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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第3部 地の底から
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再帰動

第一層。大氾濫の最中であるためモンスターの姿はなく、砂地と霧だけがどこまでも広がっていた。

「...ん」

砂地の上で、イオナは目を覚ます。

「おはようございます、イオナ」

起き上がると、傍らにいるシャドとガルムの姿が目に入る。ガルムはいつもの姿でくつろいでいた。

「何故、私は生きて...待って、レオはっ!」

「そっちです」

イオナはシャドとガルムがいる方向と逆を向く。そこにはほとんど傷がない状態のレオが横たわっていた。

「イオナの方が重傷...というか多分死んでたんですが、レオのほうが治りは遅いみたいですね。傷の治り具合から見て、今日中には起きそうですけど」

ガルムはイオナに近づき、顔をぺろぺろと舐めた。

「ちょっとガルム、くすぐったいよ」

「ガルムも喜んでますね」

「そう...だね」

イオナはガルムを慣れた手つきで撫でる。

「お腹が減ってると思うので、ご飯を取ってきます。ガルム、見守りをよろしく」

シャドは突然自らの小指を切り落としてガルムに投げる。ガルムはそれを飛び跳ねてキャッチし、飲み込んだ。

「...そんなことしてたの」

「僕の体はガルムにとって最高の栄養食?ってところですかね」

戯言を言いながら、シャドはとぼとぼと地上に向かって歩いていった。





シャドが食料を取りにいってしばらくすると、彫像のようにピクリともしなかったレオの体に震えが走った。

「レオ!?」

イオナはレオを揺さぶる。

「...イオナ?死んでいたかと...」

レオはゆっくりと体を起こした。

「シャドが助けてくれたみたい。...たぶん、この魔道具を使ったのかな」

イオナは自分の腕に嵌められた魔道具をレオに見せる。

「そういうことか、まさかあの状況から生還するとは」

二人は、シャドが用意したであろう焚火の前で、横並びに座る。

「...」

「...」

パチパチと音を鳴らしながら、ゆったりと炎が揺らめく。

「...また、なんだかんだあって生き残ったね」

イオナは近くに纏められていた薪を火の中に放る。

「俺は...虚勢を張っていたが、内心、生き残るのは諦めていた」

「私も諦めてたし、それに...ようやく終わる、なんて思っちゃった。凄く変な話だけど、どこかほっとした気持ちになった」

「へー、そんなこと考えてたんですね」

突然背後から聞こえたシャドの声に、同時に振り向くイオナとレオ。

「シャ、シャド!?いつの間に戻って...」

「病み上がりでまだ感覚が鈍ってるみたいですね。まあ、そんなことより」

シャドは砂地にどっしりと腰を下ろした。

「まずは二人共生き残ったことを喜んだらどうです?二人ともなんか妙に落ち着いてますけど、自分ひとりだけ生き残った状況を思い浮かべてみてくださいよ。絶対嫌でしょう?」

「...なんか、いつもよりネチネチした喋り方してるねシャド」

「言われてみればそうだな」

「そ、そんなことはどうでもいいです!」

イオナとレオの素直な感想に調子を崩されるシャド。

「ホント素直じゃないですね二人とも!自分だけ生き残るのは嫌でしょう!?」

頬を膨らませるシャド。

「まあ、そうだね。自分だけ生きてるのはあんまり想像できないけど」

「同じく」

「...ですよね!?」

「だがシャド...なぜガルムを危険に晒してまで俺たちを」

今度はシャドが質問を投げかけられる。

「ガルムのことは大事ですけど、二人も大事です。それにガルム自身も二人を助けたかったのは明白です。ミノタウロス相手に獅子奮迅の活躍だったんですから」

そこでシャドは一旦言葉を切った。

「…僕は、もう悲劇は見たくないんです。僕が勝手にそう思ってるだけなので、二人にとっては余計なお世話だったかもしれませんけど。

カシャを元に戻す、というのだって...もしかしたら、ホントは余計なお世話かもしれません。それでもやります。

まあ、そもそも一人で挑むには大きすぎる目標で、手伝ってくれる人がいないと心が折れてしまいそうですが」

「...」

「...」

イオナとレオは沈黙する。

「二人は、ずっと二人で生きてきたんでしょう?様々な問題に対して、一人ではなく二人で臨めるのは素晴らしいことだと思います。僕はさんざん人に助けてもらっている身ですが、結局のところは、一人で決断して一人で行かねばなりません。...ガルムは今のところ一緒にいてくれますけど。

だから...二人でいられることを大切に、もうちょっと自分たちの命を大切にして生きてほしいです」

「......うん。わかった」

イオナは、ぼそりと返事をした。
























更に時は経ち、数日が過ぎた。ミノタウロスはデルコとムスタにより討伐されダンジョンの煙と化した。斯くして大氾濫は終わりを告げる。

「...なるほど、ミノタウロスの肉体の一部を食してからなのか」

「はい。その時から一時的に狼の姿になる力を得たようです。ガルムも否定しませんし」

ダンジョンに潜りながら会話しているのはシャドとデルコ。傍らにはガルムが歩いている。

現在一行は第30層を移動していた。

「そういえば、大氾濫の時に気づいたことがあるんですが...このダンジョン、ミノタウロスを除くと鳥類と哺乳類が存在しませんよね」

「鳥類?哺乳類?なんだそれは」

「あっそうか...鳥類はそのまま鳥の仲間、哺乳類はお腹で子供を育て乳を与える動物の総称です」

「...ほお。その定義に従えば確かにいないな。それで」

「ということは、ダンジョン内の生物はあるところまでで進化が止まっている...もしくは外の世界と比べて進化が遅れている...ということになりませんか?」

「進化?またよくわからない言葉を...」

(そうか...分類だけでなく進化論もないのか)

「進化というのは、ある生き物が環境に合わせて様々に変化することです。今生きている生物には進化前の生物がいて、それを辿っていけば原初の生物一種にたどり着くとも考えられます」

「つまり、人間と動物、また植物も元は同じということか」

「そうです。この世界でそれが言い切れるかは不明ですが...」

「ま、待て。今何と言った?」

「...」

(やらかしたっ!!)

シャドは自分の失態に気づき顔が真っ青になる。

「この世界、といったな?お前は別の世界を知っているのか?物語の中の空想の世界のような、歴史や文明、地理の全く違うところから来たのか?」

仮面の奥でデルコの両目がキラリと光った気がした。

「...そんな話、あり得ると思いますか?」

「シャドならあり得る。肉体をともかく思想の異常性が目立つからな」

「?」

「圧倒的な文化、文明の差異がシャドの知識と思考に現れるということだ。ある程度の教養があれば、その異常性に気づくことは容易い。教養がなければ狂人と見分けがつかないが」

「それを言うなら、メローの考え方も異常ですよね。僕の世界の支配層みたいなことを言っている印象があります。こんなひと、この世界に来てから初めてです。僕の世界からやってきた人なんじゃないかと考えたこともあります」

「私の周りには、似た考え方の人間がちらほらいる」

「そうなんですか!?」

「ああ。私は以前、父の組織に属していた。だが父は裏社会の人間とは思えないほど臆病でな。組織や事業の拡大にまったく手を付けない。そこで私は意欲的な人間を集めて独立した」

喋りながら歩く二人の前にモンスターが現れるが、デルコの魔道具が自動で迎撃し煙に還す。

「怒られそうですね」

「いや、そんなことは全く無かった。意欲的な人員への対処に困っていただろうし、そもそも私のことを恐れていた。暗殺や護身の心得を教えたのは父自身であるのに、娘を恐れるというのはなんともトンチンカンだが」

二人は次の階層へ下る階段を見つけ、降りていく。

「愉快な人ですね。

…それで、メローについてきた人の中には似た思考の人もいる、ということですか」

「そうなるな」

「ちなみに、組織内部の人以外の人間関係ってどうなってるんですか?同年代で同性の人とは知り合うのすら難しそうです」

次の階層、第31層が階段の先に見えてくる。

「メローテルとして接している人物の他には...依頼者の家族、手を組んだことのある同業者などがいる。私が”夜陰”のトップであることを知る者はいないが...

どこかでシャドとも交流を持ってもらう機会があるかもしれない」

「どんな知り合いなんだろう、楽しみです...あ、ここが第31層ですか。寒っ」

思わずぶるっと体を震わすシャド。

小さな池や、雪の積もった地面、少数の植物。積雪のある地域のごく普通の冬、という風景が広がっている。

「そろそろガルムを出しておいたほうが良い」

「了解です」

魔道具による自動迎撃に当たらないようガルムを収納していたシャドは、収納袋に声をかける。

「出てきて」

するとシャドが手を触れていないにも関わらず収納袋の口が開き、ガルムが飛び出した。

「そういえば、今までも4層ほど寒い階層がありましたよ」

「私は第120層程度まで潜ったことがあるが、寒い階層はほぼ等間隔に存在している。だが暑さを感じる階層はその法則に従わない」

ガルムは寒そうな素振りを見せないが、全身を覆う毛の先端がぷるぷると震えている。

「なんででしょうね...って、第120層!?」

「む」

平たく引き伸ばされた巨大な亀のようなモンスターが現れ、デルコは魔道具を装備する。

「待ってください。ちょっとここはガルムに任せてみましょう」

シャドの言葉を聞いたガルムは短剣を握り、平たい亀に立ち向かう。亀の方はその巨体と短足に見合わぬ速度で突進する。

ガルムは斜め前方に跳んで突進をかわしながら、短剣で亀の右前足を切り落とした。

「前見たときよりも強くなっている。それも大幅に」

「成長著しいです」

感心して眺める二人。

四本の足の内一本を切り落とされた亀は、防衛反応を起こし残りの足と頭を引っ込めた。ガルムが引っ込んだ部分に短剣を突き入れるが亀は反応しない。

「膠着した...ここはシャドの出番じゃないか?」

「やってみます」

シャドは鈍色の剣を引き抜き、亀の前へゆっくりと近づいて剣を振り上げる。柄を握る手には、手袋型の魔道具をつけている。

「ミノタウロスにも通じた一撃...必ず通るっ」

剣を振り下ろす瞬間に魔道具の機能が発動。掌底から衝撃が打ち出される。衝撃手という名で売られていたこの魔道具は反作用のない衝撃を生み出すが、代償として体の内部で跳ね回るような運動エネルギーが生じる。ダンジョン内では衝撃と代償が大きく引き上げられ、普通の人間では数発も使えば内臓が破壊される。見かけの重さや速度に似合わない破壊力を生み出す鈍色の剣とこの魔道具が合わさることによって、シャドはミノタウロスにすら十分なダメージを与えられる攻撃力を得た。

たった一撃で亀の甲羅全体に大きなヒビが走る。剣が直撃した部分は完全に砕かれ、甲羅に守られていたはずの頭部もミンチになった。

「えげつないな...素晴らしい」

デルコは手を叩いて称賛した。

「あ、魔道具ありました!飲み込んでたのかな」

立ち昇る紫煙のなか、シャドは完全な立方体の魔道具を見つけ両手で掲げる。

「ふむ...魔道具が体内から見つかるというのは奇妙だな」

そういいながら、デルコは自分が持つ似た形状の魔道具を取り出し見比べる。

「これのような、浮遊し遠距離攻撃を放つ魔道具と見たところ似ているが...何かを発射する機構を備えているようには思えないな」

「立方体...立方体...サイコロとか、ですかね」

シャドは何気なく、大きなサイコロを振るように魔道具を投げた。魔道具はゴロゴロと地面を転がり...減速すること無くどこかへ進んでいった。

「...」

「...」

自走する魔道具を無言で見つめるデルコとシャド。

「追いかけるぞ」

デルコが言った。

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