歴史的迷宮都市
雲ひとつ無い青空の下に広がるのは、地を覆い尽くさんばかりの山々。
連なる山々の内のひとつ、中腹に位置する場所を四人は歩いていた。
「はぁ...はぁ...毎回ここは大変....」
息を切らしながら足を一歩一歩進めるイオナ。
「シャドが持ってきた魔道具のおかげで、それでも楽になった」
レオはシャドのほうを見遣る。
「ローグさんに感謝です」
収納袋をぐっと握りしめるシャド。
「私も、誰かさんに感謝...」
イオナは現在、シャドが貸した”火筒”と言われる魔道具を杖代わりにして歩いている。
シャドはデルコに関することはほとんど喋っていないため、親切な人間に格安で譲ってもらったとイオナに言った。イオナは自分が杖代わりにしている魔道具が裏社会の組織の頭が持っていた伝家の宝刀だとは知る由もない。
「その道具を強奪さ...譲ってくれた人もきっと喜んでくれると思います」
シャドは天を見上げてそんな事を言った。
「...」
怪しむような目線をシャドに向けるレオ。
「...」
その隣には、レオの表情と顔の向きを真似ているガルムがいた。
「レオ、それにガルム...僕が何か変なこと言いましたか?」
ローグ達と別れた街、ビリジンを離れて数ヶ月。人狼は少し背を伸ばしたが、未だ言葉を喋ることは出来ない。名前がわからないので、シャドはとりあえずガルムと呼ぶことにした。
「いや、なんでもない...最近、ガルムにすこし変化が出てきたな。たまに誰かの真似をしているようだ」
「レオ、意外とガルムのこと気にしてたんだ」
険しい山道をゆったりと歩いてゆく四人。往来が少ないのだろうか、道は緑の侵食が進んでいる。
「よし、そろそろ尾根ですね」
「...あそこに高く突き出た峰があるよ。多分王都が見える!」
イオナの足取りが急に早くなった。山道から外れて岩場に入りこむと、軽快な歩調で進んでいく。
「ちょ、ちょっと!」」
慌てて追いかけるシャド。それについていくレオとガルム。
「見えたー!!」
45度を超える傾斜を乗り越え、峰に到達したイオナ。
「速いですね、ようやく追いつい...」
遅れてやってきたシャドは、眼下に広がる光景に言葉を失う。
「すごい...あれが、王都メティナ」
陽光を受けて煌めく純白の巨城とどこまでも広がる城下街が、いくつもの山の先に見えた。
「...」
いつの間にか隣にいたガルムもメティナを見つめている。
「ここまで来たらあと一息。頑張ろー!!」
そこから数日、山地を抜けた一行は城下町の外縁にようやくたどり着いた。
「もしかして、これほど広大な王都を一周するように外壁が作られているんですか?」
現在一行は壁に沿って進んでおり、あまりの長さにシャドは信じられないといった調子で予想を述べる。
「そうみたいだねー。この目で全部確認したわけじゃないけれど」
「どうやって作ったんだろう...それに...うーん」
シャドはそれ以外にも気になる点がいくつもあったが、建築学や都市設計の知識を持たないため途中で考えることをやめた。
「イオナ...王都についていろいろと教えたのか?」
ふとレオがそんな言葉を発する。
「それは、実際に目にする前に知らせても混乱するだけだから」
「ん?そんな異常な何かが王都にあるんですか?」
「そうだよ。...あ、よく考えてみれば、シャドとガルムがいたらちょうど良くない!?」
「強いからな」
「魔道具収集にもぴったり!!」
「俺も、剣の腕を存分に振るうのは気持ちがいい」
レオとイオナの会話が弾む。
「一体何のことだかわからないんですけど!!置いてきぼりにしないでください」
「まあまあ、王都の中に入ったら説明するよ...そうだ、ガルムを収納袋にしまっておいた方が良いよ。門に行ったら検査があるから」
「検査?」
「そう、検査。お金を払えば大体のことは見逃してくれるけど、人狼を連れて歩いていたら目をつけられちゃうと思う」
「分かりました。お金を払えば逃れられる検査って、意味あるんですかね...」
「払う余裕がないほど貧乏な人は、犯罪に走りやすいとか?」
「なるほど...」
イオナの推測に納得するシャド。
「シャドの場合、収納袋にほとんど何でも入れられるから楽だよね。私達の魔道具も一旦入れさせてくれない?」
「もちろんいいですよ」
そんな会話をしている内に、いよいよ門が姿を表す。城壁の素材と同じく石で組み上げられた門は縦横10mを越すような広い入り口を複数を持ち、さらに城壁に埋まるようにして建物が付随している。大勢の人々がいくつもの列を形成していた。
「私達は一般の旅人だから...右端かな」
「いや、その必要はない」
突然、イオナは耳元で囁き声を聞いた。
「うわわああああ!!!!!誰っ!!!」
思わずその場で飛び跳ねるイオナ。
イオナの背後にいつのまにか接近していた人物...顔を仮面で隠し、流線的なデザインの金属鎧に身を包んで背中にバックパックのようなものを背負った不審者に対し、レオが瞬時に抜刀し剣を構える。が、シャドがレオを手で制した。
「あ、あなたは...まさか」
「超・お得意様御用達セット。と言えば、わかるな?」
「超・お得意様御用達セット?」
「超・お得意様御用達セット?」
レオとイオナは揃えて首を傾げる。
「分かります。...えーっと、レオ、イオナ、この人は魔道具を提供してくれた知り合いです」
(そういえば、超・お得意様御用達セットに入ってた道具は使わないんだ...)
なぜ道具を使わずにその単語を出して自分の存在を伝えたのかよく分からなかったシャドだったが、とりあえずうまく秘匿情報をカモフラージュしてレオとイオナに紹介する。
「シャドとはビリジンで知り合った。普段は王都で生計を立てているのだが、旅行した際にシャドに遭遇してな」
仮面を被ったデルコはつらつらと喋りだす。
(嘘がスムーズだ...)
この上なく怪しい格好をしているのにも関わらず、何も怪しさを感じさせない喋りに舌を巻くシャド。
「シャドの知り合いだったんだ!私はイオナ、宜しく!」
「俺はレオだ」
「イオナとレオか...覚えておこう。私の名前はメローテル。メローと呼んでくれて構わない」
「貴族みたいな名前...」
頭の中で思ったことをそのまま口に出してしまうイオナ。
「それには触れないで欲しい。こちらもいろいろ事情がある」
少し声を低め、若干早口で答えるデルコ。
(貴族のフリ...突拍子もなさすぎて逆に疑われにくい、のか?)
それとも本当に貴族なのかもしれない、などとシャドは考えた。
「私の話はこれくらいとして。お前たち、あの長蛇の列に並ぶのは面倒だろう。私のツレということにすれば、すぐに通れる。私は名の知れたダンジョン探索者だからな」
「だ、ダンジョン!?!?」
急に大声を上げるシャド。
「ん、何だその妙な反応は。ダンジョンを知らないという訳でも無さそうだが」
不自然なシャドのリアクションを疑問に思うデルコ。
「ある意味知っているというか、知らないというか...」
「まあいい。とにかく、三人とも私の後に付いてくると良い」
そう言って歩きだしたデルコにシャド、イオナ、レオが続く。
まったく人が並んでいない入り口の前に着いたデルコは、直立不動の重装備の兵士に話しかけた。
「私だ。”万魔殿”のメローテルだ」
「どうぞ、お通りください」
一切の滞りなく、すんなりと門を通過することが出来た。
「では、私はこれで。シャド、話があるから着いてきてくれ」
「え、いきなりですか!?」
デルコの突然の提案に驚くシャド。
「シャド、私たちは3番通りの宿屋”小枝亭”に泊まるよ。じゃあね」
「じゃあな」
イオナとレオはそそくさと去っていってしまった。
「行ったか...場所を変えるぞ」
デルコに連れられたシャドは城までそう遠くない王都中心部、屋敷といって差し支えないサイズの豪華な家に着いた。
「何なんですかこの家は...本当に貴族なんじゃ?...というかそれ以外にも聞きたいことばっかりです」
「出来る限り答えよう。椅子にかけてくれ」
デルコは両手を広げて言った。