手紙と新たな街
「ああー、眠いっす。確かにオレが狙われてるならオレが起きてたほうが良いっていうのはわかるんすけど...こんなに見張りをやらせるなんて、ひどくないっすか!?もう、街に入りたいっすよ...」
目をこすりながら、隣に立っているシャドに話しかけるマシャール。
「僕は、再度の襲撃を待つというローグさんの方針には賛成する。
それと、僕から見る限りローグさんはひどいどころかむしろ優しすぎるくらいに感じるよ。あの人はマシャール君の命に対して、強く責任を感じているように見える。...頼れる大人だと思う」
「ううっ...まあそれに反論はないっすけど。っていうか、シャドさんこそもっとエラそうにしていいんすよ!命を助けてくれ...」
「危ないっ!!」
マシャールが喋っている途中、風切り音が近づいてくるのに気づいたシャドがマシャールに飛びついて移動させる。二人は抱き合ったような体勢でごろごろと地面を転がった。マシャールともつれあった状態から無理やりシャドは飛び起きると、大声で呼びかけた。
「みなさん、敵襲です!!敵襲!!」
シャドの声に応じて飛び起きる一行。急いで武器を構えるが、襲撃者が姿を表すことはなく事態は硬直した。
「...」
「...こないな。多勢に無勢だと判断したか...ん?おいシャド、それなんだ?」
ローグがシャドに声をかける。
「それってなんのことです?」
「その地面に転がってる筒のことだ」
ローグが指さしたのは、薄い線の入った黒い円筒。
「不発の飛び道具ですかね...それとも、なにかの入れ物?」
シャドは近づいて手に取る。
(卒業証書の入れ物に似てる形だ...)
シャドは線状の窪みに爪を差し込んで力を込める。すると円筒が二つに分かたれ、中の空洞に秘められていた紙がぱさりと地面に落ちた。
「うわ!なにか出てきましたよ。文字が書かれてます」
シャドは地面に落ちた紙を拾い上げる。
「読んでくれ」
ローグの指示に従い、シャドは文字を読み上げる。
「マキリクス家の中に、出奔したお前の殺害を計画した者がいた事が発覚したため、処罰を与えた。罪は計画者に有り、請負人にあらず。請負人を責めることのなきよう。
一度戻ってきてくれないか、マシャール。
...ウィルバル・マキリクス」
「ウィルバル・マキリクスだと!!??」
「請負人...?」
「どのような処罰をしたんだろ。なんか嘘っぽいなー」
それぞれが様々な反応を見せる。
「とりあえず、当分は安全ってことっすよね...?シャドさん、もうちょっと近くで、見せてくださいっす」
そういいながらシャドに近づくマシャール。
「これは...まじっす!!まじでウィル叔父さんの文字っす!!」
「ウィル叔父さん?」
ローグが首をひねる。
「ウィル叔父さんは、大人で唯一オレをバカにしなかった人っす!!剣が強くて、頭も良くて...剣の師匠でもあるっす!これで安心っす。早く街に入るっすよ隊長!!」
「...ああ。わかった。明日には入る。今は寝かせてくれ。
二人は引き続き見張りを。解散!!」
(ウィルバル・マキリクス...戦場でその名を聞いたことがある。強さと勇敢さを兼ね備えた類まれなる貴族だと。ソレ以外の情報はマシャールからみた印象しかねぇ...
困ったな、だが信じる以外の選択肢はない)
若干寝ぼけた頭でそのように考えながら、ローグは寝床へ戻っていくのであった。
「ここがビリジン...」
地図を手に持ったシャドが呟く。
シャドの眼に写ったのは無数の高床式住居。地面から2mほどの高さに床が有り、一軒あたりの面積は現代日本の一般住宅よりはるかに大きい。
主な建材である木材の状態はどの家を見ても非常に良好で、高床式が建築される主な理由であるとされる雨季の洪水の跡は見当たらなかった。
「向こうの方には普通の家があるっすよ!!」
マシャールが見ていたのはビリジン東部。西から東へ地面が傾斜しており、そこには高床式でない木造住宅が乱立している。そこより更に東には、南北を貫く大きな河川が見えた。
「お前さん達、旅の者かい?」
街の風景を眺めていた一行に、みずぼらしい服を来た短髪の老人が近づいてきた。
「旅のものっていうか...」
「そんなとこだ。あんたは、この街の住人か?」
シャドが自分たちのことをどう名乗るべきか悩んでいる間に、ローグが答えた。
「そうさ。小遣い稼ぎに街案内をしとる。この街はちと、気をつけにゃあいけんことがおおくてなぁ。銅貨10枚でどうかい?」
「いいだろう」
ローグはすぐに10枚の銅貨を差し出した。
銅貨は円形で、中央に穴が空いており紐でまとめられる構造になっている。
(この世界のお金を見たのは初めてだ...)
貨幣経済と距離をおいた生活を送ってきたシャドはそんなことを思った。
「決断が早くていいなぁ、兄ちゃん」
受け取った銅貨を素早く懐にしまいながら老人がローグに喋りかける。
「よせ、そんな年じゃない。で、何を教えてくれるんだ」
「ちょっと遠回りな話になるが、我慢して聞いてくれ。お前さん達、このピカピカの柱が気にならんかったか?」
老人は、近くの高床式住居の柱をさすりながら言った。
「洪水が日常的に起こる地域とは思えない綺麗さ!!」
イオナが勢いよく答えた。
「鋭いのぉ、嬢ちゃん。ピカピカなのは、ここ数年洪水が起こってないからでなぁ。数年前に作った、あのでかい川が、水を遠くに捨ててくれとる」
老人は東にある川を見やった。
「それで」
ローグは急かすように言う。
「斜面にある家のように、床の低い家を作れるようになってなぁ。魚を取りに行くのも楽になって、いっきにこの街は賑わいを増してしまってなぁ...」
言い終えた老人の顔が、少し強張った。
「脛に傷を持つ奴が住み着くのにちょうど良さそうだな」
「その通り!」
ローグの発言を肯定する老人。
「こんな辺鄙なところにある村から税を取ろうなんて考えるお偉い様はいねぇ...つまり悪いことをしてもそうそう捕まらない場所、しかも住むのに苦労しない...治安が悪くなりそうだ」
ローグが推測を述べる。
「その中でもいくつかの組織が幅を利かせておる。その情報と、いくぶんかまともな宿屋を紹介してやろぉ」
老人は詳細な情報を語り始めた。
「...というわけだなぁ」
「頭の片隅に置いておこう。助かった。それじゃあな。いくぞ」
老人が話を終えた途端、すぐにその場を立ち去ろうとするローグ。
「待て。言い残したことがある」
老人が唐突に鋭い声を発した。ローグは立ち止まって老人の方を見るが、老人はシャドに体を向けていた。
「若い兄ちゃん...名前は?」
シャドに話しかける老人。
「シャドです」
「...そうか。シャドという名か...」
老人はそういって、静かに目を閉じる。
「...」
よくわからない状況に押し黙る一行。
数秒ほどして老人はゆっくりと目を開き、シャドの目を見つめた、
「シャドさん...あんたの話を聞きたい。...あんたと似た力を持ってるやつが、昔いてなぁ。思い出しちまった」
「っ!!!」
一行は老人を驚きの目で見つめる。
(魔道具を持っているわけでも、古神と深いつながりがあるわけでもない...)
イオナはモノクルで老人を探ったが徒労に終わった。
「わかりました。みなさんは教えられた宿屋に泊まるんですよね、ではまた」
シャドは一瞬で判断し老人について行ってしまった。
「...」
ローグは黙ってシャドの背中を眺めている。
「どうしたんすか?隊長」
マシャールがローグに尋ねる。
「なんでもねぇ。宿屋に行くぞ」
一行は速い内から宿屋に入ると、長旅の疲れを取るかのようにそれぞれ部屋に引きこもった。受付にシャドが来た場合の伝言を残して。
シャドが宿屋に戻ってきたのは夕方だった。




