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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第1部 魅入られた者達
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カシャの秘密

それから一週間近く、ひたすら鍛練の日々が続いた。カシャは日に7時間ほどシャドを鍛えている。

鍛錬は早朝から始まる。

「始める」

「よろしくお願いします」

普段どおりの格好をしているカシャに対して、シャドはほぼ全裸である。これは斬撃に対してもシャドにはかなり耐性があることが分かり、槍先に布を被せることなく訓練するようになったためだ。服の無駄な損傷を防ぐ目的でふんどし一丁の姿となっている。


「シッ」

開始直後から猛スピードで槍を突き出すカシャ。対するシャドは正中線を守るように剣を構えている。あまりの速度に槍が体に接触する寸前になってようやく対処がなされる。シャドは槍を横から叩くと同時に体を避けるようにずらすが、それでも皮膚をかすった。

槍を全力で突き出し腕を目一杯伸ばした姿勢となったカシャに対してシャドは接近を試みるが、素早い足運びで難無く対応される。

「......」

「......」

硬質な武器の衝突音と地面が踏みしめられる音だけが静かな早朝の草原に響く。

だがある時から、雨粒が草の上で弾ける音が混ざり始めた。剣戟が止む。

「雨か。雨の日は侵入者の発見が難しくなる。より念入りに警備を行う。今から行く」

「わかりました。そういえば雨具ってあるんですか」

「私は着ない。シャドも、雨具を着るならその下にあまり服を着ない方がいい。防ぎきれない雨が服を濡らせば、相当に重くなって戦いに適さない。雨具は倉庫にある」

シャドは雨具を取りに行き、着替えてすぐに戻った。

「僕のことはともかく、カシャは寒くならないんですか?そんな格好で」

カシャのトップスは腹の周りを全く覆わない構造かつノースリーブで、上半身の下半分は露出している。ボトムスは短い腰巻きとなっている。

「普段はこの格好でも暑い。雨で冷やされると丁度いい」

「暑がりっていう次元じゃないですよそれ......後最近気づいたんですけど、カシャって多分異常なほど体温が高いですよね。なにか理由でもあるんですか?」

シャドは同年代の異性であるカシャと一つ屋根の下で寝ているにもかかわらずそのことに対して動揺を見せたことはない。その理由の一つは常時カシャが発する「武の達人」のオーラで、表情の乏しさと相まって恐ろしいプレッシャーを放っているせいだが、もう一つはあまりの体温の高さである。就寝時になるとシャドは無意識にカシャのいる方向に背を向けて、自然に離れていってしまう。カシャに近づくほど強烈な暑さを感じるためだ。普段は家よりも風通しの良い草原にいるためあまり気にならないが、カシャが家に入って3時間もすればかなりの熱がカシャの周りに溜まっている。カシャはこの事に気づいていないようだが、なかなかつらい。ドキドキするどころではないということだ。

「理由、か......。ところで体温以外にもおかしいと思うことはないか?」

普段ほとんど表情の動かないカシャだが、珍しく不安そうな顔をしている。

「えっと、どこで身につけたのか分からないほど高い戦闘能力を除けば、ここに住んでいる他の人は眼が青色なのに、カシャは赤いことですかね。それもただ色が違うだけではなく、構造も違って見えます。時々模様みたいなものが動いてますし。あと、侵入者の察知があまりにも早いです。丘を挟んで向こう側にいる直接見えない侵入者にも気づきますよね。最初は音で判断しているのかなと思いましたが、そうでもない気がします」

「やはり、ある程度時間を共にすれば、見えてくるものか....」

どこか寂しげな表情でカシャは言う。


「この世界は、僕の覚えている知識常識の範疇を遥かに超えた出来事が多くあります。どのような理由があるのか想像もつきません。すごい能力があるということしか分かりません」

言った後から「この世界は」という言葉選びをしてしまったことを少し後悔したが、今更どうしようもない。

「私には、特別な力がある。神に贈られた力が、ある」

カシャは突拍子もないことを言い出した。

「この力は生まれつき持っていたものではない、ある日、授かった。私の眼の色が他の村民と違うのはその証だ」

いわゆる「神の加護」みたいなものか?たまに漫画やアニメで見るけど、そんなものが実在するとは。どのような経緯で授かったのだろうか?

……それはともかく、実際のところ自分だけそんな力を授かってしまったら結構生きづらい気がする。

理解できないものは気味が悪いとされて排除されてしまうことが多いから。

もしかすると、カシャが一人でこの場所を守る役目を任されたのは、触らぬ神に祟りなしとして村から遠ざけるためなのかもしれない。

「そういえば、僕が森から来たことを告げた時、人でないものを見るような目を向けられました。神に力を授かった後、そういったことはなかったのですか?」

「......」

カシャは沈黙した。

「すみません、いくら質問を許されてるからってずけずけと遠慮なしに言ってしまって。で、でも僕はそんなに怖がったり気持ち悪がったりはしませんよ、自分の体もおかしくなっいるからというのもありますが。よく考えると、僕も何かしらの神に魅入られてしまったのかも......えっと、あれは、たしか............」

なにか、わすれているきがする。

記憶の順序性が欠乏し ている。

全く未知の、恐怖。本来あったはずの疑問。戸惑い。

異様 な  順  応。精神    と 肉      体









「ッ!!」

唐突にシャドの様子が変わる。頭を垂らし、手に持っていた剣を地面に落とした。

「シャド!!シャド!!」

大声で呼びかけても、シャドは全く反応していない。

「暗闇の昆虫と勇者の沼に召喚と拘束、触覚、記憶、悠久......」

訳のわからない事を喋っている。カシャの脳裏によぎったのは異常な侵入者達。

「まさか、そんなはずは...」

カシャが動揺しているうちに、シャドは地面に倒れ伏してしまう。

カシャは気を失ったシャドを担いで家の中に運び入れると、縄でシャドの体を厳重に縛り、倉庫の奥から薬を取り出して飲ませた。これは侵入者への対処が今より平和的に行われていた時代、平静を失った侵入者に「落ち着いてもらう」目的で作られた強力な睡眠薬で24時間ほどは目を覚まさない。

「これで、ひとまず.....はっ、そうだ、警備を行わなければ」

カシャは一人で雨の草原へ飛び出していった。




シャドが眼を覚ますと、カシャは縁側に腰掛けて槍を研いでいた。それをぼんやりとした意識で眺めたあと、自分の体が縄で拘束されていることに気づく。

「こ、れは、どういうことです、か」

妙に意識が朦朧としていて、はっきりと喋れない。

言葉を発した瞬間、カシャの動きが止まった。

カシャはこちらを向かずに喋る。

「突然あの異常な侵入者たちのようになってしまったため、縄で縛った後薬で一日程眠らせた」

数瞬の沈黙の後、カシャは槍を置き、正座の姿勢になってこちらを振り返った。



「原因に思い当たることはあるか?......何かを思い出そうとしていたのを覚えている」

シャドが再度正気を失うのを防ぐため、慎重に言葉を選んで表現するカシャ。

「自分の中に向き合うべきではない何かがあるのは感じているのですが、それだけです。はっきりしたことは分かりません。

僕は、正気を失った侵入者と同じなのでしょうか......自分が自分でなくなるのも、カシャに迷惑をかけてしまうのも嫌です」

「再発を避けるため、詳しいことは説明できない。でも、私が考えうる限りシャドは奴らとは全く違う。奴らは正気に戻ることなどない」

訓練の時よりも真剣なまなざし、朱と橙と金を孕んだ二つの眼がシャドを見据える。


カシャには一つの仮説があった。シャドは神に魅入られ力を与えられた上に、記憶を改ざんされているという説だ。おそらく邪神のような、おぞましい神に魅入られてしまったのだろう。あの反応は、改ざんされた記憶に触れようとした結果起こった拒否反応だとも思えた。



「そう言ってもらえると安心します。ありがとう」

シャドはカシャに体を拘束した縄を解いてもらいながらそう言った。


「今日も雨が振っているから、今から警備に行く。動けるか」

「問題ないです。むしろ少し調子が良いくらいです」




雨の降る草原を、とぼとぼと二人で歩く。

「!!あれはいったい......」

カシャの目が捉えたのは、遥か遠くに見える極小の黒い塊。

「どうしました?」

「ここからの距離とあれの大きさから考えて......十数人ほどの集団がいる。あの人数は初めてだ。まだどのような格好なのかもわからないが、おそらく」

「例のごとく、気が狂った奴らでしょうね」

「シャド、村へ連絡を頼む。倉庫の中に緊急事態であることを知らせるための赤い旗がある。それを掲げて村の方へ向かえば、おそらく途中で村の者達と合流することになる。大人数の侵入者達を発見したことを報告してほしい」

「......わかりました」

一瞬悩んだシャドであったが、大人しくカシャの指示に従い戻っていった。

「まだ、今はまだその時ではない。あの人数なら、大丈夫だ」

カシャは去っていくシャドを見つめながら、自分にそう言い聞かせ、槍の柄を力を込めて握り直した。


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