運命の人狼
「こっちだ」
シャドは男に連れられ、店の奥深くへ進む。
「意外と大きいんですね、この建物」
外からの光のない、暗い廊下を歩くシャドが呟く。
「この仕事に適した形だ」
店は縦長の形状をしていて、上空から見ると道に面しているところが短辺となった細長い長方形になっている。
「着いた。扉を開けるぞ。鎖に繋がれてはいるが、近づきすぎないように」
「分かりました」
男が扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「...暗い」
部屋を構成しているのはのっぺりとした石の壁、床、天井。入口と対面する壁に小さな松明が一本、唯一の光源として設置されている。
部屋の隅の壁には打ち込まれた杭があり、灰色の毛の塊から伸びる鎖を固定している。
「あれが...?」
シャドが声を発すると、それが体を動かす。毛の間から二つの蒼色の瞳が見えた。
「...っ!!」
シャドはその瞳に釘付けになった。
「おい、どうした?」
「いや、すみません。毛量がすごいですけど、あれって狼ですか...?その割には顔の形が犬っぽくないような...」
「あれは人狼と言う。人と狼の合いの子、半分同族である人間を食って生きる、人間の賢さと狼の強さを受け継いだ化け物...らしい」
「人...?言葉は通じるのですか」
「犬よりはずっと言うことを聞くが...喋ったところは見たことがない。どれくらい理解しているか、はっきりとは分からない」
「...そうですか。見せて頂きありがとうございました」
「今日買い取った小指に対するアレの反応次第では、かなり高額で買い取りを受け付けることになるかもしれない」
「へ?どういうことですか」
「右手は全体が麻痺しているんだろう?」
「あ、ああ...そんな感じです」
シャドは相手の勘違いがどうやら自分にとって都合がいいらしいことに気づき、適当に合わせる。
「明日にでも来ると良い。結果を伝える」
店の外に出たシャドは、騒がしい大通りを歩きながら物思いに耽る。
(あの眼...カシャに似ていた!!...きっと、人狼と古神には絶対に関わりがある。どうにか、会話できないかな...そうだ)
シャドは静かに決意を固めた。
翌日、高額で取引してもらえることを知らされたシャドはそれから数日の間に右手の薬指と中指を金に変えた。
多少懐に余裕ができたシャドは買い物をしようと大通りに繰り出したが、いつもより格段に少ない人通りを目にして驚く。
「なぜだろう...話を聞いてみよう」
すぐに踵を返し、宿屋のカウンターにいる従業員に事情を尋ねる。
「今日はやけに人通りが少ないんですけど、なんでか知ってますか?」
「ああ、それは競売があるからですよ」
「競売...はっ!」
何かを思い出したシャド。
「どうしました、お客さん...」
「ありがとうございましたっ」
シャドは急いで飛び出していった。
「ここ、か...」
辺りをかけずり回って競売の会場を見つけたシャド。
大きな方形の広場には大勢の人だかり。加えて、仮設されたであろう舞台や天幕が見える。
既に競売は始まっているようだった。
舞台には司会、進行を行っている男がおり、荒くれ者たちが司会の声を聞き逃すまいと静かに耳を傾けている。
「次に紹介するのは...御伽噺の怪物、人狼。ここで十年競売を見守ってきた私ですが、売りに出されたのを見たのは初めてです。さて、ここからは出品者様からのご説明が...」
シャドの視線は、首と両手両足に鎖をつけられながらも圧倒的な威圧感を伴って舞台の上に直立する人狼に縫い留められた。
毛を切られたのか人間的なシルエットを見せている。
「...ご説明は以上のようです。競りを始めます」
やがて競りが始まり、熾烈な争いが起き、莫大な金額を提示した一人が落札したことで司会は次の出品物の紹介へと映った。
人狼は舞台から降ろされると頭に布をかぶされ、大勢の取り巻きがいる落札者の元へ受け渡される。
「あれは...まさか」
真紅の色の、着物のような服を着た落札者の出で立ちにシャドは聞き覚えがあった。老人から聞いた”ミレニウム”という要注意組織の頭、名をアンデ。残虐な行いを繰り返しては活動場所を頻繁に移し替える、まさに災害のような男という話だった。
アンデ率いるミレニウムの構成員達が人狼を連れて去っていくのを、ふらふらとした足取りで追いかけていくシャド。
(どうにかして...人狼に接触したい)
シャドは、人狼の存在が自分やカシャを取り巻く謎への鍵となっていることを確信していた。
アンデと構成員達は大通りからどんどん細い道へと入っていく。大通り付近より少し背の高い建物が密集し乱立する地帯、老人が最も危険だとシャドに忠告していた区域へ進む。
やがてアンデは一際広大な面積を占める建物の中へと入っていくと、その姿を消した。
構成員達は建物には入らず、そのまま人狼を別のところへ引きずっていく。
追跡を続けようとしたシャドだったが、突如肩に手を置かれたことによって歩みを止める。
「あ...」
「おいてめぇ、俺らのシマで何やってんだ?」
シャドが振り返ると、槍を持った隻眼の男が詰め寄ってきた。
「あ、いえ、その...なんでもないです」
「なんでもないだぁ...?一丁前に剣をぶら下げといて、なんでもないことねぇだろうが!!!」
しどろもどろな様子のシャドにヒートアップしていく男。
人狼を運んでいた構成員達もちらりとシャドの方に視線を送る。
「いや、ほんとにすみませんこんな格好で...」
「おまえ、タダじゃおかねぇぞ」
男がにわかに殺気立つ。その時だった。
「ガウルルルル!!!!!!!!!!!!!」
突如鳴り響いた獣の咆哮が大地を震わす。その場にいた全員の人間がおもわず一瞬すくみ上がる。
構成員達がシャドの方に意識を向けたため、人狼への注意が緩んだ一瞬の隙。人狼はその不意をついて叫び、動き始める。
咆哮の直後、人狼が両手を振ると鎖を持っていた二人の構成員が吹き飛ばされる。
次に人狼は鎖が繋がったままの両足で跳躍を試みる。鎖が波打ち、構成員たちの持ち手が解かれる。
「....あ?」
暴れる人狼の様子を見たシャドは、あっけにとられてそれを眺めていた目の前の男に、おもむろに短剣を突き刺した。突然の攻撃に全く反応できなかった男は、短剣が引き抜かれると同時に地面に崩れ落ちた。
「...助けなきゃ」
シャドはそう呟くと、人狼の周りを取り囲む構成員達に切りかかった。
「何だ?何が起こっている」
全ての一部始終を近くの建物の屋根から眺めていたデルコは、奇妙な光景に思わず声を漏らす。
(部下達の報告によると、金に困ったシャドは自分の体の一部を売りさばくという方法で金を得ていたという話だった)
小指を売った日から競売までの数日の間で、シャドは中指と薬指も売ってしまった。小指は再生しているが中指と薬指は中途半端な長さになっている。
(指の取引相手があそこで暴れている人狼の出品者という情報もある...とすると、シャドは飼われていた人狼の存在を取引が行われていた店舗で知ったのかも知れないな)
デルコの眼下では、そこらじゅうからわらわらと溢れ出す構成員達と戦い続けているシャドと人狼の姿がある。
(理由が全く分からないが...どうする、介入するべきか。この機に乗じてミレニウムを壊滅させることができれば、組織同士のパワーバランスが乱れることにより別件の依頼の達成も容易になる。だがしくじれば命すら危うい...どうする)
一瞬で化け物たちvs人間の地獄の戦場になったこの場所で、デルコはひとり思索を続けた。




