小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
「お疲れ様です、せーんぱーい」
いつものように部室に行くと、先輩が無防備に机に突っ伏して眠ってしまっていた。
「テスト終わったばっかりですし、疲れているんですかね……」
じっと顔を近づけてみる。長いまつ毛にスベスベとしたほっぺた、桜色の唇。背中まで伸ばした長い髪の毛が机の上に乗っかっていた。どれもとっても可愛らしかった。
「あぁ、先輩今日も麗しいお顔ですねぇ」
頬を触ろうと思ったけれど、手が触れたら起きてしまいそうだから、やめておいた。
わたしは先輩にひっそりと恋心を抱いている。とはいえ、女性同士だし、心の中に秘めておくつもりの思いではあるのだけれど。今日は起こさないようにゆっくり寝かせてあげたほうがいいかもしれないと思った時に、ふと面白いことを思いついた。
「そうだ、この間もらった縮小薬があるんでしたっけ!」
わたしはこの間化学研究部の友達にもらった縮小薬を取り出した。1時間経つと元に戻れる薬らしくて、早速使ってみる。
「これは大チャンスですよ!」
飲んでから、急いで机の上に登り、先輩に触れらる場所に近づいておく。どんどん小さくなっていくわたしと相対的にどんどん大きくなっていく先輩。最終的にわたしは100分の1サイズになったらしい。先輩は相対的に160メートルくらいの大きさに見えている。机に垂れている長い髪の毛は真っ黒な川みたいだった。
「……思ったよりもおっきいですね」
わたしは少し怖くなってしまった。もし先輩の手がうっかり動いてわたしの上に乗っかってしまったら、そのまま潰されてしまう。それでも、せっかく薬を使ったのだし、先輩に近づいてみた。手首の近くまでやってくると、わたしの背丈よりも大きなまつ毛が落ちていた。
「先輩のまつ毛長いですもんね」
持ち上げてみようとしたけれど、全く動く気配がなかった。
「まつ毛も持ち上げられない大きさって考えると、やっぱり怖いですね……」
そう思いつつも、先輩の唇を目指して、袖を器用に登って行った。手の甲の上に頬が置いてあり、今のわたしの大きさでは唇に向かうには一旦頬をよじ登って、産毛を利用して唇まで移動しなければならなさそう。
「先輩の頬から唇に向かうだけでもかなり大変ですね……」
そよそよと吹き付ける呼吸に抗いながら、わたしは少しずつ体を押し付けながら頬を登っていく。その時だった。先輩が「んんっ……」と喉の奥から声を出した。
「ヤバっ、起きちゃう!?」
先輩は頬に違和感を感じたのか、手首の位置を移動させて、わたしのいる場所に向かって、手の甲を擦り合わせてくる。
「す、すり潰されちゃう!」
今の体では、先輩の手のひらがわたしを擦っただけで、そのまま潰されてしまうのだ。
慌てて逃げようと思ったけれど、顔の上から飛び降りれる高さではないし、頬の辺りにいては、どこに逃げても潰されてしまう。
「せ、先輩ごめんなさい!!」
わたしは咄嗟に先輩の鼻の中に逃げたのだった。先輩の高くて形の整った鼻なら、今のわたしなら少し狭いけれど体を押し込むことができる。先輩がまた眠った時にさっさと出ようと思ったのに、あろうことか先輩は体を起こしてしまった。
「ど、どうしよ!」
地面が高くなっていく。入り口の辺りにいたら振り落とされてしまいそうだった。わたしは急いで先輩の鼻の奥に逃げ込んだ。普段は手入れされている鼻だけれど、奥に入ると毛があったので、それを掴んだ。
「え? 待って。なんか鼻に入ってる? 虫かな?」
先輩が泣きそうな声を出していた。
「虫じゃないです! わたしです!」
「え?」と先輩に反応があったけれど、それより先に、先輩の鼻がヒクヒクと動いた。
クシュっと本来なら可愛らしいはずのくしゃみはわたしにとっては轟音と暴風を伴った暴力的なものとして、襲ってくる。鼻の奥からやってくる強烈な風に抗うことはできず、勢いよく鼻の外に出されてしまった。
「た、助けて!」
そのまま机上に体を打ちつけてしまうかと思ったけれど、先輩は両手で口と鼻を覆っていたらしく、わたしはなんとか唾液にまみれながらも先輩の手のひらの上に着地することができた。
「た、助かりました……」
手の中にいるわたしのことを、先輩が驚いた表情で見つめていた。
「な、何やってんの……。ていうか、あんた今までその体でどこにいたのよ……?」
「えっと……、先輩の鼻の中にいました……」
わたしが答えたら、先輩の顔がみるみる赤くなっていった。
「あ、あんたね。人の恥ずかしがるような場所に勝手に入らないでよ!」
先輩の声がうるさくて、わたしは思わず耳を塞いでしまった。
「お、怒らないでくださいよ……」
わたしが苦笑いをすると、先輩がわたしの体を人差し指で押さえつけてきた。
「い、痛いですよぉ!」
先輩の力は今のわたしの100万倍、先輩はきっと軽く押さえているつもりなのだろうけれど、それでもかなりの力がかかってしまっている。
「どうして小さくなってわたしの顔に登っていたのか、答えなさい! 嘘ついたら潰しちゃうからね!」
先輩がさらに力をかけてきた。とてもじゃないけれど、誤魔化すだけの頭は回らない。
「せ、先輩のことが好きで、キスしたかったんです……」
「え? わ、わたしのことが好きでキスって……、それって……」
「先輩のこと愛してるんですよぉ。こんな状態で言わせないでくださいよ……」
先輩は一瞬躊躇ってから静かに答える。
「……わたしもよ!」
「そ、それって……」
つまり両思いってこと!? 喜びの言葉を出す前に先輩の次の行動が気になってしまった。
先輩はわたしのことを持っている方の手のひらを顔に近づける。荒くなった呼吸がたっぷり触れて、後ろに先輩の手のひらがなければ吹き飛ばされてしまいそうだった。そのまま先輩は大きな唇を近づけてくる。リップを塗った、桜色の綺麗な唇が向こうから近づいてくる。
「せ、先輩、何してるんですかぁ」
「あなたの欲しかったキスよ。勝手に小さくなって人の顔で遊んだ罰として、たっぷりわたしの方からキスしてあげるわ」
先輩は思いっきり唇をわたしに押し付けてきた。わたしの体全体を押し付けるような豪快なキス。誰もいないのをいいことに、賑やかにリップ音を響かせながら、キスをする(わたしが小さいから音がよく聞こえるというのもあるけれど)。手のひらと唇に挟まれてしまいまったく身動きがとれない。
「せ、先輩、苦しいです〜」
「不意打ちでキスしようとするからでしょ!」
先輩は今度は舌先を出して、わたしのことをチロチロと舐め始めた。
「く、くすぐったいんですけど!」
「しっかり味合わせなさい」
先輩の生ぬるい舌がわたしを包み込んできた。唾液でベトベトになった頃に、ようやく先輩はわたしを解放してくれた。机に置かれて、息を整えながら、先輩のことを見上げる。そんなわたしのことを見て、先輩はクスッと笑っている。
「まだまだわたしには敵わないみたいね」
うぅっ、とわたしは情けない声を出す。
「次に小さくなる時にはもうちょっと上手くやりなさいよ」
「もう懲り懲りですよぉ……。それに、両思いだってわかったのに、やるわけないじゃないですかぁ」
わたしが嘆いたのとほとんど同時にわたしの体が大きくなっていく。1時間が経ったらしい。机の上にアヒル座りをして、先輩のことを見下ろした。
「先輩のせいでファーストキスが大変なことになっちゃいましたから、ちゃんと上書きしますからね!」
わたしの言葉を聞いて、先輩がクスッと笑った。
「仕方ないわね」
そうして、わたしたちは2人きりの部室でキスの続きを始めたのだった。