり増援はない。

 先にカスミーユやルーカスたちを援護するべきか。

 それとも先へ行くべきか。

「行こう」

 アルカディオは短い言葉で、麾下に意思を伝えた。

 誰も反論しなかった。

 五人は仲間たちに背を向けると、そのままさらに高い方へ、闇の峰の上を目指した。

 足は自然と速くなり、誰もが駆け足になった。

 仲間のことは信じている。

 しかし、不安もある。

 不安が足を速めさせていることを、アルカディオは理解している。

 どうしても不安は拭えない。

 前方で地面から赤いドロドロした液体の岩が吹き上がっている。

 その上に、何か、棒のようなものが浮かんでいた。

 魔剣だ。

 そう認識した時の感情は、高揚というより、怒りだった。

 破壊してやる。

 アルカディオは無意識に、強く破砕剣の柄を握っていた。


      ◆


 もしアールなら、参ったね、くらいのことは言ったかもしれない。

 ルーカスはそう思いながら、剣の構えを変えた。横にはウラッススが並んでいる。

 その横にはカスミーユと赤の隊。

 向かい合うのは二体の魔人。

 どう捉えるべきかは人それぞれだろう。有利か、不利かは、ルーカスにはわからなかった。

 アルカディオたちは一体を相手にして、抜群の連携で即座に倒していた。破砕剣を使っていることもあるが、それでもあまりにも鮮やかだった。

 ルーカスはアルカディオたちとは他のものより接した時間が長いが、彼らの阿吽の呼吸は、ルーカスにはここに至ってもわからなかった。

 完全な信頼関係、ということだろうか。

 いや、今はそのことはいい。

 目の前の敵を倒すしかない。

 合図はなかったが、呼吸だけは揃っていた。

 ルーカスとウラッススが前に飛び出す。カスミーユが周囲の炎に負けない大火力の魔法を発動し、二体の魔人を抑えにかかる。

 しかしこれは完全に失敗だった。

 火炎は一瞬で紫電に変わってしまった。

 魔法破壊か。

 インチキだ。

 ルーカスもウラッススも足を止める時間はない。片方の魔人に狙いを定め、挟み込むように距離を詰めていく。

 一体は赤の隊に任せるしかない。もしそれができなければ、ルーカスとウラッススは一時的に強力すぎる魔人二体を二人だけで相手取ることになる。

 どちらにせよ、絶望的な状況だった。

 赤の隊の魔法が走るが、魔人は身じろぎひとつせず、それを無力化している。

 ルーカスたちの剣の間合いに、魔人が入る。

 剣が交錯する。

 火花の連続の後、甲高い音を立てて、ウラッススの剣が折れたのがルーカスには見えた。ルーカスの剣もすでに刃こぼれが目立つ。魔人の剣は普通の剣ではない。

 これでは切り結ぶのはそれだけで負けに直結する。

 手遅れでもあった。

 このまま魔人が逆襲に転じれば、対抗策がない。

 ルーカスはもちろん、剣を失ったウラッススも、死を覚悟しただろう。

 だが、魔人はおかしなことを呟いた。

「つまらぬ」

 つまらない?

「絶望を与えてやろう」

 喋っているのは片一方で、その一体がもう一方へ頷くと、無言だった方の魔人が動き出した。

 一歩一歩、赤の隊の方へ進んでいく。激しい魔法の攻撃を受けるが、一つ残らず無力化している様子が見て取れた。

 ルーカスはそちらには対応できなかった。

 目の前にいる魔人が剣を構えたからだ。ウラッススは短剣を抜いている。背後には黒の隊の生き残りが揃った。総勢で十六名。

 聖剣の使い手はいない、ただ剣の技に優れただけの十六人だった。

 それを魔人は、何かの余興ように、いたぶろうというのか。


      ◆


 向かってくる魔人を前に、カスミーユは部下を振り返った。

「魔法障壁を多重展開しておいて」

 しかし、とルルドの代わりに副官格に選んでおいた兵士が反論しようとするが「しかし、は無しだ」と応じると、カスミーユは一人で魔人の前に進み出た。

 魔人は言葉を解するはずだが、何も言おうとしない。

 ただ剣をまっすぐにカスミーユに向けるだけだ。

 像が歪むのが見えた。

 甲高い音を立ててカスミーユの前、何もない空間で火花が弾ける。それも連続して、止むことがない。

 カスミーユはただ立っているだけだった。

 天地剣の力による魔法結界が今、魔人の圧倒的な威力の魔法によって、押し込まれつつある。

 原理的には、とカスミーユは思考していた。

 魔法結界は、世界を区切るのに等しい。つまり世界という概念を切り離しているのだ。

 魔人が行っているのは、魔法破壊ではなく、概念破壊とでも呼ぶべきものか。

 面白いじゃないか。

 今度こそ、カスミーユは天地剣を頭上に掲げた。

 切るという概念を、防げるかな。

 何気ない動作で、カスミーユは切っ先をまっすぐに地面へと下ろした。

 魔人がわずかに身をそらす。

 肩のあたりで光が瞬き、具足の一部がすっ飛んでいく。

 魔人が、初めて表情を見せた。

 笑ったのだ。

 剣の構えが変わる。

 カスミーユはただ待ち構えた。

 万全なる魔法結界、破れるものなら、破れば良い。

 魔人が剣を振り始めた。それは舞踏と言ってもよかった。剣舞である。

 ただ、剣が振られるたびに、カスミーユは自身の結界が削られ、切り取られていくのがわかった。

 さすがに魔人だ、手強いじゃないか。

 恐怖がないわけではない。

 しかし今は耐える時だった。

 剣は自然と地面に突き立てられ、カスミーユの体は程よく脱力していた。

 集中が深いところへ至る。

 自分の内側にある力へと通じる道筋が、明確になっている。

 ずっと眠っていて、押し込められていたものが、少しずつ手の中に集まっていく。

 轟音とともに魔法結界が大きく崩れる。

 それでもなお、カスミーユは動かなかった。

 力が高まっていく。

 ついに魔法結界が維持できなくなり、カスミーユは完全に無防備になる。

 魔人が剣を振りかぶり、振り下ろす。

 カスミーユも天地剣を振りかぶり、振り下ろした。

 見えない刃が聖剣に触れ、激烈な衝撃でカスミーユの手からもぎ取られた。

 この時、魔人は少しだけ表情を消した。

 強敵のはずが、何もせずに破れるのか。

 そんな発想があったかもしれない。

 ただ、それは刹那だけのことだった。

 唐突に強烈な魔力の奔流が吹き付け、魔人自身がたたらを踏んだからだ。

 魔力の発生源は、カスミーユだった。

「やれやれ」

 痺れる手を振った剣聖は、不敵な笑みで魔人を見た。

 彼女の瞳は、いつの間にか、黄金に変わっている。



(続く)

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