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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
117/155

2-2 魔人

       ◆


 カスミーユは部下たちとともに縦横に戦場を走り続けた。

 魔法は狙いを定める必要はない。どこに撃っても魔物に当たるほどの大群が相手だった。

 馬が苦しそうに息をしている。休ませる余地はない。非情に徹するように自分に念じながら、カスミーユは槍で魔物を突き上げ、はね飛ばす。

 赤の隊は騎馬隊だが、魔法使いで構成されている。それも一流の使い手だ。彼らが一丸となって魔法を行使することで、赤の隊は十倍を超える数の魔物を仕留めていた。

 それでも魔物の数は減らない。

 どこにこれだけが潜んでいたのか、カスミーユにも謎だった。そもそも、魔物はどこから来るのか。今の戦場で魔物の侵攻を防いでいることの無意味さを、馬上のカスミーユは痛感していた。

 勘違いだった。

 魔物を倒すには、その中心を直撃するしかない。

 こうなっては、剣聖騎士団の本来の役目は自明だった。

 聖剣の持ち主と、その部下である精鋭たちが、魔物たちの中央へ突撃し、源を断つ。

 それが剣聖騎士団のするべきことであり、剣聖騎士団とは、一般的な軍隊とは性質が異なるのだ。

 魔物の群れの相手など、早々に第六軍にでも任せておけばよかった。それが奴らの本来的な仕事なのだ。

 もう何体を倒したかわからないほど酷使した槍が折れ、カスミーユはそれを捨てた。

 部下の様子を見る。見えない顔がいくつもある。倒れたのだろう。今は悼む間もない。

 この時、カスミーユが偶然にも背後を確認しなければ、その攻撃には対抗できなかっただろう。

 魔物の群れの一角で光が瞬く。

 魔法だ、と思うのと同時に、カスミーユは魔法に対する初歩的な防御である、障壁の展開を無意識に行使していた。

 障壁に何かが衝突し、障壁は一瞬で砕け散った

 だがわずかにカスミーユを狙った魔法が逸れたがために、彼女は九死に一生を得た。

 それでも衝撃で馬からはじき飛ばされ、地面に墜落している。地面を転がってから起き上がった彼女は顔をしかめ、何度か咳き込む。そこへ容赦なく押し寄せる魔物を前に、彼女は躊躇わず、腰にある剣を抜く。

 ただの剣ではない。

 それこそが聖剣、天地剣だった。

 飛びかかった魔物が、何も触れていないのにバラバラに解体される。カスミーユの周囲で、見えない刃が縦横に走り、魔物を細切れにしていく。

 赤の隊は指揮官の不在にわずかに動きを鈍らせたが、カスミーユの無事を確認したのか、機動を再開する。

 そちらに向けて、カスミーユは手信号で意思を伝えた。

 副長の指示に従え。

 その内容に、もう赤の隊は挙動を乱すことはなかった。一個の塊として魔物の群れを蹂躙していく。

 カスミーユは魔物の死体の真ん中で立ち上がり、こちらへ進み出てくる一体の魔物を見ていた。

 姿がまるで違う。

 人間に近いのは、服のようなものを身につけているせいでもあるだろう。魔物が大抵は猫背か前傾姿勢であるのに対し、その魔物は背筋を伸ばしていることも特徴的だ。

 黒い髪は長く、肌は青白く、瞳は赤い。

 手には剣を下げていた。

「人間と相見えるのは久しぶりだ」

 その人間のような魔物が人語を口にしたことに、カスミーユは内心では動揺したが、それは完全に自分の内側に押し込めた。

 ただの魔物ではない。言葉を探せば、魔人といったところか。

「指揮官はお前か」

 カスミーユが問いかけるのに、そうでもない、と魔人は応じると、堂々と剣を構えた。

「それより人間よ、その剣と似たものをかつて、見たことがある。不愉快な剣だ」

「これからもっと不愉快にさせてあげるわ」

 カスミーユは魔法を行使した。

 なんの予備動作もない、不意打ちだった。

 不可視に限りなく近い極細の魔力の糸が生成され、魔人に全方位から襲いかかる。

 防御も回避も不可能。

 勝った。

 そう思ったカスミーユの前で彼女の魔法は瞬間的に破壊されていた。

 超強力な魔法障壁。

 自分の魔法の崩壊の反動で、カスミーユの手に鋭い痺れが走る。

「魔法などというものに頼る必要もあるまい、人間よ」

 魔人が剣を構え直す。

 剣術で勝敗を決めよう、ということか。

 カスミーユは落馬のせいで肩が痛むのを意識しながら、剣を構え直す。

 勝てば良いのだ。

 死ななければ良いのだ。

 周囲では魔物の群れが、まるでカスミーユと魔人を避けるように突き進んでいく。総数はまだ二〇〇体はいそうだった。

「行くぞ」

 魔人が声と同時に踏み出す。

 カスミーユも踏み出していた。

 二振りの剣が衝突し、激しい火花が炸裂した。




(続く)

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