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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
112/155

1-9 遭遇

       ◆


 街道で、人の群れが殺到してくるのを前にして、アルカディオたちは素早く場所を空けた。

 街道と言っても、左右は田園地帯である。そこにも人がいるが、もし季節が別なら様々な意味で悲惨な事態になっただろう。

 人の群れをやり過ごしていると、それを追うように異形の存在が十体ほど、しかしてんでんばらばらにやってくる。

 アルカディオは我が目を疑ったが、事前に魔物の情報を聞いていたので混乱には至らなかった。

「あれが魔物かい」

 なんでもないように言ったアールが口笛を吹く。それを睨みつけてから、リコがすらりと剣を抜いた。ルーカスも剣を抜き、やれやれと言わんばかりに首を振ってから、それにアールも倣う。

 ターシャも腰にぶら下げている鉈を手に取ろうとしたが、それはアールが止めた。

「女性は下がっていた方がいい。なんでも魔物は毒を使うとか」

 私も女性だ、と言わんばかりにリコがアールを見てるが、アールは無視していた。

「ふざけているのはもうやめにしろ。やるぞ」

 ルーカスの言葉に、アールとリコが肩をすくめ、すでに接近しつつある魔物の方へ進み出ていく。

「大丈夫なのですかい、助力しないで」

 ターシャがアルカディオに確認するが、「おそらく大丈夫でしょう」とアルカディオには答えるしかない。三人の実力はよく知っているが、魔物がどの程度のものかはアルカディオにも未知だった。

 見た目は巨大な猿である。しかし華奢なところはなく、腕も足も太すぎるほどに太く、筋肉が隆起しているのは全身を覆う体毛があってもわかる。両手の先の爪は長く、鋭そうだ。奇妙な形の短剣のようにも見える。

 ルーカスが先頭で切り掛かっていく。魔物の方がそれを待ち受ける形になった。

 甘いな。それがアルカディオの印象だった。

 光の軌跡を残してルーカス剣が翻り、一撃で魔物の両腕を切り飛ばした。無駄のない、鮮やかな斬撃だった。返す一撃が首を叩き切る。これで一体。

 アールとリコの剣技も魔物を相手に十分な結果を見せた。最初の四体までは、そうしてあっさりと地面に倒れて絶命し、塵に変わっていく。

 しかし残った六体は、何かを示し合わせたように連携を取り始めた。

 もっとも、ルーカスたちも連携すれば対処できないわけがないし、むしろルーカスとアール、リコの戦い方は魔物六体より狡猾だった。

 立ち位置を激しく入れ替えながら魔物一体を三人で囲むように誘導していく。魔物がそれを防ごうとすると、今度は二人で挟むようにして一体を攻める。ルーカスたちは一対一でも魔物を引き受けておける技量があった。

 結局、誰一人手傷を負うことなく、魔物十体は駆逐され、後には塵の山がいくつか残るだけになっていた。

「お見事でした」

 戻ってきたルーカスにターシャがそう声をかけたが、ルーカスは無言だった。

 アルカディオがそのルーカスに軽口を向けようかと思った、まさにその時、街道の脇の畑に水を引いていたらしい水路から、何かが大きな音を立てて起き上がった。

 これにはアルカディオも腰に帯びる破砕剣に咄嗟に手を伸ばし、ルーカスに至っては剣を抜いてふり上げさえした。

「待ってくれ!」

 やや聞き取りづらいが、間違いなく人間の言葉だ。ルーカスが振り下ろす寸前の剣をゆっくりと下げていく。

 アルカディオが見ている前で、水路からびしょ濡れで上がってきたのは五十歳くらいの男性だった。兵士ではないのは確実で、服装からすると商人に見える。そんなことよりも、彼がブルブル震えているので、アルカディオは自分が羽織っていた上着を脱いで彼に差し出していた。

「ど、どうも、助かった」

 男はまだ震えているので、アルカディオはアールに「火を起こせますか」と確認した。アールはいつも笑っているような顔なのにさらに笑みを深くし、街道の脇で作業を始めた。ターシャもそちらへ手伝いに行く。

「お怪我はありませんか?」

 進み出たリコが問いかけるのに、男性はガクガクと頷いている。水に浸かりすぎて相当、体が冷えているのだ。危険かもしれない、とアルカディオですら思った。

 そのうちに焚き火が起こされ、「どうぞ、こちらへ」とリコが男性を連れて行く。

「少し休みましょうか」

 アルカディオが提案するのに、誰も反論しなかった。

 水筒の水が小さな鍋で沸かされ、ここではターシャがお茶を用意した。ルーカスとアール、リコは自分の剣の状態を確認しているが、問題はないようだ。

 火に両手をかざしている男にはサリースリーが「服を脱げばよかろう」とぼそっと告げたが、男は服を脱いだりはしなかった。矜持があるのかな、とアルカディオは思ったが「強情だな」というのがサリースリーの意見だった。

 男はお茶を一口飲んでから「私はサバーナというものです」と名乗った。それから一同を見てから、アルカディオで視線を止めた。

「名のある方とお見受けしますが」

 これにはアルカディオの方が面食らってしまった。変な人造人間だと思われるだろうということは繰り返し想像していたが、まさかそんな表現を自分に向けるものがいるとは、全く予想外だった。

「いえ、まあ、はい」

 しどろもどろのアルカディオにアールが忍笑いをして、リコでさえ口元を手で隠したが目が笑っている。ルーカスは憮然としていた。今にも、この方は剣聖である、と言い出しそうだったが、面倒を嫌ったのか、無言だった。

 そんな様子に構わず、男が話し始める。

「実は穀物を商っております。もしあなたが戦場へ行かれるのなら、どこか、然るべき方と繋いでいただけないでしょうか」

「然るべき方、とは?」

「例えばですが、第六軍の上級将校などです」

 ははぁ、としかアルカディオは言えなかった。

 そこへ不意にアールが口を挟んだ。

「剣聖騎士団になら繋いでやれるかもしれんよ」

 男がすごい勢いでアールに向き直り「本当ですか」と確認した。鷹揚に頷くアールを、リコとルーカスが睨みつけている。ターシャは事態を理解できていない。彼女にはアルカディオが剣聖であるとはまだ告げていなかった。信用させるのが難しい内容だからである。

「アール殿と言いましたね。今のお言葉、本当でしょうか」

「まあね。事情があって、いずれはここにいる全員で剣聖騎士団に合流するんだ」

 アルカディオは笑うしかないが、ルーカスは不満そのものだ。リコは諦めたようで、お茶の入った器を口へ運んでいる。

 サバーナは、是非とも渡りをつけて欲しい、と頼み込み、その次には思いがけないことを言った。

「このまま、私も仲間に加えていただけますか。武術は身につけていませんが、お役に立つはずです」

 おいおい、とさすがにアールが難色を示したが、意外にもそこへリコが助け舟を出す。

「話をしたのはアール殿であるし、アール殿が責任を持ってサバーナ殿をお守りすれば問題あるまい」

「リコ殿、それはないでしょう」

「言い出したのは紛れもなくアール殿だ。剣聖騎士団の元へ、案内して差し上げるのが筋というもの」

 アールが助けを求めるようにアルカディオを見たが、アルカディオは「リコ殿に賛成です」とだけ答えておいた。アールは肩を落としたが、仕方がないと気持ちを切り替えたようだ。

「そうとなれば早いに越したことはない、先へ進みましょう」

 このアールの言葉に反対する者はいなかった。

 支度が終わると彼らはすぐに移動を再開した。魔物の出現の影響だろう、街道をくる人はしばらく誰もいなかった。その間にアルカディオはサバーナから王国東部の状況を聞いた。

「魔物の出現は日常化しています。襲われた集落はもちろん、街の数もわからないほどです。第五軍の兵が各地に配置されていますが、役には立っていません。数が少なすぎるのです」

「他の軍はどうしているのですか」

「伝え聞いたところだと、第一軍と第二軍は王都周辺を固めているそうです。魔物など出ないそうですが。第三軍は各地で警察の任務を支援し、第四軍が東部に対する後詰らしいんです。第五軍は避難民の支援で、第六軍が実際に戦場に派遣されています」

 フゥムとアルカディオは声を漏らしていた。

 サバーナの言葉が本当なら、ソダリア王国はおおよその全戦力の六分の一を実際の戦闘に投入していることになる、第五軍のことを考えれば、損耗していない兵力は全体の三分の二だ。それならまだ戦える目はあるとアルカディオは想像した。

 しかし全戦力を投入するような事態は、避けるべきだろう。クロエスの講義に似たような状況を解説するものがあったのをアルカディオは思い出した。

 仮に全戦力を投入するのなら一挙に投入するべきだ、というのだ。

 現状に合わせれば、例えば第四軍を投入し、それから間をおいて第三軍を投入するよりは、一挙に第三、第四軍を投入して魔物を殲滅する方が正道ということになる。

 ただ、とアルカディオは想像を進めた。

 魔物がどこから現れるか、正確なところがわからない。それでは大兵力を向ける先がない。さらに言えば、すでに魔物が広範囲に出没する以上、兵力の多寡よりも難しい問題が出現している。

 想像している者もいるはずだが、東部に展開している兵力が魔物によって後方を扼されてしまうと、事態は激しく悪化する。

 魔物の総数、そして魔物の群れの全体での連携の度合いは、アルカディオには気がかりだった。

 それでも現在の均衡を維持することさえ、人間にとっては不利だろう。

 しかし、打てる手がない。

 サバーナはまだアルカディオに話を続けていたが、ほとんどは第五軍への愚痴だった。

 街道には人が増えていくるが、皆足早で、顔からは血の気が引いている。それもそうだ、街道のそここに、魔物に襲われた人間が倒れているのだ。アルカディオはできるだけ見ないようにしていたが、視界に入れないことはできない。

 ここもある種の戦場なのだと、アルカディオは内心で思った。




(続く)

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