ゲリラ戦
超大人数の侵入者達に対して、半地下の拠点よりさらに南で接触したほうが良いと結論づけたカシャとシャドは南方へ向かって歩いていた。
「そういえばここへ来る途中、家でいろいろ荷詰めをして半地下の拠点に荷袋を置いてましたね」
途端、前を歩くカシャの歩調が少し遅くなった。
「...あれは、秘策を使う時のため用意した」
「想像も付きませんね、その秘策。将来に渡って侵入者への対策となりうるものなんて、全く思い当たりません。最初はカシャが自分の肉体を代償にして大規模な力を行使するのかとか思ってしまいましたが、そんなことをしても一回敵を追い払えるだけですし、地形に変化を起こすとしても神聖なる土地に手を加えるとは思えません」
「私もシャドも死ぬことはない」
それだけ言うとカシャは歩く速度をぐんぐん速くして先へ進んでしまった。
「そろそろ着く。見えてきた」
カシャが指差す方にあったのは、地にのっぺりと広がる鎧の群れ。完全に統制された動きでこちらへ進んできている。
近づくに連れ、その威容にシャドは驚愕する。兵士とは、個人の枠を超えた暴力の結集。完全に支配下に置かれた凶暴性が鎧の中に潜んでいる。
「僕が声をかけてきます、我々の願いはこれ以上先へ進ませないことですよね」
「私がやる」
「生還することその一点においてはカシャに負けません。任せてください」
「この地を守るのは私の使命だ、そこはやらせてくれ」
真摯な表情で訴えるカシャにシャドは譲った。
「...わかりました」
「ここから先は私達が守る神聖なる土地、私は守護の役目を果たす者っ!!この地に何の用かっ!!」
体格から想像もつかないような大声でカシャが名乗った。
「全軍、止まれ!!」
中央の、馬に乗った男がそう言うと同じ内容の言葉が波のように兵たちに広がっていき、十秒ほどで全軍が停止する。
男だけがカシャの方へ近寄ってきた。
「我らの望みは国のため戦うこと。貴方は敵か味方か」
「敵でも味方でもない。ここより先に踏み入るなら敵だ」
「敵か味方か」
カシャは会話の応答に若干の違和感を覚える。
「...このまま引き返すなら、味方だ」
「なら、食料を頂こう」
「それは無理だ。そもそもその人数の一食分すらない」
「食料を頂く。協力感謝する」
全くカシャの言い分に取り合う気がない男は猛スピードで軍へ引き返そうとする。軍の兵士たちは既に武器を構え戦いの準備を始めていた。
「はっっ!!」
とっさの判断でカシャが金属製の槍を投げる。
見事に、鎧に覆われていない頭部に突き刺さる。落馬する男。
「全員、散開!!!!2分隊20人でまとまり、全方位を索敵せよ!!!」
軍の中から一人の男がいきなり叫ぶ。すぐに陣形が崩れ、変形していく。
カシャは撤退した。
半地下の拠点の中でシャドとカシャは話し合う。
「まずいことになった。あれだけ散らばってしまうと全員の捕捉が不可能」
「包囲殲滅されないだけマシ、と考えましょう」
「20人ごとにまとまって部隊となり行動しているようだが、各個撃破するしかない...だが下手に動くのも」
接触から既に二時間近く経過している。これからの行動に二人は頭を悩ませていた。
「あ、そういえば...雨のときはカシャの力は使いづらくなりますが、アレだけの人数を相手にするには声の通りも悪く視界も暗くなる雨天は好都合ですよね。まだ昼前なのに、だんだん空が暗くなってます」
シャドがそんなことを言い終わるやいなや、ぽつぽつと雨が地面を叩く音が鳴り始めた。
「今しかない、行こう」
カシャは投擲用の槍を二本手に持ち、背中にいつもの木製の槍を差して立ち上がった。
「僕も持ちます」
シャドもカシャのために槍を背中に二本両手に二本持った。短剣四本と鈍色の剣をあわせて大量の武器を身につけている。
雨音は刻一刻とその激しさを増している。既に土砂降りと言っていいレベルに到達した。
「実は、曇り空になる前に、周囲を探っていて2つほど部隊を発見した。近くに別部隊がいるかは分かっていないが、とりあえずその内の一つを攻撃する。南南東方面に進む。私が合図をしたら草の深いところを這うように進んで」
「了解」
シャドとカシャは豪雨の草原を素早く移動していく。
「いた。隠密に」
カシャはそう言うとすぐさま匍匐前進のような姿勢に移行する。シャドもそれを真似る。
ふと、森の中心の沼から匍匐前進で脱出したときのことをシャドは思い出した。
「止まって。槍を置いて」
シャドはそっと身体から槍を取り外すとカシャの近くに置く。
「あそこにいる、見える?」
「見えます」
カシャはしばらく黙り込んだあと、
「...陽動をお願い」
シャドに囮役を頼んだ。
「任せてください」
シャドは匍匐前進で部隊と十分な距離を取りつつ迂回していく。
どうやら敵たちは食事を摂っているらしい。
「...よし」
シャドは意を決して茂みから飛び出すと、肉をしゃぶりながら地面に蹲っていた一人の兵士の脳天を叩き割った。
「敵襲!!!」
周囲の兵士たちは一斉に持っていた食料を投げ捨てると武器を手に持った。
その中で一番シャドの近くにおり今にも襲いかからんとしていた兵士が突如、足に槍を穿たれ体勢を崩す。
その瞬間にシャドは自身の左前にいた兵士に斬りかかる。
「半分は周囲に潜む敵を探せ!残りはこの男の相手だ!!」
二、三合の後兵士の顔面をフルスイングして粉砕したシャドは急いで後退するが、短槍を持った兵士が三人一斉に襲いかかってくる。
「はぁっ!」
カシャは身を捩って突き出された槍の正中線への直撃を防ぐと、三人の内の真ん中に突っ込み相手の腕を薙ぎ払う。あらぬ方向に相手の腕がひしゃげ、それでも勢いの止まらぬ剣は相手を真横にふっとばす。
それに一人が巻きこまれて少し体制を崩したところに深い踏み込みの一撃。やりで受け止められたが武器が軋む音が鳴り、相手が仰け反る。横から迫る三人のうち最後の一人の槍の一撃に対して身体を引きつつ手で胴体を守ると、仰け反った相手の胸部に剣を突きこむ。金属の鎧が変形し、相手は地面に倒れる。
その内に新たな兵士が二人が加わることで倒れていない敵は三人に戻った。あとから来た内一人は槍、もうひとりは剣。包囲され、一斉に武器が振るわれる。
槍が身体に当たるのを無視してシャドは剣を持った相手に突撃する。
一閃、相手の剣を弾き飛ばしたシャドだったが相手は捨て身の突撃を敢行し掴みかかってくる。
「ぐはっ」
地面に押し倒されて肺の空気が押し出されるシャド。腰から短剣を引き抜いて乗りかかってくる相手の脇腹を何度も突き刺す。
上に乗った相手の勢いがなくなったのを確認したシャドは相手を押しのけ立ち上がろうとするがそこに二本の槍が突き出される。一本は上に乗った相手の首をかすりシャドの顔面のすぐ横の地面に先端が刺さった。もう一本は相手の足ごとシャドの足をえぐった。
鈍い痛みを感じながらシャドは顔のすぐ横にある槍を掴み、引っ張りつつ立ちあがると動きの取れない槍の持ち主の首に短刀をねじ込む。
最後の一人はカシャが戦っている方へ向かっていった。
「まともに痛みを感じていたらこんな戦い方できっこない。それになんだか疲れた」
地面に押し倒された際に手放した剣を拾い上げると、シャドは身体のあちこちから血を流しながらよろよろとカシャの方へ向かった。
カシャは投擲用の槍を3,4本投げた後に近接戦に突入していた。
相手が剣を一振りする間にカシャは槍を振るい首を刎ね次の敵に襲いかかる。
金属鎧に覆われた胴体を攻撃するのは難しいため、カシャの攻撃は首に振るわれる。
数人殺したところで包囲され、一斉に槍を突き出されるが
「このくらいなら、あの力を使うまでもないっ」
カシャは前方から襲いかかる二本の槍を自らの槍で払いのけると後方の槍に突き刺される前に前進、槍が二人の相手の間を跳ねるように動いた直後、血を吹き出して地面に伏している死体が二つ出来上がる。
身体の向きを瞬間的に180度回転させると、後方から攻撃してきた敵たちに対して円弧の軌道を伝って走り寄り、振るわれる槍をくぐって躱すとその姿勢のまま敵たちの背中側を走り抜け、同時に足の健を切り裂く。
近くにいた敵を一層したカシャは、少し遠くから集団でやりを構えてにじり寄ってくる兵士たちに対してたった今殺した相手が持っていた武器を投擲する。
豪速で十分な回転のかかった武器が集団に投げ入れられることで、隊列が乱れる。そこに追加で武器を投げながらカシャは走っていき、
集団の中央に突っ込むと神速で槍を振るう。カシャ一人にまたたく間に隊列がごりごりと削り取られて行く。
「とにかく近づいて動きを止めろ」
誰かがそう声を上げたことで全員が捨て身の接近を試みる。
犠牲を出しつつ少しずつカシャを囲む人の輪が縮まっていくが
「発動」
カシャは自身の槍を遠くに放り投げると、無手で戦い始めた。
相手の首を掴んで意識を奪い、いとも簡単に転ばせる。背後から迫る敵には肩甲骨を使って金属鎧の上から相手を吹き飛ばす。地面を滑るように移動し装備で十分に守られていない急所(今のカシャにしてみれば人体は急所の宝庫である)を肘や膝、時には指先で打ち据える。敵の攻撃の一切はカシャに流血どころか打撲程度のダメージすら与えられない。
「解除」
10秒ほどで集団の中心から抜け出したカシャは元から潜んでいた茂みに飛び込む。追いすがる敵達を余った槍を投げて迎撃する。敵が残り5人をきったところで、そのうちの一人が突如前のめりに倒れた。
「シャドッ!!一気に蹴りをつけるっ!!」
カシャは茂みから飛び出し、先程茂みの中に投げ飛ばしていた自らの槍で敵を屠る。
「これで、終わりっと」
最後の一人はシャドが頭部を砕いて死んだ。
「ちょっと疲れました」
シャドは地面に座りこんだ。
「怪我は大丈夫か」
「カシャは全く怪我がなさそうですね。僕も大丈夫です、ほっとけば治ります」
「そうか...」
随分痛々しい見た目で平気そうにしているシャドに少しもやもやした感覚を覚えるカシャ。
「想像以上に疲れました。ある程度理性が残っている人間と戦うのは疲れます。殺すのは特に。同じ運動量だったら、普段なら全く疲れないんですが。
…そういえば、疲れるという言葉で思い出したのですが、こいつら食料はどうしているんでしょう。大した食料も持たずにあの大軍を維持しているなんて信じられません。たしか襲ったときは食事中だったはず」
「近くに食料があるはず。あれとか」
カシャは草むらのなかに転がっている十数個の木箱を見つける。
シャドとカシャは残党を警戒しながらゆっくりと近づいていくが、途中でカシャが歩みを止めた。
「まさか」
カシャはそう言うと今度は早歩きで木箱に近づいていき、蓋を外す。
「人の死体。それも新しい」
「もしかしたら、死体を持ち運んでいただけで食料ではないのかも」
「シャド、短剣を貸してくれ」
「わかりました」
シャドは自分の短剣が突き刺さった死体を見つけると引っこ抜いてカシャに渡す。
カシャは驚くべき手際で近くの死体を切り開いた。
「カシャ、感染症とか危ないんじゃ....」
「やろうと思えば体温を普段より更に高く出来る」
そう言いながら死体の臓器に手を突っ込んで胃を切り取るカシャ。
「これは...間違いない。この兵士達は人の死体を食べている」
「そんなことが...ありえるんですか?どうして」
「わ、私に聞かれても」
驚愕のあまりカシャが答えられるはずのない質問をしてしまうシャド。
「でも、これで分かったことがある。私が軍の指揮官らしき男と話した時、味方なら食料をよこせと言われた。十分な食料は用意できないと言ったのに、食料の要求は取り下げられなかった。あれはもしかすると人間を食料にするから足りるという意味だったのかもしれない」
神妙な顔でカシャが言う。
「たしかに人間を食料とするなら、出会った相手を殺して食えば餓死しないわけですから、大人数で無茶な移動もできるかもしれません」
「そうかも」
カシャはそう言いながらじっと胃の中身を見つめている。
「カシャ?」
「そもそも人間のほぼ全身を、生で食べているという謎もあるけど」
「そんな事が...いや、僕なら多分食べても平気です。勿論食べませんが」
カシャの頭の中でぐるぐると思考が巡る。シャドに力を与えた何か、それは兵士たちを狂わせたなにかと同じ存在ではないが、同質なおぞましさを感じさせる...
「この状況を引き起こした存在は、争いに満ちた世界を望んでいるのだろうか」
シャドの不屈の肉体は結果として多くの争いをシャドに与える。与えられた何かが闘争を加速させる。そんなことを考えていたカシャだったが、雨音に満ちた世界に異音が混ざるのを察知して思考を中断する。
「ここから離れよう。慎重に」




