出自と腕前
「シャド...俺はまだこいつらのこと信用しちゃいねぇぞ」
イオナとレオの対面に立つのはローグ、マシャール、ウェンド。
「まあ、とりあえず話を聞いてください」
訝しむローグを、向き合う両者を横から眺める位置にいるシャドがなだめる。
「...そろそろいいかな。
私はイオナ。古神、一般的に言えば神と怪異の研究をしてる。隣にいるのはレオ。私の護衛をやってもらってる」
「俺がレオだ」
レオは今までいた場所から一歩前へ出ると、それだけ言って下がった。
「レオって人、なんか独特っすね〜」
「お前もなかなかだがな」
ローグとマシャールはコソコソ話をしている。
「レオと私は、ここより遥か北、極北の寒村の生まれなの。食料すらまともに得られないようなところで、15になった頃には同世代の子どもたちはみんな死んじゃってた。そんな場所にいたらいつ死ぬかわからないから、レオと一緒に外の世界に出ることにしたんだ。
…それが七年前の話」
「...」
重い内容に驚いたシャドは周囲を見渡すが、誰も重い話にショックを受けている様子はない。
「はいはい、質問したいっす!!」
マシャールが質問を飛ばす。
「研究を始めた理由が知りたいっす!それと、七年一緒にいる二人の関係も気になるっす!」
「まず研究についてだけど...色んな国を渡り歩く内に、古神関係の研究をしている人と出会ったの。その人の話が面白くて、古神研究に興味が湧いて。しかもその人はあんまり家の外に出ない性格で、自分からあちこち旅して情報を集めるのを嫌がっていたから私が代わりに情報を集めることにした。ついでに魔道具とかも集めてる」
イオナはチラリとローグを見つめる。
「...シャド、まさか言ってねぇよな」
今度はローグがシャドを睨んだ。
「言ってないですよ!!!魔道具を持っているか見抜く魔道具を持ってるんです、彼女は」
「うん。身につけているもののどれが魔道具なのかはわからないけど。
そういえば、レオとの関係についてだけど...」
マシャールの2つ目の質問を思い出したイオナ。顎に手を当てて考え込んでいる。
「だけど...?」
次の言葉を待ち構えるマシャール。
「なんなんだろ?」
「えぇ〜なんすかその答えは!!すっきりしないっすよ!!」
イオナの答えが答えになっていないことに、熱くなって文句を言うマシャール。
「レオはどう思う?」
「そうだな...」
イオナに問われ、レオは自分自身とイオナのこれまでを振り返った。
「...なんとも言い難いな」
「二人揃って酷いっすよ...じゃあ、聞き方変えるっす。例えば、手を繋いだこととか...き、キスとかしちゃったこととか...そういうことあるんすか?」
「...」
「ふふっ」
レオは沈黙を貫き、イオナは少し笑みを溢した。
「え...教えてくれないんすか」
マシャールはガックリと肩を落とした。
「話は終わりか?」
唐突にローグが声を発する。
「ここに来たのは狂兵に着いて調べるため...っていうのも荷台から出てきたときに言ったし、これで終わりかな」
「そうか...」
ローグはゆっくりとイオナに近づいた。
「俺はローグ。あっちのデカいのがウェンド。ヴァルハラに入り最前線に向かう途中、周りのやつが狂兵になったのにびびって兵站ごとトンズラした。マシャール含め三人でな。
ヴァルハラからの脱出を目指して移動していた時にめそめそ泣きながら歩くシャドと遭遇した」
「ローグさん、説明に余計な部分があった気がするのですが...」
「あんたら、荷台に紛れて最前線に来るとはいい度胸だ。戦いの腕に自信は?」
シャドの発言を完全に無視しながらイオナとの会話を続けるローグ。
「私はめったに戦わないけど、自分の身を守るくらいならいくつか手段を持ってるよ。レオはかなり強い」
「俺はまあまあ強い」
イオナの言葉を訂正するレオ。
「なら、ちっと確かめさせてくれねぇか」
「えぇ!?」
ローグのまさかの提案に驚くマシャール。
「マシャールと二人でかかってこい。遠慮は一切いらない。殺す気でこい」
レオはマイペースにそう言い放った。
「えぇえええええ!?」
マシャールの驚きは止まらない。
こうしてレオ、マシャール、ローグの三人は戦いの準備を始めた。
「面白くなってきたな」
ローグは腰から抜いた剣を素振りしている。
「ローグさん、どうしたんですか...」
突然様子が変わったように見えるローグが気になるシャド。
「理解できないことが多すぎて、剣振り回してスッキリしたくなっただけだ。ヴァルハラに来てからこんなことの連続だぜ」
「僕がローグさん達に同行するようになった後も色々起こりましたね...
でも、なんだかんだで現在地点はヴァルハラの外みたいですし...脱出成功したんですから万事問題ないですよ」
地図を眺めながらそんなことを言うシャド。
「いや...問題だらけだ」
しかめっ面でローグが思いがけない事を言った。
「え、どんな問題が残ってるんですか?」
シャドが問う。
「一つは最寄りの街への移動だ。街はそう遠くないはずだがまともな道が見当たらない。
街の周囲ででまともな道がない場所ってのは、たいてい脛に傷を持つ奴の根城で間違いねぇ。ここにいる6人でまとめて移動すれば襲われる確率は減るが...」
「見つかりやすいですし、相手も勝算の高い作戦を練ってくるでしょうね」
「ああ。十分警戒しなきゃならねぇ。それでもう一つはマシャールのことだ」
ローグの言葉にシャドは首を傾げる。
「マシャール君がどうかしたんですか?」
「出自がわからん。聞いてもうやむやにされるんだが、明らかに込み入った事情があるとしか考えられねぇ。そもそもマシャールっていう名前の響きは貴族っぽさがひしひしと伝わってくるし、年の割に剣の扱いが巧みなのも怪しい。幼い内から剣技を磨けるのは、子供が働かなくていい家に生まれた場合だけだ。
それにあの妙な抜け具合...育ちが良いやつはああいうところがあるんだ」
「抜けてると言ったらウェンドさんとローグさん以外抜けてる雰囲気がありますが...」
「それは正論だな。お前も含めて。だがマシャールはやはり別だ。
お前は物事をよく分かってなさそうだから言っておくが、貴族の子供がこんな戦場にいて良いことなど無い。特にマシャール自身の身が一番危ない」
「...とりあえず僕は、マシャール君の側に出来る限りいるようにします」
「それはありがてぇ、よろしく頼む」
ローグは少しシャドに頭を下げると、レオの方に向かって歩いていった。
「責任感の強い人だな...」
ローグの面倒見の良さに感心したシャドだった。
「いくっすよ...はぁっ!!」
マシャールが掛け声とともにレオに向かって突っ込む。対するレオは微動だにしない。
「なんだあれ...すごい」
見る者を撹乱させるような、複雑な足運びをするマシャールに驚くシャド。
「やるな」
レオも称賛する。
「褒めても油断しないっすよ...えっ」
マシャールは素早い踏み込みで長剣を振るおうとするが、剣先がトップスピードに至る前にレオの剣に阻まれる。
「まだまだ行くっす!」
一合でレオの技量の高さを理解したマシャールだが、即座に剣を切り返し連撃を加える。
斬り上げ、突き、なぎ払い...マシャールのあらゆる攻撃に対して、完璧に防御するレオ。
「ありゃあ無理だな」
ローグはそう言うとマシャールに加勢した。
レオの後ろから近づき剣を振り下ろそうとする。
「流石に重いな」
レオはすかさず振り返って防ぐが、ローグの一撃にすこしよろめく。
「隙ありっす!!」
マシャールは自らに背中を向けたレオに突きで攻撃しようとするが、
「ぐへぇっ」
レオがよろめいた姿勢から突如、全力の後ろ蹴りを繰り出しマシャールはふっ飛ばされた。
「よし」
それを確認したレオは、マシャールに素早く接近すると首筋に剣を添わせた。
「まずは一人」
それからたちまち身を翻し、マシャールのときとは違って苛烈な剣撃を見せるレオ。捻りのないシンプルな太刀筋だが重く、速い。
「くっ」
「...」
うめくローグに対してひたすら無言で攻撃を積み重ねるレオ。
「若いってのは、ほんとに、羨ましいぜ...」
苦い顔でレオの猛攻をしのぎながら、そんな事を言うローグ。
「ローグ、あんた、30くらいじゃ、ないのか?」
レオは剣を振りながらローグに問いかける。
「よく、分かったな...だいたい40歳ぐらいに、間違われるんだが。...はぁ、だが、覚えておくといい。30でも十分キツい」
「勉強になった」
ローグの剣が、レオが言葉を発したと同時に弾き飛ばされる。
「あぁ...強いな。どこでそんな力を身に着けた?」
「村にいた時、暇すぎてずっと剣を振っていた。狩りも剣一本でやっていた。思えば飯を自分で確保できないやつから死んでいったな」
「...すげぇ話だな。そこまで貧しい生まれのヤツは珍しいな」
ふと飛び出した重いエピソードに、少し驚くローグ。
「ちなみにイオナは罠を仕掛けていた」
ローグの言葉をもっと話が聞きたいという意味に解釈したレオは、追加情報を話した。
「へぇ...って、いつまでも話をしてるわけにはいかねぇ。
お前と戦ったおかげで少し頭がスッキリしたから、これからの行動を決めようと思う」
「わかった」
イオナが返事をする。
「...ここらへんから最寄りの街まで、正直言うとかなり危険な道のりになる。ここでお前ら二人と別れるより、一緒に行動したほうが良いと俺は判断したが、どうだ?」
「いいよー。シャドもそっちの方が都合がいいだろうし」
ローグの提案をイオナは快諾した。
「じゃ、今日は飯を食ったらちゃっちゃと寝るぞ。荷台で寝たいやつは勝手に使え。夜の見張りは...レオ、ウェンド、俺で一回ずつでいいか?」
「問題ない」
レオは即答した。