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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
129/155

2-13 孤軍奮闘

       ◆


 サリースリーを中心に渦巻く火炎が解き放たれ、魔物の群れを一掃する。

 そんなことをすでに数え切れないほど繰り返している。魔物の数はやっと減ってきたが、それは逆説的にそれだけ大量の魔物がこの地点にいたことになる。

 実に不吉だな、と突進してくる魔物を魔力の刃で切り刻んで、サリースリーは舌打ちした。

 魔物と人間の戦闘は、東部の一角、野戦のための陣地のあたりが最も激しく、そこが主戦場のはずだった。少なくとも人間はそこに兵力を多く配置している。

 では、魔物の側はどうなのか。

 サリースリーが持つ古の記憶では、魔物は間違い無く東部山脈の一角、闇の峰から生まれるはずだ。誰にも打ち明けなかったが、それは信じてもらえる材料がないからだ。龍の記憶で、などと説明して納得する者がいるとは思えない。

 ともかく、闇の峰と仮定して、魔物がそのまま野戦陣地とやらに全部の力をぶつける理由が、果たしてあるか。

 闇の峰への反撃を防ぐという意味では、あるいはあるのかもしれない。

 しかし一方では、闇の峰が守られているとすれば、魔物が防御に固執する理由もない。

 どこかに魔物の別働隊が存在する。

 サリースリーたちは偶然にもそれに遭遇したのではないか。

 魔物の知性は人間には及ばない。だが、この別働隊を用意することや、ルーカス、リコ、サリースリーを包囲しようとした動きは明らかに知性が感じられる。

 奴らも蘇ったということか。

 サリースリーは思わず顔を歪めていた。

 魔物の中でも、人間を模して作られた存在。

 人語を解し、知恵を持つ、容易ならぬ相手。

「面白い女だなぁ」

 不意な言葉にも、サリースリーは動じなかった。

 振り返りもせず、背中を狙い撃ちしてきた雷撃を魔法障壁で弾き返す。

 いや、完全には防ぎきれず、逸れた雷撃がサリースリーのすぐ横を掠めて飛んだ。

 わざと堂々と振り返ると、洒落ているつもりか斜めに立っている男がいる。

 人間ではない。白い肌、黒い髪はまだしも、真紅の瞳は人間のそれではない。

 背丈は高くないが、両手に剣を下げている。その剣の周囲では像が歪んで見えるほど、魔力が溢れ出ているのがわかった。

 魔人だ。やはりいたか。

「あまり時間もないのでな、長く相手はできぬ」

 サリースリーは魔人の言葉に注意を払いつつ、間合いを計った。魔法においても間合いは何よりも重要になる。駆け引きの要素として、距離は外せない。

 一方の魔物は甘く見ているのか、切っ先を下げたまま、肩をすくめて見せた。

「お嬢さんは腕が立つようだが、これまでだ」

 剣が跳ね上がる。

 切っ先から光の束が放射される。

 サリースリーは横っとびに跳ねながら、魔法障壁を展開する。

 念入りに五枚重ねの障壁を展開した。

 それが、一瞬で貫通される。

 人間を超える超反射がなければ、サリースリーは消し飛んでいただろう。

 横っ跳びに逃れて構えを取ったサリースリーに魔人が笑いながら間合いを詰めてくる。

 光の線は鞭のようにしなり、サリースリーを追撃。超高熱の気配に、肌が焼けるような錯覚。

 地面を転げ、跳ね、また転げて光の鞭を回避していく。障壁を展開する余裕がサリースリーといえども、少しもない。

 あまりにも彼我の距離がありすぎる、とサリースリーは見ていた。反撃しようにも、この間合いでは回避される。もっとも、一方的に攻め立てられている今は受けに回るしかなかった。

 一人で相手をするのは、骨が折れるな。

 しかしこの時、サリースリーは一人だった。他の魔物は二人を取り囲んで黙り込んでいる。時折、魔人の光による攻撃が逸れて彼らを直撃するが、逃げ出す様子もない。

 魔物は魔人に絶対服従。それも古の時代と同じか。

 地面を魔人の攻撃が直撃し、激しい土煙が起こる。

 一瞬、サリースリーは光の鞭を見失った。

 土煙の壁を切り裂いて光が一直線にサリースリーに走った。

 回避は間に合わない。

 手を突き出し、全力の魔法障壁。

 展開は二枚しか間に合わないが、当然のように突破してくる。

 サリースリーは奥の手を使った。

 使わなければ、死ぬ。

 甲高い音を立てて、光の線が弾かれ、宙に跳ね上がっていった。

 土煙が吹き消され、魔人が剣を構え直す。

 その顔には、これまでにはなかった真剣な色があった。

「お前、今の防御は、魔法障壁ではないぞ。紛れもなく、魔法結界。人間の技ではない」

 サリースリーは姿勢を整えて、全身の痛みを理解した。激しい運動をした以上に、魔法の行使に人造人間の肉体が追いついていない。

 しかし無視するしかなかった。

 勝たねばならない。

 目の前の魔人に勝つ以外に道はない。

「貴様、龍の眷属か?」

 魔人の言葉に、サリースリーは答えなかった。

 答えずに、ゆっくりと呼吸を整え、サリースリーは魔人へと歩を進めた。

 魔人の目が、ぎらりと光った。


       ◆


 川が流れている。

 速い流れを人の体が流れてくる。

 ピクリとも動かず、背中だけを水面に出し、脱力したまま進んでいく。

 鳥が上空を旋回し、その様子を見ていた。

 川はやがて小さな滝に差し掛かる。人の体も自然、そちらへ流れ、鳥が鋭く鳴く。

 次にはもうその体は滝へと落ち、滝壺の中に消えてしまった。

 獲物を逃がしたことが受け入れがたいように、しばらく鳥は旋回を続けていたが、もう一度、高い声で鳴いてからすっと風を切って離れていった。

 滝では水が水を打つ音が途切れなく続いていた。

 水は激しく泡立ち、その泡もやがては消える。




(続く)

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