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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
126/155

2-10 乱入者

       ◆


 アルカディオは魔物、いや、魔人と呼ぶべき存在の剣術に戸惑っていた。

 剣と剣を合わせてこない。徹底的にアルカディオの剣筋を外してくる。

 間合いの取り方が絶妙だった。繊細な動きで、アルカディオの切っ先がわずかに鎧をかすめる程度で、完璧に間合いを読んでいるようだ。

 その点ではアルカディオも同様だった。魔物の爪牙には毒があるということは、魔人の剣にもそれがあってもおかしくない。刃を身に受けて真偽を確かめるのは危険すぎた。

 お互いが舞うように立ち位置を変え、間合いが広がり、離れ、すぐに広がる。

 魔人はまるで息が乱れない。当然、動きの安定も崩れない。

 一方のアルカディオは、呼吸を必死に整えていた。人造人間として体力はあるつもりだった。カル・カラ島では山の中をひたすら駆け回って、訓練は十分だったはずなのだ。

 それなのにアルカディオは息苦しさを感じていた。

 相手は人間ではない、ということもあるだろうが、しかしアルカディオには決定的に欠けていることがあった。

 それは、真剣の勝負、命の取り合いの経験だった。

 絶対に勝てない相手は、これまではベッテンコードしかいなかった。ベッテンコードに殺されそうになったことはあったが、それでもベッテンコードが絶対にアルカディオを殺すという姿勢を見せたことはなかった。

 魔人は違う。

 魔人は容赦なく、アルカディオを殺しにくる。アルカディオが死ににくいとしても、その上で絶対に殺そうとする。

 恐怖とも不安とも違うものが、アルカディオの胸中に広がっていた。

 勝利しなくてはいけない、という圧力。

 刃を受けてはいけないことも、その圧力を強くしていた。

 魔人が飛び込んでくる。

 体を傾けたアルカディオの胸元を魔人の刃がかすめ、具足が割れる。際どいところで跳ねて間合いを取ろうとするが、読んでいたのだろう、魔人が即座に間合いを詰める。

 姿勢が乱れたアルカディオに猛攻を仕掛ける魔人の刃は、合理的で、かつ、躊躇いがなかった。

 刃がついにアルカディオの肩、そして脇腹をかすめる。

 恐るべき切れ味に具足はないも同然だった。

 痛みがアルカディオに冷静さを呼び起こしたのは、魔人にとっては想定外だっただろうが、依然、この時の攻防は魔人が攻め、アルカディオが凌ぐという形である。

 誰であっても攻めただろう。

 だからこそ、アルカディオには勝負を仕掛ける条件が揃った。

 ぐっと不自然な姿勢で後退を止めたアルカディオが前に飛び込む。魔人もまた踏み込んでいた。

 両者の間合いがほとんどゼロになる。

 刃がすれ違う。

 飛沫が上がり、魔人がよろめき、さっと距離をとった。

「人間にしては大胆だ」

 そういう魔物が口元を拭う。

 胸の鎧が割れ、黒い血が流れている。

 咳き込んだのは、しかしアルカディオだった。

 彼も胸元を赤く染め、咳き込むたびに血が口元からこぼれる。

 勝負はアルカディオの思った通りにはならなかった。魔人もまた勝負に出たのだ。

 両者の刃が両者の胸を抉った。

 アルカディオの破砕剣より、魔人の刃の方が深く突き込まれ、アルカディオは追撃できなかった。

 赤い液体が伝う刃を軽く払い、魔人が構えを取り直す。

 対するアルカディオも剣を構え直すが、剣先が定まらない。

「勝負あったな」

 悠然と魔人が踏み出そうとする。

 アルカディオの傷はこの時も治癒を始めている。しかし普段よりわずかに遅い。出血が続き、意識に不鮮明なものが混ざり始める。

 時間が必要だった。

 ほんの短い間でもいい。

 しかしその時間を作り出す方法が、アルカディオにはなかった。

「いい勝負であったな」

 魔人が大きく踏み込んだ。

 アルカディオを間合いに捉え、剣は振り上げられ、今、落下を始める。

 落雷の一撃。

 誰もが決着を見たはずだ。

 魔人でさえも。

 アルカディオでさえ。

 しかし魔人は横合いからの衝撃に弾き飛ばされ、その手にある刃は空を切った。

 弾き飛ばされながら姿勢を整えた魔人が着地と同時に地を蹴る。不可視の衝撃波がその後を追っていき、地面が連続して抉れる。巻き込まれた魔物が弾き飛ばされ、バラバラに引き裂かれた。

「どいつもこいつも」

 聞こえてきたのは、高い音の女性の声だった。

 しかし響きには気だるげで、濁ったものがある。

 アルカディオが見る前で、一人の女性が魔物の間を進み出てきた。

 人間だ。しかし知らない顔である。

 片手に剣を下げ、腰には何かの生物の首がぶら下がっている。

 全身はドロドロで、具足がかろうじて見て取れる。

 彼女は徒歩である。どこからどうやって歩いてきたか、違和感を覚えずにはいられない。

 味方、とはすぐに思えなかったが、魔人からアルカディオを救ったのは彼女のはずだ。

 女性の手にある剣の刃に紫電がまとわりつく。

 その視線がアルカディオを見て、細められる。

 殺気。そして獰猛な闘気。

「私は腹が減っている。わかるか?」

 ……わからない、とは言えない。

 さっぱり事情はわからなかったが、ともかくアルカディオは頷いた。

「行くぞ」

 短い言葉と同時に、女性が剣を横薙ぎに払った。

 距離を置いていた魔人が身を低くして、突進。

 その頭上を激しい雷撃が走り抜け、魔人の毛が逆立つが、突進は継続。

 アルカディオも地を蹴りつけ、進み出る。

 すくい上げる魔人の刃を身を捻って避ける。それは魔人も織り込み済みで、アルカディオの返しの刃を魔人も避ける。さらに魔人は四方から迫る半透明の物質で作られた槍も避ける。避けきれないものを魔人の剣が粉砕した。

 魔法による攻撃だ、と思ったが、アルカディオは考えることを放棄した。

 この時に考えるべきは、魔人をいかにして倒すか、だった。

 アルカディオはわざと後退した。魔人が追撃しようとするところへ、魔法によって生み出された炎が渦巻き、最初に見た魔人による魔法無効化により、業火が大量の火花に変換される。

 それを目眩しに、アルカディオは舞い散る火花を突き抜けて魔人に肉薄した。

 いや、これは読まれていた。

 魔人の剣が迎え撃つ。

 それさえもこの時のアルカディオには見えていたのを、魔人は読み間違った。

 刃と刃が触れ合う。

 激しい火花。

 魔人が姿勢を乱す。

 ベッテンコードから受け継いだ剣技が、展開される。

 剣を絡め取ろうとするアルカディオに、魔人は抵抗した。

 それでも剣がもぎ取られる。

 最後の意地か、宙に舞い上がろうとする剣を、光のように閃いて翻った魔人の片手が掴み止めた。

 手を伸ばした動きを予備動作に、アルカディオへ必殺の剣が走る。

 もし魔人が一人を相手にしているのなら、これで勝ちだったかもしれない。

 しかしこの場には、もう一人がいた。

 魔人の動きが刹那だけ、停滞する。

 両足が唐突に凍りついた。氷漬けになっている。

 そのありえない現象により、魔人の両足は地面に縫い止められていた。

 振りが不自然になり、それでも魔人の剛力が自分を拘束する氷の塊を引き抜くように破壊する。

 時間ができた。

 瞬き一つでも、時間は時間だった。

 アルカディオの剣が閃く。

 魔人の剣が迎え撃つ。

 それもまた、魔人の誤りだった。

 アルカディオは魔人ではなく、まずその剣を狙った。

 破砕剣の柄を握る手に、力がこもる。

 刃と刃がかみ合い。

 次には魔人の剣が砕け散った。

 何かを喚いたようだったが、アルカディオに掴みかかろうとした魔人は次には首をはねられていた。

 宙に飛んだ首が、地面に落ちて転がっていく。魔人の赤い瞳がひときわ強く光った後、あっという間に曇った。

「やれやれ」

 倒した強敵の首を見ていたアルカディオは、女性の声にはっとした。

 うまく連携できたが、それはアルカディオの工夫というより、名前も知らない女性の技量のなせる技だった。

 魔物が押し寄せるのを避けながら、アルカディオは女性の側へ進んだが、女性は圧倒的な威力の魔法で周囲の魔物を殲滅している。それをしながら、彼女はアルカディオに向かって吐き捨てるように言った。

「その剣は破砕剣だろう。ベッテンコードはどうしたのだ。まさか死んだのか。あのクソジジイめ。全てを押し付けやがって」

 どうやらアルカディオに言っているのではないらしいが、アルカディオとしては恐縮するしかない。恐縮しながら魔物を切り捨ててはいるのだが。

「申し訳ありません、あの、ありがとうございます」

 それでもとアルカディオが謝罪と感謝を口にすると、「後にしろ」と返事があった。

 結局、後続と交代するまで、アルカディオは彼女と魔物を倒し続けた。

 野戦陣地へ戻ると、ファルスが待ち受けていた。彼は感極まってるように見えた。

「カスミーユ様、よくぞご無事で」

 その言葉を聞いて、アルカディオは自分が抱いていた推測が正しいことを知った。

 女性はカスミーユ、剣聖だ。天地剣の持ち主であり、おそらく最高位の魔法使い。

 カスミーユはファルスの様子に感じ入るでもなく、真剣な口調で言った。

「食事と水、着替えを用意しろ、ファルス。私は疲れた」

 すぐに、とファルスが駆け出していった。彼女の前ではファルスも形無しのようだ。

 アルカディオはカスミーユに声をかけようとしたが、走り寄ってくる人物を見て、感慨に打たれた。

 やってくるのはイダサ、剣聖にして、生死剣の使い手。

 こうしてこの戦場にソダリア王国における聖剣、その四振りのうちの三振りが揃ったことになる。

 アルカディオは自分がその一角であることに違和感を感じながら、一方で、安堵もあった。

 自分一人が戦っているわけではない。

 そう思う。

 心のどこかでは、重圧を感じるが、カスミーユ、イダサがいることで、それも少しは楽になりそうだった。

 少しの間でいい、とアルカディオは思っていた。

 少しの間でいいから、今の心強さを、感じていたい。

 カスミーユとイダサが手を握り合うところへ、アルカディオは歩み寄った。

 ファルスが駆けてくる足音が近づいてくる。



(続く)

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