2-2 魔人
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カスミーユは部下たちとともに縦横に戦場を走り続けた。
魔法は狙いを定める必要はない。どこに撃っても魔物に当たるほどの大群が相手だった。
馬が苦しそうに息をしている。休ませる余地はない。非情に徹するように自分に念じながら、カスミーユは槍で魔物を突き上げ、はね飛ばす。
赤の隊は騎馬隊だが、魔法使いで構成されている。それも一流の使い手だ。彼らが一丸となって魔法を行使することで、赤の隊は十倍を超える数の魔物を仕留めていた。
それでも魔物の数は減らない。
どこにこれだけが潜んでいたのか、カスミーユにも謎だった。そもそも、魔物はどこから来るのか。今の戦場で魔物の侵攻を防いでいることの無意味さを、馬上のカスミーユは痛感していた。
勘違いだった。
魔物を倒すには、その中心を直撃するしかない。
こうなっては、剣聖騎士団の本来の役目は自明だった。
聖剣の持ち主と、その部下である精鋭たちが、魔物たちの中央へ突撃し、源を断つ。
それが剣聖騎士団のするべきことであり、剣聖騎士団とは、一般的な軍隊とは性質が異なるのだ。
魔物の群れの相手など、早々に第六軍にでも任せておけばよかった。それが奴らの本来的な仕事なのだ。
もう何体を倒したかわからないほど酷使した槍が折れ、カスミーユはそれを捨てた。
部下の様子を見る。見えない顔がいくつもある。倒れたのだろう。今は悼む間もない。
この時、カスミーユが偶然にも背後を確認しなければ、その攻撃には対抗できなかっただろう。
魔物の群れの一角で光が瞬く。
魔法だ、と思うのと同時に、カスミーユは魔法に対する初歩的な防御である、障壁の展開を無意識に行使していた。
障壁に何かが衝突し、障壁は一瞬で砕け散った
だがわずかにカスミーユを狙った魔法が逸れたがために、彼女は九死に一生を得た。
それでも衝撃で馬からはじき飛ばされ、地面に墜落している。地面を転がってから起き上がった彼女は顔をしかめ、何度か咳き込む。そこへ容赦なく押し寄せる魔物を前に、彼女は躊躇わず、腰にある剣を抜く。
ただの剣ではない。
それこそが聖剣、天地剣だった。
飛びかかった魔物が、何も触れていないのにバラバラに解体される。カスミーユの周囲で、見えない刃が縦横に走り、魔物を細切れにしていく。
赤の隊は指揮官の不在にわずかに動きを鈍らせたが、カスミーユの無事を確認したのか、機動を再開する。
そちらに向けて、カスミーユは手信号で意思を伝えた。
副長の指示に従え。
その内容に、もう赤の隊は挙動を乱すことはなかった。一個の塊として魔物の群れを蹂躙していく。
カスミーユは魔物の死体の真ん中で立ち上がり、こちらへ進み出てくる一体の魔物を見ていた。
姿がまるで違う。
人間に近いのは、服のようなものを身につけているせいでもあるだろう。魔物が大抵は猫背か前傾姿勢であるのに対し、その魔物は背筋を伸ばしていることも特徴的だ。
黒い髪は長く、肌は青白く、瞳は赤い。
手には剣を下げていた。
「人間と相見えるのは久しぶりだ」
その人間のような魔物が人語を口にしたことに、カスミーユは内心では動揺したが、それは完全に自分の内側に押し込めた。
ただの魔物ではない。言葉を探せば、魔人といったところか。
「指揮官はお前か」
カスミーユが問いかけるのに、そうでもない、と魔人は応じると、堂々と剣を構えた。
「それより人間よ、その剣と似たものをかつて、見たことがある。不愉快な剣だ」
「これからもっと不愉快にさせてあげるわ」
カスミーユは魔法を行使した。
なんの予備動作もない、不意打ちだった。
不可視に限りなく近い極細の魔力の糸が生成され、魔人に全方位から襲いかかる。
防御も回避も不可能。
勝った。
そう思ったカスミーユの前で彼女の魔法は瞬間的に破壊されていた。
超強力な魔法障壁。
自分の魔法の崩壊の反動で、カスミーユの手に鋭い痺れが走る。
「魔法などというものに頼る必要もあるまい、人間よ」
魔人が剣を構え直す。
剣術で勝敗を決めよう、ということか。
カスミーユは落馬のせいで肩が痛むのを意識しながら、剣を構え直す。
勝てば良いのだ。
死ななければ良いのだ。
周囲では魔物の群れが、まるでカスミーユと魔人を避けるように突き進んでいく。総数はまだ二〇〇体はいそうだった。
「行くぞ」
魔人が声と同時に踏み出す。
カスミーユも踏み出していた。
二振りの剣が衝突し、激しい火花が炸裂した。
(続く)




