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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
121/155

2-6 頼りを求めて

      ◆


 ローガンはひたすら南へ駆けていた。

 剣聖騎士団予備隊から選抜した騎馬隊で、たったの十騎しかいない。質の揃う馬がやっと十頭、用意できたからだ。ファルスはもう少し数を増やしたいようだったが、隊として行動するにはどうしても馬の質が合わなかった。

 十騎で破砕剣の持ち主を救え、というのは、つまり避難民は見捨てよと言っているのに等しい。白の隊からの通報では、ただの民が三十名ほどそこにいるというのだが、まさか十騎で三十名をを救えるわけがない。

 救うと思えば、せめて一〇〇人なりの部隊が必要だろうし、仮に救出したとして、東部の戦場へ連れ帰るわけにもいかないなら、その一〇〇人なりは戦場を離れることになる。一〇〇人とはつまり剣聖騎士団予備隊の全部と解釈できるから、ファルスはもはや避難民のことを考えるな、という姿勢のようだった。

 少なくともローガンはそう解釈したし、それが妥当だと理解できる。理解できるが、受け入れるのには覚悟が必要だった。

 そもそもからして魔物と戦っているのは国を守るためというより、民を守るためだ。なのに今、剣聖騎士団はただ三十人の民を救うこともできないのでは、もはや存在意義を失っている。

 胸の内でうねる激情をローガンは抑えがたく感じた。

 ローガンも志があって剣聖騎士団の一員として調練を積んできた。並の兵士なら二人や三人、相手取っても勝てる自信があった。かつての黒の隊の稽古に混じって鍛え上げた技がある。その後、赤の隊に引き抜かれることになる程度に、魔法の才能もあった。

 慢心だった、とローガンは忸怩たるものを覚えずにはいられない。

 三十人の骸を目の当たりにして、どんな顔をすればいいのか。

 細く息を吐いて、ローガンはひたすら先を急いだ。魔物の中を突っ切っているのだ、魔法で進路を切り開いているが、何が起こるともわからない。命知らずの魔物が飛び込んでくれば、それでローガンも命を失うかもしれない。

 どれくらいを駆けたか、気づくと周囲は闇に閉ざされつつある。暗闇の中で目的の人物を探せるとは思えない。相手が火を起こす余地があれば、と思った瞬間、視界の隅で何かが瞬いた。

 目の錯覚かと思ったが、違う。小さな光が揺れている。

 間違いない、松明が揺れているのだ。相手は居場所を教えようとしている。

 馬の進路を変えると、程なく丘の上にたどり着いた。松明を振っている男に見覚えがある、白の隊のものだ。つまり目当ての人物ではない。それともそばにいるのだろうか。視線を巡らせても見えない。

 白の隊のものに近づく間、部下に魔物の相手をさせた。見通しは悪いが、夜になると魔物の活動もやや鈍る。彼らも夜は目が十分に利かないのかもしれない。

「どちらにおられるのだ」

 単刀直入に問いかけるローガンに、あちらに、と男は手で示した時、ちょうどローガンたちが駆け上がったのとは反対側から、数人が足早にやってきた。魔物に追われるのを切り捨てているようだ。剣を振っているのは三人で、その他に二人いる。全員が男のようだ。

 ローガンは指笛を吹き、複雑な音色で部下に指示した。丘の周りを制圧するようにという指示だが、完全には無理だ。それでも少し話をする余地はできる。

 丘を上がってくる顔もよく見えない相手にローガンはズンズンと間合いを詰めた。先頭にいる男の顔が見えた。細い目をさらに細めてローガンを見ている。

「どちらの方かな、お兄さんは」

 どこか不真面目で、からかう調子の言葉だった。こいつが聖剣の持ち主ではないだろう、と当たりがついた。剣聖にしては品がなさすぎる。

「聖剣の持ち主がいると聞いてきた、剣聖騎士団のものだ」

 ああ、あの方だ。

 男がそう言って背後を示す。

 彼についてきたのは線の細い青年と、巨漢、そしてやや年を取りすぎている男だった。その足元の覚束ない男を体格のいい一人が支えている。ローガンは青年を無視して、その長身の人物に歩み寄った。人格者こそが剣聖にふさわしい。

「負傷者は引き受けます。どうか、お任せください」

「悪いね」

 その声を聞いた瞬間、危うくローガンは肩を貸したばかりの男を落としそうになった。女の声だったからだ。この体で女か? それとも声が高いだけの男なのか。

 夜の闇の中でじっと見ていると、相手の顔がうっすらと見えてきた。女だった。

「悪いな、若い人。ここまで激しい運動はしたことがないのだ」

 ローガンのすぐそばで抱えられた男が呻くように言う。いや、これはどうでもいい。

 気を取り直して、ローガンはそっと男を地面に座らせると、さっきは無視した青年の前に立った。

 ちょうど雲が切れて、月明かりが丘を照らし出した。

 幻想的な光景だった。

 青年は美しかった。白い肌が月光に縁取られると、美の化身のようだった。

 しかしこの肌の白さは人間のそれではない。

 ローガンは、この人物は人造人間ではないか、と真っ先に思った。

 次に彼が抜き身のまま手に提げている剣を見た。

 その剣は立派だった。無骨な作りをしているが、なんでも切れそうな光を放っている。

「破砕剣の持ち主をお探ししていました。ローガンと申します」

 自分のうちの困惑、逡巡、思案、全てを無視して、ローガンは目礼した。

 果たして、青年は軽く頷いた。

「僕は、アルカディオと言います。ベッテンコード先生から聖剣を引き継いだ、破砕剣の持ち主です」

 アルカディオと名乗る青年の声は澄んでいて、まっすぐだった。それもまたローガンの胸を打った。ここ一ヶ月以上に渡る戦いの中で、剣聖騎士団では誰もが疲弊し、殺気立っていた。声には自然と苛立ちが含まれ、トゲトゲしいのが日常だった。

 しかしこの青年は違う。まだ、余裕というものを持っている。

 自分とは格が違うと、ローガンは思った。

「避難民はどうされたのですか」

 虫がいいことだ、と自分に嫌悪感を覚えながらローガンが問いかけるのに、アルカディオはなんでもないように頷く。

「仲間の協力で、逃がせたと思います。たぶん、ですが」

「え? 三十人ほどはいたはずですが」

「ええ、いました。うまくいけばいいんですけど、こればっかりは天に任せるしかありません」

 その言葉が終わる前に、いきなりアルカディオが剣を突き出した。

 パッとローガンが飛び退ろうとしたが、アルカディオはローガンではなく、横手から突っ込んできた魔物を刺し貫いただけだった。剣が引き抜かれ、力を失った魔物が倒れる。ここに至って、やっとローガンは自分が魔物の群れの真ん中にいるのを思い出した。

「アルカディオ様、その、お聞きしたいことはいくつもあるのですが、剣聖騎士団に合流していただけますか」

「はい、案内していただけますか」

 そう言うアルカディオの背後では、例の巨体の女性が座って動けない男性を守り、例の蛇のような顔の男はそれを援護している。

「あの、この三人も連れて行くのですか」

 問いかけに、キョトンとした顔になったアルカディオが「ここへは置いていけないでしょう」と真剣な口調で返してきた。

 それはそうなのだが……。

「馬には乗れますか」

 改めて問いかけると、アルカディオは仲間の方を見た。蛇顔が「乗れるね」と答え、巨体の女性が「もちろんです」と答え、まだ座っている男は軽く手をあげて「そこそこには」と答えた。

 こうなってはもう他に選択肢はなさそうだった。

「部下が九人、そばにいます。騎馬です。一頭に二人乗る形でよろしいですか」

「もちろんです。というか、その、僕が一番乗馬の経験がありません」

 ……からかわれているのだろうか。こんな時に?

 何もかもが面倒くさくなり、ローガンは指笛を吹いた。騎馬が駆け回っていた音がこちらへ集まってくる。撤退だ。いつまでもここにいるわけにはいかない。

 騎馬が丘の上に集まった。

 じっと黙ってそばにいて、魔物を遠ざけていた白の隊のものが近づいてきた。全部で四名だ。その四名の方へアルカディオが進んでいき、何事か話していた。ローガンには聞こえない。どういうやりとりがあったのか、松明が地面に放られた。

 それにローガンが気を取られている間に、白の隊の四人の姿が見えなくなった。夜の闇のせいで見えないのかと思ったが、違う。どこにも姿がない。消えてしまった。

 何か、亡霊を見たような気にもなったが、そのこともローガンは考えないことに決めた。避難民三十名が消えたのだ、四人が消えることなど何のこともない。

 ローガンの部下が揃い、アルカディオたちはそれぞれに馬にまたがった。本当にアルカディオは慣れていないようだったが、飲み込みが早いのか、丘を駆け下りる時にはすでに姿勢を乱すそぶりはなくなった。

 ローガンは一度、月明かりを確認した。夜は長いが、剣聖騎士団がいる戦場へ戻るのは明日の日中になる。魔物との戦闘はまだまだ続く。

 アルカディオという青年一人で、何が変わるかは、ローガンには想像もつかない。どこか神秘的ではあるが、人の姿をしている。聖剣もまた、ただの剣にしか見えなかった。

 勝利の兆しは見えない。

 しかし自分たちが一人の青年を頼るしかないことを、ローガンは自覚していた。きっと、ファルスやイダサもそうだろう。もし生きているのなら、カスミーユも同じかもしれない。

 誰もが救いを求めていた。

 誰もが誰かを頼りたかった。

 イダサは馬を走らせながら、それとなくアルカディオを確認した。ローガンの部下の後ろに座ったまま、剣を縦横に振るっている。本来なら後ろではなく前に乗るところだが、とりあえずは振り落とされそうではない。

 大胆なお方だ。

 素朴な感情の中で、なんとかなるかもしれない、とローガンは思い始めた。

 無責任で、思い込みのようなものだが、何かが変わるかもしれないという思いが、ふつふつと湧いてきていた。

 夜はまだ、明けるには時間がかかる。

 しかし夜はいずれ明けるはずだ。

 いずれ、必ず明ける。



(続く)

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