太陽の神
会話文や表現大幅な修正を加えました。
「はぁ、はぁ、はぁ....」
息も絶え絶えと言った様子で、カシャが草原の窪地に座り込んでいる。
このあたりは特に長い草が生えており、いつ敵と遭遇するかわからないこの状況にあっても最低限の安息を得られる場所だった。
現在二人は、このような比較的安全なルートを通って半地下の拠点への帰還を目指していた。
「カシャ、大丈夫ですか?傷はなさそうですが、やはり数百人を相手どるとなると流石に体力が...」
「たしかに、とても疲れた...でも、私のことはいい。それよりシャドの方こそ、大丈夫、なのか?」
「何度か危ない場面がありましたが、大丈夫です」
シャドは鈍色の剣を握りしめ、カシャの正面に立っている。服はボロボロで体中傷まみれ...幸い、シャドの回復力は凄まじく多くの傷は治りかけている。
二人はかれこれ7時間ほど、豪雨の草原を歩き周ってゲリラ的な戦闘を繰り返していた。
たとえ武人として世界最高峰の技量をもつカシャであっても、疲労は免れない。
「拠点まで、後少し....」
カシャはそう言って立ち上がろうとするが、なかなか足に力が入らない。
「くっ。自分の弱さが、情けない...」
カシャは苦しさと悔しさがないまぜになった表情で、そんな事を言う。
「この作戦に見合う強さを持っている人なんて、どこにだっていませんよ。気に病むことはありません。もう少しです」
シャドはそう言いながらカシャが立ち上がるのを出助けした。
二人はゆっくりとしたペースで草をかき分け拠点へ向かう。
「後、どのくらい部隊が残ってい...!!」
言葉を発する途中、なにかの気配を感じ取ったカシャは沈黙した。
シャドとカシャは素早く、静かに地面に伏せる。しばらく待つと、二人の男達の話し声が聞こえてきた。
「部隊の様子はどうだ」
「全隊24部隊の内、12部隊は敵対者により壊滅。7部隊は同士討ちにより壊滅。
残っているのは、我らの部隊を含めて5部隊です」
「...部隊が壊滅した場所に赴き、兵士達の死体を回収しろ。食料とする」
「了解」
それきり、会話は聞こえなくなった。数分の沈黙の後、小さな声でシャドがカシャに話しかける。
「まずいことになりました。死体の回収に赴くため、相手がこの場所を通る可能性があります。
様子を見てくるので、カシャはここで待っていてください」
「まって、それは危険すぎる。シャド...」
カシャの制止も聞かず、シャドは話し声が聞こえた方向へ進んでしまった。
シャドがしばらく歩いたところで、また声が聞こえた。
「ここの向こうに、部隊が壊滅した場所があります」
「見通しが悪い、敵への警戒を怠るな。総員、突入準備」
(まずい、今の状態のカシャが戦うのは無理だ。ここは一人でやるしかない...
負けたらカシャが危ない。絶対に負けられない。
気合を入れろ、シャド。全員、ひとり残らず殺し切る)
深呼吸して息を整えると、覚悟を決めてシャドは敵部隊の前に姿を表した。
「全員、殺す」
シャドが半ば自分に言い聞かせるようにそう言うと、兵士たちは構えて様子を見ることもせず、一気に襲いかかってくる。
無数の槍と剣の攻撃がシャドに降り注ぐ。その中でシャドは力を込めて鈍色の剣を振り回す。敵の武器を破壊し、敵の防具の上から衝撃を与えるこの強靭な剣は長時間の戦いでも無類の耐久性と攻撃力を発揮している。
シャドの身体が剣に、槍に裂かれる。全身を叩かれ、地に倒され、泥の中に埋め込まれそうになるが、シャドは止まらない。シャドが考えているのは剣を強く、多く振ることと眼を守ること。それ以外の全てをかなぐり捨てて暴れまわる。シャドの攻撃はもはや全てが捨て身の一撃だった。シャドを取り囲んで総攻撃を食らわせていたはずの兵士たちが一人、また一人と倒れていく。
そうして最後の一人の首に剣を叩きつけてへし折り、戦いは終了した。
「終わっ、た...」
剣を手放し、膝立ちの状態になって放心していたシャドは、数分程してようやく立ち上がるとカシャの元へ戻った。
「カシャ、敵部隊と出くわしましたが、なんとか倒すことができました。...帰りましょう」
「シャド...」
脇腹が大きく引き裂かれ、片腕が妙な方向に折れ曲がっている。
そんな酷い状態のシャドを見てカシャが悲痛な表情を浮かべる。
「これでもほとんど痛みはないんです...脇腹の傷も、問題ないです。さっさと帰りましょう」
努めて元気そうに振る舞うシャド。
「...本当に、大丈夫なのか?」
「もちろん」
「...心配した」
歩みを進めるシャドの背中を見てそう呟いたカシャは、それきり無言でシャドに着いていく。
その後、敵と遭遇すること無く拠点にたどり着いた二人は、倒れ込むようにして就寝した。
翌日。
太陽が空の頂点へ至るような時刻にシャドは目覚める。
拠点の中から外を見ると、カシャが南の方を向いて立っているのが分かった。その傍らには、大きな荷袋が置いてある。
「カシャ、おはようございます」
シャドが声をかける。
「おはよう、シャド」
カシャはそう言ってシャドの方に向き直る。
「シャド。話したいことがある。
...私はひとつ、シャドに隠し事をしていた」
一陣の風が草原を吹き抜け、あたりの草を揺らす。
「一体、どのような?」
何のことか、思い当たることがないため首を傾げるシャド。
「私とシャドが村にいた時、広場で力を用いて発見した敵は、昨日戦った兵士達だけではなかった」
カシャは眼をまっすぐとシャドに向けて、話し始めた。
「昨日戦った兵士達の後方、歩いて一日もかからない程の距離に...別の集団を発見していた。
…数は、検討もつかない。
数千、いや数万か。多すぎて、よく分からなかった」
言い終わると、カシャは視線を地面へ向ける。
「...多すぎる。くそ、どうすれば...」
明らかに対処不可能な敵の数を聞き、混乱を露わにするシャド。
「...以前から言っていた、秘策。それを使う」
カシャは、静かにそういった。
「秘策...その内容は、今なら教えてもらえるんですか」
不安げな表情をしながら、尋ねるシャド。
「それを説明するには、私が神から与えられた運命について、話さなければならない。
私は...私は、神に、依代として魅入られた」
「依、代?」
不穏な言葉に、冷たい汗がシャドの頬を伝う。
「私は、太陽の神に、神の依代として魅入られた。
…私がシャドに見せた力も含めて、与えられた多くの力は全て、付属品に過ぎなかった」
「...」
沈黙するシャド。
「依代となることを私が受け入れれば、太陽の神がこの地に降臨する。そうすれば、すぐにこの地は神以外の誰もいることのできない場所になる。シャドでさえも」
「...か、神がカシャを依代として降臨するなら。カシャは、どうなるんですか」
その質問にカシャは答えない。その事がシャドにとって最悪な答えを暗示していた。
「...シャド。私は始めてシャドと会った日の夜、シャドに名前をつけたことの重大さに気づいて、それを憂いていた。取り返しのつかないことをしてしまったと。
...でも今は、それは間違いでは無かったと思っている」
「...」
滔々と語り始めるカシャ。そして、何も言えなくなったシャド。
「私は自分が使命をまっとうすることには一片の迷いもない。それはずっと変わらない。
常に使命を心に抱いて、あの場所で、役目を果たしてきた。
でも、やっぱり一人は寂しい」
切なげな表情を見せるカシャ。
「カシャ...」
「寂しくて、それで泣いて、泣いている自分が情けなくなって、泣きはらした。
そうして涙も無くなって、ひたすら草原の景色を眺めていた時があった。
そんな時、ふと後ろから声を掛けられて、シャドと出会った。
...その日から、確かに私の世界は一変した。
シャドと話して、過ごした時間は、私の孤独を癒やして、それどころか未知の楽しさも教えてくれた」
カシャはシャドの両手を掴んだ。
「...もし、私に使命が無かったら。
いつの日か地図を描いて夢想した広い世界を、実際にシャドと旅をするのも良かったかもしれない」
ありえない未来を空想して、儚げな笑みを浮かべるカシャ。
「それで...私は、いつしか私は、危機的な状況に陥っても秘策を用いるのを躊躇うようになっていた。
太陽の神に私が魅入られたのは、依代として見出されたからなのに。
依代になることで、村の人々の悲願である使命は確実に果たされるというのに。
...私は、シャドともっと長く一緒に過ごしたかったから、躊躇った」
カシャはシャドの身体を抱きしめる。
「シャド。どうか、私との繋がりを、縁を、忘れないでほしい。
私は依代になってしまうけど...シャドが覚えていてくれるなら、それで十分だと思える」
「うっ、うう...カシャ...」
シャドもカシャの背中に手を回して、力を込めて抱きしめる。シャドの瞳から涙があふれる。
「シャドと過ごした時間は、一年も、いや半年にも満たない短いものだったのに。
どうしてこんなに、寂しくなってしまうのだろう...」
ぽろぽろと、カシャの瞳から涙が零れ落ちる。
「僕も、同じ、気持ちです。ううっ...寂しい、もうお別れなんて、嫌です」
シャドは涙で視界がぐちゃぐちゃになっている。
「そこの、荷袋には...シャドが、これから、外の世界で生きていく上で...役立ちそうなものを、入れておいた、からっ...私との、繋がりを示すものも。
私っ…私は、シャドの、これからの、旅路にっ...ついていくことは、できないけどっ...持っていってほしい...」
「そんなの...お願いされなくたって、持っていきますよっ...」
お互いを抱きしめる腕にさらに力が入る。
心象に去来する膨大な感情を相手に伝える手段を、二人はこれしか知らなかった。
それから...永遠にも思えるような、一瞬にも思えるような時間が過ぎ。カシャはシャドに回していた手を放した。
「そろそろ...やらなきゃいけない。
私は、神の依代。この身に神を降ろして、神聖なる土地を守るのが使命。
そして、神が降りた後も長く留まれば、いくらシャドでも死んでしまう」
カシャはシャドの眼を見つめて、真摯に訴える。
「ここは、一旦お別れです。でも、僕は...僕は、何があっても諦めません。
必ず、絶対に、カシャに会いに来ます。
僕は、この世界についてほとんど何もわからない。カシャに降りる太陽の神のことも、神聖なる土地のことも、南方からの侵入者のことも、自分の身体に起こっていることも。でも、全部解き明かします。解き明かして、全部上手くいくように解決します。待っていてください。
...そう考えなきゃ、ここから去ることなんできません」
「...シャド」
「僕は、昔の記憶がないとカシャに言っていました。
…すみません、あれは嘘です。僕には過去の記憶があります。
こことは、いや、この世界とは何もかもが違う世界の記憶が。でも、過去の記憶はあっても、僕の心の中には何もなかった。僕の過去の人生は、あやふやで現実感のない、虚無に近いものだった。カシャのように使命を持つこともなかった。
...本当に、大したものは何もなかった。
でもこの世界に来てから、そうではなくなった。森で、命の危機に何度もあって、当たり前だと思っていた生きることの素晴らしさを感じた。
そして、カシャに出会った。こんなに親しみのわく、一緒にいたいと思える人と出会えた経験は、初めてです。
僕にとっても、カシャとの縁は凄く大切なものです。
だから、これでさよならなんて嫌だから...
また、会いに来ます。全部解決して、広い世界への旅を誘いに来ます。」
シャドがそう言い終わると、再びカシャが抱きつき、それにシャドも応じる。
「...本当に、いままでありがとう。またね...シャド」
「こっちのセリフですよ。...いつかまた。カシャ」
シャドは荷袋を背負う。涙をとめどなく流しながらも、それでも笑顔で手を振ってカシャの元から去っていった。
カシャは手を振る行為が何なのかを知らなかったが、自然と意味を感じ取ったカシャは手を振り返す。瞳を濡らしながら満開の笑顔でシャドを見送った。
お互い、相手の姿が地平線に沈むまで手を振り続けた。
カシャは、彼方にいる大軍に向き直ると、涙を拭って、祈りを捧げる姿勢を取った。
「最後まで、夢を見させてくれてありがとう、シャド....「「私は、依代」」
瞬間、世界が爆ぜた。
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