統制種族
血をまき散らしながら飛んでいく白馬に対して、城から飛び出した緑色の人型生物が急接近する。それは白馬に追いつくと、”尾”を白馬に叩きつけ地に墜とした。
「見つけたっ!!」
シャドは両手両足を全力で使って上へ跳躍する。わずかな上昇だが急速な落下が生じるまでの時間を稼ぐことができ、その間にシャドは鈍色の剣を抜き壁に叩きつけて空を駆ける。
「あなた、ダンジョンで僕の映像を魔道具で確認してましたよねぇぇえええええ!!!!!!!!!!!!」
全力で叫びながら落下していくシャド。
「お前...虫の眷属か!」
瞬間、それの背中から一対の翼が生える。翼が大気を一度打つと運動方向が変わり落下するシャドに向かって直進した。
「よっと」
空中でシャドを片手に収めた後、翼を使って滑空し始めた。
「僕の名前はシャドです。...あなたは?」
「俺はリュークって言うんだ。生まれて数百年の若者でね」
「人間の感覚するとちっとも若者ではないんですが...」
「がはは!そりゃそうだろうな」
リュークが豪快に笑ったことによって、滑空が大きく乱れる。
「「あ」」
二人は盛大に地面に激突した。
「おお...やっぱり頑丈だな!前見た時より成長してんな」
リュークはシャドの全身を一通り眺めて言う。
「あの、」
「あーっとな。教えて欲しーことが沢山あるのはわかってるんだけれどな、全部教えるとなると多すぎて何から言えばいいかわからん...そもそも会話自体も久しぶりでな、100年ぶりなんだ」
尾をビタンビタンと叩きつけながら喋るリューク。
「そうなんですか」
「ああ...とりあえず、アレの相手をしながら話そうぜ!」
リュークが顎で示した方向には...大空を飛翔する巨大な”竜”がいた。
「ド、ドラゴンッ....」
「俺とところどころ似てるあいつは、人が”魔の軍勢”に襲われた時代のモンスターだな。大方、遠くの歴史館から出てきたんだろう!」
リュークはぽきぽきと首の骨を鳴らした。
「歴史館...?」
「ああ、お前らの言葉では”ダンジョン”と言うんだったな...お」
「えっ」
シャドが驚いているところに、収納袋からガルムが飛び出す。
「よぉ破狼。どうだ、俺の考えてることが伝わるか」
「...!!!」
ガルムは両眼をまんまるに見開いている。
「ガルム、もう治ってる...?というか、え?ちょ、いったん情報を整理させてくだ...」
シャドは頭を抱えた。
「俺や破浪のような奴同士は脳内で思ったことが相手に伝えられるんだ。破狼の種族は喋れないから、特に重要さ」
「!!種族単位の問題だったんですか」
直線的に飛んでいた上空の竜は、いつの間にか旋回運動を始めていた。
「ただでさえこいつらは...俺ら、魔の軍勢にとっての秘密兵器なんだ。喋れて、もし魔法を詠唱できるようになってしまえば何が起こるか予測がつかない。っつーわけで喋れないように造られちまった」
「そんな...ん、造られた?」
「っていうか、お前とガルムマジで強かったぜ。ミノタウロスをあれだけ追い詰めるとはな」
「そういえば、ミノタウロスとどういう関係が...」
「俺みたいな賢くて強いやつが女王アリだとすれば、あいつは働きアリだな。モンスターが定期的に大量発生するのは歴史館のシステムの一部らしい。だがマイホーム...ここの歴史館は一番古い時代を展示している歴史館でな。モンスターが弱すぎて大量発生したところでちっとも面白くない。だから大量発生が起きたらミノタウロスみたいな強いやつを最後尾に付け足してやるんだ。そうすると魔道具で見る映像が格段に面白くなる」
「...は、はぁ」
「あ、別におれは人間を滅ぼしたいわけじゃないからな。育て慈しむだけだ。暇なときは歴史館の下層へ向かったりするが。普段は1万層とかにいるが最高で...12万層ぐらいまでいったことがあるぜ。まあ歴史館というだけあって暇つぶしにはなる。人間だと最高で500層ぐらいだな。働きアリどもの遺品...魔道具が落ちてるのは7000層ぐらいまでだからまだまだたっぷり魔道具が眠ってる」
「...」
絶句するシャド。
「おい破狼。いや...ガルムという名前をシャドから貰ったのか。ガルムよ....プレゼントをどうぞ!」
リュークはガルムに二本の短剣を投げ渡す。ガルムが白馬に突き刺したものと同じもののはずだが、紫色の薄い霧のようなものが纏わりついていた。
「それは龍気ってやつだ、魔道具でないものにくっつけると、圧倒的な強度を与えることができる。俺の専売特許の魔法さ」
「魔法ですか」
シャドが魔法という言葉に食いつく。
「おいおい、俺には魔法を人に教えられるほど卓越してるわけじゃないぞ。ま、とにかくアレを倒そう」
旋回しながら下降してきた竜は、シャド達のいる場所から200mほど離れた場所に4つの足で降り立った。
「アレを含め多くの奴が襲ってきたから、人間どもはとっくにどっかに逃げちまった。俺からすると人間がいなくなったのは複雑な気持ちだ。とりあえずここに入ってきたやつを掃除して...ま、あとは同族との情報共有だな。ぜってー良くないことが起きてるからな!!」
満面の笑みでそんなことを語るリューク。
「...なんでうれしそうなんですかね。あ、着替えるのでちょっとの間、この袋を任せますね」
そういってシャドは収納袋を広げ、中に飛び込んだ。
「おう、わかっ...私によこせ?へいへい」
収納袋を拾ったリュークは、ガルムに収納袋を渡す。
「いよいよ来るぞ、回避だ」
遠方の竜が口を開くと、指向性の強い火炎が亜音速で放たれた。
ガルムはそれをスレスレで躱しながら竜へ接近する。リュークは火炎の中を通り、高速で竜に迫る。
竜は口を閉じ、上体を少し反らすようにして上げると、浮いた腕を地面と平行に振る。リュークは地面に張り付いて10m弱はある腕を避けると、竜の顔に飛びつくと殴打を浴びせる。一発一発が轟音を鳴り響かせる。
ラッシュするリュークを後目に、ガルムは竜の後ろ足に近づき、一本の指に向かって短剣の斬撃を浴びせる。強靭な竜の鱗におおわれた直径30cmほどの指が猛烈な勢いで削られていく。
竜はすぐに足を地から離すと地面に横たわる姿勢になるように転がると同時に尾を振る。極限まで加速された先端部分がガルムに向かうが、ガルムは二本の短剣を交差させて尾を受け、吹き飛ばされる。
「やるなぁガルム!!負けてらんねー」
リュークは一端竜から降りると、背中から羽を生やす。それと同時に両手の爪が大きく伸びた。
「こんどは打撲じゃすまない、ぜ!!」
義手のフックのような形の爪を竜の鼻の上に突き立て、思い切り表皮と筋肉を引き千切る。
「グルガァアアアアアアア!!!!!!!!!」
痛みに耐えかねた竜が雄たけびを上げると、全身を覆う鱗の隙間から青色の炎が流れ出す。
「なんじゃこりゃ...さすがに熱すぎる」
ガルムは大きく退く。リュークも最低限の距離をとった。
「ガルム!交代」
そこで、ローブの下に緋の着物を着込んだシャドが収納袋から現れる。ガルムは入れ替わって収納袋の中に入った。
「ずいぶん上等な魔道具持ってんなぁシャド。俺に貸してくれない?」
「僕がやってダメだったら貸します」
シャドは鈍色の剣で竜に斬りかかる。接近するシャドに対し竜は蒼炎を強めるが、緋の着物にはダメージを与えられない。
鈍色の剣が竜の前足に到達し、小枝のように足をへし折る。
「ゲベェアア!!!!!!」
「でかしたシャド!!!なんだ魔力の扱いの初歩はできてるな。魔道具に魔力を流せているぞ」
「え?」
竜は蒼炎を引っ込めると、体を反転して逃げ出し始める。
「ひゃひゃひゃ!怪我を負って炎を出してる余裕なんざ消えちまったらしいな!追撃っ!」
「ガルム!」
リュークは翼をうねらせ、シャドはガルムの背に乗る。
「逃げんなよ!」
リュークはかぎ爪を竜の尾に刺すが、その尾が根元から自切したことにより足止めに失敗する。
リュークの横を通り過ぎたガルムは背中を跳ね上げてシャドを竜の頭部がある方へ飛ばすと、竜の臀部に四足歩行の形態で嚙みついた。
竜は後ろ足と臀部の鱗から蒼炎を出そうとするが...ガルムの周りだけ蒼炎が見られない。
「うわ...もうヤバい段階まで進んじまってるな、ガルムは」
その光景をしげしげと眺めているリューク。
一方、ガルムに飛ばされたシャドは鈍色の剣を振るが竜の角に防がれる。
「固いっ」
反作用で剣ごと跳ね返るが、両足で角を挟むことによって振り落とされるのを逃れたシャド
は上体起こしのように腹筋を使って縦切りを繰り出す。剣は二本の角の間、竜の額に直撃する。ピシリとひびが入る音が鳴った。
そこへ竜を真上から追い越したリュークがオーバーヘッドキックを当てると、竜の頭蓋骨が完全に砕けた。
竜の頭がガクンと下がり、ほとんど肉体の前進が停止する。
「とどめっ!」
慣性で頭から放り出されたシャドは、着地と同時に鈍色の剣で地面を叩き方向転換すると回転しながら脳天を剣でえぐり取る。容易く頭部が陥没し、竜はその場に倒れこんだ。
竜の死骸の隣にシャドとリュークは座り込む。ガルムは夢中で竜を貪り食っている。
「シャドは...どこか行くところがあるのか?」
リュークが尋ねると、シャドは収納袋から地図を取り出した。
「ここです」
リュークが地名を知らない可能性を考慮したものだった。
「あー...やべぇな。そこに何らかの因縁があるってわけか」
「はい」
「もしかすると...大規模な魔法を目撃しなかったか?」
「した...かもしれません。わりと前に」
(カシャの身に神を降ろす、その神が紙でなく魔法式であるとするなら...神の御業ではなく一種の魔法なのかもしれない)
「まじか、それならこんなところで油売ってる暇ねえぞ!!大規模な魔力消費と大規模な魔法の実行は他の自律魔法に刺激を与えちまう!あ、自律魔法っていうのは独りでに動く魔法のことだ。それにこの場所...因果の順序がわかんねぇが、とにかく一刻を争う」
リュークは両手を合わせて目を閉じる。するとかぎ爪が元の大きさに戻ると同時に背中の津翼が巨大化する。
「今のお前とガルムなら、かなりの衝撃を耐えられるはずだぜ」
リュークはシャドとガルムを両手で抱えると、飛翔する。
「まさか...」
「目的にさっさと近づけるよう投げ飛ばしてやる。くそ、城下の歴史館兼俺の家の中ほどの力を発揮できない自分が情けないっ!!」
「あの...2つ質問したいことがあるんですけどいいですか」
リュークは地面から少しずつ浮き上がっていくと共に、際限なく加速してゆく。
「いいぞ」
「ガルムは...どうして僕についてきてくれるのか、聞いてくれませんか」
「おっけーいいだろう...ふむふむ...”心と腹を満たすため”だそうだ」
「そうですか...ふふ、ありがとうございます」
シャドはにこにこして答える。
「いいってことよ...お、そろそろだな」
リュークは自分の翼に視線を送るとそう言った。
「じゃあ最後の質問を。あなたは...何者なんですか」
「そんな質問か...俺はリューク。ヒトを襲い、自律魔法と戦った魔の軍勢...その新世代統制種族!お前ら現生人類とはヒトと統制種族の血の配分が違うだけだ!!といってもシャドはヒトとも現生人類とも違う肉体、違う由来の肉体のようだけどな。...よし、行ってこい!!!」
リュークが唐突に手を離すと、シャドとガルムは地平線の彼方へ向かって打ち出された。