2-13 孤軍奮闘
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サリースリーを中心に渦巻く火炎が解き放たれ、魔物の群れを一掃する。
そんなことをすでに数え切れないほど繰り返している。魔物の数はやっと減ってきたが、それは逆説的にそれだけ大量の魔物がこの地点にいたことになる。
実に不吉だな、と突進してくる魔物を魔力の刃で切り刻んで、サリースリーは舌打ちした。
魔物と人間の戦闘は、東部の一角、野戦のための陣地のあたりが最も激しく、そこが主戦場のはずだった。少なくとも人間はそこに兵力を多く配置している。
では、魔物の側はどうなのか。
サリースリーが持つ古の記憶では、魔物は間違い無く東部山脈の一角、闇の峰から生まれるはずだ。誰にも打ち明けなかったが、それは信じてもらえる材料がないからだ。龍の記憶で、などと説明して納得する者がいるとは思えない。
ともかく、闇の峰と仮定して、魔物がそのまま野戦陣地とやらに全部の力をぶつける理由が、果たしてあるか。
闇の峰への反撃を防ぐという意味では、あるいはあるのかもしれない。
しかし一方では、闇の峰が守られているとすれば、魔物が防御に固執する理由もない。
どこかに魔物の別働隊が存在する。
サリースリーたちは偶然にもそれに遭遇したのではないか。
魔物の知性は人間には及ばない。だが、この別働隊を用意することや、ルーカス、リコ、サリースリーを包囲しようとした動きは明らかに知性が感じられる。
奴らも蘇ったということか。
サリースリーは思わず顔を歪めていた。
魔物の中でも、人間を模して作られた存在。
人語を解し、知恵を持つ、容易ならぬ相手。
「面白い女だなぁ」
不意な言葉にも、サリースリーは動じなかった。
振り返りもせず、背中を狙い撃ちしてきた雷撃を魔法障壁で弾き返す。
いや、完全には防ぎきれず、逸れた雷撃がサリースリーのすぐ横を掠めて飛んだ。
わざと堂々と振り返ると、洒落ているつもりか斜めに立っている男がいる。
人間ではない。白い肌、黒い髪はまだしも、真紅の瞳は人間のそれではない。
背丈は高くないが、両手に剣を下げている。その剣の周囲では像が歪んで見えるほど、魔力が溢れ出ているのがわかった。
魔人だ。やはりいたか。
「あまり時間もないのでな、長く相手はできぬ」
サリースリーは魔人の言葉に注意を払いつつ、間合いを計った。魔法においても間合いは何よりも重要になる。駆け引きの要素として、距離は外せない。
一方の魔物は甘く見ているのか、切っ先を下げたまま、肩をすくめて見せた。
「お嬢さんは腕が立つようだが、これまでだ」
剣が跳ね上がる。
切っ先から光の束が放射される。
サリースリーは横っとびに跳ねながら、魔法障壁を展開する。
念入りに五枚重ねの障壁を展開した。
それが、一瞬で貫通される。
人間を超える超反射がなければ、サリースリーは消し飛んでいただろう。
横っ跳びに逃れて構えを取ったサリースリーに魔人が笑いながら間合いを詰めてくる。
光の線は鞭のようにしなり、サリースリーを追撃。超高熱の気配に、肌が焼けるような錯覚。
地面を転げ、跳ね、また転げて光の鞭を回避していく。障壁を展開する余裕がサリースリーといえども、少しもない。
あまりにも彼我の距離がありすぎる、とサリースリーは見ていた。反撃しようにも、この間合いでは回避される。もっとも、一方的に攻め立てられている今は受けに回るしかなかった。
一人で相手をするのは、骨が折れるな。
しかしこの時、サリースリーは一人だった。他の魔物は二人を取り囲んで黙り込んでいる。時折、魔人の光による攻撃が逸れて彼らを直撃するが、逃げ出す様子もない。
魔物は魔人に絶対服従。それも古の時代と同じか。
地面を魔人の攻撃が直撃し、激しい土煙が起こる。
一瞬、サリースリーは光の鞭を見失った。
土煙の壁を切り裂いて光が一直線にサリースリーに走った。
回避は間に合わない。
手を突き出し、全力の魔法障壁。
展開は二枚しか間に合わないが、当然のように突破してくる。
サリースリーは奥の手を使った。
使わなければ、死ぬ。
甲高い音を立てて、光の線が弾かれ、宙に跳ね上がっていった。
土煙が吹き消され、魔人が剣を構え直す。
その顔には、これまでにはなかった真剣な色があった。
「お前、今の防御は、魔法障壁ではないぞ。紛れもなく、魔法結界。人間の技ではない」
サリースリーは姿勢を整えて、全身の痛みを理解した。激しい運動をした以上に、魔法の行使に人造人間の肉体が追いついていない。
しかし無視するしかなかった。
勝たねばならない。
目の前の魔人に勝つ以外に道はない。
「貴様、龍の眷属か?」
魔人の言葉に、サリースリーは答えなかった。
答えずに、ゆっくりと呼吸を整え、サリースリーは魔人へと歩を進めた。
魔人の目が、ぎらりと光った。
◆
川が流れている。
速い流れを人の体が流れてくる。
ピクリとも動かず、背中だけを水面に出し、脱力したまま進んでいく。
鳥が上空を旋回し、その様子を見ていた。
川はやがて小さな滝に差し掛かる。人の体も自然、そちらへ流れ、鳥が鋭く鳴く。
次にはもうその体は滝へと落ち、滝壺の中に消えてしまった。
獲物を逃がしたことが受け入れがたいように、しばらく鳥は旋回を続けていたが、もう一度、高い声で鳴いてからすっと風を切って離れていった。
滝では水が水を打つ音が途切れなく続いていた。
水は激しく泡立ち、その泡もやがては消える。
(続く)




