スタンピード
「...拍子抜けしました。想像よりずっと弱そうな見た目です」
森での暮らしを思い出しながら感想を述べるシャド。
「浅い階層のモンスターはそこまで強くないな」
「階層...なんとなくそんな物があると思ってました」
「じゃ、いくよ」
会話するデルコとシャドを差し置いて、イオナは両手で火筒を構えたままジリジリとモンスターに近づく。7m程の距離まで接近したところでイオナは足を止めた。
「このくらいかな...ファイヤー」
イオナは左の手首をひねって火筒に回転力を加える。火筒の一部がガチャリと音を立てて回転すると同時に先端から炎が吹き出した。
「gugaaaaaa!!」
甲高い声を出しながらモンスターは燃え上がった。体を地面に擦り付けながらのたうち回っている。
「いい調子ー!」
「あの...イオナ、ダンジョンの中だと魔道具の性能が上がることってあるんですか?」
シャドは火筒の凶悪な火炎放射に疑問を持った。
「攻撃性のある魔道具はそういう事がよくあるよ」
「へぇー。なんでですかね」
「ダンジョンは魔力が豊富という説が主流かな...あ、魔力っていうのは魔道具の燃料のこと。まあ、それ以外のことはほとんど何もわかってないんだどね」
「魔力...」
(空気中にあるとか...人の体に内蔵されているとかそういう設定の小説は読んだことがあるな)
「イオナ。とどめを刺すぞ」
「いいよー」
レオがぐったりとしているモンスターに思い切り剣を突きこむ。モンスターはビクビクと痙攣した後、煙となって消えた。
「レオとイオナは十分慣れているな。次はシャドの番だ。一人で倒してみてくれ」
「え...」
「任せてください。弱そうだし楽勝楽勝!」
デルコの発言に驚くイオナが見えていないのか、簡単に勝てると意気込むシャド。
「...いた。早速発見。行ってきます!」
シャドは剣を抜き放ちながらモンスターに飛びかかる。その剣が体表に触れる寸前、
「gugagauuuuu!!」
素早く振るわれた前足にシャドは吹き飛ばされた。
「...なかなかやるな」
目を細め、剣をしっかりと構え直すシャド。
その後何度も切りつけようとするが、
「ぐはっ」
「うぐっ」
「ぼへぇっ」
一向にダメージを与えることが出来なかった。
「ふむ...ダメだったか」
その様子をじっと眺めるデルコ。
「メロー...さすがに剣だけで倒させるのは無理な話だと思うよ」
「そうか。もっと振る速度が早ければ当てられるのだが...ん?」
デルコが横を見ると、いつの間にか隣にガルムがいた。シャドの方を見つめている。
「はぁ...はぁ...強い。手も足もでな...ちょ、危ない!!」
モンスターとにらみ合いをしたまま動かないシャドの脇を、ガルムが駆け抜ける。
「guagaaaaaa!!!」
ガルムが四足で地を蹴りモンスターの喉元にがっちりと噛みつく。
モンスターは鳴きながら抵抗するが、段々と弱っていき...数十秒ほどで煙に還った。
「大丈夫!?」
ガルムに駆け寄るシャド。見たところ怪我はしていないようだった。
「ふぅ...怪我はないか。今日はもう戻ろう」
シャドは収納袋を広げる。
「...」
だがガルムは動かない。
「...戦いたいのか?」
シャドが問うと、ガルムはシャドの腰に差された短剣の鞘に手を触れた。
「いいよ」
シャドは短剣を鞘から引き抜くと、ガルムに渡す。
ガルムは尖った爪を備えた手で器用に短剣を握った。
逆手に持ち替え、その場で素振りをする。
「ほお...」
その様子を見たデルコは嘆声を漏らした。
「速いし、いい動きだ」
レオはガルムを褒める。
「これで...全員の戦闘力はある程度把握した」
「そんな、僕に汚名返上の機会を...」
「シャドは先ほどのモンスターとは相性が悪かっただけだ、気にするな。次の階層に向かおう。ちなみにイオナ、火筒の冷却時間はどのくらいだ?」
「何回か試し打ちしたけれど、だいたい20秒くらい」
火筒をぺたぺたと触りながら答えるイオナ。
「20秒!?今までは一度使ったら数時間は使えなかったのに...ところで冷却時間というのは再使用するまでの間隔、という認識で合ってますか?」
「その通りだ」
頷くデルコ。
「攻撃性のある魔道具...私達の間では攻性魔道具っていうんだけど、それらはほぼ全部冷却時間があるかなー」
補足の説明を加えるイオナ。
「...そろそろ次の階層に向かおうか」
頃合いを見てデルコは話を切り上げ、歩き出した。三人はそれについていく。
「おっと、これも説明し忘れていたな。下層へ向かう階段は至るところにある」
「一箇所じゃないんですね」
「ああ。加えてダンジョンの外への階段も同じく至るところにある。見分け方は...階段に刻まれた模様の違いが一番わかり易い。菱形を重ねた模様はひとつ下の階層へ向かう階段に、円を重ねた模様はダンジョンの外への階段だ」
しばらく歩くと、砂地にぽっかりと長方形の穴が空いた場所にたどり着いた。ダンジョンの入り口と同じように地下に向かって階段が続いているが、あまり段数は多くない。
シャドは階段にしゃがみ込んでその表面を見つめる。
「模様が意外と細かいですね...菱形です」
「当たりだ。進もう」
一行は階段を使って次の階層へ下っていく。
「そういえば、僕達がメティナに入るのを助けてくれるだけではなく、ダンジョンの案内までしてくれるのにはなに理由があるんですか?」
(この場で聞いても答えてくれないかな...)
ダメ元で質問するシャド。
「ああ、それは...もうすぐ起こるであろう大氾濫が発生した際、頼みたいことがあるからだ」