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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第4部 全変地異
41/45

異編

「クソッ....クソクソクソッ!!」

走る。走る。森の中をひたすらに走る。

「父も、王妃も、臣下も...」

少年は、一枚売れば家が建つほどの値段になる最高級の宮廷衣装を泥で汚しながら走る。

「絶対にっ!!許さないっ!!!ッッツ」

木々の隙間を縫って数十本の矢が殺到する。そのうちの一本が少年の肩を掠めていった。

「いつか、必ずっ...殺すッ!!」

傾斜の激しい斜面を、ほとんど転びながら走る。後ろから飛んでくる矢の数は、少しずつ減っている。

「...あ?」

逃げ切れる可能性が見え、希望を見出した少年の顔は、矢を受けた箇所を確認した瞬間、絶望に染まった。

「この毒...」

少年は毒に浅からぬ因縁を持つ人生を送ってきた。毒に関する知識は彼の命を幾度も救った。そして今は、その知識が彼の死を予言している。

「っっっ....」

平地まで続くと思われていた地面のゆるやかな傾斜は、突如断絶する。少年は数メートルを落下し、激しい傾斜に叩きつけられた。無茶苦茶な進路で転げ落ちていく。

「かはっっ...うっ...」

まともに声を出すことすら出来ない。木に光を遮られた薄暗い視界の中で、回転と衝撃が延々と続き...突如、周囲に光が溢れた。

「っっ」

山と山の間に潜んでいた大きな谷に、少年の体は投げ出される。

(嫌だ...このまましぬなんて嫌だっ!!!!)

声にならない声を叫びながら、少年は遥か下の地面へと吸い込まれていった。










深山幽谷、おおよそ人の立ち入らぬ場所をデルコとシャドは歩いていた。無数の巨大な岩とその隙間を流れる川は、両側からせり出すような山に挟まれている。

「こんなところに、いるんですかね。魔法の使い手は」

「今までの的中率から考えれば、確率はゼロだ。だが意外と何かしらは見つかるものだな」

「未発見の遺跡を発見した時は流石に驚きました」

シャドとデルコの間には、短剣を逆手に握ったガルムがキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。

「冷静に考えると、魔道具以外も入れることができる収納袋がないと未開の地の探索は難しいですよね。僕がいた世界では、未開の地なんてほとんどなかったんですが」

「それは凄いことだが...少しつまらなくもあるな」

「そうですね...ん?なんだあれ」

シャドは山の斜面から何かが飛び出したように見えた。

「...どうやら人のようだ」

望遠鏡を素早く取り出したデルコがそう呟く。

「ガルムッ!!!」

すぐさまシャドが叫ぶ。ガルムは短剣をその場に落とすと四足歩行の姿勢となって、信じられないような速度で駆け出した。

「なるほど...シャドを背に乗せない時は、いつもの姿のまま四足で走るのが速いのか?」

「早く行きましょう」

シャドは走り出した。

(シャドのお人好しのせいで、随分時間が無駄になっているのではないか...?)

デルコはそんな事を頭に思い浮かべながら、シャドの後に続いた。



ガルムは落下する少年目掛けて跳躍する。空中で少年をキャッチすると、ガルムの体に凄まじい力がかかる。咄嗟に巨大化し、質量を増やすことで勢いを殺した。

遅れてシャドとデルコがやってくる。

シャドは少年の胸に耳を当てた。

「生きてる...」

「こいつ、矢傷を負っている。しかも毒矢だ」

デルコは少年の肩を見てそう言った。

「どうすれば」

「シャドなら大丈夫か...口で毒を吸い出してやれ」

「へと...ほうへふか?」

シャドは少年の方に口を当てる。

「じゅじゅるるじゅじゅ...」

「その調子だ...よし、それくらいでいいだろう。あとは傷口を揉みながら、流水に...いや、まずいな」

デルコは突然腰から短刀を引き抜いた。

「矢を放った者が近くにいるかも知れない。ここから離れよう」

「言われてみれば...そうですね」

シャドは収納袋を広げて少年を中に入れる。

「ガルム...二人乗りでもいけるか?」

シャドは自分の小指を切り落としてガルムに投げる。ガルムは指を素早く噛み砕いて飲み込むと、瞬く間にその身を膨らませた。

「行きましょう」

「ああ」

二人がガルムの背に跨ると、ガルムは素早く動き出した。


「シャド...助けるのは良いが、これは少し面倒なことになりそうだ」

駆けるガルムの上で、デルコはシャドに話しかける。

「どうしてです?」

「あの少年の服...どうみても平民の装いではない。貴族でもおかしいくらいだ」

シャドは収納袋の中を覗き込んで少年の服装を確認する。

少年は鮮やかな青の、光沢のないチャイナドレスのような服の上に半透明の薄い羽織を何枚も重ね着している。

「よく見たら、顔立ちもかなり整っていますね...ん、貴族でもおかしいとは?」

「貴族のさらに上、王族ということだ」

「...まさか、ネイモリアの」

現在二人がいるネイモリアは、メティナを王都に持つイダケッシやマシャールの生まれ故郷であるスパネテほど大きくはないが日本の半分ほどの面積を有する。

「王族が、山の中で追い立てられ矢を射掛けられる...尋常ではない。相当な厄介ごとが起こっているぞ」

「それでも...助けたいです」

「ふむ。とりあえず、まずはその少年が起きてからだな」












「母上ッ!!!」

いくら声を上げても、母上には届かない。

近づこうとしても、衛兵2体を押さえつけられて動けない。

母上は何も言わず、断頭台へ登っていく。

「母上...」

「これより、王家で権謀術数を用い我が国を混乱に陥れた大罪人の処刑を行うこととする!!」

宰相...王を支える、この国で二番目に偉い人間が断頭台の下で意気揚々と声を上げる。

その隣に座っているのは父上。この国で一番偉い人間である国王。

この公開処刑の舞台裏にいる俺からは、民衆の方を向いて座っている父の表情は分からない。

「父上、止めてくださっ...」

衛兵に口を塞がれる。

「この女は、自らの子を王子とするために王妃様の御子の殺害を謀った!!断じて許されざる所業である!!!」

宰相の口は止まらない。ありもしない事実、嘘をこれでもかと並び立てる。

なぜ?本当は王妃が俺を殺そうとしていたのに、なぜ王妃ではなく母上が罪を咎められねばならない?

「命を持って、償うがいい!!」

母上はそっと頭を下げて頸を差し出す。止めてくれ、お願いだから止まってくれ...

「やれ」

宰相が低い声でそう言った直後、処刑人の振り上げた刃は無慈悲に落下し、母上の頸を胴体から切り離した。

頸は断頭台から落ち、ごろごろと地面を数回転がって停止した。こちらの方を向いて停止した。

俺は、すでに死んだ筈の母上の目から、ゆっくりと涙がこぼれ落ちるのを、確かに見た。

「っっっっぁぁぁぁ!!!!!!」

全力で暴れようとしても、子供の体では衛兵の制止を振り切ることなどできない。

公開処刑は終了し、父は立ち上がると民衆に背を向け舞台裏へと帰ってくる。

俺は口を抑える衛兵の手をなんとかどかして、父上に訴える。

「父上!父上は騙されていたのです!!本当は王妃が僕を...」

父上は、俺にちらと侮蔑の籠もった視線を送ると、その後母上の頸を見て...鼻で笑った。

「母子そろって、無様だな」

「...」

あまりに予想外の言葉に、呆然として何も反応することができない。

父上はそのまま、宰相と共に処刑場から...






「はっ!....」

少年は上半身を起こす。息は荒く、全身に冷や汗をかいている。

「...君、大丈夫?誰かに命を狙われていたようだけど...」

少年の瞳に映ったのは、黒髪黒眼の若い男...シャドの姿だった。

「誰だお前はっ!!俺は王族だ...名を名乗れ!!」

少年はキッと顔を歪めて、部屋の壁に背をつけるほどに遠ざかった。

「シャドです。礼儀には疎くて、失礼があったのなら謝ります。すみません」

(ここまで過剰に反応するものなのかな...よくわからないや)

少年の態度を疑問に思いながらも、下手に出るシャド。

「...おい、シャド。へつらう必要はないぞ」

壁にもたれかかり、腕を組んでいる小柄な女...デルコが言う。

今はこの地域の女性の一般的な装いである、橙色の布を体に巻き付けた格好をしている。

「あの状況から命を救う事のできる者達がどれほどの力を有しているか、身分などを気にする前に考えたほうが良い」

デルコは趣に短刀を抜き放つ。デルコの手元から短刀が消失し、少年の顔の真横、壁を構成する板と板の隙間に突き刺さった。

「...そんなもので屈すると思ったか!この蛮人め!」

少年は威勢を崩さない。瞬きが増え、時々視線が真横に刺さった短刀に引っ張られるが、あくまで強気の姿勢を保っている。

「...根性は有るようだな」

デルコは少しだけ、口角を上げた。

「怖いことしないでくださいよ!」

シャドはブツブツ文句を言いながら少年に近づくと、短刀を引き抜いてデルコに投げ渡した。

「僕は君を害する気持ちはない。ただ助けたくなったから助けただけで、なにかお礼を求めるようなこともするつもりはないよ」

「...」

少年は俯き、黙り込んだ。

「ただ、何があったか教えてくれれば、力になれるかもしれない」

「...」

少年は沈黙を貫く。

「困ったな...」

「放り出そう。私達は暇じゃない」

デルコは少年を追い出すため、腕を掴んで引っ張り上げようとする。

「触るなっ!!!」

少年は大声を張り上げてデルコの手を払いのけた。

「これをやる...これをやるから、放り出すのは待ってほしい」

激しい拒絶を見せたかと思えば、今度は半透明の羽織を自らデルコに差し出す少年。

「笑わせてくれるな。お前とお前の所有物、全て私達の掌の上だと言うのに」

「まあまあ...とりあえず、放り出されると困る理由があるなら、その訳を説明してくれませんか?」

デルコを諌めたシャドは、柔らかい口調で少年に話しかける。

「...指名手配されて、殺されるかもしれないから出られない」

少年は絞り出したような声で答える。

「悪いことをしたんですか?」

シャドは首を傾げる。

「してないっ!...とにかくあいつらはむちゃくちゃなんだ。全員腐ってるから、どんなバカな話でも通るんだ」

「??」

「王宮に仕える人間が権力を濫用して政治が腐敗しきっている...とこいつは言いたいのだろう」

意味がわかっていないシャドに説明するデルコ。

「こいつなどと言うな!俺はオーカ、この国の王子の一人だ!!!」

「そうか。で、なぜそのような高い位に生まれた者がが矢を射掛けられていたのだ?」

「...」

またしても沈黙するオーカ。

「まあいい。とりあえずオーカには収納袋の中にでも入ってもらうこととしよう」

シャドに提案するデルコ。

「確かに、それが一番安全ですね。...オーカ様?オーカ様と呼ばせてもらいますけど、今から収納機能のある魔道具の中に入ってもらいます。中にはガルムっていう名前の人狼がいるけど、別に怖いことは何もしてこないと思うから、安心してくださいね」

「は?人狼?待...」

シャドは問答無用でオーカに収納袋を被せた。

「とりあえず外にいって、情報収集しましょう...そういえば、デルコっていつもはリスクを徹底的に回避しているのに、なんで王族にあのような態度を?」

「極稀に...勿体ないと感じることが有る。私と同じように、組織の中で重要な地位に就いている人間を見るとな。口を出したのは初めてだが。

それに、事の次第によっては思わぬ収穫を得られるかも知れない」

「へ?」


数日後。アジアンな異国情緒豊かな街で、この国の政治とそれに対する評判を調べていた二人はオーカの似顔絵と懸賞金が描かれた張り紙を見つけた。二人は張り紙を引っ剥がして宿屋に持ち込む。

「...知っている人の指名手配書なんて、初めて見ました」

「流石に、王子とは書いていないな。庶民が王族と顔を突き合わせる機会は殆ど無いから問題ない、と考えているのだろう。随分ずさんだ」

「...」

オーカはじっと手配書を眺めている。

「落書きがすごいですね。政治に対する不満が書き殴ってあります。こんなの作ってる暇があるならまともな政治をしてくれってことなんでしょうかね」

「なるほどな...」

シャドの話にリアクションをしつつ、デルコはオーカの方に一瞬視線を送る。

オーカが手配書にある無数の落書きを目の前に、ゴクリとつばを飲み込んだのをデルコは確認した。

「ところでシャド。私達はいつまでも油を売っている訳にはいかない。金になる衣服をもらったところで、私達が望むものは金で手に入るものでもないからな。粘るとしてもあと一週間ほどだぞ」

「え、もうちょっと猶予があってもいいんじゃ...」

射るような眼差しをシャドにおくるデルコ。思わずシャドは閉口する。

「...頼みが、ある」

少年は、手配書に視線を落としながら話し始めた。

「何だ?頼みとは」

「反体制組織を見つけて、連れてってくれ...」

「対価は?」

「なんでもだ!!!俺は反乱軍の顔になって、王家に復讐するっ!!反乱が成功した後なら、なんでもくれてやる!!!」

オーカは両手を広げてアピールする。

「失敗したら?そもそも反体制組織やそれに準ずる活動が見つからなかった場合はどうする」

「俺を王宮に差し出せ」

「!!」

シャドの表情が驚愕に染まる。

「お前らみたいな強いやつだったら、王宮だって敵に回したくないだろ...素直に懸賞金をよこすはずだ」

「...どうする、シャド?」

ここに来て突然、シャドに判断を委ねるデルコ。

「え、ああ...いいですよ」

「本当か!!」

オーカはシャドの服を掴み、顔を見上げる。

「はい。でも...条件があります。オーカ様が追われた経緯を話してください」

「わかった...

母は王宮に勤める平民だった。ある日王に見初められ、側室となり子を産んだ。それが俺だ。だがやがて王にとって母と俺は邪魔になった。だから排除された。母は死に、俺も殺されかけた。それだけの...話だ」

「良いでしょう。協力します」

契約は交わされた。









「...もうすぐ着くようだ」

ネイモリアの国土は標高の低い山、急角度の川、多少の平地で構成されている。

発見した反体制組織の拠点があるのは、平地と山の境目。生い茂る木々や草花とぬかるんだ地面の中を二人は進んでいた。

「意外とあっさり見つかりましたね...よっと」

シャドは大きな水たまりをジャンプで飛び越える。

「この国の政治は、杜撰な所だらけだ。あまりやっきになって隠さずとも危険は少ないのだろう」

植物の多さの割には陽光は遮られておらず、至るところから森に落ちる光によって内部は明るく照らされていた。

「そういえば時々、彼に何か教えているみたいですけど」

「組織運営についての特別指南だ。世界有数の実力者に教えてもらえるとは、オーカも随分な幸福に巡り合ったものだ」

「...張り切ってますね」

激しい自画自賛についてはスルーしたシャド。

「オーカが反乱を決意する展開は薄々期待していたが、予想どおりに事が運んだ。あとはなんとしても成功させる。魔法の使い手を探す上でも、私の本来の目的の上でも莫大な利益を得られる。危険があるとしても、投資をする価値は十分にあるな」

そう喋る声は、普段より少しだけ弾んでいるようだった。

「面倒見が良いですよね、ほんとに」

「そう...か?」

イマイチピンと来ていない様子のデルコ。

「思い返せば、デルコがいないと上手くいかなったことばっかりです。...いつも、ありがとうございます」

「はぁ...急にどうした?」

「いや、なんでも」

生い茂る木々の中に、建物の輪郭のようなものが見え始める。

「ここですかね」

「そのようだな」

二人はそこで腕を組み、しばし立ち止まる。

すると、建物の輪郭が見える方から、ぞろぞろと人の群れがやってくる。

「ようこそ、どうぞお入りください」

集団の先頭にいた男が、声を発した。






「ガルム、王子を出してあげて」

シャドが収納袋に語りかけると、オーカが袋の口から飛び出てくる。

「うおっ!!!....ここが、拠点か」

オーカは見慣れぬ環境に一瞬身じろぎをするが、すぐに背筋を伸ばすと落ち着いた声で喋る。

「...少しは威厳に気を配れるようになったか」

「教育の成果が出ましたね!」

デルコとシャドはオーカの様子を見ながらコソコソ喋っている。

昼だと言うのにかなりの暗さがある建物。大広間には茶と赤、太い曲線が複雑に重なった模様の巨大な絨毯が敷かれており、その上に直接人が座っている。40人は越しているであろう彼らはいくつかの塊をなし、情報交換や物品の受け渡しなどが盛んに行われていた。

シャドやデルコ、王子はそのうちの一つの塊の中に取り込まれる。

「ようこそおいでくださいました、王子」

塊の中で中心に座る、見窄らしい服を纏う人物が立ち上がり、オーカに話しかける。

「お前の名は」

「ベリオンと申します。我々に王子のお力を貸して頂けるならば、必ずや事は成るでしょう」

字面だけみればオーカを敬っているように見えるが、まるで抑揚のない発声のため経緯は感じられない。

「まず聞きたいことがある。なぜ宮廷に反旗を翻そうと決意したのだ」

形だけの敬意など宮廷で慣れっこのオーカは、全く気にすること無く話を進める。

「ここ十年...宮廷の腐敗はもはや看過不可能な次元まで進行しました。飢饉の年にも重税を課し多くの民が餓死してしまう程に。...私の妻と子も、十分な食べ物を得られずに死にました。私が兵役に服している間のことです。家から軍に人を送れば、その年の税は軽くすると国は宣言したにもかかわらず、実行しませんでした」

「...」

淡々と語るベリオンだが、彼の握りこぶしが小刻みに震えているのにオーカは気づいた。

「...ここに集まっているのは、みな悪政の地獄を味わった者達でございます。もはや...もはや、どのような犠牲を払っても、成し遂げるまで止まることはありません」

「理由は承知した。事前にお前たちについて調べたが、情報に矛盾は見受けられなかった。...力を、貸すこととしよう」

「ありがたきお言葉。では...」

そのままオーカとベリオンは実行するための戦略の話し合いに入った。

「そんなダメな政治をしてるなら、なぜ今まで反乱が起きなかったんでしょうか?王族は神の末裔だから逆らうなんてとんでもない、みたいな思想によるものが原因なんですかね」

ベリオンの言葉を聞いていたシャドは、率直な疑問を隣にいるデルコにぶつける。

「...半々と言ったところだ」

曖昧に答えるデルコ。

「半々、ですか?」

「ああ。色々と込み入った事情があってな。

まず、王族の住む宮殿の立地から話す必要がある。宮殿は、ネイモリア最大の平地の中央に位置する...小高い丘の上にある。そして、その丘は平地に走る幾本もの川の源になっているらしい」

「平地に囲まれた丘の上から、川が始まっているって...なんか気持ち悪いですね」

オーカを放ったらかして話し込む二人に、周囲の人々はチラチラと視線を向けている。

「そう。奇妙な現象が起こっているわけだが、王家はこれを”我が国の秘宝と王家の力”だと謳っている。無限に水が湧き出す杯が宮殿の最奥にあり、王族がその杯の力を引き出すことによって、丘の周りの平原やひいてはネイモリアの領土全体に水の恵みを与えている...とのことだ」

「えー...胡散臭っ」

シャドは眉を八の字にした。

「杯が魔道具だと仮定しても、ダンジョンの外でそのような性能を発揮することはできないだろう。宮殿の最奥とやらがダンジョンなら話は別だが」

「王子は何か知っているんでしょうか?」

「何も知らないと言っていた。そもそも魔道具を見かけることすら殆どなかったようだ」

デルコはお手上げだというふうに両手を開く。

「え?王族や貴族なら、日常で魔道具を使うことも多いですよね?」

「ましてやダンジョンの存在を秘匿しているとあれば、魔道具の利益を独占していると考えられるが...引っかかる部分が多い。

まあその辺りは追々調べるとして、大切なのは秘宝の存在と王家の力が信じられていることだ。だから人々は反乱を躊躇する」

デルコの話を聞いていた周囲の人々がうんうんと頷いている。

「なるほど。でも信じられたものを塗り替えるというのは大変ですよね...どうすれば...」

「ベリオンやオーカがどのような策を練るのか、見ものだな」

それから、オーカとベリオンの作戦会議は数日続いた。




「ここにいたか」

大勢の人の熱気が充満した拠点から離れ、新鮮な空気を吸っていた二人。そこに建物内から出てきたオーカが声をかけた。

「王子!一段落つきましたか」

「話はまとまったが...何もかもが、足りないっ!!武力も、賛同者も、新体制の準備も!だから、直々に国内各地を巡って反乱運動を広めることになってしまった...目的を達成するわけに死ぬわけにはいかないのに、こんな危険なことをやる羽目になるとは...クソッ」

オーカは顔を歪め、声を荒げる。

「何を言っている?お前はベリオンと合意したのではないのか?やる羽目になるとは何だ、全てお前の選択だろう」

意地悪な笑みを浮かべるデルコ。

「チッ...」

「ま、まあまあ二人共、仲良く...」



「これ以上の不確定性はー、さすがに。看過できないな!」

デルコが突然、意味不明な言葉を口走った。

「え?」

「どうした」

「デルコ...なんかいま変なこと言いませんでしたか」

「何も...言っていないが」

「そんな、今絶対に!!」



パチ。

部屋の明かりを消したかのような音が聞こえ、シャドの視界が暗転する。


(なんだ...これ?)

暗闇が続く。

暗闇が続く。

暗闇が続く。

暗闇が...






パチ。



視界が復活する。

「母上...やりました、やり遂げました。母上を殺した者共に、復讐を!!!」

森の奥深く、紅葉した木々に囲まれた少し開けた場所にひっそりと建つのは、真新しい墓石。オーカがその墓に抱きついていた。

隣には、その様子を穏やかな眼で眺めるデルコがいる。

(ここはどこなんだ?何が起こっている?)

冷たい汗がシャドの肌を伝う。

脈拍がリズムの均整を崩す。

全身が不協和を起こす。

「デ...デルコ。ここは?ここはどこですか」

「ビリズの森と呼ばれている。...どうした?」

(ダンジョンでアレと遭遇したときすら平静を保っていたシャドが...こんな唐突に取り乱すとは)

デルコは突然シャドの雰囲気が変わったことに気づいた。

「オーカ様が、復讐を成し遂げたと言っているのは...?本当ですか」

「何を言っているんだシャド。当たり前だろう」

「どのくらい前かわからないけれど...初めて反体制側の拠点を訪れて数日後、オーカ様が拠点から出てきた時に、”え?デルコ、なんかいま変なこと言いませんでしたか”と言ったことを覚えてますか?」

「なんとなく覚えている。シャドが妙なことを口走ったと思った矢先声を張り上げたからな」

「あの...実はその時から、今の今までの記憶が、ないんです」

「...そんなバカな。この数カ月間、シャドにいつもと違うところなどなく、普通に行動していたぞ」

「...そんな...」



「ようやく会えたね、二人とも」

「「!!」」


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