万魔殿と巨砲
ダンジョン第15層。
黒い土壌、火山、溶岩流。この階層はしばしば火山の噴火が起こり、溶岩流の”増流”や噴石の飛来が生じる。
そのため二人は近くに溶岩流の無い場所にある崖に身を隠していた。
二人から少し離れたところにある巨大な階段では、膨大な数のモンスターが列をなし上へ上へと移動している。
「やけにモンスターの数が少ないとは思ってたけれど...こんなことになるなんて」
イオナはいくつかの魔道具の手入れを行いながらそんな事を言った。
「あのまま上に進むなら、心配することはない」
レオはじっと階段とモンスターの行列を見つめている。
「こんな深いところまで、うっかり来ちゃったね」
「今日は調子が良かったからな」
噴石が地に衝突し爆ぜる音が、ひっきりなしに鳴り響く。
「...ん?」
突然、レオが何かを感じ取って立ち上がる。
「音...音が聞こえる。落ちてくる石の音に混じって、別の音が聞こえる」
レオは目を瞑りながらそんな事を言う。
「言われてみれば...」
ランダムなはずの音の群れの中に、一定のリズムを刻み続ける音が存在することに二人は気づいた。
噴石と同じく、地を叩く音。
「こちらの方向に、近づいてきている」
「逃げなきゃ」
レオとイオナは崖下から離れる。噴石が直撃しないことを祈りながら、ゆっくりとその場から遠ざかってゆく。
「あれ...?」
「妙だな」
歩いても歩いても、一向に音が遠ざからないことに疑問を持つ二人。先程から歩く方向を変えているにも関わらず、規則的な音は消えることがなく、むしろ音は大きくなっている。
「よお。メローテル!丁度良いところに来たな!随分沢山と...」
「ムスタか。話すのは前の大氾濫以来だな」
大群を引き連れて王城地下に入ったデルコは、ムスタと顔を合わせる。
「すげぇ...”巨砲”と”万魔殿”が揃ってやがる...」
「二人がいれば、俺たち怖いもん無しだぁあああ!!!」
集団の熱狂はますます加熱する。
「俺の戦い方は覚えてるよな?先頭で行かせてもらうぜ!」
ドンと地面を踏み鳴らすムスタ。
「なら、私もその隣に立たせてもらう」
デルコは剣の柄とでも言うような奇妙な魔道具を取り出しながらそう言った。
「ん?そんな魔道具使ってたか?」
「いろいろと事情が違う」
至って落ち着いた口ぶりで喋るデルコ。
「そうか...お前ら!配置を考えとけぇ!」
ムスタが叫ぶと、密集した地下空間の中で人が渦巻き始めた。
「ちなみにメローテル...さっきお前から許可を得たとか言って一人でダンジョンに飛び込んだ奴がいたんだがな。勝手に名前使われてたぞ」
二人はダンジョン入り口の階段を下りながら会話を続ける。
「勝手に名前を使われてはいない。私は許可を出した」
「お前、なかなかひでぇことをするな...ありゃ死ぬぞ」
「死ぬと...普通はそう思うだろう?」
仮面が、すっとムスタの方に向けられる。
「何思わせぶりな言い方してんだお前。そりゃ死ぬだろ。一度見つかったら逃げ還ってくるのすら厳しい。それともアイツは別のダンジョンでは有名な実力者なのか?そうは見えなかったが」
「いや。違う。だが私はあいつが死ぬとは露ほども思っていない。あいつが助けようとしている、ダンジョンの中に取り残された二人組の生死は疑問だが」
「はああ??大氾濫のなか助けに行くやつがいるかよ。俺だってやらねぇ」
ムスタは大きく首を捻る。
「いろいろと面白い奴だ、仲良くしてやれ」
「帰って来る前提で話しやがって。というか、上から目線だな。お前俺より年下だろ?...年下だよな?」
「...」
「おい、答えろよ!お前はホントに自分の事なんにも話さねえな!」
「貴族とは、隠し事が多いものだ」
「あれが一流探索者の余裕...」
大氾濫が発生したというのに、平然とした様子で降りていく二人に感心する人々であった。
「あれは...」
シャドはついに大氾濫で地上を目指すモンスターの大軍を発見する。
シャドは階段から距離を取り、その様子を覗うことにした。
(階層ごとにモンスターが溢れかえるわけじゃないなら...二人が無事である可能性は高い!)
大挙して階段を登っていくモンスターの群れ、その切れ目を待つシャド。
(それにしても、意外とモンスターの見た目に多様性がないな。実在する動物に似ているものばかり。ワニ、トカゲ、ヘビ、カメ...それに空飛ぶ魚?)
この世界で”モンスター”という単語を聞いたときに思い浮かべたゴブリンやドラゴンといった架空の生物はいなかった。
(森にいた二匹の頂点...空にいるのは巨大な鳥のような生き物だったが、地面にいた方はほとんど姿の見えない奇妙な生き物だった。何か、ダンジョンのモンスターには特徴がある気がする...)
「...来た」
モンスターの行列に生じた大きな空白にシャドは飛び込んだ。
「今回はやたら数が多いな、それに移動も速い!ギリギリ間に合ったぜ」
モンスターの集団は第3層に丁度先頭が到達した所だった。デルコとムスタを先頭とする人間たちは第3層に到着し、第2層へとつながる階段の前で陣取る。
「私は二回しか大氾濫を経験していないからその感覚は分からないが...前に調べた文献によると、地の震えと共に起こる大氾濫はかなり珍しくその脅威も増すようだ」
「へぇ。そりゃあ楽しみなこった」
ムスタは両手を空に掲げる。
「いでよ”カノン”」
ムスタがそう唱えると、彼の両手の上方が淡く輝き始める。その淡い輝きが空間に染み込むように広がって消え去ると、黒一色の巨大な砲身が姿を表した。
「奇妙な取り出し方だな。いくら大容量の収納が可能な魔道具だとしても、その方法しか使えないとなると不便極まりない」
「分かってねぇな!結構人気だぜ。お前も男なら分かると思ったんだが」
「は?」
思わず声が漏れるデルコ。
「へ?」
「え?」
話を聞いていた周りの探索者たちも同様の反応をする。
「なんかおかしいこと言ったか俺?...まあいい、そろそろ準備をするから下がっとけ」
ムスタは両手に掲げた砲身を降ろして、中腰の姿勢で抱え直す。
デルコや他の人々がムスタから離れると、巨大な砲身が震えだした。
「もっとだ!もっと下がれ!」
ムスタが声を張り上げる。
ムスタの所有する砲身は人類が発見した魔道具の中で頂点に近い破壊力を誇る。だが発射前に周囲の大気を急激に吸い込むことにより砲身が暴れ、常人には制御することはできない。そして発射後の破壊力は砲身の近くにいる人間にも襲いかかる。
ムスタが全身に身につけている装備はほぼ全てが砲撃の衝撃、熱、光に耐えるためのものであり、これらの道具を揃えるのに彼は十年間の魔道具探索とその稼ぎのほとんどを費やした。
「もうすぐ撃つぞ!!!」
黒色だったはずの砲身はいつしか高熱のあまりマグマのような赤色に染まり、轟音を響かせている。
「3、2、1…発射ぁぁあぁあああ!!!!!」
強烈な閃光、強風、爆音。
3層に展開し徐々にこちらへ迫ってきたモンスター達に、熱と光の奔流が襲いかかる。地平線の彼方までまったく減衰することなく突き進む破壊の柱は、ムスタが砲身を旋回させることによって扇状に敵を薙ぎ払った。
「...」
ムスタの砲撃を見た人々は一様に沈黙する。それが初めて見たもので無いとしても、あまりの威力を前に言葉を失ってしまう。
砲撃に耐えられるモンスターは一匹たりとも存在せず、第3層に展開していたモンスター達は多くの魔道具を残して消え去った。しかし大氾濫は終わらない。第4層とつながる階段からは新たな敵が大勢登ってくる。
「魔道具を拾いつつ接近戦だ!回収が終わったら一旦引いて遠距離攻撃を開始する!進めぇ!!」
どこかぼうっとしている人々に活を入れたムスタは、加熱された砲身を持って敵に突っ込んでいく。砲撃は再び撃てるようになるまでかなりの時間を必要とし、通常数日ほど持続する大氾濫の中で2発撃てたら良い方という程度である。そのため砲身の熱と重量で攻撃をするのが彼のメイン戦法となる。
「私は階段より右側にいる敵をすべて受け持つ!他の者は左へ!」
続いてデルコもよく通る声で指示を出すと、手に持っている剣の柄の形の魔道具...霊光を前方へ向けた。
「起動」
柄から青白いプラズマがゆっくりと伸び、細い円柱の形を成した。
「装備起動」
デルコの背中にある収納用魔道具から、ひとりでに次々と魔道具が出現する。
足、脛、腿、腰、胸、二の腕、頸、手首...浮遊した魔道具が各部位に自動的に装着する。
「装備の不足なし。...全起動」
次の瞬間、デルコが立っていた空間が爆ぜると共に神速でモンスターの集団に接近したデルコは霊光を振るう。眩い輝きを放つそれはモンスターの体をたやすく両断し紫煙に還した。
「装備の調子は、大丈夫そうだな」
直線的な急加速と停止を繰り返し、瞬く間に敵を殲滅していくデルコ。
「1、7、8、32、46、11、装備、起動」
デルコは収納用魔道具から次々に魔道具を取り出し、瞬時に行使する。魔道具による燃焼、凍結、拘束、斬撃、銃撃、打撃が怒涛の勢いで全方位に放たれる。使われた魔道具はすぐに収納用魔道具の中に戻り、代わりに別の魔道具が姿を表す。
「9、78、55、168、装備、起動」
両端に刃を備える棒状の魔道具が進行上の敵を切り刻みながら大きく弧を描く。球体の魔道具が熱戦を放ちながら回転する。立方体の魔道具の一面が開かれ、無数の針が指向性を持って放たれる。カプセル形の魔道具が地中に潜り込み砂の大地を震わせる。
階段右側に展開しようと目論んだモンスター達は、第3層に到達して十数秒以内に塵となった。




