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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第0部 森林遭難
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武器、痕跡、強敵


太陽は少しずつ沈んでいき、とうとう決断のときがやってきた。


「一応確認しとくか」

狼もどき達の透明化、素早く移動するときには空間が歪んだかのようになるがゆっくり移動した場合はわからない。もしやつらがゆっくりこの場から去っていたとしたら、大きな音を出して走っても無駄に自分の命を危険に晒すだけだ。

「よっと」

弘樹は小さめの石を20mほど離れた木の近くに投げる。それは一瞬姿を見せた狼もどき達のなかで一番近くに見えた個体が体を半分隠していた木だった。

弘樹が投げた石は木の近くの空中で突如跳ね返った。

「絶対に...生き残る!」

すぐさま茂みから飛び出し、一番近くにあった木を思いっきり蹴る。太陽の向きから方角はわかる、目指すのは沼の反対方向。木を蹴りながら進む。5本ぐらい蹴ったところで、視界にいくつもの歪みが現れ、小さくなっていった。直後、連続で響く破裂音。

「うぉおおおおお!!」

全力で走る。あの化け物の移動速度がわからない、獲物を追っている最中でも日没になれば活動しなくなるのかもわからない、どれだけ走れば森から抜けられるかもわからなければ、森から抜ければあの化け物から逃げ切れるかもわからない。わからないことだらけだが、とにかく走る。後ろを振り返る暇はない。化け物が地上の物体を破裂させる音が近づいてくる。

「ハッ!」

前方の木を蹴って左へ90度向きを変えて走る。音がわずかに遠くなった。もう一度、今度は右へ90度。すると音が突然消える。

走りながら後ろを振り返ると、大量の銀色の線がうねりながら凄まじい速度でこちらに飛来する。

「間一髪!」

着地を気にせず右側に飛び込む。銀線の奔流は進路上のすべての物体を木っ端微塵に吹き飛ばした。それを無茶な姿勢で飛び込んだがゆえに回転する視界の端で捉えた弘樹は、上の方から聞こえる風切り音に気づいた。

「なんだ?」

次の瞬間、上空から落下してきたバスよりも大きいサイズの鳥が、両足で大地に衝突する。虹色に輝く両足の爪が細長い無数の鋭利な破片となって飛び散るとともに、着地点を中心に大爆発が起こった。弘樹は体の背面に無数の爪の破片を受けながら、爆風によって森の中を吹き飛んでいった。



木にぶつかるたび衝撃とともに体が回転する。何十回と衝突を繰り返した後ようやく体が止まった。

背中に大量に何かが刺さったこと以外は何もわからなかったが、一瞬のうちに理解不能な出来事が自分を襲うことにもさすがに慣れてきた、それに薄々気づいてはいたがこの世界に来てから肉体が信じられないほど頑丈になり体力も段違いに増えた。痛覚もほぼ完全に麻痺していて、怪我がひどい部分に違和感を覚える程度しかない。そんな事を考えながら立ち上がる。

「よし、走ろう」

少なくとも日没までは走り続けるべきだろう。そしてうまく逃げ切れたなら・・・あの化け物たちに出くわさないようしばらくは昼夜逆転生活だな。夜に活動する生物に暗闇の中で狙われても、化け物に追いかけ回されるよりは随分マシだと思える。


予定通り日没まで走り続けた弘樹は、しばらくの間足音を抑えゆっくりと歩きながら隠れ場所を探した。適当な場所を見つけ、座り込んで背中に刺さった針を抜き、それから丸一日眠り込んだ。





日が沈んで間もない森の中を、弘樹は歩く。すると突然、前方の蔓の光が何かに遮られた。その影は高速で左側に動いて消えた。

「この森の生き物は、夜になると透明化を解除しているのか?」

透明なら蔓の光も身体を通り抜けて自分の目に見えるはず。

そう思いながら歩みを進めると、目の前に近づいた先程の蔓の光がまた消え、首に鋭いものが食い込む感覚を覚えた。

「んん!!!」

必死に喉に噛み付いた蔓のような生物を引き離そうとするが、びくともしない。そこで、自分の肉ごと噛みちぎらせて顎を閉じさせることを試みる。不思議とそのようなことになっても生きている自信があった。


ぶちぶちぶちと引きちぎられる。そのまま頭部を地面に叩きつけ、足で地面に押さえつけたあと石で数回殴ると動かなくなった。


「このような生物がいるなんて・・・」

先程の、何かが蔓の光を遮り逃げたかのように見えた光景は、この動物の罠だった。そうして安全を得られたと錯覚した標的が近づいてきたところを噛みつく。ただ擬態するのではなく嘘の安心を与えるという狡猾さに驚いた。

それにしても、このように手ぶらで行動していたら命がいくつあっても足りない。武器がほしいが作り方がわからない。サバイバル系のゲームだと石の斧などはあっさり作れてしまうものだが、実際のところはそこまで甘くない。


「いや、まてよ?」

この動物の死体、体全体が光っていたわけではないのか擬態していた蔓よりかなり太い。ちょうど持ちやすい太さで、その上しなやかだ。全長は3mほどだろうか。単純に鞭として使っても威力は期待できないだろうが、下顎を180度開かせた状態で固定すれば、上顎の牙を突き刺すことで攻撃する武器になるのでは?


幸運なことに顎関節は柔らかく、あっさり180度開いた。開いた下顎と首の周りに、近くに生えていた蔓をぐるぐる巻きつける。細さの割に強靭な蔓は引きちぎるのに鋭い石を使わなければならないほど苦労したが、その分頑丈さが期待できる。暗闇の中、蔓の仄かな明かりだけでも案外作業できるものだな。

「よし、完成だ。」

上顎は大人の手ほどのサイズが有り、薄く鋭い牙は3cmぐらいの長さだ。牙が刺さるように正しい角度で当てなければこの森の生物に十分なダメージを与えられないだろうが、それでも無いよりは・・・

一瞬自分は全く無駄な行為をしてしまったのではないかという思いが脳裏をよぎるが、むなしくなるだけなので極力考えないようにする。

「そろそろ限界か・・・」

意識が朦朧とし始めた。首がひどい状態になっているのだから当然だ。次目覚めることができるといいなとぼんやりとした願いを思い浮かべながら弘樹は地に崩れ落ちた。


意識が覚醒する。どのくらいの時間気を失っていたのかわからないが、にわかに空が明るくなり始めている。とりあえず牙のついた鞭は首にかけてマフラーのようにし、先端はフードの部分からローブの内側に入れた。

隠れられる場所を探すためしばらく歩き回ったところ、折れた巨木が積み重なって巨大な焚き火の様相を成し、それを中心として草花が繁茂しているという奇妙な空間を見つけた。しゃがまずとも隠れられるほど背の高い植物が生い茂っている。今までこの森で見たことのないような雰囲気だ。生物が隠れている可能性が高いが意を決して入る。

「あの積み重なり方はどう考えても自然な倒木では説明がつかないぞ・・・」

巨人でもいるというのか。積み上げられた巨木はどれも相当朽ちているようだし、今も巨人が近くにいることはないと信じたい。

藪をかき分けて進む。外から見るとほとんど緑一色だったが、内側に向かうにつれて草も背が低くなって膝に先端が当たる程度の高さとなり赤や黄色の小ぶりな花が増え・・・突如、地面に線が現れた。

「石にも土にも見えない」

線を境に地面が灰色になっている。土よりは固そうだが同時にどこか脆い印象を受け、所々に不自然な突起が見られる。その形に違和感を持った弘樹は、夜になったら調べてみようと思った。




巨木の山の影が少しずつ伸びていき、やがて周囲の闇と同化した。弘樹はいそいそと牙の鞭を取り出す。生命の危機が連続したこの状況でなぜ自分は好奇心で危険な行動をしようとしているのか不思議に思ったが、考えてみれば危険を恐れて安全な選択を繰り返せば生きていけるほど甘い世界ではないだろう。どうせ生き延びられるかどうかを決めるのはちっぽけな一人の人間でなく天運なのだから、調べるべきだと思った自分の直感を信じてみてもいいと思えた。


牙を光らせた上顎が突起に飛びつく。あたりに灰色の物体が飛び散ったあと、何かがその場に残っていた。


「!!!!これは!!」


弘樹は驚きながら駆け寄る。

衝撃で真っ二つになったであろう兜のようなものが、そこにあった。

明らかに人工物。自分が着ていたもの以外で初めて目にした。もともと人付き合いは薄かったが、確かな人類の痕跡が今は嬉しい。こんな無茶苦茶な世界だから、人間に似たファンタジー的な生物(エルフとか、悪魔とか)の痕跡だとしても別にいい。会話ができそうな生命体がいるということがなんて幸せなのかと弘樹は思った。


その後目につく不自然な突起は全て掘り返したものの、出てきた道具はどれも装備品として役立てられるほどの頑丈さが失われていた。

もっとも頑丈な道具が見つかっていたとしても逃げられるなら逃げたほうがいいこの状況では重量も増すことはかなりの痛手となるため持ち運ぶとは限らない。

「よし、確認は終わったことだし、食料探しでもす・・・うぐっ」

まただ。昨晩から不定期な腹痛に襲われている。未知の食材を食べ極限の状況で生きているのだから食あたりなのかストレス性なのかわからない。しかも不思議なことに痛み以外の奇妙な感覚がある。まるで小さな虫が腹の中を歩き回っているかのような・・・



気を取り直して食料探しを始める。周囲の草花は赤い蔓のように発光することはないが、枝の葉が空を覆い隠すこともないため明るさが確保されている。

ガサゴソと動く草を見にした弘樹は、動いた場所を手に持った牙の鞭で打ち据えた。

「当たってないな。ちょうどいい。これを使いこなす練習相手になってもらおう。」

何度も牙の鞭を振るうと、地面に深く刺さったのか手元に引き戻そうとすると一瞬抵抗を感じた。

直後、ピンと張り詰めて直線上になった牙の鞭を高速で何かが駆け上り、腹に飛びついた。

腕が数倍の大きさに膨れ上がったカマキリ、と表現できるようなそれはカマで腹の表面を引っ掻き回す。弘樹は片手でそれの全身を握りしめ全力で腹から引き離して、もう片方の腕で叩き潰そうとするが、巨大なカマで防がれる。一転攻勢を警戒した弘樹は急いで放り投げた。細い体ながらもそれなりの重さがあったため予想より遠くへ飛ぶが、それを確認する間もなくすぐさま牙の鞭を拾い上げ、短く持った。草の上に落ちたそれは草むらの奥に姿を消した。数秒の静寂。嫌な予感がした弘樹が後ろに振り返った瞬間、右目が脅威を捉えた。

左手で上から牙の鞭を叩きつける。甲高い音がなって牙の鞭の先端が上方向に弾かれるが向こうもカマで体を守った姿勢のまま吹っ飛ぶ。弾かれた先端を後ろに戻しながら縦に回転させ今度はアンダースローで攻撃するも距離が足りない。

「虫でもこれだけ強いのか、嫌になる」

弘樹がそう愚痴をこぼしていると、今度は弘樹に背中を見せた状態で縮こまり、宙返りのような姿勢で突撃してきた。カマの力を移動と攻撃どちらにも使うための知恵なのだろう、牙の鞭を当てても止まらない。

「まずいっ」

しゃがんで突撃を避けようとしたが、頭の上に乗られてしまう。急いで目を両腕で覆い首をすぼめ顔を下に向けて前転する。カマが弘樹の腕に巻き込まれ抜けなくなったため頭の上から逃れられず意外にもダメージを与えることができたが、弘樹も腕に食い込んだカマに怪我を負った。前転が終わり立ち上がった弘樹は動きの鈍った相手を振りほどき、今回こそはと牙の鞭での滅多打ちを試みる。カマで対応されるが攻撃の隙間を縫って反撃するほどの力はないようだ。そろそろ有効打を入れようと思い切り牙の鞭を振りかぶった瞬間、突如として右足首に激痛が走り弘樹は思わず地面に転がる。

「うがああああああ!!!!!」

抱え込むようにして足を見ると、足首にえんぴつの太さほどの穴が貫通していた。今あのカマで襲われたらもう助からないと思ったが、襲ってくる気配はない。しばらくして痛みが少し落ち着いたところであたりを見回すと、奇妙な光景が広がっていた。あの巨大なカマの持ち主が頭部だけ消失した状態で地面に倒れ伏せていて、自分の体を基準としてカマの持ち主の死体の反対側に草花が円状にくり抜かれている場所があるのだ。草花が消えたため露出した地面に、ヤモリのような足跡がくっきり残っていた。移動してきた足跡が残っていないことを考えると、ある瞬間だけ強く地面を踏みしめたと考えられる。

「足跡、自分、巨大カマの位置関係からして・・・」

自分と巨大カマを同時に確実に攻撃するチャンスを狙っていたのか?

弱った状態で迎撃を試みる巨大カマと牙の鞭を思い切りしならせた自分、この状況では両方がその場に留まっていて、しかもどちらも素早い攻撃ができる状態ではない。恐ろしく狡猾だ。

「一体この森にいる間に何回襲われるのか。命がいくつあっても足りないな・・・」

沼地からずいぶん遠くまで来たはずだが、未だに森の様子に変化はない。空を見て同じ方角へ進んでいるのだから最善は尽くしている。このまま進み続ける他に方法はない。


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