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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
140/155

2-24 勝利を目指して

      ◆


 これが最後の落ち着いた食事かな、とアールが口にし、リコの肘が彼の脇腹を打ち、ルーカスが憤怒の眼差しで睨みつけた。

「いや、事実を言ったまででしょう。次にいつ、のんびり食事ができるかな」

「それは私への嫌味ですか、アール殿」

 恨めしいとばかりにサバーナが言うのに、いやいや、とアールは笑っている。

「サバーナ殿の部下が物資を運んでくれたから、こうしてしっかりした食事ができる。感謝してますよ」

 あまり嬉しくありませんな、とサバーナは口をへの字にしている。

「サバーナ殿は堂々と待っていればいいのさ。私たちが戻ってくるのをね」

 ターシャが言いながら、大皿から取り分けた料理をサバーナに差し出す。彼も何も言い返せないようで、どうも、と皿を受け取っている。

「従騎士殿にも料理を差し上げたらどうかな、ターシャ殿」

 懲りずにからかうアールをまたルーカスが睨みつけている。そなたがやればよかろう、とリコが低い声で言うと、では、と本当にアールが小皿に料理を取り、ルーカスに差し出した。リコがため息を吐く前で、ひったくるようにルーカスは皿を受け取った。

「お前たちは本当に変わらんな」

 呆れたようにサリースリーが言うのにも、アールが素早く料理の乗った小皿を差し出している。

 そのうちに全員に杯が配られた。酒が配布されたのはついさっきで、サバーナの補給部隊の最大の成果とも言える。

「俺も混ざっていいんでしょうか」

 不安そうにしているのはウラッススという男で、アルカディオには面識がなかった。元は黒の隊の一員らしいが、即座に集結地点に向かわず、義勇兵を組織したという。十人程度で、剣の腕は昼間にアルカディオ自身が確認した。

 とりあえずの兵士としては使えるが、激戦を戦い抜けるかはわからない。結局、その十名から二人だけが決死隊に参加することになった。今頃、彼らは彼らだけで杯を交わしているはずで、ウラッススもそちらに混ざりたいのが本音だろう。

 アルカディオは改めて一座を眺めた。

 アール、リコ、ルーカス、ターシャ、サバーナ、ウラッスス、そしてサリースリー。

 サバーナ以外は全員が決死隊に参加する。腕が立つということもあるが、彼ら自身が強くそう主張した。

 誰が生きて戻ってくるかは、アルカディオにもわからなかった。

 全員が、戻ってこられればいい。

「では、誰が音頭を取りますか。やはりルーカス殿かな」

 アールの軽口に、知らん、とルーカスが突っ撥ねる。

「お前であろう、アルカディオ」

 サリースリーの言葉に、もう一度、アルカディオは視線を巡らせた。

 全員がアルカディオを見ている。

「音頭……」

 少し考え、アルカディオは盃を小さく掲げた。

「勝利を目指して」

 短い言葉に、全員が即座に唱和した。

 勝利を目指して。

 杯が傾けられ、一斉に食事が始まった。アルカディオもその中に混ざりながら、この時間が終わることを、惜しいと感じた。

 仲間ができた。友人もできた。

 別れたくない。

 ずっと一緒にいたい。

 どこまでも、いつまでも、並んで歩いて行きたかった。

 それなのに自分たちが向かう先は、戦場だった。

 何を恨めばいいだろう。何を憎めばいいだろう。

 恨む対象も、憎む対象もない。

 倒すべき存在があり、守るべきものがいて、それだけだった。

 勝利を目指して。アルカディオはそう口にした。

 勝利の先に何があるのか。

 想像もつかないが、勝利しなければ、その先はない。

 アルカディオは一度、目を閉じてから杯を煽った。

 体の内側が熱くなる。

 それはアルカディオを叱咤しているようでもあった。



(続く)

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