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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
12/155

1-11 魔法と錬金術と科学

     ◆


 洞窟の中はもちろん、明かりがない。

 背にしている入り口の外からの自然の明かりで、僕の長い影が差していたが、やがてそれも消えていった。

 次には不意に周囲が明るくなり、空中をいくつもの光る綿毛のようなものが飛び始めたのだった。クロエスは平然として先へ進んでしまう。

「これは、なんですか? 先生、この灯りは……」

「初等魔法の一つ。錬金術師はもっと優雅に明かりを生み出すものだけど、魔法は用意がいらなくて便利だよね」

 そんなことを言いながら、もうクロエスは崩落している岩盤によじ登っている。

 岩は背丈の二倍近くある。ここを登るのか。いやいや、その前に、クロエスは魔法を使うのか。知らなかった。しかし医療魔法は使えるはずだったか。

 人の背丈ほどもある岩がいくつも転がるのを、乗り越えたり、つたって横を抜けたり、狭い隙間をなんとか抜けたりして、前進を続ける。その間、例の光る綿毛は周囲をついてきていて、暗さに困ることはなかった。

「錬金術師というのはね」

 先へスルスルと進む背中から声がする。

「きっと真っ先に衰退して、消える立場だと思う。魔法もいずれは潰えるだろうが、錬金術師というのはすでに過去の遺物さ」

 僕は手足を動かすのに必死で、耳にも集中するとなるともう答える余裕はない。でもクロエスは話をやめない。

「魔法使いたちは、一〇〇〇年の長い間をかけて知識を深め、技を磨いた。しかし魔法を使いこなすには資質が必要であり、その資質の持ち主は減りつつある。科学者たち、技術者たちには、資質など何もいらないんだ。純粋な技術であって誰であっても身につけることができ、行使することができる。だから科学というものに取り組むものは膨大で、極端に言えば、一人の魔法使いが五十年で学んで切り開く何かがあるとすれば、科学の側のものはそれを百人や二百人で寄ってたかって、切り刻むように分析して、思案して、議論して、あっという間に結論を出す。魔法使いの五十年の前進は、技術者たちの十年もあれば十分に進める距離だろう。しかもその産物は魔法だったら魔法使いしか行使できないが、科学の産物なら万人が使える。これは大きな差だよ」

 なんとか、落盤した岩石を超えて、石畳に戻った。

 壁を見ると何か、壁画が描かれているけど、あまりにも風化していて判然としない。

 僕の息を上がっていることに気づいたのだろう、クロエスが足を止める。

「水を飲みなよ。きみはまだ体力作りが不完全だからね。近いうちに訓練を始めなくちゃな」

 体力作りか。

 体を動かしている間は、自分の出自の謎や、自分の体の謎を忘れられるかもしれない。

 水筒の一つを先にクロエスに手渡し、僕は僕で自分の水筒から水を飲んだ。ぬるくなっているけど、心地いい。全身に力が行き渡るような気がした。

「さっきの話だけど、錬金術師というのはね、言ってみれば魔法と科学の中間で、何にしても不自然なんだ。魔法使いの素質に近いものが求められ、しかしその技能は科学的である。元々からして、黄金を生み出せるという実際には不可能なことをやってみせる手品から始まった、なんて言われるほど、不自然なのさ」

「えっと、クロエス先生は、金を生み出せるのですか?」

 水筒の栓をしながら確認すると、ぽっかりとクロエスは口を開き、次にはそれを手で隠した。笑を堪えているようだ。

「僕が金を生み出せたら、この両目はまだ普通に残っていただろうね」

「じゃあ、錬金術とは、なんだったのですか?」

「さあ、わからないな。魔法の亜種で、科学の奇形児。そんなところじゃないかな」

 どこまでも自分を忌避するクロエスだけど、しかし彼の中には、彼の見ている世界があり、彼なりの矜持があるはずだ。口調の芯にある強さが、それを予感させる。

 先へ行こう、とクロエスが水筒を片手に歩き出す。僕も黙ってそれに従った。

 壁画は続いていくが、風化以上に剥落している部分が増えていった。じっと観察すると色とりどりの顔料で描かれているようだけど、何年前のものだろうか。十年、五十年、百年……?

 そう思っているところで、また落盤にぶつかった。

 先へ進むのか、と思ったけど、クロエスが横へそれていく。

「ここを掘り出すのに苦労したよ」

 何のこともないように言いながら、前方をほぼ完全に埋めている巨岩、その隅に掘られた通路へクロエスが入り込んでいく。

 しかし、掘り出す? 通路を掘ったということか。誰がそれをやったんだろう? とても一人では出来そうもないけど……。

 岩は滑らかに削られていて、人の手によるもののはずだけど、全体からすればそうとは思えない

ある種、異様な景観だった。

 一直線に続く坑道のような通路は、ところどころ隙間があるが、それは巨大な岩と巨大な岩の隙間らしい。坑道の長さは五十メートルは進んだけど、まだ先がある。

 無言のまま進み、クロエスが通路の向こうに出た。

 僕も続いた。

 足を止めたのは、そこが今までになかった巨大な空間だったからだ。

 そして自然の光がうっすらと差し込んでいる。

 頭上を振り仰ぐと天井に当たる部分は遥かに高く、一番高いところには小さく空が見える。その小さな空が、この空洞を照らしている光の源だ。

 周囲は複雑な断面の岩肌が取り囲み、地面には大小の岩が無造作に転がっている。

 それをぐるりと見回してから、それに気づいた。

 抜けてきた通路の正面。

 壁際に巨大な、巨大すぎる岩がある。

 だけどただの岩じゃない。真っ白い色をしていて、光の反射の仕方は普通の岩とはどこか違うようだ。全体的に滑らかで、曲線が意識された。

 これは、なんだろう?

「さて、お昼にしようか」

 急にクロエスが言ったので、僕は困惑してしまった。

 ここが目的地? ここまで来て、食事をして、それで、えーっと?

 僕が立ち尽くしている間にクロエスは手近な岩に腰掛け、すぐ隣の岩を彼の細い指が示す。

 理解するのは諦め、迷いは無視することにして僕は岩に座り、ここまで持ってきた包みを膝の上で開いた。個別に包まれているサンドイッチを手を伸ばしてクロエスが二つ持って行った。

 僕も自分の分の二つのサンドイッチの包みを開く。片方は厚切りハムと野菜、もう片方は茹でた芋とゆで卵を潰して混ぜて味付けしたものが挟まっていた。

「こっちは魚のサンドイッチだよ、アルカディオ。これは逸品なんだ」

 そんなことを言いながら、もうクロエスは食事を始めている。

 僕も自分のサンドイッチを口へ運びながら、なんでここなのか、改めて考えていた。

 僕が不死かもしれないということを、教えてくれるんじゃなかったのか。

 こちらから質問したほうがいいのかな。

(お前は変わらぬな、クロエスよ)

 僕が声を発しようとした寸前だった。頭の中で声が響き、僕は驚きのあまり、危うくサンドイッチを手から取り落としそうになった。

 どこからの声だ? まるで声ではなく、頭の中だけで響いたようだった。

 恐る恐る周囲を見回し、声の主を見つけられずにいる僕だけど、答えを求めてクロエスを見やると彼は苦笑している。

「お久しぶりです、アルスライード」

 そう錬金術師が答えた時、例の岩、白い塊の一部が動いた。

 動いたのは、瞼だった。

 その奥には、真っ赤な瞳があった。

 爬虫類じみた、巨大な瞳が。



(続く)

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