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不撓不屈の奪還記  作者: じゃんべら
第2部 古神研究
21/45

研究者

「...げほっ」

シャドは飲み込んでしまった大量の泥水を吐き出しながら立ち上がる。

「ようやく止まった」

濁流は一時間ほど暴れ続けた。唯一人、意識を失っていなかったシャドは満足に息をすることのできない苦しみを味わった。

「...今までで一番キツかったな。

 …ふぅ。みんなを探そう」

泥水に埋もれたまま意識を取り戻さなければ、当然だが窒息死してしまう。既に死者がいる可能性についてはシャドは考えないことにした。

「あれは...ウェンドさんかな?」




「よし」

泥水がほとんどない場所まで、意識を失った皆を運んだシャド。

シャドの眼前にはローグ、マシャール、ウェンドが川の字で横たわっている。

「あとは、荷台に二人がいるかな」

横たわる三人を背に、泥まみれの荷台へ向かう。

「失礼しまーす」

適当なことを言いながらシャドが荷台に入ると、剣を握り締めたまま気絶しているレオと彼に何かを飲ませているイオナを発見した。

「シャド、こんにちわ!」

イオナは陽気に挨拶する。

「こんにちは」

一応同じように挨拶するシャド。

「あ、今レオに飲ませてるのは私達が兵站に紛れ込むときに使った眠り薬。かなり薄めてあるから30分も持たないけど」

「起こすんじゃなくて、眠らせるんですか?どうしてそんなことを...」

「それは、レオが起きていることで2対1になっちゃうから。シャドに警戒されると困るからだよ。ちなみに、あの三人組はまだ起きてないよね?」

シャドの質問に食い気味に答えるイオナ。

「はい、泥水の中からは引っ張り上げたたけど、まだ起こしてません」

「やっぱり君もその気じゃん!こういう話は、常識外の事が多すぎて混乱させてしまうから、やたらめったら人に聞かせないほうが得策。

さて、何から話そうかな...」

イオナはずっと嬉しそうに笑みを浮かべている。

「じゃあ、まずは古神という言葉について聞きたいです」

「あれ、知らなかったの?...古神というのは各地の伝承にある超常的存在の総称。といっても普通は神とか霊とか呼ばれるから、あくまで研究者が使う言葉。普通には起こり得ない現象を起こすことと、明確な形がなく、消滅させることができないということの二つが主な特徴かな」

古神から力を授かったシャドが古神を知らないことに驚きを覚えつつも、きっちり説明するイオナ。

「力を貰った人なんて初めてみたから勝手がわからないけど...なにかしら啓示、お告げ、説明みたいなのはなかったの?」

「古神から力をもらった時のことは、覚えていないんです。いや、正確に言えば思い出そうとすると意識を失います」

「それもまた興味深い現象だけど、分からないのは残念ね...」

目に見えて落ち込むイオナ。

「でも、僕は自分以外で力を授かった人を知っています。その人からは、授かった力に関することを詳しく聞いています」

「ほんとに!?」

「その人のことと、古神が関わっているであろう体験について、まとめて話しますね。少し長いくなりますが」

「ありがとう。...レオには追加の眠り薬が必要かも」



シャドは一度マシャールに語った内容から古神と関係ない部分を省略し、ローグ一行と出会った後に遭遇した不可思議な現象の事を加えてイオナに語った。

「古神が、人を依り代に君臨...力を与えるのとはまた違うのかな。それと、シャド以外を気絶させた古神が喋った言葉。自分がこれから行う事をわざわざ発言するなんて、意味がわからない...」

「それは、魔法の詠唱みたいなものじゃないんですか?」

(あ、サブカルの知識から適当なことを言ってしまった。この世界に存在するかわからないのに)

言った後に気づいたシャドだったが、シャドの発言を聞いたイオナの表情が一変した。

「魔法...!?魔法を知っているの!?古神よりぜんぜん知名度が低い言葉なのに」

「記憶にあったとしか言えませんね。言葉を唱えて世界に変化を起こす、魔法の詠唱とはこういう認識で間違いありませんか?」

「うん。間違いないけど...魔法を詠唱できる人は今の時代にはほとんどいない。魔法の研究をしている人は知ってるけれどね。

…古神が魔法を使っている可能性は確かにある。でも、普通の魔法の呪文はあんなシンプルなものじゃないの。もっと長たらしくて、難解で宗教的」

「魔法の詠唱でないなら、自己暗示みたいなものですかね」

「...どうかな。そもそも魔法の詠唱には自己暗示的な側面があるから、似たようなものかもしれない」

考え事をしているのか、本を取り出して何かを書き込みながらシャドの質問に答えるイオナ。

「あ、紙の本を持ってるなんて、珍しいですね。ところで...詠唱する魔法にはどのような種類があるかは一旦置いておくとして、詠唱しない魔法はあるんですか?」

シャドが尋ねると、イオナはおもむろにモノクルを外してシャドに渡す。

「これを掛けてみるといいよ」

「分かりました」

モノクル手にを持ち、眼前に移動させるシャド。

「...っ!!人の周りに円が見えます!!」

シャドは突然ハイテクノロジーに触れて驚いた。


シャドはカメラに搭載されている被写体認識機能を思い出した。モノクルが持つ機能は、画面に人の顔が映ると顔の周りに枠が表示される機能とそっくりだった。

「それは魔道具と呼ばれるもの。さっきシャドが紙の本といったこれも魔道具。これらの道具は魔法を使って作られた道具で、効果を発揮し続けてくれる。実のところ道具を使う際に発声が求められる魔道具もあるけど、魔法の詠唱ではないらしいよ」

イオナはそんなことを言いながら寝ているレオに近づくと、レオの首にかかっていたペンダントをとり外した。

「私を囲っているその円、黄色になっているのが分かる?それが分かったら今度はレオを見てみて」

「言われてみれば黄色いですね。レオは...あれ?レオの周りの円は白いです」

「魔道具を持っていない人は、表示される円が白くなるの。ひとつでも持っていると円は黄色になる」

イオナは手に持ったペンダントをゆっくりとレオに近づけていく。ペンダントがレオを取り囲む円に触れた瞬間、円の色が黄色に変わった。

「持っているか持っていないかの違いは、基本的には魔道具が少しでも円の中に入っているかどうか。でも...」

イオナはペンダントを持ったままシャドから遠ざかり始める。そう広くない荷台の中で、シャド、レオ、イオナの順に一直線に並んだ。

「いくら円の中にペンダントが見えていても、レオとペンダントの距離が一定以上離れると魔道具を持っているとは認識されない」

レオの周囲に見える円は白色に戻っていた。

「優秀な機能ですね。奇妙な程に」

「奥行きすら認識しているなんて、いつ考えてみても不思議よね。

 ...私が今持ってるこの本は、くっついてる紐を引っ張れば書いたことが一瞬で消せる。でも完全に情報が消えてるわけじゃなくて、消した文章の最初の一行を書くと復活する。驚くべきことに、記録できる文章の上限はまだわからないの!数年間使ってるのに」

本を開いてシャドに見せながら解説するイオナ。

「そんな研究にぴったりな魔道具が...誰かに作ってもらったんですか?」

「さっき言った、魔法の研究をしてる知り合いが魔道具を修理できるの。古い遺跡に残っている魔道具は大体壊れてるんだけど、彼のところに持っていくと直してくれる」

「直せるなら、いつか作れるようになれそうですね」

「私もそう思ったんだけど、彼は”魔道具が自ら治ろうとする性質を活性化させているだけで、理解には程遠い”と言っていた。生き物の死骸で作った道具は欠損が生じても自己修復することがままあるけど、魔道具は生き物の死骸を作られてるわけではないみたいだし...ああ、もう分からないことだらけ!!!」

頭を抱えるイオナ。

「まだ考察するのに十分な情報が足りないですね...」

「でも、これだけの手がかりがあれば大幅に研究が進む可能性が高い。いろいろ引っかかる言葉が多かったし。...考えてみれば、シャドの発想はかなり示唆に富むものだった。君は研究のセンスがあるよ!

ちなみに、君の過去の話から推測するに、目的はカシャという人を元に戻すこと?」

「はい。そのために少しでも多くのことを知りたい、分かりたいんです」

シャドは真剣な表情でイオナを見る。

「そうね...私はしばらくしたら共同研究者の元へ戻らないといけないから、とりあえずその時について来たらいいよ。大きな街についたら、しばらくはそこに滞在すると思うけど」

「それは気にしませんけど...

共同研究者がいるんですか?...というか、そもそも何を目的に研究してるんですか?」

「そこら辺の事情は、全員起きてから話すよ。私とレオの身の潔白を証明しないといけないから」

「分かりました。...起こしに行ってきます」

シャドはそう言うと荷台から早足で去っていった。

「レオ...そろそろ起きて」

イオナは指でレオの瞼を無理やりこじ開けると、眼球に直接息を吹きかけた。

「うおっ!!」

飛び起きたレオは、自分が剣を握りしめていることに気づくと鞘に収める。

「シャドと話をしたの。彼はとても古神と縁が深くて、かなり研究が進みそう!!...本当に凄いところまで来ちゃったよ、私達」

感慨深そうに言うイオナ。

「俺にはよくわからんが...」

レオはイオナの研究についてほとんど理解していない。

「歴史に名を残すかも。ただの田舎の若者二人だったのに!」

「おお...」

凄さを伝えたいイオナだが、相変わらずリアクションの薄いレオ。

「レオは名誉も興味ないの...?」

「よくわからん」

「レオは、いっつもテキトー...私も似たようなものだけど。そろそろ行こうか」

二人は荷台の外に足を踏み出した。

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