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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
123/155

2-8 部下

      ◆



 アルカディオはファルスとイダサと状況を確認したが、わかることは少なかった。

 経緯は分かる。魔物の出現に対して剣聖騎士団が派遣されたが、魔物の全体を押し返すどころか、唐突な大攻勢により撤退を余儀なくされ、今は第六軍とともに野戦陣地を守っている。

「魔物の数は計り知れない。無尽蔵、とは言いたくないが」

 苦り切った顔でファルスはアルカディオに漏らした。

 イダサはといえば、何かを探るような目でアルカディオを見ているが、それはアルカディオが人造人間に見えるからだとアルカディオにはわかった。時間を見つけて説明しよう、と考えていた。イダサは緑の隊の隊長であるとも名乗ったから、彼は間違いなく錬金術士だ。

 錬金術士相手に人間のふりは無用だし、そもそも、アルカディオの実際は全軍とは言わなくとも、剣聖騎士団には理解してもらうべきだとアルカディオ自身は決めていた。

「物資の補給に関しては、サバーナさんに任せたいと思いますが、どうでしょうか」

 そう切り出したアルカディオに「信頼できるのか」とファルスは念を押してくる。疑心暗鬼になっているというよりは、時間を無駄にしたくないという姿勢だった。それほど物資、主に食料の備蓄は危機的だった。

 どうやら第六軍が融通しているようだが、その第六軍自体の補給線が不安定になっている。すでに陣を敷いて一ヶ月半が経っており、それは事前の想定を超えつつある。もちろん、正式な軍であるから、他から物資を引っ張ってはこれる。中央もそれで間に合わせようとしているようだが、この魔物との戦いがいつ、どういう形で終わるかを見当もつかない。

「銀さえあれば、いくらでも売るでしょう」

 そう答えたアルカディオだが、内心、銀などなくてもサバーナは物資を渡しそうだったから、せめてサバーナにも利があるように、という配慮だった。

 その事情を知ってか知らずか、ファルスは唸りながら確認してきた。

「二万人なりが二ヶ月は困らない量があるか」

「銀次第、じゃないですか?」

 食わせ者め、とファルスは吐き捨てたが、部下を呼ぶと口早に指示した。

「剣聖府に残っている連中に、銀を用意させろ。食料はなくても銀はまだあるだろう。安く飯が買える算段がついている、と伝えるんだ。家財道具を売ってでも銀を集めるように言ってやれ」

 部下は勢いよく返事をして離れていった。

 こんなやり取りをしている間にも、野戦陣地の東側では激しい押し合いが続いている。もっともそれは部分的なもので、魔物の全てを引き受けているわけではない。アルカディオは全体を知らないが、この場所にいる第六軍の他に、第五軍が派遣されていて、各地に展開しているという。

 剣聖騎士団と第六軍をすり抜けた魔物への対処は第五軍の仕事だ、というのがファルスの姿勢である。

 ともかく、戦いは休みなく続く。

「魔物は疲れないのでしょうか」

 思わずアルカディオが言葉にすると、ファルスが露骨に舌打ちした。

「疲れた魔物もいるだろうさ。なにせ東の山奥からひたすら走ってくるんだからな。で、疲れた魔物はあっさりと俺たちが仕留める。残るのはまだピンピンしている奴だ。いっそのこと、全員が疲れ切って、そこらで休憩してくれるといいんだがな」

 どうやらそれがファルスなりの冗談らしい。

 アルカディオが思わず微笑むと「冗談を言っている場合でもないな」とファルスは言葉を続ける。

「解散したことになっている黒の隊のものが、集結しつつある。聞いているな?」

「ええ、白の隊のものがそのように取り計らってくれたと、聞いています」

「今、各隊に分散してあったのをまとめつつある。ルーカスという男を知っているか?」

 思わぬ名前に、「ルーカスさんを知っているのですか?」とアルカディオが口にすると、への字口で「まあな」という答えがあった。

「ベッテンコード様の元で稽古をした時に知り合った。お前こそ、どこで知った」

「ベッテンコード先生を探しに来て、僕と出会ったのがルーカスさんです」

「どこにいる?」

「いえ、その……」

 言葉に詰まるが、偽るわけにもいかない。

「一緒にここへ向かっていたのですが、避難民を護衛するために別行動になりました」

 お人好しだな、と失笑してから、別の指揮官を用意しようとファルスは話を先へ進めた。

「ルーカスと同等の使い手で、ストラという男がいる。そいつを指揮官にしよう。アルカディオ、お前はくっついているだけでいい」

 はい、と答えながら、アルカディオにも解せないものがある。

 この陣地を守る理由はわかる。ソダリア王国へ魔物が雪崩れ込むのを防ぐ防壁なのだ。

 しかし守り続けても、勝てるわけではない。

 どこかで攻めに出なければいけないが、そのためにはどこを叩くべきか、調べなくてはいけない。誰がどうやって調べるのかが問題だが、絶対に必要なことだ。

「失礼します」

 駆け寄ってきた若者が、張りのある声で言うと、直立した。

 年齢は二十代で、上背はないが引き締まった体をしているのが具足の上からでもわかる。黒い具足はよく使い込まれ、腰には剣が下げられている。

「ああ、お前か。アルカディオ、こいつが話していたストラだ。ストラ、こちらにいるのが今の破砕剣の持ち主、アルカディオだ。剣聖だぞ」

 びくりと見間違えようもなくストラの肩が震えたが、口調は冷静だった。

「ベッテンコード様は、本当に亡くなられたのですか」

 ファルスが答えるかと思ったが、彼はアルカディオを促した。

 それもけじめということだろう。

「はい、ストラさん。ベッテンコード先生は亡くなられました。病だったのです」

 そうですか、と答えるストラの声はわずかに震えたが、次にはそれはもう消えていた。

「アルカディオ様を歓迎いたします。再び、黒の隊として戦えることを誰もが誇りに思っています。どうか、我々をお好きなようにお使いください」

 ありがとうございます、と丁寧に頭を下げるアルカディオだった。

 部下と会ってこいとファルスに勧められ、ストラの案内でアルカディオは黒の隊のものと対面した。

 きっちりと隊列を組んだ六十名ほどがそこにいた。想像よりわずかに多いが、それはベッテンコードが行方をくらませた後、その姿を探し求めるものたちが探索の間に見出し、鍛えたものが含まれているからだろう。

 一人ひとりからアルカディオは名前を聞いて行った。

 カル・カラ島にいた時、自分がこれだけの多くの人間と密に接することになるとは、想像もしていなかった。しかもここは戦場で、彼らは部下である。アルカディオの指揮如何で生死が分かれてしまう。

 不意に重圧を感じた。それはここまでの旅で感じたことのないものだった。アールやリコ、ルーカス、サリースリー、ターシャ、サバーナと行動するときは、どこか落ち着くものがあった。助け合えるような気がしたし、まだアルカディオの手の届く範囲に全てがあるように思えた。

 しかし今は違う。

 目の前にいる六十名の命を、アルカディオ一人きりで守り抜くことはできない。

 必ず誰かが脱落する。帰ってくることができないものが生じる。

 死ぬのだ。

 誰かを失うことへの恐怖が、アルカディオの背筋を駆け上がってきたが、精神力を振り絞ってアルカディオは改めて部下を見た。

 一人ひとりが覚悟を決めた顔をしている。誰もアルカディオを疑っていないし、自分の身に起こる危機を想像して怯えてもいない。

 ただただまっすぐに、前だけを見ている。

 ストラが全体に声をかけてから、アルカディオに場所を譲った。

 部下の前に立って、アルカディオは深呼吸した。全ての視線が自分に集まっている。

 何を言えばいいか。

 何を言うべきか。

「みなさんの、奮戦に期待します」

 短い言葉に、同時に返事があり、空気の振動がアルカディオの体を打った。

「よし」ストラが何度か手を叩いた。「戦闘は朝から次の朝まで、休みなしという有様だ。休みはないぞ。気合いを入れていこう」

 全員がめいめいに返事をして、動き出す。

 彼らの背中を見るアルカディオは、どこからともなく暗い想像がまとわりついてくるのを、強く息を吐いて振り払った。

 避けることはできないのだ。

 でも、そうやって言い訳をしてもいいのだろうか?

 無意識に、アルカディオは背中にある破砕剣の柄に手で触れていた。




(続く)

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