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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第1部 魅入られた者達
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襲撃と鍛錬

地平線から顔をのぞかせた太陽が草原と家を照らす。窓が開け放ってあるため、シャドとカシャは日が昇るとともに起きる。

「おはよう」

「えっ誰......あ、そうか、寝ぼけてました、おはようございます」

「今日は狩りをしてもらう。そういえば、森から来たと言っていたが......」

「森での記憶は一週間強あります。常に自分が狩られる側だったので返り討ちという形で食事を得ていました。最初は素手か石で戦っていましたが、途中からは牙の鞭を使っていました」

「人を積極的に襲うなんて獣とはとても思えない。巫女は森に住んでいるのは悪魔だと言っていた」

「巫女とは?」

「年老いた婆で、ここらの土地の歴史、伝承をよく知る知恵者だ」

「なるほど、森から来たという僕の発言が信用されたのはその人のおかげなんでしょうね、きっと。これは巫女さんのいう悪魔の体で作ったものですし。しかし、森の生き物を悪魔と言われると僕は悪魔殺しで悪魔食いをしたとんでもない人間ということになってしまいます」

「そうなる。森ではどのような悪魔がいた?」

「そうなるって......まあいいです。森の悪魔の話ですね。まず、森には二種の一際恐ろしい悪魔がいます。彼らが森の環境を形成しています。二種とも日中のみ活動し、一種は森の中の音や振動を察知して地中から接近、攻撃を仕掛けてきます。無数の細い糸のようなものを地中から大量に突き出すのですが、その破壊力がとんでもなく、木が一瞬で粉々になるほどです。地中の移動速度もなかなかのものです。もう一種は空を飛んでいる巨大な鳥で、森の中に動く何かの姿に反応して、落下して攻撃してきます。僕も何が起こったかよくわからなかったのですが、気がつけば自分がふっ飛ばされていました。全力で走って数分ほどかかるほどの距離をふっ飛ばされました。あと背中に鋭利な破片が大量に刺さっていました」

強い恐怖と結びついた記憶が口から溢れ出してしまうシャド。

「まって、全力で走って数分ほどかかるほどの距離を吹き飛ばされたのになぜ生きて」

「体がすごい頑丈なんですよ。自分でも驚くほどに」

「どれほど頑丈なのか試してみたくな......話の腰を折ってしまった、続けてくれ」

「ここにも悪魔がいるようですが...

化け物達がいるせいで他の悪魔たちは日中には姿を隠し、音も立てません。体を透明にする能力を持っている悪魔も多いようです。森が騒がしくなるのは夜です。本当に様々な悪魔がいますが、共通して言えるのは狡猾で筋力と速度が尋常ではなく、好戦的だということです。出会った瞬間逃げに徹されていたら彼らを倒すことは不可能だったでしょう。そういう意味ではまともな狩りの経験はないと言えます」

「では、私が一度矢を当てて弱らせてから、矢を打ってもらう。今日の午後と明日の午前中は弓の練習をしよう」











午前中を練習に費やし、昼頃草原に向かった。

思ったより短時間で信じられないほど上達できたが、これはカシャの教え方が素晴らしかったからだ。不備の指摘がとても細かく、それでいて分かりやすい。人体に対する造詣が深いのだろう。死体を切り開いたというようなことを言っていた覚えがあるが、知的好奇心のなせる技か。

なだらかな地形の上をゆったりと歩く一頭の鹿に、カシャは弓をつがえる。

「動物も、人と同じようにこの草原に迷い込んでくることがある。それを狙う。この地に元から住んでいる動物は鹿よりも小さな体躯の種ばかりなため、弓で狩るのは難しい」

そんなことを口にしながら徐に弓を放つカシャ。

見事に鹿の後ろ足の太腿に突き刺さり、鹿は片足を引きずりながら走り出した。地面に血の跡を残しながら駆けてゆく。

「狙いを定めて。あの傷ではそう遠くへ逃げ去ることはできない。焦る必要はない」

手渡された弓の弦に、矢をかける。そして弦を姿勢を保ったままゆっくりと引く。

一射、つがえてもう一射。最後にダメ押しの一射。三発目が鹿の腹を貫く。

血を吹き出した鹿は数歩も歩けずその場に崩れ落ちた。

「短い間隔で矢を放てたのは素晴らしかった。今からは解体の時間......ん、まずい」

「まさか......」

「そのまさかだ。また侵入者が現れた。鹿の死体の奥だ。弓を」

「どうぞ」

弓を受け取ったカシャはすぐに打てる体勢になった後ゆっくりと歩き始めた。

程なくして、丘の向こうからゆっくりと侵入者が姿を見せる。3つの兜が見えた。

「3人、か」

「今すぐ武器を。解体用に持ってきた短刀はそれなりの切れ味と重さがある」

フードの舌から牙の鞭と、短刀を取り出す。牙の鞭は牙をうまく刺せなければただの硬い紐になってしまうため、今回は右手に巻いて篭手のように扱うことにした。

左手に短刀を逆手で持つ。

「金属の兜、皮の鎧、そして長剣。警告する余裕はないな。矢で一人は持っていけるはずだが、残りは直接戦うことになるだろう、時間稼ぎを頼むぞ、シャド」

「了解」

カシャが躊躇なく矢を放つ。虚ろな表情で歩いて来た侵入者の一人の腹に突き刺さり、膝をつかせた。残りの二人は突如猛然と走り出した。そのうち一人は自分の方へ近づいてくる。

大きく振りかぶった長剣を、走った勢いのまま叩きつけようとしてくる。慌てて右に避けると、相手は地面に長剣を食い込ませて停止した。

「なんだこいつ......何っ!!」

警戒しながらゆっくりと近づくと、突然地面から剣を抜き振り返りざまに横薙ぎ。自分の剣に振り回され一瞬よろめくが、今度は駆け寄りながら斜め下から切り上げてきた。

「ハッ」

右手に巻いた牙の鞭で直撃を防ぎながら左手の短刀を肩の当たりに突き刺す。相手が仰け反った隙に蹴り倒した。

「よくやった」

その声と同時に目の前の侵入者の首が槍に貫かれた。

「此度の侵入者はほとんど装備が壊れていない。相変わらず様子はおかしかったけれど」

「相手が剣で良かったです。たとえ相手が正気を失っていたとしても、槍で突いてきたら勝てる気がしません」

「リーチのある武器を用意できず済まなかった。侵入者から奪った武器は、定期的に村の方に送る決まりで倉庫になかった」

カシャはそう言い残して矢に屈した侵入者の方へ歩いていき、素早くとどめを刺すと、相手の持っていた長剣とその鞘を奪って帰ってきた。

「とりあえず、この3本の長剣から選んで」

どうせ持つなら長いほうがいいと思ったシャドは、一番長いものを選んだ。


「私は常に槍を使う。剣術は基礎基本しかわからない。直接教えられることは少ないから、手合わせを重ねて慣れていくしか無い」

「それは、僕がカシャの操る槍に剣で挑むということであってますか?」

「もちろん」

「......練習になるのでしょうか」

「丈夫さを試す時が来た」

カシャはそう言って少し目を細める。森の生物に匹敵するほど恐ろしい。

「ま、まず解体しないと」

シャドは短剣を握ると心做しか早足で鹿の死体の方へ向かう。カシャがいなければやり方がわからないというのに。

「まったく、もう」

カシャは一旦侵入者の死体を放置して、シャドの方へと向かった。



その後鹿の解体と侵入者の後処理をしたシャドとカシャは、家に帰った。

太陽は地平線と接触するかしないかのところまで傾いている。

「剣の練習を始める。これを」

カシャが渡してきたのは侵入者から回収した三本の長剣の中で最も短いものだった。

「なぜこれで練習するのでしょうか」

「鞘をつけた状態で行うからだ。この剣は他の長剣より軽い素材で作られている。鞘をつけると丁度よい重さになる。槍の場合は先端を布で包めば問題ないが剣はそうもいかない」

カシャは槍先に固そうな布を被せ、紐でくくって固定すると、その場で素振りを始めた。鋭い風切り音が鳴り響く。

「突きをいなすのはまだ早い。槍で叩くからそれを防いで」

槍が大きな軌道を描いてゆったり迫ってくる。あわてて剣で振り払う。思ったより重い感触が帰ってくる。

「この槍、木製の割に重くないですか?」

「いや、武器に重みを載せているからだ」

今度はもっと速く槍が振られたが、あっさりと弾き返すことができた。

「さっきより速いのに、軽い......」

「体と武器を一体化させる。槍と体が同じであれば、槍を弾くのと体を弾くのは同じこと。次」

槍がゆっくりと、変幻自在に伸びてくる。

「一撃一撃が重い、それに絶妙に捉えにくい動きです」

「まだまだ余裕そうだな」

叩きつけの回転速度が徐々に上がっていく。

「ど、どれだけの力を秘めて......」

一向に底が見えないカシャの実力。

「一つ聞く。痛みも感じにくいのか?」

「打撃で痛い、ことは、ほぼないです」

息を切らしながら答えるシャド。

「羨ましい」

さらに速度と重みが増す。数合のうちにシャドの剣が腕ごと大きく弾かれた。

「くっ」

隙を狙った容赦ない一撃が脇腹に当たり、体が少し曲がる。だが怯むことなく剣を構え直し、次の攻撃は防ぐことができた。

「現役の兵士でも、今の一撃を脇腹に喰らえばかなり怯むはず。強い...」

「......」

喋りながら攻撃を繰り出していくカシャに対して、余裕がなく必死に防御するシャド。

カシャはシャドより10cmほど身長が低いため、体格で劣る方がどんどん圧迫して追い詰めていく一見不思議な光景が生まれる。

「はあっ!」

ここで初めて、カシャが全力で攻撃を放つ。神速の槍がシャドを剣ごと弾き飛ばした。

「ぐふっ」

情けない声を上げて地面に叩きつけられるシャドだが、勢い余って一回転するとすぐに立ち上がって元の位置に戻った。

「ある程度はふっ飛ばされ慣れてます」

「素晴らしい」

鍛錬は三時間ほど続いた。


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