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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
142/155

3-2 援護

       ◆


 クラナ・フーリン殿だ、とファルスが口早に説明を始めた。

「この方は王家に仕える方で、ここへお連れしたのは闇の峰へ通じる秘密の道筋が王家に伝わっているからで、つまり、その、道案内だ」

 カスミーユも隊の前から後方へ移動している。イダサの姿もあった。

 アルカディオにはクラナというらしい老人は、全く戦場に似つかわしくなく見えた。

 しかし彼を遣わしたのは、ソダリア王国の国王だという。王家の秘密を、剣聖たちのためにこうして明かしているのは、国が剣聖たちを支える姿勢がある、ということか。

「では、急ぐとしよう」カスミーユが即断した。「位相剣の時間停止も万能ではないようだからな」

 隊は素早くまとまり、ファルスがそばにつくクラナ翁を先頭に元来た道を引き返した。

 魔物たちは凍りついたように動かない。いや、実際に凍りついているのだろう。彫像が並んでいるようにしか見えない。

 クラナ翁は緊張した様子で馬に乗っている。他のものは皆、自分の足で歩いていた。馬は捨ててしまい、あらかたが魔物の餌食になっているのである。

 駆け足で隊が移動している間に、アルカディオにファルスが説明してくれた。それは剣聖という立場だからではなく、おそらくアルカディオだけが魔剣を破壊できるからだろう。

「なんでも、王者の道、などと古の時代には呼ばれたそうです。巨大な洞窟で、迷宮のようになっているとか。ここを突破すれば、闇の峰のすぐそばに出る、という話です」

「曖昧ですね」

 率直なところをアルカディオが指摘すると「俺もそう思います」とファルスは即座に応じた。

 すでに攻撃隊は死者の峠から小さな峰を二つと、沢を一つ、超えている。本来の道筋からは大きく逸脱しており、これでアテが外れると困ったことになる。

「しかし、国王陛下を信じるべきです」

 そうでしょうね、と応じながら、アルカディオには曖昧な感情があった。

 国王陛下、という人物をアルカディオは知らない。

 そして、国王陛下という人物が手を差し伸べる理由も、やはりよくはわからないのだ。

 国を守るため、ということは言えるが、しかしそれならもっと大規模に軍隊を動かせばいいのだ。

 それをせずに、ただ道筋を示すことは、果たしてどう評価するべきか。

「アルカディオ」

 ファルスと一緒にクラナ翁の背後を歩いていたアルカディオに、カスミーユが緊張した声を向けてきた。

「どうやら位相剣の力は限界のようだ」

 魔物がぎこちなくではあるが、動き始めていた。

 思わずクラナ翁を見てしまうが、すでに馬を降りている老人はしかし覚束ない足取りで、周囲をしきりに確認している。魔物を見ているのではなく、王者の道とやらへ通じる目印を探しているように見えた。なんでも口伝で今に残っている話なので、地図のようなものはないそうだ。

 今後のために地図を作っておくべきだ、と進言すると心に決めたアルカディオは「戦闘準備をしましょう」とカスミーユに応じた。

 峰の一つの斜面を隊列を組んで登っている最中に、ついに魔物は動きを完全に取り戻した。彼らからしてもいきなり敵が現れたように見えただろうが、もちろん、逃げ出すことはない。勇敢に、というべきか、がむしゃらに向かってくる。

 木立の中で魔法の火線が交錯する。しかし魔物の全てを排除するには至らない。巻き込まれた木々が次々と倒れ、騒々しい音とともに地面に叩きつけられ、足場が揺れる。

「スクナ殿、目的地は近いのか」

 ファルスが問いかけているのが聞こえるが、そちらを見る余地はない。アルカディオはリコ、アールと並んで、そのスクナ翁を背後を守っているのだった。

 もごもごと老人が何か言っているうちに、気づくと攻撃隊は四方を魔物に囲まれていた。

「これなら前後を挟まれた方が楽だったな」

 言いながらアールが魔物を切り、蹴倒している。

「どちらにせよ危険には違いないでしょう」

 リコが珍しく軽口で応じ、魔物の首を続けざまに飛ばす。

 ファルスがスクナ翁に何か大声で言っているが、すでに魔物の喚き声と攻撃隊のものの喚声と悲鳴が重なり合い、よく聞こえない。

 アルカディオとしては、こうなってはスクナ翁を信じるしかない。信じるしかないが、犠牲者はその間にも増えている。緑の隊のものがそここで治療をしているのが見える。赤の隊、黒の隊は大きくそれを守るように円陣を作っていた。今にも破られそうな陣だが、他にやりようがない。

 ルーカスがアルカディオのそばに来た。

「アルカディオ様に同行する隊を分けようと思います」

「どういう意味ですか?」

「最後の決戦での戦力を残しておく、ということです。もしもの時は、アルカディオ様はその者たちとこの場を離脱してください。アルカディオ様と破砕剣があれば、仕切り直せます」

 まじまじとルーカスの顔を見るが、彼は真剣だった。

 負けた時のことを考えるのは、自然なことだ。負けることを考えなければ負けない、などということがあるわけがない。

 しかしここで撤退しては、味方の犠牲は無駄死に以外の何物でもない。

 アルカディオはルーカスに反論しようとした。

 もしそれを口にしていれば、アルカディオは自身の愚かさに打ちのめされただろう。

 だが、そうはならなかった。

 いつの間にか地鳴りが響き、すわ斜面が崩れ落ちるのかと思ったが、別の音が混ざっている。

 人の声、それも大勢の人の声だった。

 誰もが頭上を見た。魔物さえもが見た。

 斜面の上から何かが雪崩れ込んでくる。

 土砂ではない。

 人だ。

 騎馬隊だった。

 数はすぐにはわからない。不規則な斜面を物ともせず、彼らは巧みに斜面を駆け下りてくる。当然のように魔物を倒しながらだ。

 総数のわからない騎馬隊があっという間に攻撃隊を取り囲み、魔物の群れを一挙に殲滅していく。

「指揮官は誰か」

 騎馬隊の中にいるひときわ大きな馬に騎乗している男が進み出てきた。身につけている具足も立派だった。しかし、それはソダリア王国で見る具足とは違う。

 ともかく、アルカディオはファルスの顔を見た。一瞬、嫌そうな顔をしたが、これくらいの仕事はしようということか、ファルスが進み出た。

「剣聖騎士団予備隊の指揮官、ファルスだ。そちらは」ファルスが一度、言葉を切った。「汗国の方のようだが、間違いないか」

「そうだ。汗国将軍の一人、ジューラ・ハーンだ。ファルスというのは、俺の副官であるウスラが言っていた男で間違いないかな」

 これにはファルスも驚いたようだ。

「そう、ウスラという汗国の男と会ったことがあります。だいぶ前だが、ジューラ殿の副官でしたか。本人もそんなようなことを言っていた。これは、その、ご助力していただけるのか」

 汗国の武人が剛毅な笑みを浮かべた。

「汗国王とソダリア国王の間で、一時的な共闘が約束された。それだけではないがな」

 騎馬隊が攻撃隊の安全を確保したところで、荷を担いだ男たちがやってきた。斜面を荷馬車では下れないからだろうが、汗国は物資まで支援してくれるのか。

 そう思っているアルカディオの耳に、ジューラの言葉が飛び込んできた。

「サバーナという男が雇った者たちだ。戦場へ武具を補給するなど輜重隊のやることだと思ったが、どうやらソダリア王国の剣聖騎士団も見掛け倒しだな」

 反射的にジューラを見たが、どうやら冗談のようだ。ファルスが即座に「ご指摘の通りです」と応じている。そのファルスも口調が軽い。どうやら短い間に二人の間では信頼関係が構築されたようだ。

「ファルス殿、先を急がれよ。ここは汗国のものが引き受けよう。それとも道に迷っているのかな」

 ジューラの冗談に、ファルスがチラッとスクナ翁の方を見たが、不思議なことにこの時、老人は真っ赤な顔をして、首を振っている。いや、実際に道に迷っているだろう、というファルスの視線に、また首を振っている。

 それから老人がどこかを指差している。

「どうやら道は見つかったらしい」

 ファルスの言葉にジューラは笑うと、部下に指示を出した。

「では、その道とやらに向かうとしよう。汗国の騎馬隊の精強さを、とくとご覧あれ」

 言葉を残してジューラ自身も馬に跳び乗ると魔物の方へ駆けていく。

 汗国の騎馬隊の乱入で余裕を取り戻したのだろう、カスミーユが遅れてやってきた。

「あれは汗国の騎馬隊だな。まさか、東部山脈を越えてきたのか」

 でしょうね、と言いながらスクナ翁を促しているファルスに構わず、カスミーユが感嘆の声を漏らす。

「あのような騎馬隊を組織し、指揮してみたいものだ」

「生きて帰って存分にやってください。先を急ぎましょう」

 ファルスの言葉にきょとんとしてから、カスミーユがアルカディオを見た。

「あいつは何を苛立っているんだ?」

 カスミーユもカスミーユだ、と思ったが、アルカディオは苦笑いするだけに留めた。

 攻撃隊は守られたまま斜面を上がり、巨大な岩の前にたどり着いた。岩というよりは、岩盤という表現が正しいかもしれない。

 その陰に洞窟の入り口が存在していた。

 明かりがないため、真っ暗闇である。

「魔法使いに先行させよう」

 ファルスがすぐに赤の隊の数名を呼び出す。

 ここが王者の道か。

 アルカディオは改めて洞窟を見た。

 何か、風が唸るような音が聞こえる。

 待ち構えている何者かが、威嚇するようでもあった。

 赤の隊の数名がやってきて、魔法で虚空に炎を生み出す。

 行こう、とファルスが一歩踏み出し、すぐにスクナ翁に場所を譲った。

「道案内が必要だったな」

 真っ青な顔の老人は、よろよろとよろめくように一歩を踏み出した。

 こうして攻撃隊は王者の道と呼ばれる、深き闇に閉ざされた迷宮へ踏み込んでいった。



(続く)

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