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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
101/155

3-12 出陣

      ◆


「以上だ」

 俺はちょっと長めの挨拶の締めくくりを口にした。

「諸君の奮闘に期待する」

 目の前に並ぶ百八十名の剣聖騎士団予備隊の面々が、一斉に直立した。

 なかなか壮観じゃないか。

 しかし、どれほどが戻ってこられるのか。

 それぞれの隊の隊長が号令をかけ、動きが始まる。

「なかなか立派ですな、隊長」

 声をかけてきたのは予備隊副隊長に任命したローガンという男で、がっしりとした体つきをしている。顔に傷跡が三つあり、強面だが笑うと途端に愛嬌が出る。元は地方のどこかの集落で自警団を指揮していたという経歴の持ち主だ。

「どう思う?」

 何が、とは言わずに問いかけると、俺の内心を読んでいるのだろう、飄々とした答えが返ってくる。

「相手が人間なら、もっとウキウキと戦場へ出られたでしょうな。予備隊は非常に画期的ですから、うまくいくかは博打みたいなものです」

 同感だ、とは思ったが言わないでおいた。

 予備隊は俺の発想で、極端な混成部隊になっている。歩兵もいれば騎兵もいるし、衛生兵の概念も取り入れた。さらに土木工事を行う工兵と、物資を運ぶ輜重隊も要している。

 騎馬隊は騎馬隊として独立し、機動的に動かす計画だが、他は混成で、歩兵が主力の各隊に衛生兵と工兵がつく。その小隊が十人一隊であり、これが全部で十隊集まったのがおおよそ予備隊の全戦力になる。騎馬隊は四十騎で、これは馬の質がまだ揃っていない。騎馬隊をここまでするのに、赤の隊のようにはいかないのだと何度も痛感させられた。

 さらに言えば、輜重隊の四十名は荷運びだけではなくその警護も行うので、圧倒的に数が足りない事態になった。兵になるものの徴募も訓練も、選抜も、全く追いついていない。仕方なく、輜重隊に関しては民間から協力者を募る以外に方法がなかった。

 つまり予備隊は形こそ立派だが、中身は不足ばかりだ。

 しかし敵は待ってくれなかった。

 もしこれが人間相手の戦なら、逃げることができる。それがローガンがいう、ウキウキと戦場へ出られる、というところだろう。

 しかし今回の戦いはどうやら、人間相手ではない。

 正体不明の怪物を討ち取りに出るのだ。それも本腰を入れて。

「国は乱れますかね」

 ローガンの言葉に、俺は彼の胸を覆う胸甲を叩いてやる。

「国が乱れないようにするのが、俺たちの仕事だ」

「民の誰もが不安を抱かないように魔物を討つ、なんて不可能ですね」

 それを言ったら、と危うく答えそうにあった。

 それを言ったら、もし魔剣が本当に復活し、魔物があふれかえったら、国がどうこうなどと言っていられなくなる。種族の存亡をかけた大戦、どちらかが滅ぶまで終わらない終末戦争になるだろう。

 しかも人間は、圧倒的に不利な戦いになる。

「隊長?」

「なんでもない、気にするな」

 俺の言葉に肩をすくめると、不意にローガンが視線をわずかにずらし、直立姿勢をとった。

 振り返ってみると、立派な服を着た小柄な老人がこちらへやってくる。さすがに冬の装いだが、何かを主張するように禿げ上がった頭には何もかぶっていない。

 ハイネベルグ侯爵は膝をついた俺の前で足を止めると「任せたぞ、ファルス」と言ったかと思うと、彼も膝を折り、俺の前に何かを差し出した。

「そなたには従騎士の称号を授与する。人類の剣となり、盾となれ。奮闘を期待している」

 老人が両手で持っている小さな襟飾は、剣聖従騎士の紋章だった。つけているのはカテリーナくらいしかいない。リフヌガードもイダサも任命しておらず、もちろん、カスミーユも任命していなかった。名誉職のようなものなのだ。

 今、それが俺に与えられるということは、予備隊に箔をつけるという意味もあるだろうが、それよりも予備隊をただの寄せ集めの急造部隊ではなく、剣聖騎士団の指揮下の、正式な戦力と意識させる効果を狙っているのだろう。

 頂戴します、と俺は襟飾を受け取り、身につけている着物の襟に素早く取り付けた。

 こんなもので戦場で命が助かるわけもないが、背筋が伸びる、という程度の効果はありそうだ。

「本当は陛下が授与するのだが、まぁ、後日だ」

 俺がちょっと誇らしくなっているところへ、ひそひそと侯爵がそんなことを言った。もしかしたら、独断で授与しただけで、事後報告の事後承諾なのかもしれなかった。

 まぁ、いいか。生き残ったら考えよう。

 笛が鳴らされ、剣聖府の敷地で整列していた予備隊が隊列を組んで外へ出て行く。俺も行かなくては。ローガンは一礼して、自分の馬の方へ足早に向かっている。

「ベッテンコードは見つからなかったな」

 ハイネベルグ侯爵の口調に含まれた感情は、表現が難しかった。嘆いているようでもあり、安堵しているようでもあり、責めているようでもあり、もう突き放しているようでもあった。おそらく侯爵とベッテンコードは長い時間を共に過ごした仲なのだろう。そういえば、カスミーユやリフヌガードと比べれば年齢も近いところがある。

 侯爵と剣聖、それぞれに苦労があり、理解し合えるものもあったのではないか。

「しかし」

 俺が想像を働かせているところへ、侯爵は低い声で言った。

「この争いには勝たねばならん。是が非でも」

「はい、そのつもりです」

「つもり、ではいかんな」

 途端におどけた調子になる侯爵に、俺も笑ってしまった。

「勝ちます」

 老人は無言で頷くと離れていった。

 俺が一礼して振り向くと、ローガンが俺の馬も連れて待っていた。気がきくじゃないか。

「さて、行くとしよう」

 ローガンが無言で頷く。

 俺たちは馬に乗り、所定の位置へ着くと隊列とともに王都から出陣した。

 向かうは東の国境地帯。そこには高い峰々が並ぶ。まずはそこが戦場になると予想されていた。現時点ではその山岳地帯で魔物の出現の報が続出している。国境を接する汗国も動いているようだが、ソダリア王国の領地だ、余計な手出しはさせたくない。

 戦場へ向かうとは思えないほど、のどかな日だった。冬なのに冷たい風も吹かず、太陽は暖かく全てを照らしていた。

 光は闇を浮き彫りにする。

 誰かがそんなことを言ったことを思い出した。

 しかし今のところ、この光に包まれた世界に異常は見られなかった。

 まだ誰もが平穏の中にいる。

 平穏とは、乱れるのが必定だから尊いのだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は馬に揺られていた。

 空気にはまだ、血の匂いも臓物の匂いもしなかった。


       ◇


 ソダリア王国東部の山岳地帯の一角に、闇の峰と呼ばれる一角がある。

「魔剣戦争」と後に呼ばれる人類と魔物の戦いは、闇の峰が噴火を起こすところから始まる。

 魔剣の復活は大地を揺らし、天を赤く染めた。




(第二部 了)

(第三部へ続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 和泉さんの作品全体に共通する事ですが、剣聖のように唯一無二の役職の重さ、存在感が真に迫ってきて思わず息を呑みました。ありきたりな言葉では無く情景からそれを感じさせる秀逸さに脱帽です。 ベッ…
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