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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第三部 魔剣戦争
110/155

断章 第一段階

      ◆


 ソダリア王国第五軍の任務は極端に困難だった。

 王国東部から逃れようとする民の流れを管理しつつ、彼らを魔物から守る、というのが命令の骨子であったが、実現させるのは至難である。

 まず街道に兵を展開させたが、民の間で王国軍は逃げる人々の荷物を取り上げているという噂が広まり、逃げるものたちがありとあらゆる間道へ逃れ始めた。

 こうなれば第五軍の兵士たちもそちらへ展開しなければいけないが、それでは兵の数が圧倒的に足りない。

 第五軍は一個軍団として三万の兵力を有している。これを運用するとき、千人隊をおおよそ三十隊用意することは想定されていたし、千人隊の中で百人隊を十隊組織し、運用する調練も日常的に行われていた。

 しかし、街道から間道までを把握するのに、百人隊が一〇〇隊などではとても追いつかない。

 百人隊の指揮官である下級将校たちはそれぞれに工夫を始めたが、兵士たちも、まさか五人一組で動けと言われてもその指揮系統は混乱した。

 第五軍の軍団長を筆頭とする高級将校はもちろん、この事態を何とかまとめようと躍起になったが、状況は流動的であり、かつ、燎原の火の如く拡大していく。魔物の出没が頻繁になり、かつ広範囲にわたるため、民の移動は激増した。

 民は民で暴走を始めつつある。どこからその声が上がったのか、ソダリア王国軍は物資が不足しており、それを民から徴発する、という噂があっという間に広まった。

 事実、ソダリア王国軍の兵站が極端に圧迫される事態は到来するのだが、それはこの時より少し後のことで、この段階においては第五軍はもちろん、戦場にいる第六軍、剣聖騎士団ですら徴発などということは考えていなかった。

 民は勝手に動き、それを守るべき兵士は分散したがためにまともな戦力を失い、ソダリア王国東部では悲劇が続発した。魔物の襲撃を受けた民が殺され、守ろうとした兵士も殺され、しかし魔物はどこかへ去ってしまう。そんな光景が繰り返され、民は身の安全に関する不安と、王国軍の無力への憤りで、冷静さは枯渇した。

 街道で避難民の集団が第五軍の百人隊の指揮官を取り囲み、そのまま殴る蹴るの暴行に及び、兵が民に対して剣を抜く事態も起こった。幸いにも兵士が民を切り殺すことはなかったが、それは民が蜘蛛の子を散らすように逃げたためで、彼らが逃げ去った後には無残な姿になった百人隊の隊長とその副官の遺体が残された。

 これが魔剣戦争最初期における、ソダリア王国東部の混沌の一幕である。魔剣戦争の激戦が繰り広げられる頃には民の大半は避難を終えていたが、それが民の自発的な行動なのか、第五軍の努力によるものかは、諸説ある。



(続く)

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