落着
少しふざけました
それから数日が経ったある日、シャドはデルコの手伝いをするために移動していた。
「デルコさんはなんて言ってたかな...えーっと」
シャドは歩きながら、デルコの説明を思い出す。
(”組織名は膨野組。本拠地は大半が地下に埋まっていて、地上にある複数の建築物と繋がっている。シャドにはその「地上にある複数の建築物」の内最も大きな建物へと向かってもらう。そこで組織の撹乱を行ってもらう。ミレニウム壊滅の件は知れ渡っているだろうから、単純に暴れるだけでは消極的な対応をされて撹乱が十分に達成されない可能性が高い。うまくやる必要がある。やり方はまかせる”...だったっけ。なかなか難しいことを言われてしまった。でも成功すれば金貨100枚。金貨、100枚!!!)
シャドは恥を捨てた。金のために、恥を捨てた。どのような手段を使っても撹乱を成功させるという決意を胸に抱いて。
建物へと到着する。複数の構成員が常に建物の周りを歩いて警備を行っている。建造物が密集した地帯のため見通しが悪く、余計に厳しい警戒態勢なのだろうとシャドは推測した。
「すみません、あの...」
シャドの格好はこの世界に降り立った時とほとんど同じであった。武器のたぐいは一切持ってきておらず、収納袋も無い。
「なんだ、お前は!!」
全身灰色の服に身を包んだ非武装のシャドに警戒を強める構成員。
「すみません!本当にすみません!失礼なのは分かっているんですが...あの、トイレ貸してもらえませんか?」
「ここは膨野組のアジトがひとつ。それを分かって言っているのかぁ!!!」
男は激しく恫喝する。
「ひぃぃぃ!!!すみません、分かっていませんでしたァァァ!!!!でも漏れそうなんです、膨野組のアジトの前で漏らしてしまいそうなんですぅぅぅ!!!」
頭を何度も下げて発狂しながら謝罪するシャド。
「だったらさっさとどっかに行け!!!」
堪忍袋の緒など、もうとっくの昔にキレている構成員はシャドに掴みかかった。
「うわああ、体に触らないでくださいぃぃ!!!下手に動かされたら漏れます!!!」
情けない声で喋るシャド。
「消えろ!!!」
男は靴の裏でシャドを蹴飛ばした。
「ぐっっ...いい加減、入らせて下さいよぉぉ!!!!!」
地面に倒れこんだシャドはそう叫ぶと、ものすごい速度で立ち上がって建物に走り出した。
「待て!!!!」
男の制止する声も虚しく、シャドは木製の扉を力づくで突き破って中に侵入した。
「トイレはどこですかぁぁ!!!どこだぁぁぁぁ!!!」
廊下を走り回りながらトイレを探すシャド。
「侵入者だ!!殺せ!!」
構成員はシャドを追いかけるが、武器を持って走っているためなかなか追いつけない。
「誰か!!応援をよこせ!!!」
騒ぎは建物中に広がっていった。
「...組長、報告がありやす」
「また抗争かっ!?さっさと言え!!」
報告をしに来た構成員に対しキツく当たっているのは、膨野組のトップ。ミレニウム壊滅がきっかけでパワーバランスがくずれたこの街では、裏社会に跋扈する組織同士の抗争が激化していた。
「それがわかりやせん!!!なんでも、武器を持たぬ駿足の男が、用を足す目的でここには侵入してきたらしいでごぜぇやす!!矢を射掛けても斬っても止まりやせん!!」
「そんなふざけた話があるか!!!」
怒りのあまり握りこぶしで机を叩く組長。
「信じてくださせぇ!!組長!!それに、クソみてぇな匂いの糞を撒き散らしながら逃げているそうでごぜぇやす!!」
「は?」
シャドはフードの下に隠し持っていた袋を、走りながら器用に破いて中に入っているものを落としていく。
「臭っっさぁ!!!ゴヴェエエエっ!!!!!!」
途端にシャドを追う構成員達が、悶え苦しみ始める。
(人狼のうんちのとんでもない臭さを喰らえっ!!)
人狼は便秘の人間と同じくらいの周期で、大量に脱糞する。シャドは人狼の世話をする中でそれを知った。
それからシャドは、大量の糞の処分と敵の撹乱どちらも行える一石二鳥の策を編み出した。
「あぁぁぁ漏れてるぅぅ...お前らのせいだっ!!!」
とんだ言いがかりをつけながらシャドは爆走していた。
「とんでもない迷惑でごぜぇやす...どうしやすか」
「総員だ、総員で対処しろ!!一刻も早く殺して首をもってこい!!」
(そんな奴をアジトのなかにのさばらせておくなど、組織の威信に関わる!!)
膨野組の組長は、侵入者の逃走能力とその真意を見誤ってしまった。
「遅いな...まだ報告は来ないのか」
現在組長の部屋には2、3人しか護衛がおらず、部屋の外の護衛もその数をかなり減らしていた。
「組長ー!!」
扉が開き、先程シャドの侵入を報告した構成員が部屋に入ってくる。
その瞬間、組長の顔が驚愕に歪んだ。
「おい、お前...その後ろの女は誰なんだ」
あたかも入ってきた構成員のつきそいであるかのように、自然に入ってきた女。
デルコは、どこからともなく取り出した着火済みの爆弾を放った。
「何っ!!!!」
熱、光、その後には煙が部屋に満ちる。
「しまった...がっ」
組長は何かを懐から取り出そうとしたが、その前にデルコに首を断たれて死んだ。
「これが報酬だ」
アジトから脱出を済ませたシャドは、路地裏でデルコから魔道具と金貨を受け取った。
「ありがとうございます。...そういえば後数週間でこの街から離れる予定なんですが、連絡はどう取ればいいのですか?」
シャドはいまいちこの世界の通信手段や連絡手段に詳しくない。
「夜陰...私の組織に所属する者は多い。ここより大きな街なら、大体は人員を配置している。接触を取る方法はいくつかある。紋章や笛などだ。まとめて渡しておこう」
デルコは小さな木箱をシャドの目の前に置く。
木箱は黒色の塗料でコーティングされており、蓋には金色の文字が書かれていた。
「”超・お得意様御用達セット”って...」
シャドが文言の奇妙さに微妙な反応を示す。
「本来は夜陰を重宝してくれるような貴族に渡すものだ。かなりウケがいい。シャドは例外中の例外なのでお得意様ではなく超・お得意様ということにした」
「ウケがいいんだ...」
シャドの中の貴族像が少し歪んだ。
「木箱の中に連絡方法の説明書が添付されているから、よく読むように」
「わかりました」
「また会おう」
路地裏の暗闇にデルコは消えていった。
「...宿屋に戻ろう」
宿屋の自室に向かって廊下を歩いていたシャドは、反対側から歩いてくるイオナとレオに遭遇した。
「イオナさんに...レオさん!!」
「シャド。そういえば予定を変更することにしたんだけど...いい?」
「ここでやることは丁度無くなったところですし...別に構いませんが」
廊下で立ち話を始めるシャドとイオナ。
「人狼のことといい、その手にもってる魔道具のことといい...文献を調べたい事が多くなったの。もちろん、考察によって得られた仮説の検証をしたくなったというのもあるけどね。この街じゃ出来ない事が多いから」
「そういうことですか...次はどこへ」
シャドが問うと、イオナはどこからともなく地図を取り出し図の一点を指し示す。
「王都。イダケッシの王都、メティナ。世界有数の研究都市にして...迷宮都市。私の共同研究者も王都近郊にいるよ」




