青い鳥
「どうせロクでもないものに違いない。とにかく逃げるぞ」
ローグは逃げの判断を下した。四人は走り出す。
「ローグさん、僕が最後尾を務めましょうか」
一番後ろを走るローグに対し、走るペースを落として近づいてきたシャドが話しかける。
「いいのか?頼む」
ローグはあっさりと譲った。
「僕があいつに何かされたら一切躊躇せず見捨ててくださいね。その後僕が生き残ってローグさん達と再会しても恨んだりしないので。心配は無用です」
「...了解した」
(そんな心配するやつなんているのか...?)
ローグは心のなかに疑問符を浮かべながらも返事をした。
「ローグ隊長。前方に狂兵がいる。走り抜けることは、多分できない」
今度はウェンドがローグに話しかける。
「そりゃあまずいな...だが、あの青いモヤの、移動速度は遅い。追いつかれる前に、そいつらを蹴散らす」
走りながら喋るのが苦しいのか、言葉を切らしながら答えるローグ。
「隊長!おれは先に戦ってきます!!」
マシャールは大声でローグにそう伝えると誰よりも早く駆け抜けていった。
「彼、とても元気ですね」
「ああ」
シャドの発言にローグは同意した。
ウェンド、ローグ、シャドが狂兵たちの前に到着する。数は7人。一人は既に血を流し地に伏せている。
マシャールは敵の攻撃を素早い身のこなしで躱しながら、遅れて到着した三人に声をかける。
「こいつらあんまり動きが良くないっすよ!楽勝です」
「そうか」
ローグは適当に返事をすると腰の剣を引き抜き、狂兵の一人に斬りかかった。
「ウェンド、引き付けろ」
ローグがウェンドに指示を飛ばすと、ウェンドは大盾を手に取り、思い切り地面に叩きつける。大きな重い音が鳴り響き、狂兵達の多くがウェンドに注目し接近しだした。
「僕も敵を引き付けます」
シャドはそう言うと荷袋をその場に下ろし、たちまち狂兵達の中心に飛び込むと鈍色の剣で暴れ始める。敵の攻撃を物ともせず相手の身体や武器に攻撃を叩きつける。
「引き付け役がひとり増えると、かなりやりやすくなるな」
「引き付けてるだけじゃなく、かなり倒してるっす!シャドさんすごいっすね」
ウェンドとシャドに注目している敵達の背中を、切り裂きながら会話するローグとマシャール。
敵たちはあっという間に全滅した。
「意外と、すぐに終わりましたね...
あっ。遠くに、渓谷の出口が見えますよ。これで一本道とはさよならです」
先程下ろした荷袋を背負いながらシャドが言った。
「あそこまで走ったら休憩だな。行くぞ」
ローグが指示を出し、再び四人は走り出した。
「ふぅー。流石に堪えるな」
肩で息をするローグ。
渓谷を抜け、巨大な岩山が点在する荒野に出た四人は、岩の隙間で休息を取っていた。
しばらく無言でその場に座り込んでいた四人だったが、ふとローグが声を発した。
「そろそろ日が暮れてきたな。お前ら、出発するぞ。渓谷は南北に広がっていたため北に進んでいたが、ここからは北東の方角にひたすら進む。今日はあと2時間くらい歩くぞ」
「マジっすか隊長。もうちょっと休んでからにしません?」
「駄目だ」
マシャールの提案を一瞬で切り捨てるローグ。
「...今すぐ出発するべきだ、マシャール」
ローグに続いて、ウェンドがマシャールに話しかけた。
「ウェンド、なんか感じ取ったか?」
ローグは、無口なウェンドが突然喋りだした理由を探る。
「青いモヤから逃げ切れていない気がした」
「よしマシャール、さっさと行くぞ」
ウェンドの返答を聞くとすぐにローグは立ち上がり、マシャールの背中をバシンと叩いたあと歩き始めた。
ウェンドとシャドもそれに続く。
「足が痛いっす...」
マシャールは文句を言いながらも立ち上がり、歩き始めた。
そこから二十分ほど北東に歩みを進めた四人だったが、遠方に大勢の狂兵を発見してその動きを止めた。
「とんでもない数っすね...でも逃げると言っても、さすがにもう走れないっすよ隊長...」
「俺もウェンドも同じだ。逃げる体力は残ってねぇ。ここは隠れてやり過ごすぞ」
マシャールの発言に共感を示したローグは、あたりを見回す。
「隠れる場所がごろごろありそうな、あの山へ行く」
ローグが近くの岩山を指す。それから黙々と移動する一行だったが、なにかに気づいたシャドが声を発した。
「あ、アレを見てください」
「ん、どうした?」
シャドの声に反応するローグ。
「渓谷のあった方向へ狂兵が移動しています。あんまり近づいてくることはなさそうです...って」
「うわぁぁぁ!!で、でたっ!!!」
驚きの声を上げるマシャール。
移動する狂兵の大軍の前方、渓谷の中から出て来たのであろう青いモヤが見える。あからさまにその大きさを増していた。
ゆっくりと移動していた筈の青いモヤは、狂兵に近づくにつれその速度を上げていくと共に形を持ち始める。それはいつしか無数の青い鳥へと変貌していた。瞳の中から爪の先まで全てが青色の、不自然な色彩の鳥たち。羽を全く動かさず、空中を滑るように動いていく。
「はぁ!?なんだありゃ?初めて見たぞ、こんなイカれた現象は...」
驚きの声を上げるローグ。
「これは...」
シャドは、起こる全ての出来事を見逃すまいと凝視している。
不気味な青い鳥の群れは、半球のドーム状になって狂兵の大軍を取り囲む。外から狂兵達が見えなくなった。
「怖すぎるっす...」
恐ろしい光景に、震えながらそんな事をいうマシャール。
一分程経ったころ、唐突にドームが解けた。青い鳥たちは、体を青いモヤに戻しながら南の方へ消えていった。
「...」
シャドが狂兵に襲いかかられた一部始終を目撃したときのように、一斉に沈黙してしまうローグ、マシャール、ウェンド。
「...ちょっとあそこまで様子を見に行っていいですか。ここからだと様子がよく分からなくて」
狂兵たちは地面に倒れているようだが、それ以上のことは一行のいる場所からは分からない。
「あ、ああ。別にいいんじゃないか。俺たちはここにいるから行って来い。たぶん、ここら辺にいた狂兵はあいつらで全てだろう」
ローグはまだ動揺が少し収まっていない。
「じゃあ、俺もいきます」
「おう」
「...よしっ」
ローグが動揺している隙に許可を貰うマシャール。
「シャドさん、着いていっても良いっすよね?」
「もちろん。行きましょうマシャール君」
マシャールの幼い顔立ちを見たシャドは、年齢差を考えてマシャール君と呼ぶのが一番丸いと考えた。
「俺とウェンドは、ここで飯と野宿の準備をしておく」
ローグはまだどこかぼんやりとした様子でそう言った。
「シャドさん。隊長がいない場だからいえることなんすけど...シャドさんの話、聞かせてもらえないっすかね?」
移動中、マシャールがシャドに話しかける。
「いいよ。実は、誰かに話したいと思ってたんだ。でもどうして?」
シャドはマシャールに疑問をぶつける。
「泣きながら歩いてるって、やっぱり気になるじゃないすか。気にならないほうがおかしいっす!」
「それもそうだね」
そこで一旦言葉を切ったシャドは、深呼吸を一つした。
「...本当に短い間だったけど、たくさん学ぶことがあったし、思い出ができた」
シャドは語り始めた。
「...それで、僕とカシャ二人で狂兵達を迎え撃つことにしたんだ。
おっと、そろそろ着きそうだね。続きは帰り道で」
シャドは話を切り上げると、目的地に向かって走り出した。
「あ、ちょっと、待ってシャドさーん!」
慌てて追いかけるマシャール。
「追いついた、足速いっすね...って、うわ、何だこれ!?」
「どろどろになっている...」
二人が見たのは狂兵達の死体。全身がゲルのようにブヨブヨしているものが殆どで、それが破裂したのかドロドロの物体と骨だけが残っているものも僅かにある。
「人体の殆どは水でできている、というのは常識だが...身体の中の水分になにかしたのか?」
シャドは自分なりに考察を進める。
しばらく死体を眺めながら考え込んでいたシャドは、おもむろに荷袋から紙の本を取り出した。
「狂兵に近づくと鳥の姿になったのも含めて、わからないことが多いな...とりあえずメモしておこう」
シャドは荷袋から紙の本を取り出すと事の仔細を書き留めた。
「紙の本を持ってるなんてめずらしいっすね!!...ああ、嫌な記憶が蘇ってくるっす...」
「嫌な記憶?」
紙の本にまつわるエピソードを持っていそうなマシャールに、発言の意味を尋ねるシャド。
「無理やり机に座らされて、勉強させられたんすよ。最悪だったっす」
「...そうなんだ」
シャドは紙の本がよほど珍しいということをカシャから聞いたことを思い出した。
(もしかして、マシャールは高貴な生まれなのかもしれない。そう考えるとマシャールという名前も貴族みたな雰囲気があるし)
「あ、さっきの話、続きが聞きたいっす!」
「えーっと、どこまで話したっけな...あ、二人で狂兵の迎撃することが決まったところからか...」
シャドは再び語り始めた。
「...それで、神聖なる土地とは何だったのか。狂った侵入者たちは何だったのか。太陽の神とはなんだったのか。それらを解き明かそうと思ったんだ。逃げた村民達の元を尋ねた後、戦場に来て君たちと出会った...」
話を終えたシャドは、少し涙ぐんでいる。
「聞いてるこっちも悲しくなってきたっす...僕に出来ることがあったら手伝うっすよ!!」
「...ありがとう」
マシャールの好意に感謝を述べるシャド。
「あ、ちょうど到着っすね...あれ?なんか隊長達の様子がおかしくないっすか?」
「え?」
シャドが視線を向けると、兵站が詰め込まれた荷台に向けてウェンドが大盾を構えているのが見えた。
「おーい、たいちょぉぉぉ!!!何があったんすかぁぁぁ!!」
マシャールが走りながらローグに声をかける。
「...前からウェンドが、兵站について妙なことを言ったのを覚えているか」
ローグは唐突にそんな事を言い始めた。
「...たしか、兵站の積み方が不自然な気がするって言ってたっす」
「そうだ。その理由がようやく分かったんだよ」
ローグは忌々しげに言った。