2-12 計画
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第六軍が構築した野戦陣地の奥で、重要人物たちが顔を合わせていた。
剣聖騎士団からイダサ、カスミーユ、ファルス、ローガン。そこに新参のアルカディオも混ざっている。
第六軍からも軍団長のショウギとその参謀が数名。
さらに第五軍の軍団長さえも同席していた。
「魔物に反転攻勢をかけるのはいいが」
その第五軍軍団長が苦り切った顔で意見を口にする。
「三人の剣聖が同時に出撃するのはいかがものか」
「他に有効な戦力がありません」
反論したのはショウギだった。アルカディオはまだこの人物のことをよく知らないが、剣聖騎士団に懐疑的だとファルスから聞いている。ファルスの方でも第六軍を信用し切っていない雰囲気もあったが、一意見として頭の片隅に置いているアルカディオである。
「しかし、ショウギ殿。もし剣聖が失われたらどうします」
なおも言い募ろうとする第五軍軍団長に、ショウギは堂々と応じた。
「カスミーユ様を見れば、それも杞憂でしょう」
これはアルカディオも驚いた事実だった。
カスミーユはあの山脈の一部が火を吹いた直後にあった魔物の大攻勢で行方不明になったという。探そうにも探せず、生存は絶望的と誰もが思っていた。ファルスでさえもだ。
それがカスミーユは魔人を討ち取っただけでなく、七日間ほど、ひたすら魔物を倒し続け、疲弊の極みにありながらも自力で帰還したのである。
肉体も精神も人間離れしている。今やこの戦場において、最強の兵士はカスミーユとされている。実際、アルカディオから見てもカスミーユが図抜けて高い戦闘力を持つ。
今は不機嫌そうな顔で、綺麗な服装で立っているが、あの戦場で初めて会った時は人間ではないようにさえ思えたのだ。
「誰もが私と同じことができるとは思わないように」
さりげなくそのカスミーユがクギを刺すが、ショウギは全く動じなかった。
「あなたは英雄ですよ、カスミーユ様。頼りにしております」
やれやれとカスミーユが小さく首を左右に振った。
そのまま、作戦の確認が始まった。
攻撃部隊を編成し、一度、戦場から北へ向かい魔物の濃い地域を迂回する。そして北から南へ、一挙に駆け抜けながら魔物の集団に横撃を加え、これを一方的に殲滅する。
都合のいい作戦だが、とりあえずのところ、魔物が組織立って動いているという場面は見受けられない。これにはカスミーユが魔人の存在があることを指摘したが、魔人は今のところ二体しか確認されておらず、どちらも討ち取られている。
「そこは剣聖の方々を頼りにしております」
アルカディオは思わず声の主であるショウギの目をまっすぐに見た。
感情が読み取りづらい瞳の光り方だ。何かを企んでいるようでもあった。アルカディオたちをみすみす死なせるわけもないが、この指揮官は場合によってはそれさえも受け入れそうだった。
捨て石にされるのは不服だ。受け入れがたい。
しかし勝利のためなら、どうだろう。
アルカディオはしばし、脳裏に自分の部下のことを考えた。
ストラをはじめ、黒の隊の者たちはアルカディオの号令で、命を捨てるかもしれない。
躊躇わず、疑いもせずに。
その命が捨て石ではないことを、誰が証し立ててくれるのか。
命を失うということを、どう納得させることができるのか。
できない。
できるわけがない。
こっそりとアルカディオは息を吐いた。自分にはこんな立場は、向いていない。
話し合いは結局、作戦は二日後に決行ということで終わりになった。カスミーユとファルス、ローガンが並んで歩いていく。どうやら馬の話をしているようだ。カスミーユは自分の馬を失っていて、質の良い馬が欲しいという趣旨のことをファルスに何度も訴えているのを見た。ファルスも応じはするが、今は馬の入手が難しい。
それをぼんやり見ていたアルカディオは、視線を感じて何気なくそちらを見た。
イダサが立っており、どこか表情がぎこちない。彼は初めて会った時から、アルカディオに対してそんな表情をする。
何かを言おうとして、しかし言えずにいるような気配だった。
「あの……、イダサ殿、何か?」
思い切ってアルカディオの方からそう声をかけたが青年はちょっとだけ笑みを見せ、「いえ、失礼いたしました」と立ち去ろうとした。
「何か、お話があるのではないですか」
背中にそう声を向けると、イダサは果たして足を止めた。その肩が上下する。呼吸を整えているようだった。
「いずれ、お訊ねします」
そう言葉を残して、振り返ることなくイダサは去っていった。背中に視線を注ぎ続けたが、彼はもう振り返らない。離れたところで、第六軍の面々と第五軍軍団長が話している。野戦陣地の防御態勢について検討しているらしい。
アルカディオは一度、意識して息を吐いてから、部下のいる方へ向かった。
この時も戦闘は継続している。魔物の群れは尽きることがない。人間の兵士は一日に十名は命を落とす。そんな戦闘がすでに二週間は継続している。死者はおおよそ一五〇名ということだ。犠牲者が第六軍の兵士に偏っているからだが、剣聖騎士団予備隊がまだ戦力を確保しているのは奇跡だし、逆に言えば第六軍は消耗を始めていることになる。
そうそう長くは、続けられない。
誰もがその差し迫った現実を意識し始めていた。
(続く)




