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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
119/155

2-4 行方不明

       ◆


 ファルスは第六軍が構築した野戦陣地の一角で剣聖騎士団予備隊をまとめていた。

 二十名ほどが未帰還だが、もはやどうしようもなかった。総崩れと言ってもいい状況だったのだ。ローガンの統率力も役に立った。

 緑の隊は遅れて合流してきたが、イダサが言うには損耗はそれほどないらしい。

 それよりも彼が主張するのは、負傷者が五名ほど取り残されているのを救助したい、という内容で、ファルスはこれを却下するより他になかった。

 すでに剣聖騎士団に余裕はなく、五名のためにより多くを危険に晒すことはできない。それに、魔物の群れに取り込まれては、生存は絶望的だった。

 イダサは主張を二度、口にして、諦めたようだった。彼も現実が見えないわけではない。

 もはや救える命と救えない命があることを、明確にするしかなかった。

 赤の隊も戻ってきた。戻ってきたが、旗手であるルルドがファルスの元へ浮かない表情で報告に来た。ルルドとファルスは旧知と言ってもいいから、ファルスにはルルドがこれから口にすることが良からぬことだと察しがついた。

 冗談で紛らわせればいいのに、と思ったが、ファルスも疲れ切っていた。

 ルルドは規律を意識したのか、ファルスの前で直立し、堂々と報告した。

「赤の隊隊長であるカスミーユ様が行方不明です」

 この簡潔な言葉が生じさせた衝撃は、その場にいたファルス、イダサ、ローガンに何も言わせなくさせる力があった。

 カスミーユが行方不明。

 聖剣が失われたということか。

 ファルスも直接には見ていないが、カスミーユが持つ天地剣は人間の限界を超えた魔法を行使できるという。まさしく一騎当千の力を発揮する聖剣だ。

 それが失われたとなると、状況は極端に悪くなる。

 イダサがか細い声で「捜索隊を出す余裕はありますか」とルルドに問いかけた。ルルドは即答せず、ファルスを見た。剣聖であるイダサよりファルスの判断を優先するのは、ファルスこそがカスミーユを支える従騎士であるからだろう。

 そのことを理解しながら、ファルスはすぐには言葉を発さなかった。

「カスミーユ様は、弱いお方ではない」

 目をつむり、短くファルスはカスミーユの無事を祈った。

「あのお方なら、戻られるだろう。そう信じるとしよう」

 言いながら、ファルスは激しい自己嫌悪にとらわれていた。

 剣聖一人、聖剣一振りを取り戻すために一〇〇人、いや、二〇〇人や三〇〇人を危険に晒すことはできない。それがファルスの考えであり、そこには情というものは少しもない。単純な計算、合理的な判断であり、冷酷だった。

 その冷酷さを言葉で取り繕っている自分が、ファルスには受け入れ難かった。

 話し合いの結果、赤の隊はルルドが預かることになった。他に最適なものがいない。この辺りの人材の少なさも、剣聖騎士団の弱さだった。

 おおよその結論が出たところで、ルルド、ローガンが離れていく。

 ファルスは大きくため息を吐き、気持ちを切り替えようとした。イダサも似た様子である。

 激戦となったが、何も終わっていない。終わりなど誰にも見えなかった。

 行こうか、とファルスが言おうとした時だった。

 悠然と二人に近づいてくる女性がいる。二人ともが同時に気づき、動きを止めた。

 進んでくるのは、カテリーナだった。二人の前へ来ると、「ご無事で何より」と彼女は感情をうかがわせない平板な声で言う。

「あんたはどこで何をしていたんだ?」

 とっさに突っかかってしまったファルスだが、カテリーナは微塵も動揺せず、作り物めいた表情を変えることもなかった。

「部下が破砕剣の持ち主をすぐそばまで連れてきている」

「なら、さっさと案内してくれ」

 もはや投げやりな思いでファルスが応じると、「問題が生じた」と淡々とカテリーナが言うのに、また問題か、とファルスは何もかもを投げ出したい衝動に駆られた。これ以上の問題はもう対処できる自信がない。

 その破砕剣の持ち主も剣聖なのだから、ちょっとした問題なら解決できて当たり前ではないのか。

 そんな思いを抱きながら、「問題を聞かせてくれ」とファルスは先を促した。投げ出したくても何も投げ出せない自分が恨めしかった。

 ファルスが激しい葛藤を抱いているのと対照的に、カテリーナはいっそ冷ややかに、あっさりとそれを口にした。

「破砕剣の持ち主が魔物に取り囲まれている」

「何だって?」ファルスは頭を殴られたように、目が回りそうだった。「どこで魔物に囲まれている? すぐ近くか?」

「馬なら半日だろう」

 すぐそばだった。

「自力で切り抜けられないから迎えをよこせと言うことか。新しい剣聖様は実にふてぶてしい」

 そう言いながら、ファルスの頭の中では急遽、騎馬隊を主力にした救出部隊の編成が始まっている。

 だから、カテリーナが続けて口にしたことは、全く想定外だった。

「破砕剣の持ち主とその仲間は、逃げ遅れた避難民を保護して魔物と渡り合っている。まずは避難民を逃がす必要がある」

 愕然、という言葉の意味を自身で実感するファルスだった。

 避難民を守っている?

「待ってくれ、待ってくれ、カテリーナ殿。避難民をどうすればいいと思う?」

 思わずファルスが口走るが、カテリーナはもちろん、イダサも応じない。

 どうするも何もない。逃がすのだ。南か、西へ。しかしまさか、武装もしていない人間だけで送り出せる状況ではない。その護衛が必要だ。その護衛はどこから捻り出す? 剣聖騎士団? 第六軍?

 事は急を要するのに、即座に動かせる部隊がない。

「妙案があったら、誰か、提案してくれないかな」

 ファルスの言葉に、すぐに答える者はいなかった。



(続く)

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