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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第4部 全変地異
45/45

始まり

いくつもの山や川、国を飛び越えたシャドとガルムは、乾燥した岩石地帯に墜落した。

「まさか...もうヴァルハラに着いた!?」

周囲を見渡す。渓谷と岩山が地の果てまで続いているかのような風景の中に、異様が一つ。岩山の遙か向こう、天高く伸びる..いや天より降り注ぐ光の柱。どれほどの大きさなのか想像もつかない。

「...きっと、あれだ」

シャドとガルムは光の柱へ向かって歩き始めた。



「それにしても、以前はあんなにいた狂兵が...ちっとも姿を表さない」

地面の凹凸が少なく、移動しやすい地形を見つけたシャドはガルムに乗って岩石地帯を駆けていた。

「それは当然だよ?あんな収支の破綻した構造の魔法は脆いんだ」

「っ!!!」

シャドの前方空中に現れたのは、いつか見た傷だらけの魔法使い。

「おっと...破狼ちゃん、僕に手出しするのは止めてほしいかな、危害を加えるつもりは、ええ、毛頭ございません。シャド、ついにここまで来たようだね。破狼ちゃんはいい感じに成長した、僕は喜んでいます。できる限り分かりやすく喋ってあげたいと思っているよ」

「あなたの目的は...なんですか」

睨むような目つきでシャドが問う。

「僕は悪役じゃない、世界が無茶苦茶になるのを抑えたいだけなんだ。統制種族も、人間も、魔法使いも、世界が無茶苦茶になるのを望んでいる者はきっとごくごく一部で、僕はそちら側じゃない。神聖なる土地に眠るアレはみんなの敵さ。僕はごくごく一部の、向こう側についた無茶苦茶な魔法使いの対処をしないといけないからあんまり長居はできないけど、最低限のことは説明させてもらいたいけど、けど、いいかな?それは自律魔法と...万物の歴史について」

「...わかりました」

シャドがうなづくと、魔法使いは頬を吊り上げた。

「君のような例外を除いて...この世界のすべての生物は生存するために魔力と魔法を使っている。君の肉体は魔力と魔法を使わず生命維持できるけど、この世界のすべての生物はその機能を一部魔法に頼っている。自然発生した魔法。生命が自然発生したように、魔法という現象も魔力と魔法式によって自然発生する。まあ魔力というのは単純なエネルギーのようなものではないのだけれど...まあそれは置いておいて」

「魔法という現象は多くの場合目に見えるが、魔法式は目に見えない。そして中には魔法式だけで生命活動に似た営みを行う構造がある。...”自然発生した自律魔法”と言えばいいか。ほぼ生命ととらえて問題ないよ」

「なんとなく...わかるようなわからないような」

「ヒトは、生存にあまり魔力と魔法を使わない種でね、それがある種の魔力獲得競争を避けることに貢献したのか、発展できた。そして進化の過程で知能を得た。そして魔法を学問することができるようになった。一方、魔力と魔法をふんだんに生命維持に使う種もいた。その中の苛酷な生存競争を勝ち抜いた種たちが後に魔の軍勢となるわけだ」

「魔の軍勢...統制種族というのは」

「まあ、リーダーみたいなものだね。話を戻すと人間は魔法の研究をさかんにして、とうとう自律魔法の発明に至った。けっこう自由が利く代物で、人間の思想や環境の変化によってたくみに魔法式...つまりは構造を変化させることができる。人工自律魔法、ある意味での人工生命?まあいいや。自律魔法を使ってかなり進歩した文明を手に入れた人間だが、そのうち自律魔法の知識を忘れていても生存できるほどに充実してしまってね。そして彼らが環境を自分たちの都合のいいように改変していくうちに、生活圏、利益の衝突が起きた。地下で暮らしていた、魔の軍勢の元となる生物たちさ。その中で人間以上の知能を持った種族がわずかばかり存在し、それらが他の種族を率い、人類を襲撃した。侵攻が開始されて数百年が経つと人間は絶滅の危機に瀕したが耐え忍んでいた。魔の軍勢にとって障壁となったのは堕落した人間ではなく稼働し続ける自律魔法のほうだった」

「なるほど...」

「自律魔法は環境の変化や人間の思想に強く影響を受ける。長く魔の軍勢と戦うことで”魔の軍勢と戦うこと”が主目的となるような構造に変化してしまった本末転倒な自律魔法があれば、人々の思想によって疑似的な”神”、”管理者”となる自律魔法も現れた。前者の自立魔法は狂兵を作り出した魔法で、後者は”太陽の神”や君に力を与えた魔法さ」

「っ!!!」

「ちなみにダンジョンも自律魔法だ。あれは傑作でね、敵対的な来場者から諸々のリソースを吸い取ることで自己を拡張できる。とてもうまくいった例だね。逆に狂兵はむちゃくちゃだね。はっ....話を戻さなゃ!!人間は絶滅の危機に瀕したけど、魔の軍勢も大ピンチになった。自律魔法はそこそこおとなしくさせることができたけど破壊しきるのは不可能だったんだ。ということで一端終戦して事態の収束を図ろうということで、統制種族と人間の血を混ぜ始めた。それでも足らず、ある自律魔法を使って生命を増やそうとしたんだ...それが神聖なる土地の地下に眠っているモノということだね」

「え...じゃあ世界に益をもたらす魔法なのでは?」

「上手く動けばね。...自律魔法には変化しやすいものと変化しにくいものがあるんだけど、あの魔法...自動出産魔法は最も変化しやすい魔法なんだ。創り出した生命からの影響を受けてしまうから、どんどん情報がぐるぐる回って構造がずれてってしまう!美しく恐ろしい魔法、手遅れの魔法なのさ。その魔法は一番最初に与えられたものを純化し、増幅した。人間や上位存在の強烈な意思...滅びたくないという意思...強力に純化された怨念のようなものしか残っていない。もう外部からの影響をあまり受けることなく、突き進んでいる。よって今から終わらせなければ。

ちなみに、歴史については、その後は自律魔法に対する対抗策として破狼の種族が生み出されたり、魔の軍勢と戦うことが自らの定義となってしまった魔法がわざわざ現生人類の中の魔の軍勢の血を活性化させて狂兵を生み出して戦う相手を用意したり自然発生した自律魔法と人工自律魔法が共鳴したり...いろいろあるんだけど割愛しよう。時が既に底をつきかけているからね。

こほん。

破狼ちゃんが鍵、破狼ちゃんにしかできないことがあるから、それの補助をあなたがすること。破狼ちゃんの力を上手く使えばあなたは望むすべてを取り戻せるでしょう!

それと!!とても大事なことを。

”境目”がある。そこを超えたら依代の領域。地下深くに潜りでもしない限り焼け死んじゃうぞ!!!!!

ではま...」

魔法使いは風船のようにはじけ飛んで姿を消した。

「...」

(情報が、知識が、増えていくほどに分からなくなる)

ぐっと、こぶしを握り締める。

(考える労力も、時間も限られているのに、それに対して情報があまりにも多すぎる)

シャドは、遠方で立ち上る光の柱を見つめた。

(今に集中しよう。やるべきことと、いくつかの注意点...それさえ分かっていればいい)



植物のない岩石地帯を抜け、まばらに緑があるサバンナを抜け...シャドとガルムは、ひんやりとした風の吹く草原にたどり着いた。あれだけ目立っていた光の柱は、近づくにつれ薄くなり気が付けば見えなくなっていた。

「ん...ここからかな」

草原を歩くシャドは、”境目”がそこにあることを感じ取って立ち止まった。

「緋の着物がなければどうなるのか...」

収納袋から、野宿で使用することがあった薪を取り出すシャド。

「試してみよう」

放られた薪は、境目を通り過ぎた部分から瞬時に燃焼し塵も残さず消えた。

「ガルムは...ついてこれる?」

二足歩行の形態になっているガルムは、頷くと境目の向こうに足を踏み入れた。

「さすがガルムだ」

シャドは頭をごしごし撫でると、再び草原を歩き出した。

「あれは...」

しばらく歩いたところで、カシャと暮らしていた家を見つけたシャド。

「少し休んでいこうか」

ガルムを引き連れて、丘を登る。

「...あの時とまったく変わっていない」

部屋の中の様子を見て驚くシャド。

「少し休むって言ったけど、ここで夜を越してもいいかもしれない。色々ありすぎて...疲れたし」

シャドとガルムは久しぶりの宿泊をし、一時の安らぎを得た。


翌朝、シャドは大きな振動によって目を覚ます。

「...ガルム、行こう」

すでに起きていたガルムを連れ、家の外に出る。

朝陽に照らされた、艶やかな草の生い茂る草原...そのの至る所に、ぽっかりと黒い穴が開いていた。

シャドとガルムは穴の淵に立って覗き込むが、中の様子はまったく見えない。

「随分不親切な玄関だ」

シャドはそうガルムに語りかけると、穴に飛び込んだ。





穴はゆっくりとカーブを描きその角度を平行に近づけていく。穴の内側には粘着質な液体が付着しており、二人はするすると下方へ滑る。

「...止まった」

地上の光が一切届かない闇の中で二人は停止した。

ガルムは体についた粘液を振り落とすと、自らの肉体を蒼炎で覆った。

「それは、この前戦った竜の...燃えなかったのも竜の力だったんだ」

蒼炎が暗闇を照らす。

足元も、側にある壁面も...照らされた場所には複雑な組織を内包した、大きな半透明の膜が敷き詰められていた。

「細胞にそっくり」

シャドはそう言うと、しゃがみこんで手膜に触れ、感触を確かめる。

その時、蒼炎の光の届かない暗闇からぬるりと一匹の狼が現れた。

狼は俊敏な動きでシャドに迫るが、ガルムの短剣に体を貫かれて動きを止めた。

「今のは...」

暗闇から、次々と姿かたちの違う敵が現れた。






一方、地上では狂兵はヴァルハラからはほとんど消滅したがその外部に大きく広がっており、各地で大混乱を引き起こしていた。魔道具を所持していると魔法式の干渉により狂兵化が発生しにくくなることが知られてからは、魔道具の争奪戦も相まって混乱が加速した。しかし、そんな中混乱を早期に収拾し政治の安定を確立した国があった。

クーデターが生じ政治体制が一新されたばかりのネイモリアである。

「避難民は100人単位を一集団とし、一定数の魔道具の提供を条件に受け入れることにする」

「御意に」

宮廷は大勢の文官が忙しなく動き回り、父を弑逆し王となったオーカ自身も積極的な政治参加を行っている。

「ふぅ...やはり、デルコがいないとそれはそれで大変だな...」


一方、デルコは対狂兵の最前線に立ち、影武者を立てた上で作戦指揮官として活動していた。

「奇妙な点がある、だと?」

夜影に所属する部下を使い戦況を調べさせていたデルコは、報告に眉をひそめた。

「狂兵の中に、顔や装備に違いが全く見られない個体が存在するようです」

「たしかに怪しいな、私が行こう。そろそろ戦線や命令系統も安定して暇になってきたところだ」

デルコは移動系の魔道具と望遠機能のある魔道具を用いて狂兵の群れを突破し、敵陣の深くへと進む。

「魔道具の地上性能が格段に向上している...魔力が満ちているのか...?く、シャドなら何か情報を握っていそうだ」

デルコは一瞬魔法使いの言葉を思い出そうとしたが諦める。

「まだ狂兵が途切れないな。当分はこいつらの相手か...ん?」

狂兵の密度が減少してきたところで、デルコの動きが止まる。

視線の先には、筋骨隆々とした牡牛の怪物や双頭の大蛇。

「何...だと」

さらに上空には、空を飛ぶ赤き竜のほかその遙か上を飛ぶ巨大な影があった。

「まさか」

デルコの頭にはシャドとの会話が次々と蘇った。

「シャドから話を聞いたことのあるモンスターばかり...なぜだ。それに...もう一年も経っているというのに、まだ何の知らせもない...」










神聖なる土地に眠る自律魔法「自動出産魔法」は、その可変性の高さから元は備わっていなかった様々な機構を得ている。その中でも特筆に値すべきなのは、生産した生命の脳を活用した計算システムであった。

この計算システムは自動出産魔法の内部に侵入を果たした個体の脅威度、自動出産魔法の外部すべての敵性存在の脅威度、太陽の神との争いで大半が使い果たされた魔力をはじめとする諸資源の残存量を考慮して”より多くを産み出すため”に計算を行う。

その結果、二個体近傍の領域に強力な時間減速魔法が発動した。

計算システムは...内部の問題を先送りにしている間に外の世界を我が子で満たす、という解を導き出した。






暗闇から突如現れる敵の対処に追われているシャドは、いっこうに変化しない状況に焦りを感じ始めていた。

「どれも、自分が過去に戦って苦戦した敵ばかり...はっ」

そこでシャドは魔法使いの言葉を思い出した。

「...記憶を読み取って、苦戦した敵を再現しているのか?」

剣を振るいながらも思考を止めないシャド。その後も長い間戦い続けていたが、ミノタウロスを倒したところで敵の襲来が止まった。

すると、戦闘の構えを解いたガルムがシャドに近づき手を掴んだ。

「ガルム、どうしたんだい?」

シャドを引っ張り暗闇の中を駆け出すガルム。

「ガぁあぁあアアアアアああ....」

ガルムは走りながら、奇妙な”声”を上げた。

「へ?」

「ガ、ガラァアアアああああ...あ...」

「ガルム...!?何故声が」

歓喜と困惑が混じった声色のシャド。

「...タベ、て...えル...マほうも、こエも...」

ガルムは自動出産魔法の魔法式の一部を取り込み、それと食した生物の喉の情報を組み合わせて発声機能を産み出した。

「魔法...」

シャドは竜の力や自らの再生能力のことを思い浮かべた。

「コこは...はろうノ...う...マレた...ばしょ...だ、から仲間...襲われ、ない」

「...ガルムが襲われなかったのは、仲間だと認識されていたからってこと?」

ガルムは頷いた。

「それと...ここ、しってる、覚エテいる...案、ない...する...奥に...」

ガルムはシャドを連れて走る。






外側の世界ではシャドが自動出産魔法に突入してから1年と3か月が経過していた。

「長かったな」

デルコやムスタといった一流のダンジョン探索者達を中心に組まれた特別部隊は、自動出産魔法がシャドの記憶から再現した生命体を蹴散らしヴァルハラを突破、神聖なる土地にたどり着いた。

「ここから先が、我々の入ることができない領域ということで相違ないか」

「はい」

境目の近くにたち、部下に確認するデルコ。

「だが、この先に...無数の敵の出所があるはずだ。それを何とかしなければ安息は訪れない。どうす...」

「ぶへぇええっ」

方法を模索していたデルコのもとへ、領域の”内部”から何かが飛来してデルコの足元に落下した。

「あれが自律魔法と同一化した人間、いやその模倣か...強すぎんだろ。いや、それ以前にそもそも熱い。侵入者に俺でも燃えそうになる熱を食らわすとか、どんな魔法なんだか」

竜と人を混ぜあわせたかのような外見をもつソレは、息も絶え絶えといった様子で言葉を吐く。

「...」

「お、ちょっと待て落ち着いてくれ!お前、シャドっていう男を知ってるよな!俺そいつのし、り、あ、い!早まるなって」

無言で武器を構えたデルコに弁明するリューク。

「お前のことも知ってる!ミノタウロスをダンジョンで倒してたやつだろ!!」

「...ああ、そうだ」

シャドの名前が出てきたため、何とかなるだろうと判断したデルコは武器を収める。

二回目の遭遇だったデルコは湧き上がる恐怖を表出しないように抑えることに成功していた。

「俺はリューク!えーっと...アレを倒すために協力しよう!」

立ち上がったリュークは親指で後方を指し示す。草原を悠々と歩く、人の形をした何かがそこにいた。

「俺があいつの近くで戦うから...他全員は遠くからちまちま攻撃してくれ」

「...まず、お前の存在自体が恐怖を引き起こすということを自覚してくれ」

リュークが周囲を見渡すと、多くの人間たちが恐怖に震えていた。

「あ、そうだった。シャドが例外か...おい!俺にビビることなんてない!あの化身のほうが強いからな!」

「言葉で言ってもどうにもならない...む」

リュークが”化身”と呼んでいた者は、いつの間にか両手に半透明の弓と矢を携えていた。

「やっべ...俺が行く」

すぐさまリュークが境目を越えて化身に接近するが、迅速に番えられた矢が探索者たちに放たれるのを止めることはできなかった。









「ここ...コこが、中心」

蒼炎を纏うガルムに従って歩き続けたシャドは、暗赤色に照らされたドーム状の空間に到達した。

ドームの頂点...中心にある天辺には、粘着質の液体を大量に滴らせる歪な球体が接合している。

「気持ち、悪いな」

空間内に行き渡る暗赤色の光の影響を全く受けていないかのように、球体は深い青と緑の入り乱れた色合いをしている。ときおりその模様が流動して中から暗赤色の光が漏れる。

「あの中に...魔ホウ、が....それと、人...」

「...!!」

本来この土地にいるはずの”神を降ろしたカシャ”...その姿が全く見えないことを不思議に思っていたシャドの疑問は氷解した。

「カシャは、いや、太陽の神は...負けたのか」

「それで、いまは...たブん、オ手本」

「手本...?」

ずちゃり。

粘液がぼとぼとと滴り落ちる。模様がゆっくりと複雑に回転し、粘液が盛んに分泌される。天井が脈打ち、黒色の管のようなものが浮き出て、球体のほうへ伸びていき接触する。接触面から黒食が水面に落とした墨のように表面を覆うと、次の瞬間膨大な量の黒が球体からあふれだした。

「くっ...」

瞼を閉じ、腕で覆って眼球を守ったシャドが目を開けると、球体の真下に人間の輪郭が現れた。

「そういう...ことか」

ガルムが言わんとしていたことをシャドは理解した。カシャが、優れた個体を生産するための...ブループリントにされているということを。

立体的な構造はカシャと一致しているが、黒一色で敷居を持たない。

地上の個体とは比べ物にならない威圧感を放つ化身が現れた。

「ガルム、僕がこいつと戦うから...よろしく」

「わカッた。マほう、を、たべる」

ひざを曲げ、少ししゃがんだ姿勢になったガルムは跳躍して球体に飛びついた。

「僕の記憶から造られたわけではなさそうだ...太陽の神の依代となった後のカシャ、か」

化身は背に備えられた黒色の槍を手に取ると、ガルムのほうへ体を向けた。化身は首をかしげて動きを止めたが、数秒すると何事もなかったかのように歩き出した。

「お前の相手は僕だ」

シャドは鈍色の剣を抜いて片手で切りかかるとともに、腰に刺していた短剣を鋭く投げた。

化身は一歩踏み込んで短剣を体捌きで躱すと共に鈍色の剣の側面を叩く。発生した衝撃の強さに剣を手放さなかったシャドは吹き飛ばされた。

「カシャよりも、一撃が重い...!」

地面を転がりながらも短剣を投げるシャドだが、化身の体に刃が届くことはなかった。

立ち上がったシャドに対してゆっくりと距離を詰めていく化身。シャドは壁に追いやられるのを避けるように横に移動する。

シャドが鈍色の剣を自身の体と密着させた構えをとると、化身が槍で横なぎを仕掛ける。それをシャドは鈍色の剣で迎え撃とうとするが...槍が瞬時に引かれると突きに変化してシャドの頭を襲った。

「っっ!!」

シャドはしゃがんで槍を回避するが、そこに槍の柄が振り下ろされる。脳が振動し、ほんの一瞬意識が遠のいた瞬間に化身は一歩下がると槍の穂先を振り下ろす。

頭蓋骨が一部砕け、槍の穂先は脳をえぐる寸前で停止した。

シャドは、鈍色の剣を手放し槍を両手で掴んだ。

「捕えた」

化身は槍を上に振り上げる。シャドの体が持ち上がり、見かけからは想像もつかないほど硬質な天井に叩きつけられた。

壁、床、天井、壁、壁、床と、重さをものともせず縦横無尽に槍が振り回されてシャドに衝撃を与える。

だがシャドの手は離れない。

シャドは登り棒を登るように手を動かし、化身との距離を詰めていく。

「槍はいい加減、諦め...っ!」

化身は槍を手放すと瞬時にシャドに肉迫し膝蹴りを放つ。

シャドは槍を握りしめたまま地面に転がされる。

「その強さで、槍まで使われたらたまらない」

シャドは槍を収納袋の中にしまい込むと、鈍色の剣のところへ駆け出す。飛び込むようにして鈍色の剣に手を伸ばすシャドに対し、化身は横合いからサッカーボール

キックを放ってふっとばす。

「がっ...」

地面を転がるシャドに迫る化身。

(剣は使わない...のか?)

シャドは上手く足を地面につけて自然に立ち上がると、

収納袋に手を突っ込む。ビー玉サイズの小さな爆弾を拳のうちに握って手を取り出した。

「これで...」

シャドは爆弾を握りこんだ左拳で顔面に殴りかかるが、化身は上体を反らして避けるとともに右足でシャドの腰にけり込む。

「かかったなっ」

自分の体が吹き飛ばされる直前に、シャドは左拳を強く握り込んだ。強烈な光と衝撃が空間に広がる。

化身は後頭部を地面に叩きつけられそうになるがブリッジの姿勢で手をついてそれを防ぐとバク転に移行して後退する。

一方シャドは蹴りの勢いで壁に叩きつけられながらも次の爆弾を取り出して右手に握り込む。

ファイティングポーズをとるシャドに対して、化身は両腕をだらんと垂れ下げたまま。じりじりとシャドが距離を縮めていくと、突如化身が右足でハイキックを繰り出す。

異様な速度で放たれたハイキックは爆発でぼろぼろになった左手を押しのけてシャドの側頭部に着弾する。

「っ...」

一瞬意識が遠のく。

(気絶しても...負けだっ)

踏ん張るシャド。化身はじっとこちらを見据えている。

「まだだ...」

化身に近寄ると右手を突きこむが、安全な距離をとって躱される。戦況は硬直した。









「...やっと終わった」

リュークがぼそりとつぶやく。

化身は探索者とリュークの協力によって十数分で打倒された。

ガルムが自動出産魔法の内部で魔法の捕食を行っているため、時間短縮魔法も無効化されつつあり時間のずれは減少している。

化身は圧倒的な技量によってリュークと探索者の攻撃を上手くいなし、リュークを追い詰めるとともに時折弓を使って探索者たちにも攻撃を浴びせた。探索者とリュークの臨時チームは無視できない程には戦力を消耗した。


「なんとか倒せたな」

リュークの前に、デルコが降り立った。

「リューク。前に進みたい。どうすれば先に...」

瞬間、危険を察知した二人はその場から飛びのく。

一瞬遅れて、二人の居た場所に無数の半透明の矢が付き刺さった。

「...」

「...」

先ほど倒したはずの化身と同じ姿かたちの存在が、複数で探索者たちとリュークの元へ歩いてくる。

「これは...流石に逃げるしかねぇ」

「同感だ」





「...」

化身とシャドは無言で睨みあう。

(時間の経過は...こちらの得になる、はず)

その時、化身がシャドからガルムに視線を移した。

「っ!!」

シャドがとっさに体を動かすと、それに反応して化身の視線が戻ってくる。

(ガルムを狙われるのはまずい...)

そう考えたシャドは、腰の左に具えられた収納袋の口から少しだけ槍の柄を出した。

すると、化身は爆弾への警戒はどこへ行ったのか猛然と駆け出した。

シャドはすぐさま槍の柄をしまい込むと、回復した左手にも爆弾を握りながら右手を前に突き出す。

シャドの動きを捉えていた化身は、極限まで姿勢を低くして極低空の右回し蹴りを放つ。シ強烈な衝撃に両足が横にはじき出されシャドの体が宙に浮かぶと、背中を向けてしゃがみながら回転している化身が鋭い左後ろ蹴りを打つ。

「ようやく当たった」

化身の蹴りを左の掌で受け止めたシャド。爆弾が掌と踵に挟まれて爆ぜる。

両者共に吹き飛ばされたが、化身は足に損傷を負ったため姿勢を持ち直すのが極端に遅れる。

その隙に鈍色の剣を回収したシャドは、収納袋に剣をしまい込む。

(よし、これで後は...っ!!)

いつの間にか眼前に迫っていた化身に驚くシャド。

「いったい何が...」

言い終わる前に殴り飛ばされる。

(何だ、この勢いは...)

今までの全ての行動が様子見であったかとすら思えるような化身の猛攻にたじろぐシャド。

殴打を受けながら後退したシャドは壁面に追い詰められ、化身に滅多打ちにされる。

「あがっ...」

気絶だけは避けなければならないと判断したシャドは両手で頭部を守り、胴体ががら空きになる。

化身の払った右フックが腹を打つ。筋肉の緊張を容易く突破し内臓を押しつぶして変形させる。

左ストレートは胸骨の真ん中に突き刺さり砕く。勢いそのままに放たれた左ミドルキックは肋骨を一気に数本粉砕する。

(動けないっ!!)

打撃の運動エネルギーで壁に押し付けられ続け、体をろくに動かすことすらできない。

そして化身の攻撃速度は明らかにシャドの回復速度を上回っている。

「ガルムっ...!!!後、どれくらい、かかるっ!!」

「...じゅ、じゅっぷん」

ガルムのくぐもった声が返ってくる。

(こいつはもう、僕を殺すまで止まらないだろう。あと十分耐え忍べば...)

その時だった。

突如、化身が殴打を止める。化身の視線は、折れたことで露出したシャドの肋骨に釘付けになっていた。

「何、だ...?」

困惑を口にしながらもシャドが収納袋に手を入れ爆弾を取り出そうとしたその時...化身が手を動かす。

露出した肋骨に化身の左手が添えられ、引き抜かれた。

「...は」

シャドは取り出した爆弾を即座に握りつぶす。シャドは爆風に耐えきれず壁にもたれかかって座る体勢になったが、化身は爆風を受ける寸前にバックステップして回避、すぐに再接近しシャドの胴体に何度も蹴りを入れる。

(まずいな...)

シャドは今までの経験から、怪我したときに体のパーツが飛び散ると再生が遅くなることに気付いていた。

(こいつは、僕を解体しようとしている)

シャドは頭部の防御を捨て収納袋に右手を伸ばす。だが、その手は収納袋にたどり着く前に化身に掴まれた。

化身は右足でシャドの体を押さえつけながら、左手でシャドの右腕を引く。

ミチミチと筋肉が軋む。シャドは自由な左手で爆弾を取り出して化身の右足の脛に押し付けた。

爆風。化身はシャドの肘から先を右手に持ったまま吹き飛ぶ。シャドは超至近距離で爆発を食らい後頭部を壁面で強打する。



「はっ」

数秒して意識が戻る。化身はほとんど左足だけで跳ねるようにしてこちらにやってくる。

「くっ...」

左腕がまだ治っていない。収納袋に手を入れても上手く爆弾がつかめない。両手が使えない状態になったシャドは、肩甲骨を壁に押し付けるようにしてずるずると立ち上がる。

「しゃ、ド!!」

ガルムが叫ぶ。

「ガルムっ!!僕は大丈夫だ!!何があっても中断しないで!!」

叫び返すシャド。

化身が迫る。更なる損傷を厭わず繰り出された右足の蹴りがシャドの左腿を強打する。シャドはあっさりと地に転がされる。

化身が横たわるシャドの上に覆いかぶさり、首元に噛みつく。咬合力も常人の比ではない。シャドの左腕の上には化身の右足が乗っていて動かせない。シャドは体を揺すってひっくり返そうとするが壁と床と化身の体に挟まれて上手く動くことができない。歯が、首に食い込み、ひずみが限界に達して穴が開き血が噴き出る。

化身が顔を後ろに引くと噛まれていた場所が引き千切られた。勢い余って化身がのけぞった瞬間に、押さえつけられた左腕を引き抜いてシャドが立ち上がった。化身はのけぞった姿勢を生かして立ち上がりながら頭突きをシャドの顔面に食らわせる。シャドは強烈な一撃を受けながらも収納袋に手をいれる。片腕の状況で爆弾を使うのを避けたいシャドは短剣を取り出した。

龍気の宿ったガルムの短剣は、化身に対しても有効な一撃を与えられる可能性を秘めていた。しかし致命的にリーチが短い。シャドは短剣を突き出すが化身によって左手を右膝で跳ね上げられた。

化身は右足を地面に降ろすと同時に左手で正拳突きを放つ。跳ね上げられた後短剣を逆手に持ち振り下ろしていたシャドは化身に刃を到達させる寸前に正拳突きを受けて体が折れ曲がって背後の壁に激突する。

化身は踏み出し、左手でシャドの頸を握ると同時に右手でシャドの左手首を掴んだ。筋線維がぶちぶちと裂けていく。シャドは右足で化身に膝蹴りを何発も入れるが化身は怯まない。

左手が、肩の先から引き千切られた。

「...」

右腕は前腕の中程までしか再生していない。蹴りが通じないとなればもはや今のシャドに武力を行使する手段はなかった。

化身は左手で頸を掴んだまま、右手で頭部を殴りつける。一撃で頭蓋骨にひびが入る。化身が右手を引き戻し、二発目が放たれる。それが頭部に接触する瞬間に、シャドは暗闇に引き込まれた。




「「随分追い詰められているようだな」」

闇に浮かぶ”虫”が、シャドに語り掛けた。

「このままでは、ガルムが自動出産魔法を破壊するまで持ちこたえることができません。どうすればいいか...」


「「これ以上魔力の供給割合を増やすことはできない。だが今の状況を看過することもできない。助言しよう。

この世界に来てからお前の体に生じた変化は、全て魔力によって成り立っている。それをよく認識することだ。魔法を唱えることができずとも、魔力という資源の割り振りを変える程度のことなら今のお前にもできる。行け」」





現実に帰還する。

(変化はすべて...魔力によるもの。だとすれば)

シャドは覚悟を決めた。

「っあああああああああああああ!!!!!!!」

痛覚の鈍化、遮断に使用していた魔力を認識し、それを頭部の回復に利用する。想像を絶する激痛に見舞われて絶叫するシャドだが、頭蓋骨のヒビは一瞬でふさがった。そこに二発目の拳が炸裂するが、損傷もすぐに回復した。

化身は一瞬動きを止めたが、より激しく頭部を殴りつける。

「っ!!!」

収まることのない痛みに耐えながら、シャドは左腕の回復に使っていた魔力を右腕に利用すると同時に右腕を収納袋の中にねじ込む。

一方化身は、シャドの頸を掴んでいた左手を放し、両手でシャドの胴体を殴打する。

シャドは腰から下の両足の頑強さを保つために使用していた魔力を運動神経の活性化に振り分ける。そして腰の左側につけた収納袋の口を完全復活を遂げた右手でつかみ思い切り広げた。

大きく開かれた収納袋の口から見える未知の空間に対して一瞬硬直した化身は、袋の内部に取り込まれる。シャドもその後を追った。


収納袋の内部は、巨大な藁で四方が埋め尽くされた小空間が広がっていた。あちこちに爆弾や短剣、食料が散らばっている。

シャドはその空間に落下するや否や、前方に立つ化身を無視して周囲を見渡す。

「あった...」

シャドは、カシャから貰った荷袋を拾い上げると天井にある穴に向かって放り投げ、

自らの得物を見つけた化身の黒い槍によって、背後から胸を貫かれた。

「ごふっ.........」

がくりと体を落とし、両ひざを地につけるシャド。

「...ここには、熱で起爆する仕組みの、爆弾が、そこら中に転がっている」

貫かれた部分への回復に全魔力を注ぎながら、シャドは藁の中から火筒を手繰り寄せる。

「ローブの下に、着込んだ、緋の着物が....無事ならっ....良かったんだけど」

火筒の発射口近くを右手で握り、逆側の先端を噛んで固定する。何か危機を察知したのか、化身が槍でシャドの胴体の何度も突き、薙ぎ払う。だが貫かれても転がされても、シャドは動きを止めなかった。

「...お前は、ここで、お終い、だっ!!」

シャドが、右手で火筒をひねる。射出された炎が収納袋全体を埋めつくす。真っ赤に燃える灼熱の炎は、空間に存在する全ての熱起爆式爆弾を叩き起こした。

化身とシャドが収納袋の中に姿を消してから数十秒。ぼふっと小さな音がして、収納袋が弾けた。すさまじい量の煙が立ち込め、それが落ち着くと...化身とシャド、そして火筒と鈍色の剣が残された。

見かけはほどんど変化していないがぴくりとも動かない化身と、全身火傷で胴体に複数の穴が開いているシャド。左手は完全に消失したまま、右足の膝から先も無くなっている。

「...」

ゆっくりと地面を這って鈍色の剣を掴み取る。体の向きを反転させて、ずるずると化身が横たわる場所に近づく。

「...」

化身の前で、なんとか膝立ちの姿勢を作ったシャドは、右手に持った鈍色の剣を目いっぱい上に掲げ、それから魔力を込めて振り下ろした。

倒れ込むようにして放たれた一撃は、衝撃波を生み出すほどの破壊力で、化身の体を粉々に砕いた。


「ガルム、あとは頼...」

そこでシャドの意識は途切れた。















「...はっ」

シャドは、目を覚ました。胴体に空いた穴はほとんど塞がっているが、左腕と右足はまだ治っていない。

だがシャドは自身の様態など気にする間も無く、部屋の中央に浮遊する存在に視線が釘付けになっていた。

「...お前が、太陽の神、か」

紅のオーラのようなものを纏い、宙に浮かぶカシャの肉体。だがその中身は別物となっている。

ガルムがシャドの隣に立ち、龍気の纏った短剣を構えた。

「僕は、カシャを取り戻しに来た。お前がこの土地を守っていた理由、地の底に潜んでいた自動出産魔法は、ここにいる破狼ガルムが破壊した。もう、カシャの肉体からは去ってくれ...カシャがそれを望んでいるのなら」

「...」

太陽の神は答えない。喋らないのか喋ることができないのかさえ、シャドは知ることができない。

「意思表示をしてもらいたい!もし何もこちらに伝えることなくカシャの肉体に居座り続けたり僕たちを攻撃したりするようなら...僕たちと戦うことになる。破狼は君を滅ぼせるだろう」

「...」

太陽の神は答えない。

「...」

シャドは鈍色の剣を強く握りしめた。

ガルムは膝立ちの姿勢のシャドの前に立ち、短剣の握りを深くする。

「ガルム、まだ待つんだ」

「ウん」

「.....................」

静寂が続く。

「我は....」

太陽の神が、口を開いた。

「我は...半球照明魔法にして、地上をあまねく照らし人々を守る太陽の神として崇められしモノ」。

その身を覆う膨大な熱量が、数m離れているシャドにまで伝わってくる。

「自動出産魔法は...貴様ら二体を最大の脅威とみなし、周辺地下一帯に時間鈍化魔法を使用し、外の世界に出産を続けた。鈍化魔法は既に停止しているが、二年の時が過ぎた」

「...外は、どうなっているのですか」

シャドの脳裏に今まで出会った人々が浮かんだ。

「自動出産魔法は...そこの破狼に壊される前に、己の小さな分身を産み出した。我の宿るこの体の劣化体を筆頭に強力な生命と自己の複製を行い続けている。人類は滅びの危機を免れたが、自動出産魔法の脅威はまだ続いている。そこで、役割の分担を提案する」

「役割の...分担?」

「この体は放棄する。私は天より自動出産魔法の分身を探し、攻撃する。貴様はそこの破狼を連れ、各固撃破せよ」

「...ガルム、いいか?」

「うん」

ガルムが頷く。

「提案を、受け入れます」

「承知した。破狼よ、この体と私の”つながり”を断て。これだ、見えるだろう」

カシャの右手が、何か鷲掴みにしたものを掲げるように動いた。

「!!」

その直後、カシャの肉体が唐突に落下し始める。

動けないシャドに代わって、ガルムがカシャの体の下に潜り込んで受け止めた。

「何から何まで、ありがとう」

「わたシが、い、居ルと、せつメい多くなる、から...デとく」

「...分かった」

ガルムはそっとシャドの前にカシャの体を横たえると、ドーム状の地下空間の外へ歩いていった。


「...カシャ、意識はありますか」

シャドはゆっくりと肩を揺さぶる。

「...ん」

ゆっくりと、カシャの眼が開かれる。

「っ!!!シャド!!どうして...それに、体が動く...」

上半身を起こす。両手をグーパーと開閉し、自分の意志で体が動くことを確認したカシャは呆然としている。

「えーっと、何から説明したらいいか...」

「...私自身に起きたことについては、ある程度分かっている...待てシャド、その体はどうした」

手足の欠損に気付いたカシャは、顔が青ざめる。

「大丈夫です、カシャ。これくらいは、放っておけば治ります」

「そう、か...」

「気にしないでください」

シャドは微笑んだ。

「私の、私の話をしても、いいか?」

「もちろんです」

「私は...シャドと別れた後、依代になった。体を自らの意志で動かせなくなって、意識だけがあって...それで、多くのことを知った。神も、奇跡も...すべては、人の心が魔法に作用して創り出されたものだということを」

「...」

カシャがどれだけ信心深かったかを、シャドはよく知っている。それゆえに、沈黙して次の言葉を待った。

「使命は成就し、信仰は消えた。その二つは私のすべてだと...かつては思っていた」

カシャは柔らかな笑みを浮かべた。

「それが私のすべてだと、思い込もうとしていた。思い込んでいた方が、その時の私には都合がよかった。でもシャドが来て...色々な楽しみ、幸せがあることに気付かされた...今の私は、未知と未来にときめいている。本当に、ありがとう」

シャドに抱き着くカシャ。

「...よかった」

「シャド...いつか見せた地図のことを、覚えているか」

「ええ。あの時渡してくれたものですよね。よく使っていますよ」

「私は...見てみたいんだ。地図に描いた、まだ見ぬ土地を、そこに住む人々を、見てみたい。シャドと一緒に、見て回りたい。...旅に、連れて行ってくれないか」

眼差しがシャドに向けられる。

「もちろん...と言いたいところですが、危険ですよ」

「太陽の神は、私に力を残してくださった。シャドが知っているころの私より、遙かに強い」

「それなら...心配は無用ですね」

「少しくらい、心配してくれてもいいのだぞ」

目を伏せがちにし、拗ねるように言うカシャ。

「っ...ごめんなさい」

赤面するシャド。

「は、話を戻します」

「...ああ」

カシャも、少し頬を赤く染めていた。

「僕は、ここに戻ってくるまで各地の様々な場所を旅してきました。会わせたい人たちが、沢山いるんです。倒さなければならない相手がいるから、ちょっぴり物騒な旅になりそうでうが...」

「大丈夫だ」

肩を並べて、カシャとシャドはドームの出口へ向かって歩く。

「ではまず、これからも一緒に旅する旅の仲間を紹介します...」

二人は、旅の始まりの一歩を踏み出した。




文明を救った不死身の男と人狼は、槍使いを加えて世界を旅したと伝わっている。

お読みいただきありがとうございました。

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