なまっちょろいものじゃない
「うまくいったか?」
拠点にいるデルコが問いかけた相手は...先程一行が出会った老人だった。
「えぇ。ダメ元でしたがうまいこと話を聞き出せました。ただ...マシャールマキリクスと件の男...シャドは随分仲が良いようで。襲撃するリスクは高いでしょう」
男は一切訛りのない流暢な喋り方で答える。
「シャドの価値観や性格については」
「非常にわかりやすい人物です。自分の命の恩人である者が超常の存在に乗っ取られてしまったようで、その人物を元に戻すのが旅をする目的だと言っていました。性格は...基本的に尖ったところのない印象を受けましたね。彼の特異性は単なる肉体の強さにとどまらず痛みの軽減などにも及ぶようで、あなたを恨んでいる様子はみられませんでした」
「いくら痛みを対して感じなかったとしても...自分を殺そうとした相手だぞ。そんなことが...」
「あり得ます。私は彼と話してそう判断しました。あなたの父のもとで長年磨き上げた人物眼を、信用していただけますか」
「ふむ」
デルコはしばらく考え込み、老人は次の言葉を待つ。
「...何か対価を支払える状況で、私のことについて口止めの交渉が出来る可能性を探るしかない、ということでこの件は一旦保留だ。別件の依頼もそろそろ進めなければな」
(まるで不死身のような男だった。口止めは当然必要だが、もしも協力関係に持ち込むことができるとしたら...)
デルコは、ピンチをチャンスにひっ繰り返そうと強欲に画策する。
翌朝。シャドは宿屋の玄関前にローグによって呼び出された。
「急な話なんだがな、ここを発つことにした。俺とウェンドはマシャールの帰省に付き添う」
「えっ...そんないきなり」
唖然とするシャド。
「いつ事態が動くかわからん。俺たちにのんびりする余裕はない」
「そうですか...
マシャール君、頑張ってください」
「はいっ!!!!」
マシャールは元気に返事をした。
「マシャール、そういえばお前、シャドに命を助けてもらった恩はどうやって返すんだ?」
そこに、ローグが芝居がかった声で質問をぶつける。
「え?それは...今の無力な僕じゃ、なにもできないっすよ」
「できないなら恩返ししなくて良いのか?あ?」
「いや、そうは思ってないっす...後々...」
マシャールはふらふらと視線を泳がせる。
「俺たちはいつ死ぬかわかんねぇ。先送りは駄目だ...シャド、受け取れ」
ローグはシャドに袋を押し付けた。
「これは...荷台を収納していた魔道具!!なぜ僕に」
「マシャールが何も恩返しできないらしいから、俺が肩代わりしてやることにした。
後はマシャールが俺に相応の礼をすればいいだけだ」
「それって...オレ、隊長にめちゃくちゃ大きな借りを作ったってことすか!?」
「そうだ。お前の殺害計画を企てた奴から金品を強請るとか、貴族特権で俺を名義上の要職に就かせるとか...知恵を振り絞って返せよ」
「...」
絶句するマシャール。
「ローグさん、気持ちは有難いですけど、流石にこれを頂くのは...」
「じゃあな。シャド。生きてたらまたどっかで会うかもな...ほらさっさと行くぞ」
収納袋の便利さを知っているシャドは負い目を感じ返そうとしたが、ローグは取り合わない。
「シャドさん、ほんとにありがとうございました!!!!」
「...さらばだ」
マシャールとウェンドがローグに続いて別れの言葉を告げると、一行はすぐに立ち去った。
「...行っちゃった」
あっけない別れに、しばし黄昏ていたシャドであった。
シャドはその後、イオナとレオの元へと向かった。
宿屋の一室、木製の扉をノックする音が廊下に響く。
「イオナさーん、レオさーん、起きてますかー」
「...シャドか。おはよう」
出てきたのはレオだった。
「おはようございます。...ローグさん達が今朝出発しました」
(げっそりしてる...どうしたんだろう)
挨拶しながらそんなことを思うシャド。
「あー、それは昨日聞いていたから分かっている。何か用か?」
「街についたらある程度滞在する、とイオナさんが言っていたのですが、どれくらいの期間か分かりますか?」
「そうだな...多分、2週間くらいはいると思うぞ、あの様子じゃ」
気怠げにレオが答える。
「あの様子?」
「イオナは研究が進展しそうな状況になると、建物の中に籠もってそのことばっかり考えるんだ、毎回。放っておくと飯も食わない」
「ええ...??」
「命に関わることすら疎かになる。だから俺が世話をしている。あと3日くらい経たないとまともに会話すらできん」
「3日は来ないでおきます」
「そうしてくれ。...特に一日目は色々大変なんだ。もう寝る」
パタリとドアが閉まる。
「どうしよう。することがない。明日から暇だ...」
翌日。
「か、金がない!!」
シャドは自身が深刻な金欠であることに突然気づいた。
それもそのはず、この世界に来てから一度も金銭を対価とした労働をしていないシャドは金目のモノは持っていても通貨を所持していない。
「レオさんとイオナさんには頼れないし...どうしよう...」
物々交換や仕事、借金などいくつかの選択肢を思い浮かべながら、シャドは街へ繰り出した。
宿屋は大通りに面している。大勢の人が出歩いており、あちこちから騒がしい声が聞こえてくる。
「いわゆる、商店街みたいなところか」
(治安の悪さが段違いだけど)
少し歩くだけで殴り合いの喧嘩や激しい罵り合いに次々と遭遇する。
「ここはちょっと騒がしすぎるな」
シャドが大通りの出口を目指して歩き出す。大通りに面した商店の店員の、様々な宣伝が
耳に飛び込んでくる。
「護衛の依頼、早い者勝ちだぁぁああ!!」
「在庫を一新しましたー」
「イキのいい死体求むっ」
「...ん?」
宣伝の一つに疑問を抱いたシャドは、声の元へ向かう。
「あの、イキのいい死体求むって聞こえたんですけど...聞き間違いじゃないですよね」
シャドは宣伝をしていた男に話しかけた。
「大丈夫か?お前みたいな奴が来る場所じゃないぞ」
気が強そうに見えないシャドに助言する男。
「はは、確かに場違いっていうのはひしひしと感じるんですけど...」
「だろうな。...死体がほしいのはマジだ。
鮮度があればいい値段で買い取る」
「...その場で切り落とした体の一部って、どうですかね」
「は?」
訳がわからないという顔をする男。
「需要はありますか?指先ぐらいならオッケーですけど」
「本気で言ってるのか?」
「大マジです」
「...」
男は沈黙した。
「ちょっと待っとけ」
男は一言告げると、店の奥に引っ込んだ。
(引かれたかな...いや、こんな治安が最悪の場所で引かれるなんてありえない。大丈夫。痛みも多分耐えられる)
戦いを重ねる中で、シャドは意図的に痛覚を麻痺させるすべを獲得しつつあった。もともとこの世界に来てから痛覚が鈍感になっているシャドだが、その現象を引き起こす何か...それを増大させるイメージを描くことでほぼ完全に無痛になることができる。
デルコに襲撃された際、シャドはこの感覚をしっかりと掴むことができた。
一方、店の中では返り血で朱く染まった小さな円卓に座る者達が、シャドの申し出について話し合いをしていた。
「いままでになく新鮮な餌になるだろう。アレがどういう反応を示すか見当がつかない」
「下手に凶暴になられても困るが...」
「指先だけなら、いつも食わせている量より極端に少ない。試しでやってみるなら丁度いい」
「一理ある」
「決まりだ。承諾しよう」
しばらく暇を持て余していたシャドの前に、先程喋っていた男が姿を表した。
「店内に入れ。ロクな麻酔がないが、本当にやるのか?」
「麻酔はいりませんよ。どうせ効きませんし。もともと麻痺してるので」
「...そういうことか」
(何らかの原因で麻痺した使い物にならない指先だから、切り落とすことに躊躇がないのか)
男はそれらしい推論で自分を納得させた。
男が先導して店のドアを開け、シャドが男の後に続いて入る。
「うぉっ...すごい匂いですね。ちょっと懐かしい」
店内に充満する血と死肉の匂いが、シャドに狂兵の大量虐殺の記憶を思い起こさせる。
「切断方法だが...」
「自分でやります。多分それが一番手っ取り早いです。もうやっていいですか?」
「...こちらは問題ない」
「よし..」
片手で鈍色の剣を引き抜いたシャドは、刃先を自らの小指に当てる。
「はぁっ!!」
剣を振りあげ、全速力で指に剣を落とす。小指の付け根があっけなく粉砕され、指は皮一枚残して体と繋がっている。
「どうぞ」
宙ぶらりんになった小指を引きちぎったシャドは、近くにいた女が持っている盆に小指を乗せた。
「金額はどれくらいですか」
「...銀貨3枚だ」
店頭煮立っていた男は空の袋と3枚の銀貨を取り出すと、シャドの眼の前で袋に銀貨を入れて渡した。
「おお、結構もらえますね。一週間くらいは生活できそうだ...ちなみに、人間の体の一部を集めている理由を聞いても?」
「この辺りでは定期的に競売を行っている。そこに出品する奴の餌だ」
「人ばかり食べる化け物...?狂兵じゃないですよね」
「そんな”なまっちょろい”ものじゃない...おい、少し見せてやってもいいか?」
男は部屋の奥に声を飛ばす。
「いいぞ」
と奥から声が帰ってきた。