貴族現る
「まず、その仮面なんですが...顔全体を隠せる道具があるなら、任務中に着ければ良いんじゃないですか?」
二人は席に腰掛けながら話を始める。
「こういう道具は、少しのズレで視界を塞ぐ障害物になってしまう。顔を隠すのは口元を布で覆う程度に留めておくのが丁度いい。ダンジョン探索者は有名になりやすい性質の職業であるため、メローテルの時には仮面をつけることにした。
ちなみにこの仮面は優秀な魔道具で、数年前からずっとこの仮面で顔を隠している。そのためダンジョン探索者としての私のトレードマークになってしまった」
デルコの仮面はマスカレードマスクと立体型マスクをくっつけたような形をしており、色は黒を基調としつつアクセントとして金色が混じっている。
「優秀な魔道具なら任務中にこそ使いたいような...」
「やはり視界を塞ぐ危険は無視できないし、そもそも魔道具というものは便利で強力だが不安定性の高い大味な道具なのだ。信用できない。ダンジョンの探索より遥かに難しい暗殺依頼の任務には使わない」
「なるほど...ちなみになぜダンジョン探索者に?っていうかそもそもダンジョンとは?」
「ダンジョンというのは...巨大な城と一体となった特殊な遺跡だ。この世に存在する他の多くの遺跡とは違い、ここダンジョンには魔道具にくわえて”モンスター”と呼ばれる奇怪な生物たちがいる。どれも遺跡の外では全く見かけない生物たちだ。命を落とすと全身が煙となって消え去ってしまう。まあ、それはダンジョン内で死んだ人間についても同じなのだが」
「え?」
「ダンジョンの奇妙な点はそれだけではない、時間や空間もダンジョンの外の世界とズレが起こっている。見かけと一致しない大きさ、そして早く流れる時間。全く意味がわからん」
長い廊下の向こうから、召使いという出で立ちの男がティーセットを載せたカートを押してやってきた。
「メローテル様、紅茶を用意しました」
「頂こう。シャドは飲むか?」
「いや、紅茶はあまり得意ではなくて...」
「紅茶を飲んだことがあるのか。平民は一生縁がないであろう高級品なのだが...つくづく変な男だ」
「...」
シャドが無言になったタイミングで、デルコは仮面をずらして紅茶を口にした。
「話を続けよう。私はこのダンジョンに親近感を覚えているんだ」
「親近感?」
「ダンジョンの運営者、のような何かにな。ダンジョンが持つ仕組みや戦略は素晴らしい。まるで運営する者が存在しているかのようだ」
「ダンジョンの、戦略...?全く話が見えてきません」
「モンスター達は、どれだけ殺しても一向に数が減っている様子が見られないらしい。その上、モンスターが繁殖しているのを見た者もいない。どうやって数を維持しているのかは不明だ。
そこで私が注目したのは、ダンジョン側はモンスターを煙にすれば”来訪者に何も奪われていない”ことになるという点だ」
そこでデルコは再び紅茶を飲んだ。
「動物は他の動植物を殺して死体を食う。戦場で殺された兵士は装備品を剥ぎ取られる。殺された者は殺した者に何かを奪われる。命などという形のないモノの話ではなく、肉や臓物、骨、装備品など形を持った物だ。だが、殺したのが人間で、殺されたのがモンスターだった場合は例外だ。何故ならモンスターは死ぬと装備品すら煙になる、魔道具を除いてな。生きたままのモンスターから装備だけ剥ぎ取り持ち帰ろうとしても、ダンジョンの出口に近づく内に煙になってしまう。ダンジョン内で死んだ人間は、持ち物は無事で体だけが煙になるが」
「はぁ」
「そこで仮説を立てた。もしこの煙がダンジョンにとって資源だとしたら?途端に全ての辻褄が合う。モンスターとその装備を外に持ち出させないことでダンジョン側は資源を失わずに済む。そして入ってきた人間がダンジョン内で死亡することで新たな資源を獲得できる。ダンジョン内で死んだ人間の装備品と、もとからある魔道具は人間をおびき寄せる餌になる。こうしてダンジョンは所有資源を増やし続ける仕組みを作り上げた」
「...たしかに、そう考えたら説明がつきますね。っていうか仮説を立てたって言ってましたけど、これ一人で考えたんですか?」
「そうだが」
「...」
「なにかおかしな部分があったか?」
「いや、まっとうで驚きました」
「失礼だな」
デルコは苦笑した。
「ごめんなさい...」
「他に質問は?」
「えーっと、それじゃあ...なぜダンジョンの探索者を?」
「主な理由は2つ。魔道具について理解を深めるため、そして強力な魔道具を得るため。
さて私は先程”魔道具を信用していない”と言ったが、それは魔道具というものが仕組みがあまり解明されていないからだ。
だが任務で使わないからと言って知らなくて良いわけではない。火筒や緋の着物を持っていたミレニウムの頭のように、暗殺対象が魔道具を持っている可能性がある。知る必要性は大きい。ここメティナは魔道具を発見できるダンジョンに加えて優秀な学術機関が存在する。魔道具について知るなら丁度いい」
「魔道具について知る理由はわかりました。でも魔道具を任務に使わないならどうして強力な魔道具を得ようとするのですか?」
「それは市場に出回るのを抑えたいからだ。ダンジョンはここ王都メティナ以外にも数カ所存在するが、名の知れた魔道具はほぼ全てがダンジョンに由来している。...人間が魔道具を作れるようになるまでは、ダンジョン産の魔道具を多く保持することに大きな意味がある」
「その話からすると、他のダンジョンでも...」
「私の組織で探索者として活動している者がいる。もっとも一流の探索者と懇意になれればそれが一番手っ取り早いが、大抵一流の探索者という者は...キワモノ揃いだ」
そう言ってため息を吐くデルコ。
「ちなみにデ...メローテルさんは一流の探索者なんですか?」
「メローでいい。まあ、一流と言って差し支えはない」
「門にいた兵士に”万魔殿”と名乗っていましたけど、あれが二つ名なんですか?」
「そうだ」
デルコは椅子の傍らに置いてあったバックパックのような形の荷袋から、様々な形状の物体を取り出して机に並べていく。
「私はダンジョンを探索する際に多くの魔道具を使う。そもそもモンスター対して魔道具無しで戦うのは困難だが、私は純粋な戦闘技量にそこまで秀でているわけではないためその分魔道具をフル活用する」
「え、そこまで秀でているわけではないって...冗談ですよね」
「いや、冗談でもない。体の大きさも筋肉もまるで足りない。素早く正確に首を落とす技量には自信があるが、斬り合いの技術は決して自慢できる腕前ではない」
「なるほど...」
「だいたい、疑問は解消できたか?シャドもダンジョン探索をしてみるといい。シャドはいろいろと魔道具を運用する上で都合がいい状態だからな」
「そんなことあるんですか?」
「人狼が入っている袋と、その肉体だ」
「あれは...収納袋って言います。人狼はいまだに喋れないので勝手にガルムと呼んでいます」
「そうか。話を戻すが、収納袋のように魔道具の持ち運びに役立つ魔道具というのは希少だ。特にシャドが持っているものは見た目より遙かに多くのものを収納できる。ダンジョン探索者の前で迂闊に使おうものなら目を付けられるぞ。良くて盗難だ」
「怖っ...あ、その荷袋ももしや」
「これも収納袋と似た機能がある。だがせいぜい入るのは見た目の2倍ほどだ。重さは4分の1ほどになるので性能はそこそこだ。これくらいならトップレベルの探索者なら持っているから、そいつらから狙われることはない。
それとシャドの不死身に近い肉体なら、本来人間では扱えないような魔道具を扱える。使用者本人に害を及ぼすような魔道具は少なからず存在する。壊れているのか、そもそも失敗作なのか、それとも人間用に作られていなかったのか...いずれにせよそういう魔道具を使えるのはシャドのような例外だけだ。研究目的以外で買われることはまずないから、安価で購入できる。ダンジョンに入る準備は、すぐに終わるだろう」
「...って、言ってましたね。本当にすぐに終わりました」
数日後、デルコとシャド、レオにイオナの四人は王都中心にある城の前にいた。
「メロー、よろしくね。ちなみに私達は、ダンジョンは結構久しぶり」
「よろしく頼む」
レオとイオナが言う。
「任せておけ」
ドンと胸を叩くデルコ。
「城壁にも驚きましたが、この城はもっと凄い...」
純白の巨城は陽光を受けて煌めく。石造りの無骨な雰囲気は一切なく、寧ろ大聖堂のような趣があった。シャドはその光景に圧倒された。
「ダンジョンの中も負けず劣らず凄いよ!」
「イオナの言う通りだ...まず入るとしよう」
城を正面から入っていくと大きな広間があり、そこには6つの螺旋階段が回転対称に配置されている。
螺旋階段は上にも下にも伸びていて、シャド達は階段を使って下へ降りていく。
すると、地下の薄暗い空間にたどり着いた。
地下空間には食事の提供もしくは装備品、魔道具の売買が行える屋台が乱立していた。その一角にぽつりといる、淡い緑色の光を放つ石造りのドームをイオナが指さす。
「あれがダンジョンの玄関だね」
「あれ?意外と小さい...」
ドームは直径5m程しかない。
「中を覗いてみろ」
レオがシャドを唆す。シャドはドームの中に頭を突っ込んだ。
「なんだこれ...」
中には地下深くへ潜っていく階段が延々と続いていた。
「500段はある。...私が思うに、シャドは転がってったほうが早いんじゃないか?」
「へ?」
次の瞬間、シャドは背中を押されてドーム内に勢いよく押し込まれた。
「うわああああああぁぁぁぁ.........」
叫び声を上げながら転げ落ちていったシャドの姿は、残った三人からはすぐに見えなくなった。
「私もシャドのように頑丈な体なら、素早く降りられたのに...羨ましい。よし、私達も行こう」
そう言ってすたすたと階段を下っていくデルコ。
「...貴族って、やっぱり変な人ばっかりだよね」
「...だな」
イオナとレオはそんな事を話しながら後に続いた。
「げぷっ...ここは?」
周囲の状態を把握できないまま落ち続けたシャドは、少し目を回しながら立ち上がる。
「ここがダンジョン...暗いし、遠くが見えづらいな」
薄く霧がかかっているのか、遠くまで見渡すことは出来ない。視界には砂地の地面以外の何も見当たらなかった。
「そういえば、階段はどこに?落ちてきたのだから上にあるはずじゃ...」
あたりを見回しても、階段はおろか建造物すら一切見当たらない。
困り果てたシャドは空を見上げて考える。
「え?」
すると突然、シャドの真上に長方形の穴が空いた。
「ごふぁっ」
その穴から何かが落下しシャドの頭部に直撃する。
「おっと、もう到着していたのかシャド。ここがダンジョンだ」
落下してきたのはデルコ、イオナ、レオの三人だった。
「あ...メロー、さっきはなんでいきなり押したんですか!!ひどいですよ!!」
「出来心だ」
胸を張って答えるデルコ。
「...」
(これも、演技の一環なのか?)
シャドの困惑は収まらない。
「かなり久しぶりだね、ダンジョンは」
「たしか前は、魔道具を見つけられずに帰ってきたな」
沈黙するシャドの横で会話するイオナとレオ。
「...そうだ。ここなら人目がない...人目がないですよね?」
怖くなってデルコに確認するシャド。
「...なるほどな、アイツを出したいのか。
この時間帯にダンジョンに入るやつは見ての通り少ない。それにダンジョンの中はなんでもありだ。多少奇妙なことが起きても不思議に思われることは殆ど無い。特に私のような一流のダンジョン探索者が近くにいれば尚更だ。そのローブでも着せて誤魔化せば十分だろう」
「それを聞いて安心しました」
シャドはその場にしゃがみ込むと、収納袋を広げてガルムを出した。
「あ、ガルム久しぶり」
「まだ数日じゃないか?」
「王都に来るまではずっと一緒にいたから...」
イオナはレオのツッコミに返答しながらガルムに近づくと、頭を撫でた。
ガルムはされるがままになっていたが、デルコの存在に気づくと身を低くしてシャドの隣に駆け寄った。じっと目を細めてデルコを見つめるガルム。
「この人はメローテルさん。警戒しなくていい」
ガルムはスッと背を伸ばしていつもの姿勢に戻った。
「お前がガルムか...よろしく」
そう言ってデルコはガルムに手を差し出す。
「...」
ガルムはおずおずと、差し出された手を握った。
「「ええええええええええ!!!!」」
シャドとイオナが揃って絶叫する。
「ん?どうした?」
何に驚いているのか理解していない様子のデルコ。
「この子が相手の行動に応じた行動を返すことなんて...」
「一度もなかったのに!!」
イオナとシャドがデルコに詰め寄る。
「それを言われても返答に困るが...」
「おい、早速現れたぞ」
レオが唐突に発言する。
「私に任せてよ」
イオナが宣言する。
「あそこだ」
レオが剣でモンスターの場所を示す。
「ついにモンスターの姿...が...」
シャドが目にしたのは、全長50cmにも満たないぶよぶよしたトカゲのような生物だった。