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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第3部 地の底から
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立ち止まった場所が終着点


「一向に動きを止めないな」

「ですね」

魔道具は階段を下りて階層を下り、どんどん下層へ進む。追いかける一行。

既に36層まで降りてきているが、魔道具を追いかけている間モンスターと遭遇することは一度もなかった。

「モンスターを避ける機能でも付いてるんですかね...」

「モンスターが避ける機能かも知れんな...待て、一旦追跡を中止する」

「サイコロ...じゃなくて、あの魔道具はいいんですか?」

「放置だ。何か...嫌な予感がする」

突然足を止めたデルコ。

「身を隠す場所がないな」

デルコは収納袋から不気味なほどに透明度の高い布のようなものを取り出した。それを全員に被せる。

「光を歪めて、姿をある程度隠す魔道具だ」

「内側からは外が見えるって、結構便利ですね」

依然停止しない魔道具は、歩みを止めた一行を置き去りにして転がっていき...緑色の、鱗に覆われた何かにぶつかって停止した。



「戻ってきたか!どれどれ...今回は激しかったみたいだからな。合いの子達の活躍を見るとするか!!」

体の形はほぼ人間だが、全身から暗緑色の鱗が生えており、手足の指先からは太く不透明な鉤爪を伸ばしている。ややスリムで流線的な肉体美は鱗と合わさって、圧倒的な強者としての威圧感を見るものに与える。黃と黒の混じった爬虫類のような目がキョロキョロと忙しなく動いている。

その生物は、長い鉤爪を備えた四本の指で魔道具を拾い上げた。そして魔道具を角の生えた額に押し付ける。

「この砲撃...結構前から見たことあるやつだな。隣のやつは前回から居る...俺らでもめんどくさい魔道具をよく使ってるぜ。さて、肝心のミノタウロス視点はどうだ」

(この体の震えは...体中に満ちているこの恐怖は、何なんだ)

布型の魔道具を掴むデルコの手が震える。

「こいつ...集団からはぐれて何やってるかと思えば、逃げ遅れたやつで遊んでんのか。つまらんことを...お?」

その生物は、長い緑色の尾をさかんに振り始める。

「へぇ〜。虫の眷属と破狼か。そりゃねえだろっていう組み合わせだが、おもしれぇ!!

それに、ずいぶん古い剣を使ってんなぁ...続きは帰って見るか」

直後、その生物の姿がかき消えた。

その生物が直前まで存在していた場所が真空となり、そこへ急激に空気が流れ込むことで地響きのような低い音が鳴り響いた。

「かなり強そうな見た目でしたね。アレは何なんでしょうか」

「...」

「だ、大丈夫ですか?」

沈黙するデルコに、シャドは心配の言葉をかける。ガルムもデルコの方をじっと見つめていた。

「お前たちは平気なのか?...アレは本能的な恐怖を呼び起こす。この上なく危険な存在だと、体が訴えている。すぐさま引き返すべきだ」

「たしかに、ヤバい見た目でしたね」

一行はダンジョン探索を引き上げた。












屋敷へ場所を移したシャドとデルコ。

「ダンジョンという場所の危険度を...誤って評価していた。あれは何なんだ。見たことがない。噂を聞いたことすらない」

デルコは紅茶の入ったカップを手に取ると、一気に飲み干した。

「見た目、移動速度、そして監視する魔道具...あと数々の意味不明な発言。わからないことが多すぎますね」

頭を掻くシャド。

「あれが王都に潜んでいるというのなら...もうここにはいないほうが良いだろう」

デルコは家中の者を集め、ジェスチャーや筆記による指示をしながら話を続ける。

「私やムスタは存在を認識されているようだし、シャドやガルムは関心を持たれている」

「イオナやレオの共同研究者と会っていないので、その用事が済み次第ここを発つことにします」

「だが脅威に対して無知のままという状況も良くないな。どうするべきか」

指示をすべて終えたのか、深く椅子に座りなおして考え込むデルコ。

「そういえば...世の中には魔道具の機能を作ったりするのに使われる、魔法と呼ばれる力があるようです。力ある言葉を持って、世界に干渉し書き換える。そんな力を持った”魔法使い”とでも言うべき人間が、世界に数人存在するらしいです。魔法使いなら、ほとんどの人が知らない何かを知っているかも知れません。魔法という単語すら広まっていないので、どうやって探せば良いのかは分かりませんが」

「調べておこう。仔細は追って連絡する。またお前の力が必要になりそうだ、宜しく頼む」


翌日。

「ここか...」

王都郊外、イオナにもらった手製の簡易地図を頼りに件の共同研究者の家にたどり着いたシャド。

家と家の間をすり抜けるようなグネグネとした細い道の終端にあるその家は、下部が少し潰れかけた球体...溶けかかったアイスクリームのような見た目の薄黄色の塊を積み重ねた奇妙な外観をしている。

「これが玄関...でいいよな」

開閉する機構を持った場所が数か所あるせいで迷うシャドだったが、一番常識的な見た目のドアの前に立ってノックする。

「すみませーん」

ガチャリ。横幅1m、縦4m程度という気持ち悪い比率のドアがノックに応じて即座に開く。

「魔道具を、出せ」

手を後ろに組んだ、ドアの高さとほぼ同じ背丈の老人が現れた。

イオナとほぼ同じロングコートを羽織る老人は、イオナとは比べ物にならないほど多くの魔道具を身に纏っている。

「えっと...僕はイオナとレオの知り合いで、シャドといいます。どの魔道具を出せば...」

「全部出せ」

「えぇっと...」

戸惑いながらも鈍色の剣や衝撃手、収納袋を差し出すシャド。

「収納袋の中に...人...ほぼ人と言っていい生物が住んでいるので、気をつけてください。それで、あなたの名前は」

「名前?忘れた」

老人は食い入るように鈍色の剣を見つめている。

「...収納袋の中に魔道具を入れているので、取り出しますね」

シャドは緋の着物を引っ張り出した。火筒は未だにイオナに貸しっぱなしである。

「...この剣、一日貸せ。直してやる」

老人は鈍色の剣から目線を外さないまま喋った。

「壊れていたんですか!?直してくれるのは有難いです。...その割には強かったのですが」

「そうだろう。良い魔道具だ...この剣のことはこれで解決した。次の問題はその収納袋に入っている生き物のことだ。イオナは全く事前情報をよこさなかった」

「声は出せませんが言葉は通じるので、ひどいこと言ったりしないでくださいね。名前はガルムと言います」

収納袋に両手をつっこみ、ガッチリと胴の部分を掴んで引き上げる。

「これは...素晴らしい研究価値がある。...考えることが渋滞してきた。入れ」

このまま玄関先で立ち話を続けることを若干不安視していたシャドは安心して室内に入る。

室内は宿屋に引きこもっていた時のイオナとレオの部屋と似た惨状だった。

老人はどこからかチョークのようなものを取り出して玄関そばの壁に殴り書きしている。

「そういえば、僕の体質のことは聞いてますか」

「それは知ってるが、人体は専門外だ。その人狼のように見た目からして奇妙なら多少の調べようもあるがお前は無理だ」

「人狼じゃなくて、破狼っていうらしいです」

「破狼...?聞いたことがない」

「僕は虫の眷属らしいです」

「それも聞いたことがない。誰がそう言った?」

老人とシャドの問答は、結局翌日の朝まで続いた。


「これで...十分でしょうか」

シャドは特に疲れた様子を見せていない。

「今日の夕方また来い。それまでに剣を直す」

普通の人間であるはずの老人も、何故か疲れが見えない。

「そういえば、僕はこれから魔法を使える人間を探そうと思うのですが...何か知っていることはありますか?」

「..................................海の中で、会ったことが一度だけ、ある。

窒息と水圧に耐えられるよう、種々の魔道具をうまく組み合わせて十分ほどの潜水を行なった。夢中になって、引き返すことすら考えず潜っていった時...突如、水中に男が現れた。”来るな”と言われた。

それは...それは、後にも先にも感じたことがないほどの、畏怖だった。恐怖ではない、畏怖だ。その後、気がつくと砂浜で寝そべっていた。魔道具は全て無くなっていた。自分の小ささを知った。世界は畏怖すべきもので満ちていたことに気づいた。

…さあ話はした、出ていけ」

老人はシャドを押し出すとすぐに扉を閉めた。


結局名前が判明しなかった共同研究者の家を去ったシャドは、イオナとレオの居る宿屋...ではなく借り家を訪れた。

「よくわからなかったな、あの人...まあいいや。...ごめんくださーい!」

「シャドか。入ってくれ」

レオが顔を出し、シャドを屋内に招き入れる。

「おお...!!」

リビングとキッチンの一体化、加えて二階部分への吹き抜けがあることにより非常に開放感のある空間が作られている。採光部が屋根にも配置されており、照明が無くとも明るさは十分に確保されていた。

「シャド!よく来たね」

リビングと接続する部屋からイオナが何かを抱えて出てくる。

「お邪魔してます!...忙しそうですね」

イオナが別の部屋へ入るのを見ながらシャドが言う。

「しばらくこの街の研究機関で働くことにしたらしい」

「そうなんですか...レオは?」

レオは壁に立てかけられている剣に目をやった。

「俺は...剣術の指南だ。ミノタウロス相手に時間を稼いだというのがどこからか知れ渡ってな。剣の腕前を人前に披露する機会を得た。すると教えを請う者が多く集まってきたので、仕事にすることにした」

「よかった...二人共、ここで暮らす見通しがたったんですね」

「当分は問題ないはず...イオナ、一段落ついたか?」

先程イオナが入った部屋に向かって、レオが声をかける。

「ちょっと待ってー!!」

イオナが大きな声で返事をする。それから一分ほど経つと、イオナがリビングへとやってきた。

中央にあるテーブルに三人は着席した。

「シャド...もしかして王都から去るの?」

「...そうです。明後日ぐらいには。なんで分かったんですか」

「なーんかそわそわしてるから」

イオナは頬杖をついてこちらを見てくる。

「いや...それはべつじゃないですか。二人の家に入るっていうアレもあるっていうかその...新婚のお二人に申し訳ないと言うか」

「「新婚?」」

イオナとレオがハモる。

「え...いや、家を借りて二人で定住するってもう結婚でしょ!!」

何故かキレ気味のシャド。

「そうか...?そもそも、お互い両親と会うことは二度とないのに誰に認めてもらうんだ?」

「えぇ...結婚ってそいういうものなんですか」

イダケッシの王都メティナ...この場所だけではなく、戸籍をきっちりと管理している国、地域はこの世界にほとんどない。

婚姻制は戸籍管理と深く結びついており、結婚の捉え方は社会制度に大きく左右されることにシャドは気づかなかった。

「別に子供が居るわけでもないし」

イオナが付け足す。

「こ、子供って......」

顔を赤くするシャド。

「...シャドって何歳だっけ?」

冷めた目でシャドを見るイオナ。

「えーっと、18か19ぐらいだと思います」

「...深刻だな」

「...深刻だね」

「これは僕の民族が特別貞淑さを重視するのであって」

早口になるシャド。

「...そろそろ昼飯の時間だ。オレが作ろう。ガルムも出してやれ」

レオは立ち上がり、キッチンへと歩いていった。

「ガルム」

収納袋からガルムを呼び出す。ガルムはキョロキョロとあたりを見回した後、部屋の中をぐるぐると歩き出した。

「イオナ。僕とメローで大氾濫後のダンジョンに潜った時に、とんでもない事件が有りまして。話を聞いてもらえますか。イオナの共同研究者にはもう話して来たんですが...」

「ぜひ聞かせて!」


レオが料理を作る間に、シャドとイオナはダンジョンに現れた謎の生物の話をした。

「とんでもない話だね...」

「うかつに広めることすら危ないかも知れません。情報の取り扱いにはくれぐれも注意してください。ちなみに...僕はこれから魔法使いを探そうと思うのですが、何か知っていることはありますか?」

「そういえば、魔道具の説明をしたときに話したっけ。ごめん、さすがに魔法使いについては知らないかな...あ、かわいい」

歩き回ることに飽きたのか、シャドの隣の椅子に座ったガルムを見てイオナが笑顔を見せる。

「できたぞ」

レオが料理を運んでくる。色とりどりの野菜やこんがりと焼き上がった肉に彩られた皿が机いっぱいに並べられた。

「昼から豪勢な...」

唾をのみ込み、目を輝かせるシャド。ガルムも同じ表情をしている。

「いただきます!」





「ふぅー、よく食べました」

ご満悦なシャド。

「じゃあそろそろ...お暇しますね」

「え?ゆっくりしてけばいいのに」

「泊まってくれてもいいぞ」

とっくに食べ終えていた二人は、一番早く食べ終えたガルムを撫でながら言う。

「いや...なんかここにいると気合が抜けてっちゃうので。やらなきゃいけないことがありますから」

急に真面目な顔に戻って、そんな事を言うシャド。

「人には危ないことをするなって言っておいて...」

「まったくだ」

「まあ、僕は死にませんから...多分」

ガルムが収納袋に戻り、シャドは席を立つ。

「またな」

「ガルムと一緒に...また来てね」

「ええ。では、また会いましょう」

シャドは扉を開け、ガルムと共に外へ出た。

一瞬感じた名残惜しさを押さえつけるように扉を閉めて、シャドは家から漏れる明かりに背を向けて歩き出す。

「...どうか」

(どうか、彼らの健やかな暮らしが続きますように)

いままでとは違う生き方を選択した二人の未来が、末永く続くことをシャドは祈った。


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